ポケットモンスター 始まりの合図   作:ウミガメ2号

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9話 緑の祈り

 トキワはポケモンをゲットすることに、あまり興味を持っていなかった。

 ポケモンを捕まえるということは、そのポケモンと今後長い時間を共に過ごすことになると考えていたからだ。

 トレーナーとしてポケモンの事を深く知ることに興味はあるが、捕まえることはしてこなかった。

 

「俺は……トレーナー失格だ」

 

 キバを捕獲した時、長い時間を一緒に過ごす覚悟なんてしてなかった。

 何故捕獲したのだろうか。父に後遺症が残るほどの怪我を負わせたからか。あれから確かに父は大好きだった冒険が出来なくなった。

 今もリハビリ生活を必死にこなしている。それを支えるために母だって苦労が増えた。

 親の仇だとでも思ったのだろうか。自分の大切な日常をぶち壊しやがってと。

 

「違う……」

 

 

 *

 

 

 トキワは倒れているトドロクツキに近づき、今度こそボールに戻した。

 傍らにはキバが立っており、微動だにせず彼はトキワをじっと見ていた。

 

「すまん、キバ」

 

 トキワは背中を向けながら言った。何か言おうとしたが、言葉が上手く出てこず、ボールに手を掛ける。

 だが、その手がボールへ添える前に引き留められた。

 

「先輩……」

「リコ」

「なんだか、そのわかんないですけど」

 

 リコが何を感じたのか、自分でもわかりきってはいなかった。

 だが、何となく感じたのは”今”なのではないかということだった。

 

「話しかけてあげてください」

 

 この約1か月の間、トキワから教わった言葉を返した。

 トキワは目を見開き、情けねぇと溢してからキバへと向き直った。

 

「結局、後輩の言葉に後押しされるってよ。ダサすぎて嫌になるぜ」

 

 リコはニャオハを抱きしめてトキワに近づき、傍へいることにした。それが唯一この場で出来ることだと思った。リコの側に控えていたヘルガーも、何をするでもなく、ただじっとトキワとキバを見ていた。

 

「ニャオハ」

 

 抱きしめられたニャオハが頷いた。

 ニャオハが足を擦り始めると、次第に甘く爽やかな香りが漂った。

 トキワも、キバも少しでも穏やかな気持ちになりますようにと願った。

 

 

「俺はな、お前をゲットするつもりなんてなかったんだ」

 

 キバを正面に向かいあって、トキワは口を開いた。

 そう、ゲットする気などなかった。やむを得なかったのだ。ゲットするしかなかったから捕獲した。だが結局自分の感情が邪魔をして、下らないこだわりのせいでキバを縛り付けていた。

 どうしたらいいかわからず戸惑い、挙げ句の果て逃がそうなど無責任でしかないことを考えたこともあった。

 

「覚えてるか。エリアゼロでお前と会ったとき、縄張りへ入った俺たちに襲い掛かってきたときだ」

 

 戦った時のことを思い出しながら語る。

 その時は仲間とともに戦った。激戦で、一歩間違えれば命を落としていたかも知れなかった。

 傷ついた父の姿が蘇る。もし仲間がそんな目に遭ったらと思うと、ぞっとした。父が仲間を逃がそうと一人で戦い抜いた気持ちが少しだけわかった瞬間だった。

 

「親父のこともあったから、色んな考えが戦いながら浮かんでたんだ。お前相手にそんなことしてたせいだ」

 

 命を落としかけたのが自分だったら、特に何も思わなかったかもしれない。

 だが、それがアオイだった時トキワの中の大事な枷が外れかけた。

 

「俺をかばったアオイが傷つく所を目の当たりにして、頭が真っ白になっちまった」

 

 頭が思考で溢れていた。ほんの一瞬、トキワは隙を見せてしまった。

 逃さぬようにキバが攻撃を繰り出す。それを咄嗟にかばったのが、アオイだった。

 小さな体が必死に自分を助けようとして、傷ついた瞬間をみてトキワの頭の枷がすべて外れたのだ。

 

「アオイが死んじまったかと思ったとき。俺はお前を殺そうとしたんだ」

 

 後ろでリコが息を呑む音がした。

 トキワも手が震えだし、無理やり両手を握りしめた。

 

「ヘルガーも仲間がやられて怒りで我を忘れてた。俺もそれに任せて瀕死のお前に攻撃し続けるよう指示した」

 

 仲間たちが止めなかったら、そのまま命を奪っていた。

 仲間にぶん殴られ、我に返ってから死なないように手当するため捕獲したのだ。

 

「殺そうとした奴がトレーナーなんて……最悪だったろ」

 

 一歩近づき、肌に触れる。

 硬く、ゴツゴツした感触と生きている熱が伝わってくる。

 

「お前にどう思われてるだとか、許されるわけないとか色々考えて、けどトレーナーだからって中途半端に関わって」

 

 話しながら、無意識のうちに何度も撫でた。

 キバは振り払わなかった。ただ、言葉を待っているようにトキワを見続けた。

 

「すまなかった。……そして、聞いてくれるか」

 

 何度も口にしたかった言葉がやっと出てくる。何度となく伝えたかった言葉だった。

 

「……俺の夢は親父と同じ、ポケモン博士だ。色んな場所でポケモン達と出会って、エリアゼロのポケモン達のことも、お前のことも本当はよく知りたかった」

 

 夢を語るのは、父が帰ってきてからやめた。父と同じように生きてみたいなど、口にしたら母がどんな思いをするか。

 父だって、自分と同じようにはなってほしくないだろうと、そう考えていると想像していた。

 仲間達にも一度も言ったことがない。様々な感情や思考で蓋をしていた思いだ。

 

「わかったのは、俺には仲間が必要だ。一人じゃ、何にもできないってずっと気づいてたはずなのにな」

 

 とんだ間抜けもいいところだ。仲間達から離れて、さらに間抜けが加速していた。

 結局のところ、仲間に頼り切っていたのは自分だったのだ。

 仲間がいなければちゃんと立つのも怪しくなっていた。

 

「……リコ、お前のおかげだ」

 

 背中を向けたままリコ伝える。

 リコはじっとトキワを見ていた。思いを伝えるトキワの背中から一瞬も目を離さなかった。

 

「キバ」

 

 目を合わせる。キバもトキワを見ていた。そういえばと、ふと思った。

 キバはトキワが語りかけるときいつもトキワのことをじっと見ていた。それが苦手で、いつも語りかける癖に視線を逸らしていた。

 今やっと目を合わせることで気づけた。キバがどんな目をしていたか。

 

「……ああ、そうか。そんなに真っ直ぐな目で俺を見ていてくれたのか」

 

 こんな男の言葉をずっと待っていたのか。

 これは都合の良い解釈か。ポケモンは言葉を語らない。

 だが、キバの目は何かをずっと待っているように見えた。

 

「俺の……仲間になってくれないか」

 

 キバの目が笑った。

 特徴的な長い鼻が、トキワの手に優しく絡んだ。それでもゴツゴツしているから少し痛い。

 随分待たせたな、と言われているように思えた。

 

「わぁ」

 

 リコが驚いたように声を上げる。周りをみると、緑の光がトキワとキバを包んでいた。優しい、良い香りがする。ニャオハが巻き起こしたのだろう。

 ヘルガーもどこかはしゃぐように吠えた。喜んでいるように聞こえた。

 コノハが月の光に照らされながら舞い落ちて、祝福しているみたいだった。

 

 

 *

 

 

 キバは満足したように、ボールへと戻った。

 恐ろしい姿とは裏腹に、穏やかな一面を彼は見せた。本当は彼は寂しかったのかもしれない。

 エリアゼロという過酷な環境で生きてきたポケモンだ。命のやり取りも日常茶飯事だったろうし、想像でしかないが古代はもっと苛烈だっただろう。

 

「ありがとうよ」

 

 リコは思った。自分は勘違いしてたのかもしれない。

 ゲットされてから、キバは自分を倒したトキワを認めていたのだ。群れのボスであることを認めたのだ。

 だからこそ、もどかしかったし寂しかった。強い自分を倒したものが、怯えるように接してくることが。

 だがそれも今日終わった。怖い顔が穏やかになる様は、悪いが少し面白かった。

 ヘルガーも、キバも、トキワに何だか似ているなと思った。

 

「ヘルガー……お前にも世話をかけた」

 

 ヘルガーが駆け寄ると、トキワは何度も優しく撫でた。

 リコも駆け寄り、ヘルガーを撫でている手とは反対の手を自然と握った。彼の手はまた傷だらけになっていて、どうしてもその手を優しく包んであげたかった。

 トキワの顔を見ると言葉を掛けたくなる。そういえばと、アンの言葉を思い出した。

 そうだ。この言葉はこういう時に伝えるべき言葉なのだと実感した。

 

「……頑張ったね」

 

 トキワは少し驚いた表情をした後、頬を赤らめて微笑んだ。少年のようで、少し大人びたようで、綺麗に見えた。

 リコの心臓は騒がしくなる。直視するのが眩しく、空に視線を逃す。しかし、それを月が見ていた。

 ああ、そういえば月が綺麗だった。面と向かってこの気持ちを言葉にするには、もう少しだけ勇気が必要だった。

 

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