夜。ブレイブアサギ号は静かな浜辺に泊まっていた。既に日は落ち、辺りは真っ暗になっている。
昼間の騒動で疲れ切ったリコは船の自室で相変わらずトキワと寝ていた。といっても別々のベッドである。帰ってきたら何故かベッドが一つ増えていたのだ。そしてトキワの部屋には何故かベッドがなくなっていた。
頭を抱えながら大きなため息をついたトキワを尻目にフリードが言った。
「まだ子供なんだから変なことはしないようにな!」
額に青筋を立てたトキワがヘルガーにフリードをかみつくよう指示を出していたが、フリードの逃げ足は速く風のように操舵室へと消えていった。
バケモノめ、と憎たらしくトキワが言ったがリコは感謝しながら、この恩恵を受け入れた。
ゆっくりと身体を休めていたリコだったが、不意に情けない悲鳴が船に響き目を覚ました。
隣をみるとトキワも起きてベッドから立ち上がっている。手には用心のためにモンスターボールが握られていた。
「なにかあったんでしょうか」
「見に行ってくる、お前はここにいろ」
「一緒に行きますよ、一人の方が不安です」
二人は寝間着の上から上着を羽織ると甲板に出た。ピカっという鳴き声が聞こえ、のぞき込む。そこにはキャップと、踏んづけられている見覚えのある少年の背中が見えた。昼間助けられた少年、ロイだとすぐに気づくと同時に困惑する。どういう状況だろうか。
「えぇ? なんでいるの?」
「あ! リコじゃん。それにトキワさん、ごめんなさい。来ちゃいました!」
踏みつけられながらも笑顔をこちらに向けてくる様は、夜であることも相まって多少怖かった。昼間も感じていたが、向こう見ずな性格らしい。まさか船に忍び込んでくるとは。
「……やんちゃな奴だな」
騒ぎを聞きつけてきた船のメンバーが次々と駆けつけてくる。当然ロイを知らないメンバーはロイを見て訝しんだがフリードとトキワが説明すると警戒を解いた。
ロイは立ち上がると頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「その、ホゲータに会いたくて。このままお別れは嫌だなって思って、それで」
「ったく、だからって船に勝手に乗り込むのは駄目だろ」
「ごめんなさい」
「まぁ来ちまったもんは仕方ないな。それにしてもそんなにホゲータを気に入ったのか」
「気に入ったというか、一緒にいたいなって思って。ポケモンにそんな気持ちになったことなかったから」
それは、つまり。
「パートナーになりたいってこと?」
「……うん、きっとそうなんだと思う」
「ロイの気持ちも大事だが、もう一つ大事なのはホゲータの気持ちだ。二人の気持ちがしっかり合わさらないことにはパートナーにはなれないぞ?」
ロイの気持ちを抑えるようにフリードが諭すように言った。確かに一方通行の気持ちではパートナーにはなれない。
これから長い時間をともに過ごすパートナーになるのには、相応の覚悟も必要なことだ。
「そうですよね……どうすればいいんだろう」
「……ホゲータをパートナーにしたいって気持ちは本当だな」
「はい! もちろんです!」
悩んでいるロイにトキワが声を掛けた。トキワの真剣な目に、ロイはひるむことなく即答した。
「そうか。フリード、今日はもう遅いし泊めてやれないか?」
「ああ、もちろんだ。こんな夜中に子供一人で帰せるか」
「いいんですか?」
「明日ホゲータに気持ちを伝えてみるといい。気持ちを通い合わせるのが何より大事なことだ。……難しいがな」
「頑張ります!」
そんなロイを穏やかに見つめながら、トキワは微笑んだ。
以前より穏やかな表情が増えた事に喜びながら、ロイを見つめる鋭くも優しい光を含んだ瞳に胸がもやつく。
ああ、いつもの面倒くさい自分が出てきたとリコは感じた。
嫉妬だ……これ__。
元々面倒くさい性格だったのに、また悪化した。
ロイは今晩はフリードの部屋で寝るみたいだ。それを見送ると、他のメンバーも各自の部屋に戻っていった。
「俺たちも戻って寝るぞ」
「はい、そうですね」
悟られないように努めて笑顔で返す。それを見たトキワが足を止めた。
「……」
「どうしました?」
訝しそうな目でリコを見てきたので、不思議に思い聞き返した。
トキワはリコに近づくと、さっきと同じ瞳で目を合わせた。
「無理して笑うな」
「え?」
「わからないとでも思ったか」
「な、なんで」
わかったのか。そして悟られたことにリコは急に悪いことがばれたように縮こまった。こんな面倒くさい部分は嫌われるような気がしていた。自分の汚い部分だと思っていたのだ。
リコの気持ちを無視するように、ぶっきらぼうに続ける。そんな汚れくらいなんでもないという様にズカズカとトキワは踏み込んだ。
「お前が俺の表情でなに考えてるのかわかっちまうみたいに、俺もお前のことがわかってきたってことだ」
そういえば確かに学園にいたとき、そんなことを言った。どんな表情していたかで、何となく伝わってしまう。ずっと見てしまうから。
「それくらい、俺もお前のことを見てるつもりなんだがな」
「そ、うなんだ」
「それじゃあ足りないか」
「時々足りなくなるかも……です」
返事を聞いたトキワはリコの頭を優しく撫でる。安心させるようにゆっくりと、髪が乱れないように気を遣ってるのがわかった。
「子供扱い」
「まだガキだろ、お互いに。これくらいしか思いつかない」
「でも、良いです」
「そうか」
「寝ましょうか、眠れそうです」
「ああ」
部屋に戻るとベッドに入る前にまた頭を撫でてくれた。ベッドは別々だが、感触が残っている。胸の内のもやはなりを潜め、静かになった。
今は耳の中で心臓がゆっくりと鼓動を打つ。ベッドによこに鳴りながらトキワを眺める。暫くすると瞼が重くなってきて、それに逆らわず目を閉じた。
*
朝になって甲板に出ると、既にロイとフリードが着替えを済ませて出発の準備をしていた。
横からオリオが眠そうにしながら顔を出す。どうやら修理で夜更かししたようだった。しかし結局の所、材料不足で修理が追いつかないようだ。
フリードは今日こそ修理に必要な材料を調達するために早起きしていたようだ。
「修理の材料のこと爺ちゃんなら知ってるかも」
「朝飯食べたら行ってみるか」
「私も行って良いですか?」
「ああ、今日はリコに頼むとしようか。トキワはどうする?」
「……船の番をしよう」
本日のリコとトキワの役割は逆になった。トキワは何か気にかけているようでリコはどうしたのか訪ねる。
「学園で襲ってきた奴ら、フリードはエクスプローラーズって言ってたな」
「ああ。最近評判の犯罪集団みたいなもんだ。質が悪い」
「そろそろ追いつかれてもおかしくないと思ってな」
「あ……」
そうだった。エクスプローラーズを追い払ってから数日。ここで船が停まってしまえば彼らが追いついてくる可能性が高まる。
「あのまま退いてくれる保証もない。停まってる船なんて良い的だ。船がやられたらどうしようもなくなる」
「そうだな。それじゃあ船を頼む」
「リコ、ペンダントはどうしてる?」
「着けてます」
「大事にしてろ。奴らの狙いがペンダントだろうがお前だろうが守ってやる」
「はい!」
「もし戦いになったらできる限り時間を稼げ。必ず駆けつける」
信頼を込めて返事をする。のんびりとしている暇はないようだった。リコは気を引き締めてフリード達と駆けだした。
島にはリコとフリード、ロイの三人で向かった。向かってみて分かった事だがロイが言う爺ちゃんとは島の長老のことだった。
フリードとトキワが昨日訪ねていたようで、事情は簡単には説明しているようだ。
話の前に夜中勝手に出歩いたロイに一喝されたが、それ以降は静かに話を聞いてくれている。表情は変わらず不機嫌そうながらも団子を出してくれたりともてなしてくれた。
ロイに良くしてくれたお礼のようだ。リコ達が食べやすいようにと自分から一つ団子を手に取って食べ始めて言った。
「ときにフリード、昨日の困りごとは済んだのか」
「いやぁ、それが……あ」
緑の団子を見ながらフリードとリコが閃く。昨日会った虫ポケモン達に協力して貰えればと。
「虫ポケモンの強力な糸なら、なるほど。じいさん、訪ねてきてなんだがどうにかなりそうだぜ」
「……島のポケモン達なら力を貸してくれるだろうさ。わし等はいつもそうやって暮らしてきたからな」
「それじゃあ、早速行ってみよう。ロイ、すまないが案内頼めるか?」
「もちろんだよ! 爺ちゃん、帰ってきたらちゃんと謝ります!」
「ふん……怪我だけしなければいい。行ってこい」
ぶっきらぼうに話す長老の口調は強いが声音にどこか暖かさを感じる。トキワもこんな風に話す時があるので、リコは思わず笑った。
大切にされてるんだ__。
フリードが出発しようと立ち上がり、リコとロイもそれに続こうとすると聞き慣れたポケモンの鳴き声が届いた。
「ホゲータ? なんでここに」
泥だらけになりながら何かを知らせたいように騒ぐホゲータが村にやってきた。
その様子にリコは胸がざわついた。胸の内を表すように空に黒い雲がかかっていったのが見えた。