奥山沙織はアイドルになって声を届けたいようです   作:まきにゃん

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クラリスさんは高音帯苦手そうないまげ。


気象衛星。いつも見ている。

シンデレラプロジェクト内での調整によって、Aメロはクラリス、Bメロは私が担当すると決まり、歌詞の読み込みに入る。

デュオで演じる以上、恋する2人の乙女が存在する前提での物語になる。

1人の男を獲り合うのか、それとも別々の対象が目当てなのか。曲調に合わせてここは2人の競り合いと解釈してみるのはどうだろう。

恋する女の子は怖いね。

 

クラリスのAメロ歌詞には目という単語が出ている。圧倒的強者感があり、既に獲得したものを愛でると言う正妻候補。

対する私は積極的に行動を仕掛ける後攻というのはどうだろう。

気付いてしまった自分の気持ちを素直に行動に移そうとする女の子という位置づけ。

 

獲物になってしまった男の子は可哀想だね。

でも惚れられるような存在は息をしているだけでも罪なので諦めろ。爆ぜるがよい。

 

問題はこのようなキャラクター付けが許容されるかどうかであるが、可能かどうか担当に確認を取ってみよう。

もう夜も更けたこんな時間であるからメッセージを送っても既読がつくかどうかであるが、報告連絡相談は早いに越したことはない。

 

 

奥山沙織:Love∞Destinyの件でご相談があります

 

                     はいどうぞ:07580

 

奥山沙織:私の担当するBメロですが

     Aメロとは別人という解釈でやっていいですか?

 

                     おk   :07580

 

反応早いな真名子さん。

こんな時間なのにまだ寝てないとか大丈夫なのだろうか。

 

奥山沙織:自分で言うのも何ですが

     あざとかわいい女の子を演じることになります

 

                  芸風を広げるのは歓迎です:07580

     クラリスさんの担当とトレーナーには共有しておきます

 

奥山沙織:ありがとうございます

     おやすみなさい

 

                       おやす:07580

 

お休みなさいなのかお安い御用なのかどちらなのだろう。

 

 

***

 

 

「クラリスさん、これ作ってきたんでけってくれ(食べて)

 

ダンスレッスンで絞られた後の休憩時間。

クーラーボックスのなかから取り出したのは手作りおはぎ。

手作りとはいっても朝食の残りのご飯を半殺しにして粒餡に包んだものだ。

 

「沙織さんに感謝を。おはぎが私の胃が穏やかにしてくれます」

 

クラリスさんが満足できるようにタッパーごと渡すと満面の笑顔。

どうぞ召し上がれ。

魔法瓶からは熱々のほうじ茶をコップに注いで差し出す。

 

「ああ、美味しい。頬が緩んでしまいます」

「口元さあんこついてるよ」

「今この時だけは見逃してくださいまし」

 

ずずいとお茶を啜り、口元をハンカチで拭う。

いつ見ても良い食べっぷりである。

クラリス曰く交通費と教会への寄付で生活はカツカツとのことだ。

食べられる時にたんとお食べ。

 

「ところでクラリスさん、私達が歌うこの歌、恋の歌なんだよな」

「そのようですねえ」

 

その、参考までに尋ねたいのですが、恋愛のご経験は?

 

「残念ながらないのです。教会で過ごしてきたので結婚というものには興味がありますが、恥ずかしながら男性の方とお付き合いしたことがないので、恋というものがよくわかりません」

「わたすもおんなじだな」

 

そもそも恋愛経験のない人間にラブソングを歌わせるのはどうなのだろう。

需要があるのは判るが、未経験者に恋愛のあれこれを語らせるとか、童貞の嫁語り(オタクの妄想陳列)のようなものではないかという気恥ずかしさがある。

しかもアイドルは恋愛禁止だというね。

 

「困りましたね。私達はいつまで経っても清らかなままです」

 

そういうお仕事だからね。

しかたないねと2人してクスクスと笑いをこぼす。

 

「でも沙織さんは本当に恋愛経験がおありでないのですか?とてもそんな風には見えませんが」

 

経験したことがないので、テレビドラマや小説を片っ端から漁って恋する女の子という偶像を演じています。世間受けしているいわゆる可愛い子を。

今回のキャラ付けでは性格的には輿水幸子あたりが近いイメージだろうか。

 

「よく勉強してらっしゃいます。私にはちょっと難しいかもですが…」

 

いや、本来なら自分の個性で押し出せるのが最も良いですし、クラリスさんはそのまま演じていたほうが合っていると思います。

私がわざわざ個性を曲げてまで役作りをするのは、曲と持ち前の個性が合わないからです。

 

「奥山さん、クラリスさん。そろそろ休憩は終わりにしましょう」

 

トレーナーが呼んでいる。

はあいと返事をして、私達は残りのお茶を飲み干した。

 

 

***

 

 

「それでは奥山さん、1Bおさらいしてみましょうか」

「お願いします」

 

再生される曲に合わせてステップを踏む。

 

「手を頬にー、髪を掻いたら左向いたら前向いて、手を挙げる」

 

腕を大振りにまわして胸に集めて前に差し出す。

私だけ担当のBパートは振り付けが独自のものになって覚えることが1.5倍だ。

クラリスがこちらをじっと見ている。

 

「手を頬にのところ、柔らかく顔の横で手を振る感じに変えてみましょうか」

 

トレーナが空気を掻きまわすような手本を示す。

見本より手を大きく広げて、1、2、3、4回。

 

「良いですね。これでいきましょう。次は──」

 

振り付けを試行錯誤しながらの稽古は進んでいった。

 

 

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