奥山沙織はアイドルになって声を届けたいようです 作:まきにゃん
オーディションの合格通知が舞い込んできたのは、仮の宿としていたネットカフェでオーディション開催告知を漁ったりアイドル養成所の比較検討をしていたところであった。
上京する前からオーディションに応募した本命の346プロダクションでアイドルになるのだ。
プランBを模索する必要はない。
母には合格した旨のメールを送り、当面、衣食住は346プロでお世話になる見通しを伝えた。報告連絡相談は大事である。
すぐに携帯電話で母からの祝福があり、こんなに速く決まるとは思わなかった、一旦地元に帰ってこられるのかと問われたが、それは無理筋だ。
週1回は連絡を入れるように念を押されて通話が終わる。
実に気分が良い。
豪華に外食とはいかないが、ささやかな祝いとして食事を注文しよう。体がトルコライスを欲している。
事務手続きのために週末はプロダクションへの訪問を求められているが、明日明後日は完全なオフである。東京の名所をいくつか巡ってみるのもやぶさかではないのだ。
***
「奥山さん、この書類に目を通して署名捺印をお願いします」
アシスタントから差し出される契約書の束。
甲と乙による専属マネジメント契約。アイドルという名の個人事業者が労働を提供し、芸能事務所は営業活動で仕事の獲得を推進し、アイドルが得るべき報酬をクライアントと交渉し、肖像権をはじめとした権利関係を管理する事を定める法典だ。
義務教育中の児童が読んでも理解しやすいように要点を羅列したレジュメや、第三者の法律事務所が作成した副読本も添えられている。
「すげえ量だな」
熟読し理解するだけでも日が暮れてしまうだろう。
「とりあえず理解して頂きたいことは、奥山さんが得たアイドルとしての収益は事務所と折半となり、例え諸経費が嵩み赤字となっても346プロの負担となりますので、奥山さんの取り分がマイナスにはならないという事です」
「契約書については持ち帰って頂いて構いませんので、必ず、全部読んでください。わからない所があれば私が説明しますので」
はい、そうさせてもらいます。
法律用語が書き連ねてある難敵は鞄の中でひとまず眠らせておくとして、目下の課題である住むところについて決めてしまおう。
「あのう、真名子さん。ひとつお願いあるんだけんど、東京さ出てきて今ネットカフェ泊まりなんだ。住むところさ紹介してくれねえかな」
「えっ」
「毎日シャワーだけだと、そのお、臭わねえかなって」
真名子アシスタントが震えている。
やはり臭うのだろうか。二の腕を嗅いでみるがわからない。しっかり体は洗って消臭スプレーもしたのだが、自らの体臭には人間の鼻腔は鈍感であるというし、本当に申し訳ない。
「そういう事は早く言ってください!今すぐアイドル専用の寮に入ってもらいます!荷物はそのトランクだけですね!?」
アッ、ハイ(白目
***
不健康そうなアシスタントの意外な腕力によって連行され、346プロダクションの敷地内のあるアイドル専用の寮に収容。入浴の後にコインランドリーで洗濯物を乾かしながら説教を受けている。
「沙織さんは分別のある方だとおもっていましたけれど、どうやら私の間違いだったようです」
「近くに親戚がいれば頼るとかカプセルホテルに泊まるとか百歩譲って施錠できる部屋のある民泊を使ってください」
椅子の上に正座をして神妙に首を垂れる。
「こっちさ親戚おらんで1番安いネットカフェを」
「ネカフェは女の子が連泊するようなところじゃありません。男じゃないんですからもっとまともな選択肢をです。東京は怖いところなんですよ!」
転生する前の感覚が抜け切っていませんでした。
反省しています。
そもそも男がひとり暮らしていくよりも随分とかかる費用が多すぎなのではないでしょうか。
お見受けするに、真名子さんも髪や肌のお手入れを怠っているというか節約しているというか投入資本の選択と集中をされていますよね?
「当事務所では所属アイドルへのトータルプロデュースも契約の内です。プライバシーに関しては窮屈になりますが、当面の間は寮生活をしていただきます。個人でアパートを借りて東京生活を満喫できるなんて思わないでください」
いや、願ったり叶ったりだ。
管理人常駐、共用大浴場完備、自分で調理も可能な食堂もあり、レッスンスタジオまで徒歩5分。まさにアイドルのために用意された生活の場ではないか。
しかも寮費は無料ときている。
「まんずよろすくおねげえします」
できればアルバイトの口も紹介して貰いたい。
女性が生きていくには色々とお金が掛るが故に。
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