ポケットモンスター 始まりの合図   作:ウミガメ2号

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4話 近いのに

 夜明け前だった。

 春の夜明け前は少し肌寒い。そのせいで何時もより早くに目が覚めてしまったらしい。

 リコはぶるっと身体を震わせ布団に再び包まった。

 時計を見ると何時もの起床時間より1時間程早い。二度寝してしまおうかと考えたが、思いの外目が冴えている。

 仕方ない、とリコは身体を起こした。

 かといって、何をやろうという訳でもない。ゴロゴロとベッド上で時間が過ぎるのを待つくらいか。

 

「……そうだ」

 

 エリアゼロ、とスマホロトムに打ち込み、検索する。

 詳しい事は民間には伝わっていないが、基本的な事はすぐに出てくる。どれも今までテレビ等で見かけた事のある情報でリコが知っていることがほとんどだった。

 調べると言っても、専門的な知識が必要になってくるのかもしれない。

 他には何かないだろうかと検索を続けた。

 

「あ、これ観測隊の記事?」

 

 探しているうちに、とあるネットの記事に辿り着く。数年前に書かれて、本にもなったものの一部抜粋の様だ。

 

「エリアゼロの怪物……観測隊の人が致命傷」

 

 授業で教師がしゃべっていた内容が書かれていた。ポケモンが人にそんな大怪我をさせてしまうなんて、とリコは考えてしまう。

 だが、実際にはポケモンと人との事故やトラブルは多い。ともに生きているからこそ、このような事がなくなることはないのだ。

 だからこそお互い尊重出来るような関係を作ることが重要になる。それを何歳からでも学べるように故郷ではアカデミーは開かれていた。

 

「……もっと勉強しないとなぁ」

 

 更に検索していく。次は動画サイトで調べた。普段は配信者の動画ばかり見ているが、今日の目当ては違う。

 エリアゼロや観測隊、探検隊など思い浮かぶキーワードを入れて検索していくと何個かインタビュー動画が残っていた。まだ寝ているアンを起こさないように音量を下げる。

 動画の1つをひとまず、という気持ちでタップした。

 投稿日は今から10年近く前だ。

 

「今回の探索は、私が隊長を務めます」

 

 インタビューに答えているのは精悍な顔の偉丈夫だ。周りには隊のメンバーとそのポケモン達が控えている。

 次々と質問に堂々と、ハキハキとした声で答えている。

 確かにリーダー然としていて、頼りになりそうだとリコは思った。

 

「私が隊長を務めるのは初めての事です。観測隊としてエリアゼロの未知の部分に突き進んでいきたいところではありますが、隊員の命を預かる者として逸る気持ちを抑え、安全を守りながら探索を行いたいと思います」

 

 質問に答え終わると、インタビューを締めくくった。

 すると後ろで控えていたポケモン達の中から一匹のポケモンが男に寄り添った。

 男とポケモンは目を合わせると笑顔で頷きあった。

 そこで動画は終わっている。

 

「……この人のポケモンもヘルガーなんだ」

 

 それから他の動画をいくつか見ていた。

 何本目かを見終わるとそろそろアカデミーに行く準備をするため動き出す時間になった。

 リコはアンを起こそうとベットから起き上がった。

 

 

 *

 

 

「先輩って、カントー地方の出身なんですか?」

 

 特訓の休憩をしているときに、リコは何げない疑問を口にした。

 最近こうした気安い、何気ない会話をすることが出来るようになったのだ。

 リコが学園生活の中でこうした世間話を出来るのは、アンとトキワの二人しかいない。他のクラスメイトと仲が悪い訳では決してない。遊びに誘われた事だってある。

 だがリコはトキワとアンの二人で十分だと思っていた。二人と話している時が何より楽しいし、安心するのだ。

 

「近くにトキワの森ってありますよね。そこから名前をとったのかなって」

「……そうだな、確かにそこから取ったって聞いたな」

「やっぱり」

「生まれはパルデアだ。母さんがカントー出身で親父がパルデア出身だ」

「え、そうなんですか? 私もパルデア出身っていったじゃないですか」

「どうでもいいだろ、出身がどうのこうのなんて」

「同じ故郷出身ってだけで親近感湧くんですよ」

 

 初耳だった。同郷ということに驚いたし、嬉しかった。

 言った通り同じ地方の出身というだけでも、不思議と親近感がわくものだ。

 更に聞けばコサジタウンの出身らしい。知り合いはいないが、確かオレンジアカデミーの近くの街だったと記憶している。

 思ったより近くにいた事に、何故だか嬉しくなった。

 

「リコはなんでこっち来てんだ?」

「それを言ったら先輩もですよ」

「……俺は転校だ。家の事情でな」

「そうだったんですか。私は……」

 

 会話をしているうちにリコの頬が緩んだ。

 そうだ、学園に通ったら友達と駄弁ったり、遊びにいったり、そういったものに憧れていたんだ。

 何にもないと思っていた自分が変わるきっかけを求めてこの地方にきたけど、来てよかった。

 前より自分自身が明るくなった気がしていた。

 すると同じく休憩していたニャオハがにゃあ! とリコの膝に飛び乗った。

 見ると、リコばかりずるいと言うような顔である。

 

「ニャオハも先輩とお話したいの?」

「ったく変わった奴らだ。お前らは」

 

 そういってトキワはニャオハを撫でる。

 ポケモンと接する時、先輩はすごく優しい顔になる。やっぱりポケモンが好きなんだと思う。

 最初は分からなかったが、不愛想な顔がいつもよりわずかに緩むのだ。

 その顔がリコは良いなと思っていた。いつもそんな風にしていればいいのにと思う。

 ニャオハを見れば、見事に顔が崩れてふにゃっとしている。蕩ける、とはこういうことなんだろう。

 いいな。気持ちよさそう――。

 

「……おい、なにしてんだ」

「え?」

「え、じゃねぇ。なんでお前も頭向けてんだ。コイツの真似か?」

「なっ!……」

 

 無意識だった。流石に普段はこんなことしない。確かにニャオハを見て羨ましいと思ったが。

 ……羨ましい?――。

 なんでそう思ったのだろうか、とニャオハを見る。すると、なんだか勝ち誇ったような顔でふっ、と笑っていてカチンときた。

 

「はいっ、お終い! 戻ってきなさい!」

 

 気恥ずかしさを感じ、リコはニャオハに手を伸ばす。

 しかし、ひょいとニャオハは何度も避ける。触れても毛皮が滑らかで、更に身体を捩るため中々捕まらない。

 

「おい、人の身体の上で暴れんな!」

「もう! 先輩も、ちゃんと持っていてください!」

「ったく、お前らは……うおっ!」

 

 中々先輩から離れようとしないニャオハに業を煮やし、強引にでも捕まえようとリコは決めた。トキワの上に手を広げて覆いかぶさる。

 そうするとニャオハは逃げ場がなく、胴体をがしりと掴むことに成功する。逃げないように痛くない程度の力で抱きしめた。

 にゃあにゃあ鳴いたって、離してあげない。私だってたまには怒るんだから、とニャオハをじとりと見れば降参したらしく自らボールに収まった。

 

「はあ、ニャオハってば最近よくからかってくるようになったなぁ」

「……そうか、とりあえず降りろ」

「……え?」

 

 リコとトキワの間にいたニャオハがボールに戻ったため、二人の距離は必然近づく。

 顔を上げてみると、鼻先が触れそうだった。

 ここ最近はずっとトキワといたが、こんなに近くで顔見たの初めてだった。お互いの息をする音も聞こえた。

 リコの顔に熱が集まる。いつの間にかくっついていた胸に気づいて心臓も早くなったが、何故か落ち着く。矛盾。

 少しの間、静寂が降りた。夜ということもあって辺りは静かだ。

 リコには、自分とトキワの音しか聞こえなかった。

 

 ……ロトロトロト! と静寂を割くようにロトムが鳴った。自分のではない。トキワのだ。

 助かった。不思議と身体が固まって中々動かなかった。

 この音が動き出すきっかけとなり、リコはトキワの上から起き上がった。

 

「あ……あはは、ごめんなさい」

「別にいい、気を付けろ」

 

 別に気にしていない、という風にリコは立ち上がった。

 今日は月が雲に隠れている。辺りは薄暗く、離れると顔色が良く見えないくてほてった顔を隠せるのが有難い。

 心臓はまだ収まらない。顔の熱が引くまで少し時間がかかりそうだ。まだ、トキワの顔を見られない。

 わき目でトキワをちらと見れば、リコに背を向けている。先ほどのスマホロトムからのメッセージを見ているようだった。

 

「今日はもうお終いだ」

「……はい、わかりました」

 

 その言葉に、顔の熱が下がった気がした。

 トキワは振り返り、リコに一歩近づいて言った。

 

「安心しろ、怒ってねぇ」

「あ……はい!」

 

 こういうとき自分は単純だとも思うし、面倒くさいとも思う。この言葉だけで安心するし、この言葉がないと不安になるのだから。

 

 そして足早に寮に戻った。帰り道は喋れなかった。

 トキワと離れて、また面倒くささがぶり返して来るのがわかった。

 さっきスマホロトムから来たメッセージの相手。

 見えてしまった。罪悪感と、モヤモヤとした気持ちが生まれてくる。

 

「……アオイってどんな人なのかな」

 

 ああ、やはり自分は面倒くさい。

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