ポケットモンスター 始まりの合図   作:ウミガメ2号

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2話 手当て

 ニャオハと出会った日から数日が経った。

 あの人とは、まだ再会していない。同じ学園の生徒なのだから、学園内で見つけられると思ったのだが見当たらなかった。

 初対面で受けた印象から、目を引く人だと感じたため見逃したというわけではないだろう。

 リコも慣れない土地での新生活に慣れるので精一杯だ。探しに出る余裕は、まだなかった。

 既に傷が塞がった右手を撫でる。もう痛みはない。だが心がチクチクした気分だった。

 まあ、原因はそれだけじゃないんだけど――。

 隣で寝転びながら毛づくろいをしているニャオハを見る。最近増えたため息をこぼれた。

 

「ねえねえリコ!」

「アン。どうしたの?」

「バトルやってみない? ポケモンバトル!」

「や、やったことないよ?」

「私もだよ! それにさ……なんかきっかけになるかもしれないじゃん?」

「……なるほど。そうかも」

 

 ルームメイトのアンがポケモンバトルに誘ってきた。

 アンは、学園に入学してできた初めての友達だ。ルームメイトということで初めて会話したのも彼女である。

 元気でいつも笑顔でおおらか。自分とは正反対の性格だが、すぐに仲良くなることが出来た。

 大雑把に見えるが、気遣いが出来る人だからだろう。

 今日だって、ニャオハとの距離感に悩んでいたリコを見て誘ってくれたのだ。何かのきっかけになるかもと。

 

 「それに、私がやってみたかったの! パートナーと出会ったら、テレビで見るようなバトルしてみたいって」

 

 アンの隣には彼女のポケモン、ミジュマルがいた。彼女と同じく笑顔で鳴き声を上げているところからやる気になっているようだ。

 ニャオハを見ると面倒くさそうにしていたが、リコはアンの申し出へ乗ることにした。

 

「うん、ありがとう。じゃあやってみようかな」

 

 

 結果として、初めてのポケモンバトルは負けだった。というよりバトルになっていたのかも怪しい。

 指示さえろくに出来なかったのも悪いが、ニャオハもリコが指示する前に動き出してしまう。

 トレーナーとポケモンの息が合わない。これでは誰とバトルしても結果は変わらない。

 

「それじゃあ勝負にならないよ、リコ」

 

 困ったようにアンは言った。これほどとは思わなかった、という具合である。

 上手くいかない。ずん、と心が重くなる。

 見ればニャオハも不満気な表情。自分も同じような顔をしているはずだ。

 

「もう、いつも無茶ばっかりして、何考えてるのかわかんない」

 

 言ってから気づく。

 あぁ、ブーメラン。……もしかして、私とニャオハは似た者同士?――。

 

「お互いのしたいこと分かり合って、ぶつけなきゃ……って聞いてる?」

「あ、ごめん。……がんばる」

 

 お互いのしたいこと。なんだろうな、とニャオハを見ると目が合った。

 

「……そうだ」

 

 にゃあ。と返事がする。

 初めて意見があった。そんな気がした。

 

 

 *

 

 

「ニャオハ! いくよ!」

 

 夜。リコはニャオハと寮を抜け出し、湖に向かった。

 ここならあの人に会える気がする。来なくても、その間はニャオハと特訓も出来る。

 夜の外出が許可されているのは上級生だけだ。まだ幼い新入生の場合、夜間外出は禁止されている。

 見つかったら叱られるんだろうな。だが考えるだけで、実際には身体が動いていた。

 リコは性格とは逆に、行動は大胆な時があった。

 

「このは!」

 

 リコの声にニャオハは首元の葉の形をした毛皮を震わせた。次第に光りこのはの形を取ろうとする。

 力を込めるように唸りをあげるが、このはにはならずに光は散っていく。失敗だ。

 

「駄目かぁ……」

 にゃあ――。

 

 不満気な鳴き声とともにリコも同じ様にため息交じりに呟いた。

 ぼうっとしながら空を見上げる。

 月が遠くに光っている。満月だった。

 なんだか遠くて手を伸ばしても届きそうもない。

 頑張っても無駄。そんな気分になってしまう。

 

「ニャオハ……」

 

 

「何やってんだお前」

「わっ!」

 

 突然のことに、リコの鼓動は一気に早くなった。

 見つかってしまった。夜間の外出禁止を破ったところを早速。

 身体が冷えていくような感覚だった。

 

「あの……ご、ごめんなさい!」

「……ったく、落ち着け。頭上げろ」

「あ、あれ?」

 

 この声には聞き覚えがあった。もしかして、と頭を恐る恐る上げる。

 

「別にチクったりしねぇよ。だから落ち着け」

「……あなた、は」

 

 あの人だった。

 やれやれ、といった風にリコを見ている。そんな姿が何だか似合っている。

 それと同時に胸に安堵が広がった。早くなっていた鼓動がゆっくりとしたリズムを取り戻す。

 会えた――。

 嬉しかった。まだ何も知らない人のはずなのに。

 にゃお、と足元に来ていたニャオハが鳴く。見ればどこか不安そうな表情をしている気がする。

 なんでだろう、と考えているとポタっと何かが滴るような音がした。

 

「……あ」

 

 満月の光で湖は明るかったので気づいた。

 彼の手から赤い雫が滴っている。

 リコはまた鼓動が早くなった。

 

 

 *

 

 

「ほら、早く手を出してください」

「……なんでこうなってる」

 

 リコは彼の荷物にあった応急キットを開き、詰め寄っていた。

 先日、手当てしてもらった事のお礼のつもりである。

 

「これくらい、なんてことねぇ」

「いいですから、早く綺麗にしないと傷が悪くなるって言ってましたよ」

「……ちっ」

 

 彼は不貞腐れたようにするも、素直に従った。以前の自分の発言から、バツが悪くなったようだ。

 彼ほど上手くはないが消毒し、傷口を綺麗にして薬を塗る。基本的なことは出来た。

 ゴツゴツしてるな。それによく見ると傷だらけ……――。

 手当てしながら手を触れ、見る。これほど傷だらけなら応急キットが手放せないわけだ。

 いつも自分でやっているから、あんなに上手になったんだろうなと納得がいった。

 

「もしかして、ニャオハ。この前、怪我してる事に気づいてたの?」

「だろうな。心配そうに寄ってきた。それにしたってもっと警戒しろとは思ったが」

 

 にゃ!――。と肯定するようにニャオハは鳴く。

 なるほど。だからこの前のニャオハの行動に少し納得がいった。

 

「あの、この傷。いつも何をしてるんですか?」

「言う必要はねぇだろ」

「そうですけど……」

 

 にゃあ、と横で心配そうに見上げたニャオハが鳴く。リコも同じような顔になった。

 

「……ただの特訓だ。ポケモンバトルのな」

 

 彼はまたバツが悪そうに答えた。

 答えがリコと同じ内容で、リコは嬉しくなってはにかんだ。応急キットを片付けようとすると、バックに入れる様彼が言う。

 その通り入れようとすると、バックの中にキラリと光る何かを見つけた。

 

「あ、これ……」

 

 ペンダントだった。綺麗な緋色の輝きを放っており、何処かリコが祖母から譲り受けたペンダントに似ている気がした。

 

「綺麗……」

「……ただのお守りだ。俺が首に下げてると似合わねぇもんでな」

 

 自分には関係ない物のはずだが、リコは妙に親近感が湧いた。気づいたらいきなり口に出していた。

 

「私も……特訓してるんです。まだ失敗ばかりだけど」

「そうか」

 

 言ってしまおうか。あなたを探してたんですと。

 けどいきなりこんなこと言うのはおかしいか。なんでまた会いたかったのか。

 ニャオハは懐いているから、という理由がありそうだがリコに関しては自身でもよくわかっていなかった。

 

「ニャオハとの特訓、見てもらえませんか」

 

 不思議だった。人見知りなはずなのに、自然とそう口が動いた。

 リコの蒼い瞳が真っすぐに男をとらえた。

 彼が怪訝そうな表情に変わる。ニャオハは嬉しそうな表情に変わった。

 面倒くせぇ。なんで俺が。そう言われると思えたが、だからこそ不思議だった。

 リコの瞳が彼の黒い瞳と交わる。真っすぐ見つめ、逸らさずにいると舌打ちを1つして男は口を開いた。

 

「この傷が治るまでだ」

 

 この怪我では特訓ができないからな、と続けた。

 

「それで良いなら、見てやってもいい」

「はい!」

 

 不思議と断らない気がした。

 

「私、リコって言います! よろしくお願いします! えっと……先輩!」

「……なんでこうなったんだかな」

 

 リコが巻いた包帯を見ながら彼は嘆息する。

 

「トキワだ」

「……え」

「名前だ。俺の」

 

 トキワ。

 トキワ先輩。

 リコは胸の内で何度か繰り返した。

 

「はい、トキワ先輩」

「不思議な感じだ……ムズムズしやがる」

 

 私もです。不思議な感じ――。

 いつの間に心がチクチクする様な、鈍い痛みが消えた。

 

 リコは寮に戻るとベッドの下に置いてある、ペンダントの箱を開けた。お守りだから、明日からちゃんと身につけておこうと思った。

 トキワの持っていた緋色のペンダントを思い出す。何だか色違い見たいだなと勝手に思い、不思議と嬉しくなった。

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