奥山沙織はアイドルになって声を届けたいようです 作:まきにゃん
作詞家から原稿が出されるとすぐに作曲家の仕事が始まりメロディーコードが送られてきた。それに伴いトレーナーの明さんが新曲のダンス振り付け指導のために私に張り付くようになった。
レッスンルームには実際の撮影スタジオを模した形でハンディーカムが幾つか設置され、真名子アシスタントがそれらを集約してチェックし、少しでも気に入らない動きがあったり、欲しい画が撮れないとわかると、途端に振り付けの修正が入りレッスンが止まる。
度々止まるので、空いた時間は休憩を兼ねた台本の読み込みになる。
余白には真名子さんの悪筆で注釈がところどころ加えられていて、実に読み辛いことこの上ないが、たまに身振り手振りが要求される箇所ではゆるキャラ(奥山沙織を極端にデフォルメした)がポーズを決めていて面白いので許しておこう。
「失礼しまーす」
千川さんが買い物袋を手に提げてレッスンルームに入ってきた。
「沙織ちゃん、エナジードリンクとスポーツドリンクどっちにします?」
スポーツドリンクでお願いします。
エナドリに頼るほど体力の前借りは必要ないので。
「はい、どうぞ」
「有り難うございます」
手渡される前にキャップが軽く緩められている。
誰かまださんと違って女子力が高い。
事務所で男女問わず人望があるのも当然だ。ここまで尽くされても塩対応な武内Pはホモなのかな?
「沙織ちゃんがオーディション受けてからまだ3か月も経っていないのに、もうデビューライブ。早いですね」
「なんもなんも。わたす学校さ通ってないし、レッスンしてアルバイトしても好きに使える時間たっぷり余って、テレビ見るとか読書とか、寮の子たちとお喋りしてもまだ1日が終わんね」
「大学とか行きたいとか思いませんか?」
それはどうだろう。
高付加価値労働者になりたいという気持ちはないし、かといって4年間を就職までの猶予期間として過ごす余裕はない。キャンパスライフを満喫しつつアイドル業を行う器用さも持ち合わせてはいない。
「やりたいことは決まってんで、あんま興味ねえかな。大学さ出ないとアイドルなれねえなら考えますけんど」
千川ちひろは笑みを浮かべた。
「私はとりあえず大学に入ったクチですから、沙織ちゃんみたいにやるべき事が見えていると羨ましいなって思います。…幸い、346プロダクションに入社してアイドルに関わるようになって、毎日が楽しいって感じるようになりました」
私は疑問に思っていたことを口にした。
ちひろさんはアイドルにならないんですか?
「ちひろさんはこげな別嬪さんだしアイドルさどうです」
「私がアイドルですか?」
それは無いですね、と断言された。
「同じ第2企画、増毛Pのフラッグシッププロジェクト所属アイドルの安曇玲奈ちゃんが色々あってアイドルになったときのことなんですけど」
346プロダクションの正社員で唯一、アイドルを兼業しているアシスタント。いやアイドルが業務であるアシスタントの安曇さん。
「目指すべきアイドル像がないと玲奈ちゃんに言われて、自分が否定されたように感じました。今思えば、私にも目指すアイドル像がないのでしょう。」
千川さんは缶コーヒーを弄びながら思考の淵に佇む。
「アイドルがキラキラしてるのを見るのが大好きな私ですが、アイドルの素質がありません。それでも玲奈ちゃんがアイドルを業務と割り切って演じているのが妬ましいというか許せないというか─」
人は、異質なモノ、理解できないモノを前にすると、排除したくなる。
そうやって安心を覚えるのだ。
「お互いいい歳した大人ですから、棲み分けというか、職能が違うぐらいの理解で落ち着きました。玲奈ちゃんは元から気にしていないようですけど」
すっかり話が逸れてしまいましたね、と言ってちひろさんの笑顔に影が差した。
***
「菜々先輩、ひとつ質問です」
アルバイトの休憩中に、ウサミンに疑問を投げてみる。
アイドルになった後でやりたい事が無くなったらどうするのだろうか。
「やりたい事が無くなる、なんて贅沢なことになりたいですね。菜々も飽きるぐらいお仕事いっぱい貰ってみたいです」
実にらしい回答だ。
「やりたい事が無くなるじゃなくて、菜々の場合にはやれる事が無くなる方が切実な恐怖ですね。イベントで魔法のステッキ振り回してると足腰が悲鳴上げるんです」
大袈裟に天を仰ぐ先輩。
「菜々もいい歳ですから、いつまでウサミンできるのかなって」
またまたご冗談を。
先輩まだお若いでしょう。お幾つで?
「安部菜々、17歳ですっ⭐︎彡」
涙目の笑顔。
笑っていられるなら大丈夫だろう。
***
第2企画フラッグシッププロジェクトの事務室は346グループ本社ビル新館30階にある。
眼下にアイドル事業部社屋を見下ろすことができる実に近代的なオフィスビルもまた城だ。あちらは象徴であるが故に、新館ビルは
「ごめんください」
ドアを叩くと、どうぞと招き入れる女性の声。
話に聞こえる悪い魔法使いの巣窟へと恐る恐る足を踏み入れると、机が2つ、打ち合わせ卓にテレビモニター、電気ケトル。実にオフィスらしい素っ気なさだ。
少々生え際が後退している強面の男性と綺麗なお人形さんのような女性、首から下げている社員証にはそれぞれ増毛、安曇とある。
「ええと、奥山さんだったかしら。シンデレラプロジェクト所属の」
頷く。
「シンデレラプロジェクトは29階よ。道を間違えたのかしら」
「安曇さんにお訊きしたいことがありまして。お時間良いですか?」
これこの通り、カフェテリアで購入したケーキの入った箱を掲げと、仕方ないなという素振りで安曇玲奈は私を招き入れた。
甘いものには人間を狂わせる魔法がある。
「コーヒーでいいかしら」
「安曇、私にもひとつ」
「はいはい、ブラックですね」
ふたつ返事で安曇玲奈は支度をはじめた。
「増毛Pもご一緒にいかがですか?余分に買ってきましたので」
「甘いのは苦手でね。君達だけでやってくれたまえ。ああ、ケーキは妻への土産として頂いていいかな?アイドルから貰ったといえば喜ぶ」
普通なら嫉妬のひとつでもされそうだが、どうやら夫婦円満のようだ。増毛Pは愛妻家なのだろう。
「ケーキのお供にインスタントコーヒーで申し訳ないけれど、どうぞ」
「いただきます」
まずは一服。
「デビューライブが決まったそうですね。まずはおめでとう」
有り難う。
お陰でレッスンに大忙しだ。
「貴女なら戸惑うことなくアイドルに『なる』ことができるように思えるけど、どんな相談かしら」
玲奈さんにとってアイドルで『ある』ことをどう思っているのか知りたい。
そう告げると、安曇アシスタントは参考になるか分からないけれどと断った上で話し始めた。
「フラッグシッププロジェクトは特殊な手法でアイドルをプロデュースしている、というのは知っておいて欲しいのですが、簡単にまとめると、案件ごと、お仕事内容に応じて、最適化された演じ手をクリエイターに提供するというスキームです」
ぶっちゃけるとシンデレラプロジェクトで多数のアイドルを擁して数打ち方式で当たりを得ることを1人だけでこなす超絶ブラックなプロジェクト。
但し、成功する確率はほぼ100%であるが、それ相応の
「安曇玲奈にしかできないプロデュース手法ではあるがな」
増毛Pが渾身のドヤ顔で口を挟む。
うん、全く参考にならないな。
「そのう、安曇さんは辛くないですか?」
「楽しいお仕事ばかりじゃありませんが、充分なお賃金で報いて貰っていますし、案件が無事成功すれば満足感もあります。それに─」
「私、新人がアイドルになれるかどうか舞台袖でこっそり見ているの、割と楽しみなんです」
登場させたいアイドル
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奥山沙織とユニットを組んだアイドル
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コミュやデレ劇で接点があったアイドル
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オリジナルキャラのアイドルや候補生
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千川ちひろをアイドルに