奥山沙織はアイドルになって声を届けたいようです 作:まきにゃん
「奥山さん、股割り頑張りましょうね」
とうとうこの時が来てしまった。
トレーナーの宣告で戦慄が走る。人間の関節、特に女性のものは可動域が広めであるという知識はあるが、自分が実際にそれやれと言われると好んではやりたくない。
ストレッチは習慣つけてはいるし、今までのレッスンで柔軟性は増しているはずであるが、どうしてもやらないと駄目だろうか。
「心配しなくても大丈夫ですよ。プロのバレリーナは270度開脚までいけますから、人間を辞めることにはなりません。一般人の限界が120度と言われていますから、たった1.5倍開く力を養えばアイドルとしてのダンスパフォーマンスの幅が広がるのと表現が安定して行えます」
簡単に言われるが、常人より1.5倍の能力を発揮するのに2.25倍の努力と身体能力を要求されるのはしんどい。メリットは確かに理解できるし、ダンスでの余力を確保して事故を防止するためには必要な事と分かっているのだが。
「そこで今日は、経験者を呼んで股割りの補助をしてもらいます。若林さん、一言どうぞ」
「沙織さん、今日はよろしくお願いします。一緒に頑張りましょう!」
若林智香が爽やかな笑顔で私を地獄に落とす。
お手柔らかにどうかお願いします。か弱いので優しくしてくれると有り難い。
「じゃあまず、私からお手本、見せますね」
現役チアガール、いや、部活動は引退したというから現役ではないけれど、経験者がその場で180度開脚を行う。
股がしっかりと床についての開脚を見せつけられると人体は不思議の宝庫だなと感心せずにはいられない。
ドヤ顔で智香ちゃんは私を見上げた。
「痛くねえだか?」
「全然大丈夫ですよー、沙織さんも180度開脚できるようになったら、私を配信のゲストに呼んでくださいね。一緒に開脚披露しましょう!」
え、鼻息荒くこの子何を言ってるんでしょうか。
配信内容は私のアシスタントと相談しないと決まりませんからね?
持ち帰って担当と前向きに検討しますが、期待はしないでくださいお願いします。
「では、早速股割り始めましょう」
「マット取ってきますね、トレーナさん」
「ありがとうございます」
速やかに処刑の準備が整えられる。
腰にマットを当てて仰向けに寝かされると、左脚を智香ちゃんが押さえつけ、右脚が持ち上げられてトレーナが取り付く。
緊張して股が力んでしまう。
「イキんでますね、力を抜きましょう」
「リラックスですよリラックス!」
トレーナーがゆっくりと右足首を押していく。
脚は真っ直ぐに押されて股が広げられるが恐怖で恥ずかしさも感じない。
「痛い、痛い」
「まだ150度にもなっていませんよ、これからもっと広げていきます」
筋が伸ばされて軋み声を上げる。
脚がさらに押されて脂汗が浮かび上がってくる。
「もう無理、許してけれ」
「言葉が出てくるうちはまだまだ大丈夫です!」
智香ちゃんが体重を乗せて笑顔で脚を押さえつけにかかる。
最近の地獄の獄卒はポニーテールなんだなというどうでもいい考えが頭に浮かんだ。
あと、柑橘系の爽やかでいい匂いがする。
「いや!やめてぇ!だめぇぇぇ!」
「もうちょっと我慢ですよ。あと15度」
「だめ…あっ!ああっ!」
筋繊維が限界を超えて悲鳴を上げる。
どこかで部分断裂したのか鋭い痛みが走る。
「っんぎゅ゛! ──っん゛、あ゛!あ゛!あ゛っ! あ゛──っ!!」
「このまま10数えますよ、いち、に、さん、し」
トレーナが何か言っているが自分の叫び声が煩くて聞こえない。
ああ、今日が私の命日だ。
「しち、はち、きゅう、じゅう」
脚にかかる圧が消えて、ゆっくりと股が閉じていく。
たった10秒程度の股割りで呼吸が荒い。
天井を見上げたまま涙を流していると、トレーナーが両手を握って私の上体を引き起こしてくれた。
「よく頑張りましたね。これで股関節周りの可動域が大きくなるように筋肉が調整されました。何日が痛みが続くと思いますの痛み止めを渡します。必ず飲んでください。就寝までは冷湿布も使うと効果的ですよ」
返事もできずにいると、智香ちゃんが心配そうに私を覗き込んでタオルを差し出す。
有り難う。色々と体液が出て酷いことになっていたんだ。
「1週間ぐらいは私もトレーニング補助に付きますから」
ハイガンバリマス。
奥山さんにやらせたいこと
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