ポケットモンスター 始まりの合図   作:ウミガメ2号

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7話 大切にするということ

 起床するといつもと違う部屋の景色。認識するのに少し時間を要した。

 隣を見ると、誰もいない。ぼうっとしながらも、時間を見ようとスマホを取り出す。

 見るとメッセージが来ていたので、読む。アンからだ。

 

 一通目。遅いけど。大丈夫?

 二通目。え、マジで泊まるん?

 三通目。リコ! ちゃんとゴム持ってんの?

 

「……あ」

 

 思い出す。少しずつ頭のエンジンがかかってきた。身体も熱を生み出し、顔が火照る。

 そうだ。昨日は先輩の部屋でお世話になったのだ。男の人の部屋に泊まるなんて、アンが誤解してしまうのも無理はない。

 というかやっぱりアンって耳年増なんだな、と恥ずかしがりながらも何処か冷静に考えた。

 

「おい」

「ひゃい!」

 

 声を掛けられ、ビクッとする。慌てて振り返った。

 呆れたようにトキワがエプロン姿で立っていて、リコは不意打ちを食らった気分だった。

 

「起きたなら、メシ食え。もう出来てるからよ」

 

 夢に出そうなシチュエーションだなとひとごとさの様に思う。漫画でありそうだ。

 このシチュエーションは、端的に言って好みだった。

 

 

 *

 

 

「観測隊で致命傷を負ったってのは、俺の親父だ」

「先輩のお父さんが?」

「他の隊員を守ろうとしたんだとさ。実際重症者は親父だけだった」

 

 約束通り、トキワは自らの事を話し始めた。

 朝食後に淹れたコーヒーで口を湿らせながら話す。彼曰く沢山話すのは久しぶりで口が渇くらしい。

 トキワと同じようにリコも砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲む。味はあまりわからなかった。

 

「イダイナキバに壊滅的被害を受けて撤退。親父は身体が不自由になって、今はリハビリ生活をしてる」

「そんな……」

 

 暗い顔しなくて良い、とトキワは続けた。

 

「パルデアにいると、エリアゼロのことが気になるらしくてな。リハビリ中だってのに探検に出たがるからって、母さんの実家があるこっちで過ごしてる」

「じゃあ……お父さんは大丈夫なんですか?」

「リハビリはしっかり進んでる。日常生活は問題ないが、後遺症が残れば冒険は難しいかもな」

「先輩の……その、キバって」

「エリアゼロで会ってな、気づいたら戦って……ゲットしちまってた」

 

 トキワは腰のボールを掴み、答える。

 

「コイツがやったとは限らねぇ。同じポケモンってだけ。その方が可能性高そうなもんだ」

 

 それは正論だ。だがそれだけでは片付けられない気持ちがあるはずだ。

 家族が下手すれば死んでいたかもしれないのだ。

 だからかとリコは納得した。昨日のトキワとイダイナキバのギクシャクとした関係は、そういうことなのだろう。

 

「……コイツを前にするとビビっちまう。……ったく、世話もまともに出来ねぇのに、何でゲットしちまったのか」

 

 物悲しそうにしながらボールを戻し、またコーヒーを口に含んだ。

 

「キバだって本当のところ困ってんだろ。腫れ物扱うよう接しちまう。そのつもりはなくてもポケモン達は感じ取る」

「先輩……」

「お前の方がよほどトレーナーに向いてる」

「そんなこと」

 

 寂しそうにトキワはこぼした。

 リコはどんな言葉を言えば良いのか分からず、ただ苦い思いが胸に湧き出てくるのが止まらなかった。

 しばしの間沈黙が流れた。トキワが手をリコに見せながら沈黙を破った。

 

「……約束だったな。怪我が治るまでだと」

「あ……」

 

 嫌だった。その言葉は一番聞きたくない。

 トキワの右手はすっかり傷が塞がり、傷跡ももはや消えかけている。

 特訓の約束は怪我が治るまで。確かに覚えている。だが、これでこの関係が終わるのは絶対に嫌だ。

 

「悪いな……そろそろキバの事をケリつけたい。じゃないとアイツ、苦しいまんまだろ」

「ど、どうするんですか」

「まだわからん。だが、どうしようもなかったらエリアゼロにキバを帰してくる事も考えなくちゃならねぇ」

 

 コイツの幸せを考えるなら、俺といるより余程良いだろうと続けた。

 先輩らしくない。わかっているはずだ。ゲットして分かり合えないからと逃がすのは、トレーナーとして無責任な行為であると。

 

「俺にトレーナーの資格なんぞないがケジメはつける」

 

 もっと他に何か絶対あるはすだ。良い方法が。

 しかしリコには思いつかなかった。もっと勉強しておけば良かった。この人にこんな悲しい顔をさせない力があれば、と泣きそうになる。

 もし先輩の仲間がいたら。アオイがいたら何かが違ったのだろうか。

 

「先輩と……一緒にいるの、駄目なんですか」

「そんな顔するな……問題にケリつけたら、また相談にでも乗ってやる」

「でも」

 

 困ったようにトキワが頬をかいた。こんなにも慕われているとは思わなかったようだ。

 リコもこれほど幼い頃のようにごねるのは久しぶりだった。

 昨日と同じように、トキワはリコの頭を撫でながら笑った。

 

「ありがとな……キバの悩みを人に話したのは初めてだ。少し気が楽になった」

「はじめて?」

「情けねぇがな。……あいつらに心配かけたくなかった」

 

 仲間だからこそ、打ち明けられないものがある。そうなのだろうか。

 リコには、まだあまり分からない。だが、どうしたいか心の中で決めていた。

 今は自分が先輩の助けになりたい。仲間に頼れない状況なのだとしたら、なおさら。

 何が出来るかなんて分からないが、そう決めた。

 

「今日は戻りな。同じ部屋の子が心配してんだろ」

「そ、そうかなぁ」

 

 とはいえ、今ここで出来ることはないのかもしれない。

 トキワ自身も一人で考えたいことがあるだろうと、リコは素直に応じることにした。

 

 部屋には一人でコソコソと帰った。

 トキワが送ると言ってくれたが、アンが余計変な妄想をしてしまうかも知れなかったからだ。

 それがなければ、少しでも一緒にいたいから送ってほしかったが、リコは我慢した。

 部屋に戻ると、興奮した様子のアンが待っていた。その相手をする方が大変だった。

 

 

 *

 

 

 「といっても、どうすればいいんだろう」

 

 あれから早くも数日が経った。4月もそろそろ終わりが近づいてきている。

 窓から外を眺めれば桜もほとんどが散っている。この学園に来てから早くも1か月が経とうとしていた。

 あと数日で5月に入り、大型連休が待っている。だがリコは、この連休中は帰省する気がなかった。

 念願かなってこの地にやってきたのだ。まだ1か月しかたっていないので、まだ帰る気にはなれない。

 それに今はトキワの事が気掛かりで帰省の事を考えられない。

 

「先輩とキバを和解……って喧嘩してるわけじゃないんだし」

 

 お互いがどう接するればいいかわからない様子だった。

 他のポケモンだったら、トキワはゆっくりと時間をかけて信頼関係を作っていくのだろう。

 本来、自分よりずっと関わり方は上手なはずだ。家族の事さえなければキバとだって、どうにか上手くやっていけたのだろう。

 

「あの時の先輩、ずっと落ち着かないみたいだったな」

 

 トキワの言葉を思い返す。

 ……コイツを前にするとビビっちまう。――。

 彼にも怖いものがあるのだ。キバと話すときも震えながら、頑張って普段通りに振舞っていたに違いない。

 

「ねぇ、アン」

「んー? 何かなぁ、また先輩の事考えてたの?」

 

 ニヤニヤとしながらアンは返事をする。

 数日前にトキワの部屋に泊まり、朝帰りしてきてからアンにはからかわれてしまう。

 まあ、気持ちは少しわかる。男性と一夜を共にしたなど、思春期の女子からすれば興味の尽きないことなのだ。

 

「うん。ずっと先輩のこと考えてた」

「……おおう。すごいなぁ乙女は」

 

 恋する乙女は大抵の事には無敵だった。からかいの類は通用しないようだ。

 アンは呆れたような顔で訊き返した。

 

「そんで何を聞きたいの?」

「えっと、苦手なポケモンとの仲良くなる方法……かな?」

「なにそれ。うーん」

 

 アンは考え込むように唸った。

 やはり難しいことなのかもしれない。例えば女子たちには虫ポケモンに苦手意識を持つ子が多い。

 悪いポケモンではないとわかっていても、触れるのさえ怖い子もいるのだ。トキワのは少し特殊であるが。

 

「私は難しいことわかんないからなぁ……前にさ、リコに言ったことが私の全部だよ」

「私に言ったこと?」

「言いたいことをぶつけ合うこと!」

「そ、それだけ?」

「うん! けど、最近これが一番難しいことなのかもって、リコとニャオハ見て思ったよ」

 

 リコは妙に納得した。確かにそれが分かり合うために、最終的に一番必要で難しいことなのかもしれない。

 一番基本的なことが一番難しかった、なんてことは実際多い。トレーナーとポケモンとの関係も当てはまるだろう。

 

「けど、先輩もやろうとしてるんだろうな」

 

 それが出来たら苦労はしないか。

 

「リコー。分かり合うのに苦労しない……なんてことなくね?」

「え?」

「傷ついてほしくないのかもしれないけど。傷はどうしたって出来るよ」

 

 アンはいつもの笑顔を引き締めていた。

 真剣な表情で、こんなアンの表情も初めて見た。

 ここ最近、色んな人の表情を見ている気がする。

 

「傷ついたら、そばにいてさ。頑張ったねって言ってあげるんだよ。これ、私がお母さんにしてもらった事なんだけど」

「……私もしてもらった事ある」

「でしょ……やんちゃして怪我した時も優しく抱きしめてもらったら、すぐ泣き止んじゃったもん」

 

 それは力になるのだろうか。

 トキワが望むか、分からない。傷つきたくないのはリコも同じだ。力になりたいのは本当なのに、拒まれることを恐れている。

 

 だけど……――。

 

 彼が悲しまないのなら、拒まれたって構わない。

 そう思えた。簡単なことだった。トキワの力になりたい気持ちの方が勝っていることに気づけた。

 やっぱりこういう時は相談するのがいいのだ。一人だったら、動き出すことも難しかったに違いない。

 

「アンはすごいね」

「いや~、私からしたらリコの方がすごいんだけどなぁ」

「なんで?」

「初めて会ったとき、こんなに大胆な子だと思ってなかった」

 

 真面目な話が終わった合図の様に、アンは顔を綻ばせた。

 どうやら、またからかわれるらしい。だけど、そろそろやられっぱなしもつまらないとリコは思っていた。

 

「私ね……アンのこと好きだよ」

「なっ……ええ、急にナニ?」

「優しい所も、明るい所も……ちょっぴりエッチなことに興味があるところも女の子らしくて」

「ちょ、ちょい待って……」

「アンはちゃんと持ってるの? ゴム?」

「も、もってない……ってか、この話題はやめよ?」

 

 アンは頬を赤らめて戸惑ったように返す。リコから反撃されるとは考えていなかったようだ。

 なるほど、確かにからかうと可愛い所が見られるらしい。

 リコはまた新しいことを覚えた。

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