ポケットモンスター 始まりの合図   作:ウミガメ2号

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3話 似てる

 翡翠色のペンダントが炎の赤色に照らされた。

 リコのペンダントを照らした光はトキワの傍に立つポケモンの口元から溢れ出ていた。

 

 「ヘルガー! かえんほうしゃ!」

 

 黒く逞しい犬型のポケモンが口を開くと、真っ赤な炎が湖に向かってほとばしる。

 黒く鋭い目に大きく反り返った角が、そのポケモンの力強さを際立たせている。口元には”かえんほうしゃ”の残り火が妖しく揺れていた。

 その火は側に立つトキワを照らした。彼の黒い瞳もペンダントと同じ様に炎が灯った様に見えた。

 

「綺麗……」

 

 思わずリコは呟いた。テレビでバトルでの技の繰り出しあい見ることは合っても、間近で見たことはあまりない。

 ポケモンの技ってこんなに綺麗なんだ――。今後自分とニャオハもこんな風にできるのか、今は想像もできなかった。

 

「……そうじゃねぇだろ」

「あ、ごめんなさい!」

 

 呆れたようにする彼の横で、ガウッとヘルガーは誇るように吠えた。

 リコの後ろに控えていたニャオハも尊敬するような目を向けている。

 ニャオハもすごい、と感じたのだろう。

 

「これが出来るようになるまで、10年近くかかった」

「そんなにですか?」

「俺がコイツと出会って、一緒に過ごしてそれくらいは経つ。お前も最初は言うことなんて聞かなかったな」

 

 穏やかな声で話しながら、ヘルガーを撫でる。ヘルガーは先程とは違い、バツが悪そうに顔を逸らした。

 なんだか、先輩と似てるな。似るのかな、と自分とニャオハのことを思った。

 

「撫でてみるか」

「いいんですか」

 

 ヘルガーに目を向けると、リコにゆっくりと歩み寄った。触ってもいいよ、という合図に見えた。

 こんなに大きなポケモンに触るのは初めてで、恐る恐る手を伸ばし触れる。

 

「……わぁ」

 

 見た目の力強さとは裏腹に、その毛並はしっとりと滑らかだ。触れていて気持ちいい。

 ヘルガーも心なしか、心地良さそうな顔に見える。

 

「触れるのは、俺が許せば大丈夫だが……こんな顔するなんてな」

「え?」

「そこまで気安い奴じゃないって事だ」

 

 そう言われると嬉しい。自分でもポケモンと仲良くなる事は出来ると感じられて、口元が緩んだ。

 トキワは改めて続けた。

 

「俺たちがポケモンに求めていることを、ポケモンたちが理解するまでには時間がかかる」

 

 忍耐が必要である。信頼関係を築くのは時間を要する。

 特訓が始まってからトキワはしきりに口にしていた。彼が大事にしていることなのだろうと分かった。

 

「だが、お前たちはそんなにかかんねぇだろうけどな」

「そ、そうですか? 全然上手くいかないのに」

「上手くいかないから、コイツのこと理解しようって色々試してたんだろ」

 

 言いながらニャオハの頭を撫でる。相変わらず気持ちよさそうにニャオハは受け入れている。

 悔しい気持ちも、もうあまりない。きっと先輩がすごいんだ、とリコは思うことにした。

 

「言うことを聞かねぇと言って怒る前に、なにかできることがあるんじゃないか。考えることは一緒に過ごす上で重要だ」

 

 お前はそれが出来ている、そう続けた。

 思わず口元が緩みそうになる。そういえば、入学してから褒められたことなんてなかった。

 今までは両親が頑張れば上手くいかなくても褒めてくれた。あれは、すごく大切な言葉だったんだと痛感した。

 最近は頑張ってるのに上手くいかない日が続いていたから、リコは嬉しくなった。

 

「時間なんていくら掛けても良いんだよ。まして会ったばかりだろ」

「はい」

「話しかけてやれ。言葉は交わせなくても気持ちは交わせる。技だのバトルだの、そんなのオマケみたいなもんだ」

 

 そうすれば、あとは時間の問題でしかない。

 口調は常にぶっきらぼう、という表現が似合っていた。

 だが、それ故に本当に思ってる事なんだろうとわかり、その態度が有り難くもあった。

 

「先輩って……」

「なんだ?」

「ポケモンが好きなんですね」

「……なに?」

 

 トキワは顔をしかめた。いや、悲しそうに見えた。

 何故そんな顔になったのか、リコにはわからなかった。

 

「だって、すごく沢山話してくれるから」

「……さぁな。そろそろ時間だろ、帰る支度しな」

 

 悲しそうな顔を見ると、リコも同じ様に悲しくなった。

 だからだろうか。

 

「わかりました。……あ、その前に包帯巻きなおします」

「いらねぇよ。大丈夫だと言ってるだろ……って、おい」

 

 触れたくなった。

 彼の手を撫でてあげたくなった。

 だから返事を聞く前に、手早くキットを開く。

 リコも既に慣れたように、道具を取り出した。

 トキワはため息を1つ吐き、リコに怪我した右手を差し出した。

 

 やっぱり、酷い傷――。

 

 裂かれたような傷口だった。

 あの夜の後、病院に行ったようで傷口はしっかりと綺麗にしてもらったようだ。

 この傷が塞がるまではしばらくはかかるだろう。

 早く治ると良いなと思いつつ、治ったら特訓も終わりになるんだろうなと思う。

 もう少しだけ――。ゆっくり治ってほしいなと思った。昨日から身につけ始めたペンダントに祈る様に触れた。

 自分は相変わらず面倒くさい性格だと思った。

 

 

 *

 

 

「今日はポケモンの歴史に関する授業の続きをやっていきますよ」

 

 先生の言葉を聞き、生徒たちは前回授業で勉強したページを開きだした。

 リコも同様に歴史の教科書とスマホロトムで資料を開く。授業もオリエンテーションを終え、徐々に本格的な勉強に入りだした。

 入学してすぐの頃にあった生徒たちの浮足立ったざわめきも今では少なく、教師の話す内容に耳を傾けている。

 歴史の授業は好きな方だ。過去の出来事や古いポケモンのことを知るのは、リコにとって面白いことだった。

 出身のパルデアにあるアカデミーでは歴史に力を入れている教授も多い。

 

「世界の歴史について有名ものだと……パルデア地方の大穴。通称エリアゼロが有名かな。皆は知ってるかい?」

 

 パルデアの大穴。エリアゼロ。

 パルデア地方の中央部に位置する巨大な大穴だ。研究によると100万年以上前から存在していたことが判明しているらしい。

 最奥には宝が眠っているという伝説もあるのだとか。今までに研究者たちが大規模な調査団を何度も派遣し、調査を進めている。

 ポケモンリーグによって立ち入りは厳重に規制されており、数年に1、2回程度に調査団が今でも派遣されている。世界的に見ても有名な場所と言えるだろう。

 

「リコは知ってる?」

 

 教師の話で興味が湧いたのか、後ろの席のアンが声を掛けてきた。リコがパルデア出身ということで聞きたくなったのだろう。

 

「知ってるけど、全然詳しくないよ。実際に見た事ないし、テレビでたまにニュースになるくらいだから」

「そっかぁ。けどすごいワクワクするなぁ……」

 

 エリアゼロかぁ。今まで、凄い場所の近くに住んでいたんだなぁ――。

 

「数年前に派遣された調査団では調査中多くの怪我人も出たそうで、危険な場所には違いないと言われているんだ。しかし、人は未知なものを調べてみたくなるんだろうね。歴史の教師としては、やっぱり興味深くて……おっと、脱線しちゃったな」

 

 話し始めると次第に熱が入っていた教師も、一通り話し終えると我に返った様で授業はその後滞りなく進んだ。

 リコは自分の住んでいた場所の話題が出て少し興味が湧いた。リコは後でちょっと調べてみようかと、スマホロトムのメモ機能にエリアゼロと書き込んだ。

 

 

 *

 

 

「先輩はエリアゼロって知ってますか?」

「……知ってるが、それが何だ」

 

 トキワは怪訝そうな顔で返した。

 授業で出てきたので、とリコは付け加える。

 最近は放課後になるとアンとお喋りやバトルの練習をして過ごし、夜はトキワといることが多くなった。

 アンに早速彼氏か、とからかわれたのは記憶に新しい。

 事情を説明したが、ニヤニヤしていたので納得していない可能性が高い。

 だが、その様に言われる程度にはトキワと過ごす時間は多かった。

 

「私はパルデア地方出身で……お母さんも、パルデアでアカデミーの先生をやってるんです。だからかな、なんだか気になって」

「そうか……エリアゼロの事は俺も良くは知らねぇが」

「もしテストとかに出たら大変だし、少し調べてみようかなぁ」

「……おい、さっさと始めねぇと帰るぞ」

「ご、ごめんなさい! 今日もよろしくお願いします!」

 

 ニャオハをボールから出し、頭を撫でる。スキンシップを重ねた事で撫でさせてくれる様になったニャオハはリコに挨拶する様ににゃあと鳴いた。

 

「大分慣れてきたみたいだな」

「はい、気まぐれだけど触らせてくれる様になりました」

 

 リコは頬を緩ませて言った。

 足踏みすると良い香りがする事や、日向ぼっこが好きで、どんな場所でお昼寝をするのかまで把握している。

 

「ここまできたんだ。俺に出来る事ももうねぇだろ」

 

 その言葉にドキリとする。

 まだその言葉は嫌だった。

 悟られないよう、曖昧に笑ってニャオハに向き直った。

 

「よし、今日こそは……」

 

 息を吸って、吐く。気持ちを落ち着けて、ニャオハを見る。ニャオハは一度鳴き声をあげ、リコと目が合った。

 

「このは!……あれ?」

 

 ニャオハはリコの指示は聞かず、欠伸をしてしゃがみこんでしまう。

 ど、どうしてだろう。最近は少し指示を聞いてくれるのに――。

 

「……まだもう少しかかりそうなのかもな」

 

 その言葉に、胸が重くなるのと同時にまだ見ていてくれるという気持ちになる。

 相変わらず自分は面倒くさい性格だな、と感じながらニャオハを見た。

 

「……あ」

 

 こちらに目を配っている様子を見て思う。そう、ニャオハについてわかったこと。

 それは、やっぱり私とニャオハは似ているということ。

 もしかして、上手くいったらこの時間が終わっちゃうと思ったから?

 そうだとしたら、と考えると思わずリコは吹き出した。

 

「どうした?」

「……いえ、ニャオハは気まぐれだなって」

 

 リコの言葉に、ニャオハは鳴いて返事をした。

 

「すいません。まだ見ていてくれると助かります」

「……まあ、仕方ねぇだろ。時間かかるって言ったのは俺だからな」

 

 はい、そうです。だから、もう少し見ていて下さい。

 内心で呟いた。

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