奥山沙織はアイドルになって声を届けたいようです   作:まきにゃん

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仮題

年始といえば世間では労働者が労苦から解放されて、帰省や休暇を利用した旅行といった思い思いの時間を過ごす特別な期間だ。

新たな千年紀を迎えて過去の風習も記憶の彼方に忘れられてしまった今でもなお、特に事情がない者は三ヶ日は働かなくても良いのだ。

 

そしてアイドルにおいては年始は逆に働くべきもの、として見做されている。

 

346プロダクション所属のアイドルで言えば縁起の良さそうな名前のお姉さん(鷹富士茄子)を筆頭としてバラエティー番組への出演や新年イベントのゲストとして呼ばれるなど活躍の場は多い。

未成年組は事前収録という制約がありながらも正月特番のお仕事がある。

 

そして私が当てはまる5期生シンデレラガールズといえば、年始のお仕事など何も無かった。

スケジュールは成人の日まで空白。

真名子八重仕事しろどうなっているんだと尋ねたところ、シンデレラの舞踏会を終えたばかりで休養を取らせるのと、アイドルになって初の正月であるからせめてもの記念として家族と過ごして貰いたいという事務所側の気遣いだそうだ。

ホワイト企業かよ。

 

だが、年始から大車輪で仕事を請けるつもりであった私は実家に帰省できない旨を既に伝えてしまっていた。

今更仕事がないから帰るなど恥ずかしくてできる筈もない。

枕を濡らして不貞寝させて貰う。

 

 

とは言っても充分な睡眠を取ったあとでの二度寝など1時間もすれば完全に目が覚めてしまう。

朝食がわりの甘酒を飲み、新春の都内を散策と洒落込もう。

手早くジャージに着替えて安物のダウンジャケットを羽織り、帽子にマスク、運動靴。これで誰もアイドルが街中を歩いているとは気付くまい。

 

シンデレラたちの帰省をもって静まり返った寮を出て、お城を離れて1時間程度の散歩道。

平日は車の往来で排ガスの臭いを感じる街路も空気が実に清々しい。似たような境遇なのかたまに出会う歩行者ぐらいしか競合者はいないので心もおおらかにこの空気を分かち合う気持ちにもなろうというものだ。

 

何をするわけでもなしにオフィス街を歩いていると、ベースの低い音が聞こえてきた。

新年早々からストリートライブかと暇にあかせて音を辿っていくと、開けたスペースの端でベースを弾いているお兄さん発見。

 

いくつかお話しして、一曲リクエストしてついでに歌って握手でお別れ。

行動食として持ってきていたポケットの中のお菓子もほんの気持ちとして渡した。

 

 

***

 

 

「こんにちはー。元旦からストリートライブですか?」

 

気持ちよくベースを弾いていると、女の子が話しかけてきた。

 

別にライブというわけではなく、気晴らしに弾いているだけだと説明すると、上手い演奏ですねと誉めてくる。

これでも一端のバンドマンとしてご飯食べてるから誉められると嬉しくなってしまう。

 

わーいおじさんうれしい。よし、一曲リクエストを受けちゃいますよ、何がいい?

 

「うーんじゃあお言葉に甘えて、『さようならアンドロメダ』いいですか?」

 

お姉さんいい趣味してるねえ。

ほら、あっちのほうにちょっといい感じの建物見える?

あれ、346プロダクションっていって芸能事務所なの。

この曲は初めて公開されたときに歌ったのがそこのアイドルなんだよ。

んで、そのときバンドマンの間でこの曲凄いやってなってね、猫も杓子も練習したわけ。もちろんおじさんも頑張ったよ。だから得意なのね。今準備するから。

 

ほんとこの曲いいよね。まさにベースの為の曲。つべに弾いてみた動画投稿したけど興味あったら聴いてみて。まあ他の奴が弾いたのと比べられると恥ずかしいけど。

 

「もっと人の多そうなところで演奏しないんですか?」

 

あー、今日は元旦だし、人が居そうなとこは神宮とかお寺さんだから。ああいうところって厳しいでしょ、お巡りさんも一杯いてるし。

それに今は誰かに聴いてもらうよりは自分が気持ちよくベース弾いていたい気分。

 

「そういうのいいですね」

 

わかるう?

 

音楽でご飯食ってるとね、どうしてもお仕事感がつきまとってね。だから、お仕事無い日はたまにこうして自分のために弾くの。気晴らし。だから外で。

 

「気晴らしですかー」

 

そうそう。

じゃあいくよ、アンドロメダの1番だけ。

曲はスピーカーから出すからメロディ乗れたらお姉さん歌っちゃっていいからね。

 

弾き始めると短いイントロでリズムが取れたのか女の子も歌いはじめた。

なんかめちゃ歌上手いんですけどこの子。プロの犯行?

プロの歌手じゃなくても今時は素人さんも上手に歌える子普通にいるからね。

 

よーし、おじさんも頑張っちゃうぞ。

なんて思ってたらあっという間に終わってしまった。

 

「どうもありがとうございました」

 

握手を求められて右手を差し出すと、両手で包んでくれる。柔らかくて温かい。

ついでにほんの気持ちだと言って女の子はお菓子もくれた。おこし(・・・)を持ち歩くとか随分と渋い趣味だと思うが黙ってもらっておこう。

 

 

***

 

 

実に気持ちの良い散歩を終えて寮の自室へ戻ってきた。

手にはコンビニで入手したお正月仕様の弁当とパック餅、もう片方の手にはスナック菓子やらおつまみやらの簡単に食べられる雑多なもの。

 

仕事もないのでもう何も怖くない。

不退転の決意を以て寝正月を満喫するのだ。

 

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