「ふああ」
大きなあくびが出た。
カーテンから僅かに入ってくる日の光が、リコの顔に当たった。
光から逃げるように顔を背け、布団をかぶり直す。昨日は中々寝付けず、寝るのが遅くなってしまった。
睡眠不足だと脳が訴え、目覚めるのを拒否していた。
そこに心地よい低音と、カーテンのしゃっと開く音。次にガラガラと窓が開いた。
「おい、そろそろ起きろ」
「……はーい」
この声が目覚ましだったら、毎回起きるのも辛くないかもしれない。しかし寝不足である。
好きな人の部屋は2回目でも眠れなかった。何度やっても眠りに入るまで時間がかかってしまう。
こちらの気も知れず、疲労からかさっさと一人熟睡してしまう彼に恨み言も言いたくなる頃合いだった。
「飯作ってある。一緒に食べられるか?」
「食べます」
怠さの残る身体を無理矢理に動かす。気怠さに身を任せるよりもトキワと過ごす時間の方が魅力的だった。
のたのたと動くリコとは違い、既にしゃっきりと目が覚めているトキワはテキパキと食器を用意し、料理をよそっていく。
「なんだか、先輩元気そうですね」
「ああ、胸のつかえが取れたからかもな。ぐっすり眠れた」
「前にお邪魔した時もぐっすり寝てましたけど」
「そうか? ……なんでだろうな。旅してた時の癖で中々ぐっすりは眠れない方だが」
トキワは不思議そうに首を傾げた。手を顎に添えながら考えこむようにしていたが、何か思い当たったのか、頬を微かに染めて咳払いした。
「……それより飯だ。冷めるぞ」
「……は、はあ」
よくわからないリコは素直に頷き、席についた。
トキワも同じく腰掛け、手を合わせた。リコもならい、トキワと一緒にいただきますを口にした。
……これ、良いかも――。
もっと一緒にご飯を食べる機会を作ろうか。一緒に日常を過ごしている、この感覚は好きだ。
あと数日でゴールデンウィークだが、今回の連休では帰省しない。それなら毎日会いにこようか。
「そういえば大型連休。先輩は帰省するんですか」
トキワの家族は母方の実家があるカントー地方で過ごしていると聞いた。すぐにでも帰れる距離だが。
「いや、週末にはいつも顔出してるからな。連休中ずっと帰るつもりはねぇさ」
「なら、遊びに来てもいいですか?」
「遊び? ……構わないが」
「先輩?」
「いや、今思うと勉強と旅しかしてこなかったな。遊びか……」
どうやって遊ぶんだろうな、とトキワが溢した。なるほど、トキワらしいと思った。
「じゃあ何して過ごすか一緒に考えませんか」
「お前が良いならな。退屈になってもしらねぇぞ」
それは絶対有り得ないから、心配無用だ。
窓から気持ち良い風が吹き込んで、リコは思わず微笑んだ。
*
案の定アンが妄想を膨らませ、数日に渡り根掘り葉掘り問い詰められる日が終わろうとしていた。
今日から大型連休が始まるのだ。大勢の生徒たちが久しぶりに実家に帰り家族と会うのを楽しそうにしている。
パートナーになったポケモンのこと、新しい学校生活のことなど話したい事は沢山あるはすだ。
リコも家族に話したい事が沢山ある。まだ入学して1か月程しか経ってないのが嘘みたいだ。夏休みは流石に帰ろう。そして話そう。ニャオハのこと、アンのこと。
先輩のことは……――。
話すとしたら、どう話せばいいだろう。全部話したら、両親はどんな顔するだろうか。何だか緊張してしまう。
そのとき考えよう、と頭を振った。
「リコー! それじゃ、そろそろ出るね」
「うん! 今行く」
「見送り? はは、別にいいのに。じゃあ行こ!」
これからアンは実家に帰省するのだ。窓の外はいつの間にか夕焼け色になっている。リコとアンが寮を出ると、同じく帰省する生徒たちがゾロゾロと出てきている。そろそろバスの出発時間だった。
人が多かったので、一緒に出てきたニャオハを抱き抱えた。アンのポケモン、ミジュマルも彼女のリュック上に避難した。
「しばらく一人かぁ……」
「一人? 先輩がいるでしょ?」
「そうだけど……アンがいないの、寂しいから」
それを聞いてアンは嬉しそうに笑った。
この笑顔が暫くお預けなのは、寂しいものだった。
「ふぅ……久しぶりの実家だなぁ。ゴロゴロしよっと。あとはミジュマルも紹介しなきゃ」
「気を付けてね。ゆっくりしてきて」
「部屋に先輩連れ込むなよぉ?」
「もう!そんなことしないよ」
多分。トキワの部屋に行くことはあってもリコの部屋に来てもらうことはないだろう。
しかし、心外なことにアンは疑わしい様な目で見てきた。
「いや、もう2回も先輩の部屋で泊まってんだからね?」
「それはそうだけど」
弁明するとすればそれは致し方ない事情や状況だったからだ。決してやましい気持ちでいたわけではない。
いや、それは嘘かもだけど――。
汗を一雫たらしながら、乾いた笑いが漏れる。
呆れた様に息をついたアンは、笑顔に切り替えて出発しようとリュックを背負い直した。
「さてと、そろそろ行かないとね。……じゃあ留守を任せたよ!」
「うん、いってらっしゃい」
アンとミジュマルが手を振りながら、バスに乗り込んでいく。座席が窓側だったようで、窓からも手を振っていた。
リコも手を振りかえすと、バスのドアが閉まった。ゆっくりと発車し、少しずつ学園から遠ざかっていくのを暫く眺めていた。
「戻ろっか、ニャオハ」
抱き抱えていたニャオハに一声掛けて、他の見送りをしていた生徒と同じく寮への道を戻る。
生徒たちが連休の予定を楽しそうに話し合っているのが聞こえてくる。リコも同じく、ワクワクと胸が弾んだ。
*
「はじめまして、リコさんですね」
「……はい、どちらさまですか?」
「おばあさまの代理人です。手紙を預かってきました」
ワクワクとした気分が台無しになった。
急に訪ねてきた男性のせいだった。髪をセンターから黒と白に色が分かれているのが特徴的だ。
センター分けにしているので顔が良く見える。端整な顔立ちだが、無表情で瞳が妙に怪しく見えた。
ニャオハも興奮気味に唸っている。それに含めて、祖母が自分に手紙を出すなど何も聞いていないし、手紙を出すタイプでもない。
「あの……これは一体」
「事情は後程。大切なペンダントをくれぐれも忘れず持ってきてほしいとのことです」
遮るように男が言った。急かされているような印象を受け、やはり違和感が生じた。
そんなに性急な用事であるなら手紙というのが変ではないか。電話の方が早い。
代理人とだけ伝え、名乗りもしない。そこも引っかかる。
リコはあえて何も気にしてないように笑顔を作った。
「準備してきます。待っていてください」
今度はリコが有無を言わせず言った。
「いやいやいやいや」
思わず連呼する。
結論はやはり変だということだ。
「ペンダントを持ってこいなんて、絶対に怪しい」
違和感は既に”怪しい”へと変わっている。
部屋に戻ったリコはどうしようかと困惑しながらも思考を巡らせていた。
おばあちゃんに電話で確かめる? いや、そんな時間はないよね――。
下手すると部屋まで踏み込まれるのではないかとさえ感じていた。身の危険を感じるのだ。確認の連絡をしている余裕はない。
ペンダントを素直に渡そうとは思えない。リコはベッドの下に保管してあるペンダントを取り出し首に引っ掛ける。
荷物がまとめてあったリュックを背負い、次にスマホを取り出しトキワの名前をタップする。
コール音が鳴りだすのと同時に扉をノックする音が響き、リコは窓から飛び出した。