ポケットモンスター 始まりの合図   作:ウミガメ2号

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6話 色が混ざる

「あの、ごめんなさい」

「いや、俺がうかつだった。お前もここの事は知ってると、わかっていたはずだった」

 

 あの後イダイナキバをボールに戻したトキワとリコは寮への道を歩いていた。まだ雨は止まず、2人の足元を汚している。

 

「中々場所がねぇんだ。バトルコートにキバを出すわけにもいかない」

 

 イダイナキバはエリアゼロのポケモンだ。うかつに人の目に触れたら、厄介なことになる可能性もある。

 新種のポケモンや個体数の確認が少ないポケモンのことを研究したくなるのが人の性だ。

 いずれ世に出ることはあっても、まだ早いとトキワは話した。

 

「先輩はエリアゼロに行ったことがあるんですか?」

「ああ、仲間と一緒にな」

 

 それがアオイさんのことだろうか。

 

「……あの」

「なんだ?」

「私……先輩の事、もっと知りたいです」

「……」

 

 口にしてから、踏み込んで良いことなのか怖くなる。嫌われたくなかった。

 トキワは少しの間考えるように黙っていたが、静かに言った。

 

「わかった」

「い、いいんですか?」

「今日みたいに、急に来られるよりはマシだってだけだ」

「うっ……」

 

 明日休みだから、その時に話すと約束してもらった。

 こんなに人に執着したのは初めてで、自分でも驚いている。

 隣を歩くだけで胸が温かくなる人なんて初めてだったし、こんなに嫌われたくない人も初めてだった。

 トキワといると生まれる感情は何もかも初めてだった。

 

「今日は戻るぞ……キバを暴れさせてやったから騒がしくし過ぎた」

「はい……あれ?」

「ん、なんだ?」

 

 二人が寮の近くまで来ると、警備員の数がいつもより多い。騒がしかった。

 見つからないように木の陰から耳を向けると”不審者”というワードが聞こえてくる。

 

「不審者?」

「この近くでか?……くそっ、面倒くせぇ」

 

 警備員の数を見ると比較的に人が割かれているのは新入生や女子寮の様だ。

 これではリコが寮に戻るのは難しいだろう。

 

「どうしよう……」

「参ったな。キャンプ道具も今はない。そもそも不審者が出たってことならお前を放って置くわけにはいかない」

 

 ドキリとすることを急に言わないでほしい。心臓が騒ぐ。赤くなってしまう顔を隠しながら、アンの言った言葉が頭を過ぎった。

 

 朝に帰って来たっていいんだよぉ?――。

 

「男子寮の方は警備員さん……少ないです」

「わかってる。だが俺だけ戻れても意味がない」

「……せ、先輩の部屋なら大丈夫ですよね?」

「……なに?」

 

 口と喉が渇いて、掠れそうな声になった。

 それに、顔を見ることができない。自分も、トキワもどんな顔をしているのかわからない。リコは顔を隠すように逸らした。

 少しの間、どちらも声を出さず雨の音だけが響いた。

 

「早くしないと、男子寮の方にも人が来るかも」

「……」

 

 観念したようにトキワはため息を吐くと、リコの手を取って歩き出した。

 

「こい……窓から入る」

「は、はい!」

 

 迷いなく寮への裏道をトキワに手を引かれ進む。足取りに淀みがないことから、この入り方をするのは一度や二度ではないらしい。

 人がいない事を慎重に確認し、トキワはポケモンを静かに出した。

 

「ハバタクカミ」

「わっ……」

 

 驚きそうになる口を慌てて塞ぐ。

 イダイナキバもそうだが、このポケモンも見たことがない。大きな髪が翼を為しているように見え、眼球は赤く瞳は怪しく黄色に光っている。

 リコが知っている所だと、ムウマに似ているポケモンにみえる。そのポケモンはリコを訝しげにジロジロと見た。

 

「安心しろ。こいつは俺の……何だろうな。とにかく、部屋まで運んでくれ」

 

 ムウマに似たポケモンはうなづき、大きな髪の一房をトキワとリコの腰に巻きつける。

 

「わっ……」

「少し我慢しとけ……よし、飛んでくれ」

 

 落ちない様に巻き付いた髪の上からトキワはリコの腰に手をまわす。二人の身体はピッタリとくっ付く様な形になった。

 

 ち、近すぎ――。

 

 リコの心臓がまたスピードを上げる。身体がもたない。

 身体の熱、匂い、鼓動の音。全部が伝わってしまいそうだった。いっそ伝わってしまった方が、言葉にするより楽かもしれなかった。

 

「……あれ?」

「なんだ?」

「い、いえ。なんでもないです」

 

 トキワの部屋の窓まであっという間に着いた。身体の事情をいうなら助かったし、残念だった。もう少しくらいなら耐えられたのに。

 

「先輩の匂い……香水。女の人の髪?」

 

 雨の匂いに混じって、甘い香りがリコの鼻腔をくすぐる。

 ジャケットには長い緑の髪の毛が付いていた。

 

 

 *

 

 

 トキワの部屋は物が少なかった。

 備え付けの棚にはコップと食器が少しだけで空白のスペースが多い。

 本棚にはポケモンの生態や歴史の本が並んでいて、部屋の中ではここが、一番物が多かった。

 男の寮暮らしだと、こんなものだとトキワは言った。

 その他で部屋の中で何より目を引いたのは写真だった。その写真にはトキワ以外に何処かで見覚えのある人が写っている。

 

「これ、先輩と……お父さんですか?」

「ああ」

「動画で見た観測隊の隊長……」

「そんな動画が残ってんのか。確かにテレビとかには出てた事もあったがな」

 

 確かこの人が観測に出た年のことだったはずだ。

 

「先輩は、エリアゼロに行ったことがあるって」

「そう言ったな」

「何でそんな危険なところへ」

「話はしてやる。明日って言ったろ。……少し時間がかかるし、今日はもう疲れた」

 

 トキワはジャケットを脱ぎ、木製の椅子に引っ掛けた。引き出しからタオルを取り出すとリコに渡した。リコも受け取り濡れている部分を拭き取る。

 拭き終わったトキワは椅子に足を組み腰掛ける。硬そうで座り心地はあまり良くなさそうに見えた。

 

「お前はベッド使え」

「……え」

「床で寝せる訳にもいかねぇ」

 

 言いたい事は分かるが、それはまだ思春期に入りたてのリコには刺激が強すぎた。

 好きな人の部屋にいるだけでも心は一杯一杯だというのに、ベッドに寝る? 心臓が止まってしまう。

 

 っていうか、え? 好きな人?――。

 

「む、無理です! 先輩の彼女に誤解されるかもしれないし! 悪いです! ああ、もう何言ってるかわかんなくなってきた……!」

「……おい、彼女がなんだって?」

「だって、アオイさんって人からメッセージ来た時嬉しそうな顔してましたもん!」

「な、に?」

 

 トキワの顔が呆けて固まっているのが目に入る。

 こんな表情ははじめてみた。

 

「それに! メッセージきた次の日にはどこかに出かけるし! オシャレだってしてたし!」

「この……口閉じろ!」

「むぐっ!」

 

 ぐいっと口元を押さえられる。

 拍子にバランスが崩れ、後ろのベッドに倒れ込んだ。

 見ればトキワも顔を赤らめていた。これも、初めてみる表情だった。可愛らしいかった。

 押さえられた唇がトキワの手にあたって、リコも恥ずかしかった。

 

「……お前は興奮すると、本当に手がつけられん。めちゃめちゃ早口になりやがって」

「んぐっ!」

「オマケに良く見てやがる。ったく、なんで俺の表情の変化なんぞで色々わかるんだ」

 

 それは先輩が特別だ。他の人のふとした変化なんてきっと気づくことさえない。

 落ち着いたか、と問われ頷くと手が口から離れていく。

 

「……今日会ったのはアオイじゃねぇ。パルデアにいた時の友人だ」

 

 トキワはスマホを取り出して、写真アプリを起動させた。

 

「これが俺の仲間だ」

 

 画面に映るのは、トキワとパルデアにあるオレンジアカデミーの制服を着た少年少女達だった。

 皆なぜだかボロボロだが、眩しくなる様な笑顔だ。

 その中でも真ん中に映る少女へリコは目を惹かれた。

 

「この人が……アオイさん」

「ああ。……さっきお前、彼女とか言ってたが違う」

「本当ですか? 先輩から女性がするような香水の匂いがしたから、会ってきたのかなって」

「そんな事までわかるのかよ。アオイとはそういう関係じゃない」

「……そうなんだ」

 

 顔の赤みを残したままトキワはリコの隣に座った。ベッドが彼の重さでギジリと沈み込む。

 

「俺が入る隙間なんぞなかっただけの話だ……ったく、あの太眉野郎が。さっさと気づいてやれっての」

「え? それって」

「……なんでもない」

 

 トキワはほんの少し寂しそうに、笑いながらこぼした。

 じゃあ自分にも可能性があるのか。こんな風に思っているのがバレたら嫌われるかもしれない。

 絶対に言えないが恋人がいなくて嬉しかった。

 

「アオイの相棒もニャオハでな。お前達と似てたな」

「……それじゃあ」

「勘違いすんなよ。だから特訓見てやってるとかじゃない……なんでか放っておけなかったんだ」

 

 トキワは少しだけ口を緩ませる。穏やかに微笑むと、背中を倒しベッドに身を預けた。

 

「お前といると……疲れるな」

「ご、ごめんなさい」

「……いや、悪くない」

「え?」

「仲間と旅をしてた時を思い出す。アイツらとの旅は苦労したし大変だったが……気分は良かった」

 

 目をつぶり、思い出すような口ぶりで話すトキワの顔は穏やかだ。リコは相槌を打つでもなく、ただ聞いた。

 トキワが大切にしていることを語ってくれるだけでも、なぜだか嬉しかった。

 

「お前も旅をする様なれば、わかるかもな」

「なら……先輩と旅をしてみたいです」

「……今日はもう寝ろ」

 

 トキワは手を伸ばし、リコの頭を撫でながら言った。

 良い子だから、今日はもうお終い。そう言われているように感じた。

 リコもそれ以上は言わず、ベッドに身を預けた。さっきまでベッドの上にいるだけでどうにかなりそうだったのに、トキワに頭を撫でられただけで今は不思議と落ち着く。

 ニャオハもこんな気持ちだったに違いない。なるほど、確かに勝ち誇りたくもなる。

 顔を横に向けると、すぐ傍にトキワの顔が見える。眠れるかが心配だ。

 

「いつもニャオハといるからか……花の香りがする」

「そう……ですか?」

「……香水の香りより、断然良い」

「……」

 

 疲れていたようで、普段は絶対に言わなそうなことをトキワが言う。しばらく経つとトキワから寝息が聞こえ始めた。

 眠れなかったリコはトキワを眺めながら過ごした。眠っていることを確認してから呟く。

 

「……好きです。先輩」

 

 伝えるのに苦労した言葉が自然と出た。

 トキワに身を寄せて、目をつぶる。

 眠れなくたって良かった。

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