夜の嵐に突っ込む間際、襲撃はあった。フリードの言っていた通りだったが、来ることが分かっていれば大したことはなかった。
既に嵐が近く、暴風雨の中エクスプローラーズは飛行タイプのポケモンに乗り追ってきた。しかしこの天候の中でポケモンに乗り、飛行すること自体が危険行為。トキワがやったことはシンプルだった。
ハバタクカミ。一度見せてくれたムウマに似たポケモンを出すと一言指示する。
絶対にあてず”あやしいひかり”を打てーー。
もし当たればポケモンは混乱しまともな飛行は困難。乗っているトレーナーは墜落リスクが高くなるだろう。数発、身体の横をすり抜けるよう打つとエアームドに乗った二人はすぐに慌てたようにスピードと高度を下げていく。
一人アーマーガアに乗ったトレーナーは追いすがった。追加の指示をリコとニャオハに出す。
視界を”このは”で遮ってくれ。その状態で”あやしいひかり”をもう一度。速度はゆっくりと打ってやれーー。
唯でさえ視界の悪い夜。このはが視界を塞ぎ、そこから急にあやしいひかりが飛んでくるのだ。あてない様にしているが、相手からしたらたまったものではないはずだ。
そこでついにアーマーガアのトレーナーも襲撃は諦めたように減速していった。
鮮やかな手並みに、フリードが言っていたトキワの傍が一番安全であるという言葉に信憑性が増す。トキワはもしかしなくても凄腕のトレーナーなのではないか。
嵐の中でリコはトキワの腕にしがみつきながら、そんな事を思った。
襲撃をやり過ごした後、部屋に戻ったトキワとリコは休むことにした。特にリコはもう疲労の限界にきていた。足がいうことをきかない。
トキワは心配してくれたのだろう、声をかける訳ではないがしばらくの間一緒にいてくれた。今は上手く話せる自信もなかったので、それだけでリコはよかった。
やっと一先ずの心の整理ができたタイミングでトキワが立ち上がり言った。
「じゃあ、そろそろ俺は自分の部屋に戻る」
「……え? この部屋って私と先輩の部屋じゃないんですか?」
「そんなわけあるか。男女で同室はないだろ」
「私は別にいいんですけど」
「よくねぇよ」
だって旅するとなるとテントとかで一緒に過ごすこともあると聞いたし、毎回街で宿を取れる訳ではないと聞いていた。
だからもしトキワと旅をするときはそういうことにもなると思っていたし、それが普通だと思っていたのだ。
「それは野宿しかないときの話しだろ。こんな立派な船での旅なら個別の部屋で過ごすのが普通だ」
そういうものなのか。だがそれは置いておいて、リコの願望としては離れたくなかった。今までの状況を整理する。
学園で不審者に襲われる。聞けば彼らは犯罪者集団のようなものらしい。どうにか逃げることは出来たものの、次はいきなり旅にでることになったのだ。
当然だが何にも準備などしていない。この船の者たちはトキワの知り合いで悪い人たちではないのだろうが人見知りのリコにとっては安心して頼れる相手はトキワしかいない。
一言で言えば、不安で仕方ないのだ。
「……一緒にいてくださいよ」
「そ、ういうわけには」
トキワの服の袖の端っこを掴むと、困ったように反対の手で頭を抱えた。困らせてしまうのはわかっているが、今は一人になりたくなかった。
「今は……一人はいやです」
「……わかった。今日は一緒だ」
なんだかんだ受け入れてくれるとは思っていた。しかし安心するのと一緒に、また面倒くさいところを彼に出してしまったとも思う。我ながら矛盾だらけだ。
だが安心した。一気に眠気が襲ってきた。時間はすでに日をまたいでいた。いつもなら眠っている時間である。
「……ふぁ」
「そうだな、俺も眠い。さっさと寝ちまうか」
「はぁい」
一緒の部屋で過ごすことを一度決めてしまったトキワは割り切ったようにさっさとジャケットを脱いで椅子に雑にかける。
リコもそのまま着てきた制服のブレザーを脱いで、備え付けてあったハンガーに掛けるとベッドに身を横たえた。
「はい、先輩」
「……はぁ、なんで慣れてきてんだ俺は」
「はやく寝ましょう? 電気も消しますよ」
「はいはい、わかったっての」
二人がベッドに横になると肩が当たる。当然シングルベッドだ。小柄であれば二人で寝ても大して窮屈でもないが男性のトキワが横になればどうしても身体は触れる。
だが気にならない。少し当たるくらいで丁度よかった。リコもトキワも言った通りお互いこの距離感に多少慣れたのだ。
その証拠に心臓が高鳴るよりもまぶたが重い。
「……おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
まぶたを閉じると意識が急速に遠のく。完全に眠りにつく前に頭を撫でられた様な感触と「頑張ったな」という声が聞こえた。
__ああ、よく眠れそうだ。
心地よい浮遊感に包まれながら意識を安心して手放した。
*
窓から差し込む日の光でリコは目を覚ました。
慌ただしく旅が始まり、最初の夜が明けた。嵐の中の飛行で、窓の外は随分と雨風の音が強かったが、リコはぐっすりと眠れていた。
不満は隣で一緒に眠っていたはずのトキワがいないことだ。先に起きてるらしく部屋を見回しても姿がない。
あくびを一つして、目が少しずつ冴えてくると実感する。学園の寮ではない。夢ではなく、自分は旅に出たのだ。
「不思議な気分」
学園にきてまだ一ヶ月だというのに、もう旅に出ているなんて飛び級でもしてしまった気分だ。
なのに不思議と落ち着いている。パルデアから出るときはとても不安だったのに。
「ニャオハ」
にゃ!__。
ボールを開きパートナーを呼ぶ。
元気に鳴き声を上げてニャオハが膝の上に乗ってきた。
昨日はとても頑張ってくれた。明らかに今のニャオハより格上の相手だった。リコが今無事でいられるのもニャオハのおかげだ。
「昨日はありがとう、ニャオハ。すごくかっこよかった」
にゃおは!__。
嬉しそうに鳴くニャオハは昨日の勇敢さが嘘の様にかわいらしい。
労うようにしっとりとした背中を撫でると、また嬉しそうに鳴いた。
暫くの間撫でていると、扉が開く。トキワだった。
「先輩」
「ああ、起きてたか」
「はい、さっき起きました。起こしてくれてよかったのに」
「疲れてたろ? 寝れる時寝とけ」
膝に乗っていたニャオハに挨拶するようにトキワが頭を撫でる。
「昨日はよくやったな」
自分と同じようにニャオハに語りかけるトキワになんだか嬉しくなる。自分のポケモンが褒められると、自分のことのように嬉しかった。
「起きたなら、出られるか? みんな集まってる」
「はい、すぐ着替えますね」
「急がなくていい。待っててやるから落ち着いて用意しろ」
再びトキワが部屋を出て行く。外で待ってくれているようだ。
一緒の部屋だと着替えの時困るのだと今更気づく。やはりずっと一緒の部屋で旅をするのは難しいようだ。
切り替えて、バックに入れてきた私服に着替える。いつまでも制服のままなのは動きづらい。部屋から出るとき一応荷物に入れてきた服だ。急いでいたから着替えが足りないかもしれないが、一先ず我慢するしかない。
「よし、こんなところかな」
着替えを済ませ、髪を寝癖が目立たない程度に整える。鏡は備え付けられていて、変なところがないか確認してから部屋を出る。
「お待たせしました」
「……おお」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」
それはなんでもある反応なので気になる。なんだろう、身だしなみは整えたはずだが、まだ寝癖が直りきってなかったか。
「皆さんのところに行く前に、変なところがあったら言ってください」
「ない」
「じゃあなんで目を逸らすんですか」
「……」
できるだけ視界から外そうとする様子に、トキワの顔に触れてこちらを向かせる。
「言ってください」
「別に……似合ってるなと思っただけだ」
「へ?」
「……ただ、足だしすぎだ」
「……」
この人は急に刺してくるなと思った。簡単に顔が赤くなってしまう。
ただ少し嬉しがっている自分も大概だ。
「えっち」
「悪い……」
「いいですけど」
この服持ってきてよかった。
次制服を着る時はスカート少し短く着ることも検討しよう。
肌が出ている太ももが気になってつい触れてしまう。涼しげな格好なのに熱くなってしまった。
好きな人との旅って大変だ。
ミーティングルームには既に船員が揃っていた。船長のフリード、船医を務めるモリー、コックのマードック、そして初めてみる活発そうな褐色肌の女性はメカニックのオリオ。あとは唯一老人のランドウだが、船ではいつも釣り竿を垂らしている姿しかないらしいが、相談役だろうか。
初対面とのメンバーとの挨拶を交わし終えると、早速といったようにフリードが口を開いた。
「リコとトキワには来てもらって早々悪いんだが、嵐の影響で船の調子が悪くてな。歓迎会をやってる暇はなさそうだ」
「故障してるってことですか?」
「船の高度がどうにも上がらないの。エンジンは異常ないからおかしいと思って調べてみたら、ガス袋が一部破けてるわ」
リコに詳しい船の構造は判らないが、ガス漏れがあり高度が上がらないようだ。応急処置で済む程度の故障ですぐに墜落するようなことはないらしく安心する。
「近くの島に着陸する。幸い知り合いが近くの島に住んでるんだ。そこで修理をしようと思う」
「それが一番安全だな」
トキワも頷く。昨日は嵐に突っ込んだが旅は本来、安全第一なのだ。
「島には俺と、トキワも来てくれ。男手が欲しいからな。リコは船でポケモンたちを見ていて欲しい。その他メンバーは各自の仕事を頼む。それじゃあ、行動開始!」
初めての仕事のためか、リコとトキワには具体的な役目を伝え、メンバーには各自任せている。各自の仕事振りを信頼しているらしい。
リコは初めての役目に嬉しくなった。なんだか旅をしているという自覚が湧いてきたのだ。
ブレイブアサギ号は、ゆっくりと近くの島を目指し、進路をとった。船のトラブルも、揺らぎも旅特有のものに感じられて、旅に出た実感が少し湧きだした。