奥山沙織はアイドルになって声を届けたいようです 作:まきにゃん
当日というのは意外にもやることは少ない。
若林智香を部屋から送り出して、軽く食べてから日課のストレッチとジョギング、シャワーで汗を流して、後は身嗜みを整えて終わりである。
会場入りの為に用意されたバスに乗ってしまえば全てはお膳立てされているというのは実に良い。
自分が何がしらの物語の主人公になったような気がしてくる。
346プロダクション旧館の車止めの前での出陣式というか、円陣を組むこととなった。
1期生のシンデレラが円陣でエンジンかけていきましょうという何とも言い難い言葉をかけてくるが、緊張からか寒さからか誰からも突っ込みがない。
私も空気が読めるほうなので何も言わない。
気を取り直して元気のでる音頭が取られる。
「シンデレラの舞踏会、皆んなで頑張りましょう!」
ぼっちのシンデレラ活動がほとんどだったせいか、本当の意味でシンデレラガールズの一員として仕事をするのは初めてだったと思い至る。
こうやって円陣に組み込まれて手を重ねていると凄い一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
風・・・なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、私達のほうに。
「シンデレラガールズ、ファイトー!」
「「おーっ!」」
大声で元気よく返事をする。
そして星を掴むように空に掲げられたシンデレラ達の手。
***
開演冒頭の『お願いシンデレラ』5期生全員による歌唱を皮切りにセットリストが実行されていく。
この年末の忙しい時期に催された舞踏会には5期生だけではなく、スケジュールの綱渡りの末に無理を押して参加している先達も少なからずいる。
それこそ舞踏会で踊り手が入れ替わり立ち替わりするように、シンデレラ達は歌うのだ。
舞台袖で次の
「姫川さんお疲れさまです」
「沙織ちゃんのために会場暖めておいたよ!」
ハイタッチを交わす。
「沙織さん、頑張ってください」
「うん」
智香ちゃんもハイタッチかなと思いきや、両手を指を絡めて体を寄せられてしまった。
パーソナルスペース近過ぎじゃありませんか?
「見てますからね」
「智香ちゃん、ほら、沙織ちゃん困ってるから」
やんわりと姫川さんに諭されて柔らかい女の子の接触が引き剥がされる。
有り難う。これで頑張れるよ。
私はステージに進むと、一礼して歌い始める。
デビューライブとは違い観客ありの、文字通り『ライブ』だ。
遠くの席に聞こえるように声は大きく、振り付けはこれでもかと大袈裟に。
映像技術の魔法もない現実では少しばかり一生懸命なところをご覧頂きたい。
初見の方はどうぞ宜しく。
私が奥山沙織です。アイドルやってます。
***
イントロで入るクラリスの1、2、Loveの低音。
シンメトリで踊る私達をスポットライトが照らすのとは対照に客席は薄暗くてひとりひとりの顔が判然としないが、この目はあなたの事を、あなたたちのことを見ている。
どんな想いでこの曲を聴いているのか、静かに行儀よくしている皆の心の内を全部知りたい。だから精一杯笑顔を浮かべて訴える。
些細な表情のなかに浮かぶ驚きも、なにか口にしたくても絶句せざるを得ない仕草も待ち望んでいたものだ。
そういうぐちゃぐちゃに感情を乱される君達のことが好きだ。舞踏会が終わっても心のどこかで私の目を仕舞わずにいてくれるように、私だけ見てくれ。
私も君のことを、君達のことを見つめよう。
全てを歌い終わって、アウトロを踊りきる。
会場はアイドルライブとは思えないほど凍りついていた。全力運転になっている空調が暖かい空気を保っているはずだが、息をしたら冷気が肺を凍らせるのではないかと錯覚するぐらいに。
一礼して、小さく手を振りながら、私はクラリスと共にステージから袖に抜けた。
次に演じるシンデレラにマイクを渡すと、ようやく感想戦に移ることができる。
「クラリスさんあんがとな。お陰で楽しく歌えたよ」
デュオの相手がクラリスでなかったら、ここまで観客に声をぶつけることはできなかった。
とても嬉しい。
「私、沙織さんに言われたことを考えてみたんですけど──」
「けんど?」
「──歌うことに自由であるって、気持ちのいいことだったんですね」
クラリスさん。あなた今、アイドルが見せちゃいけない表情を浮かべています。
何かに開眼したようであるが、ここは知らないふりをしておこう。
次の曲が流れ出し、舞踏会は熱を取り戻していく。
そしてフリーダムになったクラリスさんは最終的にデスメタルに目覚めるのですねわかります。