「なるほど、2次方程式は2つの式から解いて…こうですね!」
「うん、合ってるけど、まさかここまでやばいとは思わなかったよ」
俺、黒井夕哉は家庭教師を引き受けると言った翌日にはもう諸々の手続きが完成しており、あとは光屋さんの家に行って、勉強を教えるだけだった。やっぱり怖いよこの家!
彼女の家は白を基調にした3階建ての駅近物件。金持ちだなぁ。しかもここ別荘らしいし。ちなみに女の子の家に行くと聞いて浮かれてしまう人もいるかもしれないが、あの使用人の方、御白曰く「じいや」とその一団にロックオンされているのが伝わってくる為一瞬の浮かれも許されない。めっちゃ疲れる。
「ふー。やっと終わりましたー!」
「といっても休憩したらすぐに再開だよ、早くしないと授業が始まっちゃう、今やってるの中学の内容なんだから」
「わかってますよー。もう、前の先生みたいです」
前の先生と同じ…?つまり厳しくしすぎるとお嬢様権限で解雇か?でもじいやから厳しくするように言われているから…あれ、俺詰んでる?
「ダメですぞお嬢様、しかも同級生にそんな姿を見せるのも云々…」
「あー、貴重な休憩時間がじいやの説教で潰されますー!分かりました、真面目にやりますからー!」
心配しなくて良さそうだ。
「はい、お仕事お疲れ様です。ありがとうございます」
「うん、ありがとう、じゃあまた」
「待ってください!次こそはデッキ持ってきてくださいよ!リベンジマッチするんですから!」
「うん、忘れないようにするよ」
お嬢様権限で、家庭教師が終わったら3戦までデュエマをしてもいいという約束を光屋さんは取り付けたらしい。デュエマ好きなのは分かるけど、その情熱を別の何かに…
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デッキを忘れてなんかない。俺は帰りの公園で大きくため息をついた。俺は鞄からデッキケースを取り出す。ちなみにこのデッキケースは俺が持っていかなくてもいつの間にか鞄に入っている。RPGの呪いの装備だろうか。更に言うなら御白はジャシンに命を奪われそうになったことは覚えていない。アビスのカードの記憶はあるから、アビスロイヤルは不思議なカードとして2人の秘密にはなっている。
「はぁ…あんな都合よく行くわけないよな…」
自分しか持っていないカード、人の命を奪いかねないジャシン。バイトこそ見つかったものの悩みの種は消えない。
公園で黄昏ているとデュエマで遊ぶ人だかりの声が聞こえてきた。
「ブレイズクローでアタック!」
「何をー!シールドトリガー!《スーパー・デーモン・ハンド》!」
あの子達、楽しそうだな。自分も何も考えずにデュエマを楽しめたら…って仕事に楽しむってのも変か。
「おーい、君もデュエマするのかーい?」
デュエマを見ていたのがバレていたのか、横でデュエマを見ていた男性が声をかけてきた。
「まぁ、少し…」
「そっか、君も一緒にやったらどうだい?」
「いや、それは…デッキ忘れてしまって」
「??? ちゃんと持ってるじゃないか?」
「あー、それは…」
「ほらほら、こっちこっち」
その男性に手を引かれるまま、俺は人だかりに混ざる。
「今から俺とこの子でデュエマをするんだ、場所貸してもらってもいいかな?」
「いいよ、竜也おじさんのデュエマ、久しぶりに見たい!」
「おじさんって、僕25なんだけど…」
竜也と呼ばれたその男性が向こう側につく。
「君デュエマ初めて長くないね、デッキシャッフルが手慣れてないもの。どれくらいなの?」
「えっと、1週間くらいですかね?」
「おー、ルーキーじゃないか。皆、ルーキーを応援してやってくれ」
「僕の名前は我龍竜也(がりょうたつや)。君は?」
「俺は、黒井夕哉です。」
「そうか、よろしくね。さぁ、アビスのカードを使って、全力でかかってくるんだ」
「!!?」
「さあ行くよ、デュエマ、スタート!」
俺の2ターン目。
「《ベル=ゲルエール》を召喚!」
「何だあのカード?」「見たことないよ、新カード?」
聴衆がどよめく。やっぱりこのカードは目立ちすぎる。ジャシンなんて出したら…
「大丈夫。全力でって言ってるでしょう?僕のターン、3マナ払って呪文、《芳醇フォージュン》!1枚マナを加速して、こちらのマナの数が4なので、1枚ドローする!」
「と言っても…《レター=ジェンゲガー》を召喚、1枚墓地を増やして、それがアビスなので1ドロー!」
「良いねぇ、皆、これが今度新しく発売される《アビス》だ!是非使ってね!!」
我龍さんが不意に近づいてきて喋ってくる。
「安心して良いよ夕哉くん、僕の仲間がアビスのカードを世界中にリリースする準備をしてくれた」
「そんな事…えぇ…?」
「分かってるよ、都合が良すぎるって言いたいんだよね?違うんだ、アビスが復活して人間界に来ることまでは分かっていたんだよ、だからここまでの準備はできていた。アビスを商品にして、『本物』を紛れ込ませる」
「我龍さんは一体…」
「竜也で良いよ。君より早く、『クリーチャー』のことを知っただけの人間。人は僕をクリーチャー博士と呼ぶんだ!さぁ、ここから本気で行こうか」
我龍さん、いや竜也さんの本気…?
「《王来英雄 モモキングRX》を召喚!そして攻撃する時革命チェンジ!《蒼き団長 ドギラゴン剣》!!」
突然蒼いマントを守ったドラゴンが飛び出してきた。会場がどよめき、俺と竜也さんの声は聞こえない。
「これが僕の相棒、ドギラゴン。人間とクリーチャーは繋がる為にあるんだ。さぁ、ここからだよ、『ファイナル革命』!モモキングを再度バトルゾーンに呼び出し、能力で進化!《アルカディアス・モモキング》!」
「2人ともTブレイカー、シールドを3枚破壊する!さぁどうする夕哉くん!?」
「シールドで受けます!」
「良いね!シールドトリガー勝負というわけだね!」
(強い!前に光屋さんと戦った時より、攻撃力と速度が段違いだ!)
「シールドトリガー!《邪侵入》!…なんで!?発動しない!?」
「アルカディアス・モモキングは光以外の呪文を止めてしまうんだ。だからトリガーが使えなかった。アルカディアス・モモキングでもシールドを攻撃!」
(直感だけど、シールド0枚にするのはヤバい!)
「レター=ジェンゲガーでブロック!」
「パワー勝ちだね、レターを破壊!」
「俺のターン!アビスベル=ジャシン帝を召喚!」
同じく大きく会場がどよめく。ブロッカーでドギラゴンの攻撃を受け止めれば、次のターンで反撃できる!
「なんで…?」
「アルカディアス・モモキングの2つ目の能力、各ターン初めて出る相手のクリーチャーはタップ、つまり攻撃も防御もできない無防備な状態で出るんだ」
完全に完封された。シールドはガラ空き、呪文は唱えられない。ジャシンを、ブロッカーを使えない。こんなに強い人がいたんだ。
「やっぱり君はジャシンを預かるのに相応しいよ。《ボルシャック・サイバーエクス》を召喚、ベル=ゲルエールを破壊するよ」
「えっと、嫌味と捉えて良いんですか、それ?」
「良いや全く。普通の人はこんな状況になったら諦めちゃったりがどうしても態度に出ちゃうんだ。負けって嫌だから、心が誤魔化そうとしちゃうんだね。でも君はまだ、少しも諦めてないだろう?顔が笑ってるもの」
今初めて気づいた。口角が上がっていたのか、前にデュエマをした時、光屋さんが楽しんでたって言ってた理由も…
「君がそのままでいられるなら、君はジャシンの闇を覆い被さる光になれる。そうである限り、ジャシンが君を、君の大事なものを害することはない、断言するよ」
「夕哉くん、ここまでのお礼に2つ大事なことを教えてあげる。デュエマにおいて大事なのは諦めずに勝ちを探し続けること、対戦相手をリスペクトすることの2つだ。それができるなら、君はどこまでも強くなれる」
「ドギラゴン剣で残りの2枚をブレイク!」
「シールドトリガー、ハンマ=ダンマ!墓地を3枚増やして、アルカディアス・モモキングを破壊!」
「…スター進化の効果で進化元のモモキングRXは生き残る」
「これで終わり…ですね」
「あぁ、でもどうだった?」
「…楽しかったです!」
負けたけど、充実感があった。学ぶことが沢山あった。遊びにここまで夢中になれたのは、一体いつぶりだろうか。
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俺と竜也さんは、一緒にコンビニで飲み物を飲んでいた。
「本当に緑茶でいいの?お兄さん言われれば奢るよ?」
「良いんです、緑茶好きなので」
「そう…」
「その、本当にジャシンは悪さしないんですか?」
「あぁ、人間とクリーチャーの契約、君たちが交わしたものは、『人間界では人間の方が権限が強くなる』。クリーチャーはこの世界で生きていくには厳しい環境なんだ。だから正確には人間に頼るしかない」
「そうなんですね…その、竜也さんはどうしてドギラゴンと…」
「僕のことは良いよ。クリーチャー研究家ってくらいで」
「俺のカードが怪しまれないように色々してもらって…本当にありがとうございます、その、なんかあった時連絡できるように…」
「用意周到だね、僕ももしものために交換するつもりだったよ」
なんというか、この人は信頼して良い気がする。そんな感じの雰囲気がこの人からは漂っている。ある意味で有無を言わさない力がある。
「と言っても僕は忙しくていろいろな場所を飛び回ってるから、なんかあった時は僕の友人が対応すると思う、そっちの方にも伝えておくからよろしくね」
「はい、ありがとうございます!」
「あぁ、『君にデュエマを通じていい出会いを』!」
なんていうか、自分に兄が、頼れる人間がいるとしたらこんな感じなんだろうかと思った。そうだ光屋さんに連絡をしておかなければ。嘘をついてしまったことには変わりがないのだし。とりあえず帰ったらの予定が決まった。早く帰らなければ。
先ほどよりも格段に軽くなった足で、俺は帰路に着いたのだった。
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「やぁ光輝(こうき)。彼は大丈夫そうだったよ、うん、プレイもメンタルも合格だ。1週間であそこまで行けるとはすごいね、天才型だね彼は。そしてちゃんと自分のおかれた状況を俯瞰できる子だ。見せびらかしたりする性格じゃなくてよかった。お陰ですんなりアビスをリリースできたよ。僕はシアトルに行かなきゃだから、あとは君に任せる。うん、ありがとう」
「さて、僕は僕の仕事をしなきゃだね」
カードからドギラゴンを呼び出し、その背に跨る。
「クリーチャー達が目覚め始めた。全てがいい人の元に向かえば、僕は苦労しないんだけどね」
愚痴をこぼしながら、僕はシアトルへの旅路に着いた。
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あたしが普段通り公園を走っていると、突然大きなどよめきが聞こえた。カードで遊んでいたみたいだったけど、何をそこまで熱中していたのだろうか。
ただ何となく、負けていた彼のあの顔が、あの闘志に満ちた顔が、どうしても忘れられないというだけで。
次回予告です、今回は僕、我龍竜也(がりょうたつや)がお送りするよ。
今回の出来事を通じてデュエマに本格的に興味を持った夕哉くん、そんな彼に御白さんはカードショップでデッキ改造を勧めるみたいだね。休日のカードショップは出会いが多くて僕も好きだけど、夕哉くんもいろいろな出会いがありそうだね。『君にデュエマを通じていい出会いを』。
次回、「流れるリズムと揺るがぬ頂上」お楽しみに。