ひねくれ高学歴ニートの幼馴染   作:束田せんたっき

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学歴と血筋が両方備わり最強に見える

 正直にいうと、俺はソフィアのダメ人間具合を甘く見ていた。

 

 遅くとも1週間以内には何かしらの職を見つけるものだと思っていた。仮にその仕事が合わなくても、試行錯誤を続けていけば3ヶ月ほどで我が家から出て独り立ちできるのではないか、と。

 だが、7回のチャンスをふいにしたという確固たる実績のある女は違った。

 

 初めのうちはまだ良かった。きちんと俺が起こせば朝に起きたし、曲がりなりにも職業相談所には行っていた。今となっては考えられないことだが、求人のチラシを持ち帰って、あまつさえ部屋で読むこともあった。きっと、慣れない共同生活による緊張が彼女にそうさせていたのだろう。

 

 しかし、そのサイクルは早々に崩壊していった。手始めに起床時間が遅くなった。俺は午前中から庭師として仕事があるから、いつまでもソフィアの起床にかかずらってはいられない。放置した結果、夕方から元気になり始める夜行性無職が爆誕した。

 あまりにも当然すぎる話ではあるが、職業相談所は夜にやっていない。そのため、ソフィアは仕事を探さなくなった。ついでに外出もしなくなった。何をやっているかと思えばゲームである。

 魔法技術は人類に多大なる恩恵を与えたが、ニートにまで余計なものを授けてしまったようである。彼女に一度問い質してみたのだが、投影魔法と通信魔法の技術の勉強だとか屁理屈をこねられてしまった。

 

 当初の借りてきた猫のような態度はどこへやら。今ではすっかり元通りである。あの雨の日に俺が感じた儚さを返して欲しい。

 

 就活がダメならば、せめて家事でもとソフィアに掃除や洗濯を頼んだこともあった。しかし、実家でメイドに全部任せていたソフィアはやり方がわからない。わからないから、やらない。それならばと家事を教えようと試みるのだが、変にプライドの高い彼女は大卒でもない平民に教わるのは我慢できないらしく、一向に習得しようとしない。

 

 こんな怠惰の極みみたいな生活をしているソフィアを俺も許容できなくなってきた。ある日、仕事から帰ってきた俺は、いつものごとくうつ伏せでゲームに勤しんでいるクソニートを認めると口を開いた。

 

「お前いつまでそうしているつもりなんだ?」

「うーんそうだね、もう少しってところかな」

「もう少しっていつだよ。そろそろお前がうちに来て半年になるんだけど」

「……うるさいなァ。ウィルまで父さんみたいなことをいわないでおくれよ」

「お前の分の生活費だって馬鹿にならないんだぞ? 食費、魔力費、その他諸々の出費。俺の稼ぎだって良いわけじゃない。家計が火の車なんだよ」

 

 ゲームオーバーしたソフィアが上体を起こしてこちらを向いた。アイスブルーの目の下には不規則な生活のためか隈ができていた。

 

「何さ。学なし平民のくせにロンボーン魔法大学卒でペンバリー家のボクに口答えなんかして」

「今お前はその学なし平民に養われてるけどな」

「あ、あぅ。で、でもボクだってがんばってるのにブツブツ……」

 

 体育座りをしてお得意の正当化モードに入るソフィア。俺はジャージ姿の彼女の隣に座って、説得を試みた。

 

「ソフィアだって気づいてるだろ? こんなことしてちゃダメだって。とりあえずアルバイトから始めて見たらどうだ?」

「ロンボーン大卒のこのボクがアルバイトォ? するわけないじゃん」

「あのなあ、そうやって仕事選り好みしてるからこんな状態になってんだろ。もうどこ大卒とかどうでも良いから働いて少しでも家計に貢献してくれ」

 

 俺がそういうと、いきなりソフィアは立ち上がった。顔を真っ赤にして大声で捲し立てる。

 

「受験したことないキミはわかってないみたいだから教えてあげるけど、ロンボーン大卒って世間的にすごいことなんだからね! 偏差値も高いし、試験だって難しいし! ボクが姉さんと同じこの大学に入るために、どれだけの犠牲を払ったことか! それを知りもしないでキミは――」

「知ってるよ」

「え?」

 

 俺も立ち上がって、ソフィアより少し高い目線から彼女の仄暗いアイスブルーの瞳を覗き込む。かつての輝きを失った白い髪が、どうして俺の心をこんなにかき乱すのだろうか。

 

「お前があの大学に合格するために血の滲むような努力をしたことは知ってる。何年来の付き合いだと思ってんだよ。それぐらいわかるさ」

「じゃ、じゃあ……!」

「だからこそ悲しいんだよ。この現状が。俺さ、技術を身につけてお前んちの庭任せて貰えるようになるのが夢だったんだよね。そんでソフィアにふさわしい庭を造りたかった」

「ウィル……」

「ま、もういいさ。今はソフィアが真っ当に働いてくれさえすれば、それで」

 

 長いまつげを伏せて、しばらくソフィアは口をつぐんだ。

 

「…………わかった。ごめんよウィル。ボク、明日から本気出すから」

「本当か!?」

 

 思わず彼女の肩をつかんで聞き直す。コクコクとソフィアがうなずいたので、俺は諸手を挙げた。

 

「よっしゃーっ! それじゃ今夜はお祝いだ! ちょうどお得意先からうまいワイン貰ってきたんだよ!」

「えー? それってボクでも満足できるレベルのやつかな? いっておくけど、ボクはワインにうるさいんだ」

「大丈夫大丈夫。ペンバリー産らしいから」

「じゃあ飲む!」

 

 肴は干し肉だけのささやかな晩酌ではあったが、ソフィアと飲む葡萄酒は格別だった。二人で輝かしい青写真を描いたり、懐かしい思い出話に花を咲かせながら、夜は更けていった。

 

 そして翌日。

 

「おい、起きろ」

 

 俺は腕組みをして、日が高く昇ったのにもかかわらず未だ寝床から出てこない旧友を見下ろした。ソフィアは「……あと10分、いや30分……やっぱり1時間だけ」とほざきながら布団に潜り込もうとするので、俺はやつのトーチカをはぎ取った。

 外気にさらされたニートは、手足を縮こまらせて持久戦の構えを取った。この場合は窓を開けて冷たい外の空気を取り込むのが定跡だ。この一手は効果てきめんで、彼女は目をこすりながら起き上がった。

 

「おはようウィル」

「おそようございますソフィアお嬢様。随分と遅い起床で」

「へっへっへ、そんなに褒めないでおくれよ」

「褒めてない」

 

 寝癖を放置したままテレビをつけるソフィア。くだらないワイドショーや、通販番組が画面を流れていく。今は男性が包丁の紹介で食パンを切っていた。

 

「ねえ見てよウィル。この人、ぎこぎこはしませんっていいながらめっちゃぎこぎこしてんの」

「そうだな。お前も今日から本気出すとかいっといていつも通りだしな」

「……そ、それはァ」

 

 どうにか言い訳をしようと口をもごもごとさせるソフィアに対して、俺は指を突き付けた。

 

「今日という今日は食い扶持を見つけてもらうからな。わかったならさっさと支度しろ。へローワークに行くぞ」

「ウィルは仕事に行かなくていいのかい?」

「何言ってんだ? 今日は休日だぞ?」

 

 虚を突かれ固まった彼女は、一転、表情をさっと暗くした。引き籠りに曜日は関係ないから、今日が俺の休みだったことを失念していたらしい。勘弁してくれ。

 

 外出を渋る穀潰しの尻を叩いて、やっとこさ日の当たる場所に引きずり出した俺は、四年ぶりにソフィアと街を歩いていた。吸血鬼並みに日光に慣れていないのか、目をしばたたかせている。

 

「こんなことなら初めから無理やりにでも引っ張っていけばよかった」

「ウィ、ウィル? 拷問は国際法で禁止されているんだよ? それに強制労働はボクの基本的人権を侵害していると思うな」

「権利は義務を果たしてから主張してくれ」

「そもそも権利はボクらが生まれながらにして持っているもので、義務は権利に付随して発生するものだから君の論理は破綻しているとしかいいようがないよ。これだから低学歴はブツブツ……」

 

 例によって詭弁をこねくり回すソフィアを無視して歩を進める。目線を手元に向けていた彼女は案の定車に轢かれそうになったので、とっさに肩を持ってこちらに引き寄せた。

 

「あえっ?」

「おい気をつけろ。怪我したら元も子もないだろ」

「ああ、うん……」

 

 手を離し、先ほどより少し近い距離を保ったまま再び歩き出した。黒いジャージのポケットに手を突っ込んだまま隣を歩くソフィアの表情は、ちょうど影になっていて見えない。

 

「……ウィルってなんだかんだいっても優しいよね」

「ん? なんかいったか?」

「ち、知能がかけ離れた相手とは話が通じないっていっただけだよ」

「……今日の晩飯は抜きだな。せっかくお前の好物のグラタンにしようと思ってたんだけど」

「わぁー! 悪かったって! だからそれだけは、それだけはなにとぞー!」

 

 涙目で縋り付いてくるニートを引きずっているうちに、ヘローワークに到着した。面談の予約はすでに済ませてあるので、ごねる穀潰しを投棄して任務完了だ。

 余った時間で図書館に行き、作庭の本を数冊借りた。本なんて久しく読んでいなかったが、一流の庭師を目指すなら勉強は避けては通れない道だ。その後は仕方がないのでグラタンの材料を買い集め、公園のブランコで借りた本を読んでソフィアの面談が終わるまで待っていた。

 

 日が傾きかけた頃にへローワークから仮釈放されたソフィアはげっそりとしていた。心なしか真っ白な髪が普段よりもくすんで見える。俺は彼女に水筒を手渡した。

 

「お疲れさん。それで、どうだった?」

 

 一気に中の紅茶をすべて飲み干すと、ソフィアは水を得た魚のように饒舌に語りだした。

 

「あそこの連中はまるでだめだね。最初はボクの経歴を聞いてすぐに就職できるといっていたくせに、希望の条件をいったらそんな求人はないというんだ。矛盾しているよ」

「どんな希望をいったんだ?」

「まず絶対に週休は4日以上だ。これだけは譲れない。ワークライフバランスは大事にしないとね。給料は少なくとも月に金貨3枚は欲しいな。もちろん残業はなしで、職場はウィルの家から馬車で30分以内。あと、なるべく人と関わらない職種だと最高だけどこれは他の条件次第では譲歩するのもやぶさかではないよ」

「おまっ、それ本気でいってんの!?」

「え? これでもだいぶ妥協したつもりなんだけど」

 

 不味い。これではいつまで経っても就職できなくて当たり前だ。週休4日なんて働いている日よりも休んでいる日の方が多いから論外だし、月収金貨3枚なぞそれこそ宮廷魔術師の初任給がこれに届くかどうかのラインである。こんな都合の良すぎる仕事が俺んちの周辺にあるわけもない。というか、あったらまず俺がそこに永久就職している。

 

「ソフィア、お前夢見すぎ。つか、仕事見つけた後も居候するつもりなのかよ」

「だってウィルの家すごく居心地良いし、ボク家事1つもできないから一人暮らしなんかしたら死んじゃうよ」

「じゃあ家事覚えろよこのクソニートっ!」

「ボボボボクは高等遊民であってクソニートなんて誹りを受けるいわれはどこにも……」

「あるじゃねえか!」

 

 思わず俺は頭を抱えた。ソフィアが独り立ちするまでに積みあがっている課題が多すぎる。しかも本人にそれらを解決する意欲がないときた。この女は大学で一体何を学んできたというのだろうか。

 

「ほ、他にはへローワークでどんなことを話したんだ?」

「他己分析を勧められたよ。おかしなことを彼らもいうものだね。自分のことはボク自身が誰よりも理解しているというのにさ」

「一遍自分がどんな人間かいってみてくれないか?」

「お安い御用さ。頭脳明晰、才気煥発、明眸皓歯……完璧という言葉が人の形をしているのがこのボクだよ」

「やっぱりな。お前のその自己分析が終わってるからそういわれたんだろうよ」

「は、はァ? じゃあウィルがボクのことを分析してみてよ」

「怠惰なひねくれもの。現実が見えていない。あとプライド高すぎ」

 

 俺が忌憚なく思っていたことをいうと、ソフィアは目に見えてうろたえた。強気にふるまっているものの、胸中では思うところがあったらしい。彼女の伸びに伸びた鼻っ柱をへし折るのは少し、いやさかなりこの半年の不満を晴らしてくれたが、このまま泣きそうな幼馴染を放って置くのは流石にかわいそうだと感じてしまった。

 

「でもまあ、腐っちゃいるけど素質はあると思う」

「ウィル……! ちゃんとわかってるじゃないか! ボクは大器晩成型なんだよ! きっとそうさ! 今に見ておくれよ!」

 

 花のような笑顔をこちらに向けるソフィア。たった一言で上機嫌になる彼女を見て、前半の酷評を忘れてしまったのではないかと不安になると同時に、やはりまだ現実が見えていないのではないかと心配になった。

 前途は多難である。グラタンの具材が入ったバッグを握りしめながら、俺は人知れずため息をついた。

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