笑う猫はテラを楽しみたい   作:すっぴんのハイモア

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リンバスコラボと聞いてひっさしぶりに3章から再開したらクッソ面白かったので初投稿です。
まだ知らない設定いっぱいあるだろうから恐らくガバる。
気づいたら指摘オナシャス!センセンシャル!


「オリジムシの美味しい調理法について」

 幸せってなんだと思う? 

 

 私は四つぐらい思いつくんだよね。

 

 まずは柔らかいベッドで毎日ぐっすり寝ること。疲れた体を枕とシーツに沈み込ませて、寒かったら毛布だって増やせるような生活。

 

 それから、ローンを組んで家を買うこと。自分の名前が書かれた権利書、欲しかったなぁ。壁の色を選んだり、庭にベンチ置いて観葉植物と一緒に日光浴したりとかしてみたかったし。

 

 あと、気の合うパートナーと出会うのも夢だった。私をこの広い広い大地から見つけてくれて、ずっと生きてくれる人が居たら、それだけで満たされそうだよね。

 

 最後は、趣味に没頭すること。

村で評判だったんだよ? 将来仕事にできるかもしれないって褒められてさ。私もそうなれば良いなって思ってた。

 

 まあ、こんな感じで人によって違いはありそうだけど、生きて行くって言うキツい仕事の合間合間に心に燃料を注いでくれる物が幸せだと思うの。

 

 で、当然だけど燃料はタダで手に入らない。何事も引換券がいるもんね?

 

 それは時間だったり、お金だったり、人脈だったり、はたまた運だったり。私も昔引換券を必死に掻き集めてみたんだけどさ、ある日ぜーんぶパーになっちゃった。

 

 今もこの大地のどこかで必死にチェスごっこやってるあのクソ寒い国のせいでね。

 

 チェス盤を囲んでる人には私が暮らしてたところはきっとただのマス目にしか見えなかったんだろうね。そこにどんな景色があって、どんな人たちが暮らしてたかなんて知ってたらあんな無慈悲な一手は打たないだろうから。

 

 結局その一手のおかげで、今の私は住所不定、無職、天涯孤独の荒野暮らし。一年を通して風通しの良いテントの中で足先に穴が空き始めた寝袋で寝て、生涯契約を結んだ黒い鉱石に辟易する平均的感染者ってわけ。

 

LもDもKもないけど、坪だけはすごく広い物件で私の血液中に流れるDV彼氏と二人暮らしとも言えるかも。やっぱ言えないか。

 

 

 

 ここまでの話で、もしかしたら私をかわいそうとか思ったかな? 私も結構そう思うんだけどさ、奇妙なことに四つ挙げた幸せのうち一つは叶ったんだよね。

 

 何かって? 

 

 教えてあげたいところだけど、まずは引換券を取りに行かなきゃ。

 

 お日様を浴びてキラキラ光るナイフを腰に、愛用のクロスボウを背中に、お気に入りの帽子は目眩がするほど鮮やかなピンクと青紫の髪の上に。

 

 焚き火よし、戸締りは、まあ要らないか。テントに鍵かけたって仕方ないし。

 

 外出準備はこれで万端。

 

「さ、''食材''調達行ってみよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤茶色の地平線が広がる荒野を私は歩く。

 

 鼻歌を口ずさみながら、靴裏にまとわりつく土のお誘いを断りながら。

 

「昨日は雨だったからってセンチメンタルにならないでくれる? 湿気た奴は好きじゃないんだよね」

 

 思わず愚痴ってしまうくらいには、濡れた地面は狩りのコンディションとしてなんとも言えない。

 

 地に足ついてる連中は平等に足を取られてくれるけど、羽のある獲物を取るのは結構しんどくなるから。

 

 普通の地面なら全力で走ればなんとか飛び立つ瞬間を狙えるんだけど、湿ってるとどうしても滑りやすいわけで。

 

 足を滑らせてに泥の中を人間ボブスレーみたいに突っ切った後、頭上を飛んでいく夜食を見たときには…乾いた笑いが出た。

 

 でも幸い今日の獲物はどっしり地に足がついてる。

 

 足? よく考えたら腹かな? 

 

 まあどっちでも良いけど、やりやすい相手には違いない。

 

 

 

 そのまましばらく歩くと、地平線からノッポの影が浮いてきた。

 

 生物か無機物か、動いているかどうかここからは判別がつかない。

 

 荒野で生きて行く上で、相手を先に視認するのはすごく大事だ。

 

 それは獲物を逃さないのもそうだけど、マズい相手との接触を避ける唯一の手段だからね。

 

 そして、ラッキーなことに私はこういう時の良い方法を知ってる。

 

 なんら特別なことじゃなくて、ただその場で立ち止まって''よく見る''だけ。

 

 目を閉じて精神を集中し、力ある一節を唱える。

 

「ウサギ穴は異界を映す そっぽ向いてる望遠鏡 レンズは私の眼の中に 不思議の国を私に見せて」

 

 歌うように口ずさんだ後、目を開いた。

 

 瞬間、私の視界がまるで望遠鏡を覗き込んだように遠く遠くへ飛んでいき、影の正体を暴き出す。

 

 ところどころ皮の禿げた5メートルほどの枯れ木、根本に立派な樹洞を備えた理想の狩場。

 

「良し! 今日は食いっぱぐれなくて済みそう!」

 

 私はガッツポーズをして、アーツを解除した。

 

 視界がするすると元に戻っていき、慣れた視点が私に返ってくる。

 

 使い初めの頃は軽く酔ったりしてたけど、もう慣れたものだね。

 

 

 

 狩場にたどり着き、私は枯れた木の根元を調べた。

 

 削れたように滑らかになった土に、サッカーボール大のいくつかの穴。

 

 爪研ぎみたいに傷つけられた木の表面。

 

 状況証拠は完璧。

 

 それならやることは一つだけ。

 

「せーのっ!」

 

 私は躊躇いなく枯れ木に蹴りを入れた。

 

 ばきりと砕ける音と共に木が倒れ、樹洞の中がにわかに騒がしくなる。

 

 …倒れるのはちょっと予想外だったかな。相当地盤が緩んでたりして。

 

「ま、良いか。さーさ、出ておいで! 獲物さん達! 侵入者のエントリーだよ!」

 

 私の声に誘われるように、足元から無数の棘が突き出て来た。

 

 それを予測していた私はその場から飛び上がり、空中でナイフを鞘から抜いて着地した。

 

「さ、何匹出て来てくれる?」

 

 キリキリと不快な接触音を立てながら枯れ木を中心に無数の棘が地表に突き出し、モコモコとドーム上に土を押し上げて獲物さん達が姿を現す。

 

 源石成分で作った棘殻で身を守り、粘液の道を残して大地を這う愛すべき腹足類。

 

 生態系最弱にして私の今日の夜食。

 

 オリジムシの群れだ。

 

 

 

「αが三匹、普通のが五匹…僥倖だね!」

 

 私は地面を蹴って群れへ飛び込み、ナイフを振るった。

 

 銀色の刃が煌めき、黒い棘が宙を舞う。

 

 唯一の武器を失ったオリジムシ達は寄り集まって防御を固めるが、連射式クロスボウの前にはただの的でしかなかった。

 

 引き金を引けば川の流れのようにとめどなくボルトを吐き出す特別製。

 

 市販のものとは比べ物にならない弾幕が瞬く間に彼らの殻と命に風穴を開ける。

 

 ほんの数秒もすると、オリジムシの群れは随分と棘を増やした姿で沈黙することになった。

 

 すぐにでも取りに行きたいところだけど、油断は良くない。

 

 私は周囲に脅威がないかアーツを使って索敵する。

 

 どこまでも赤茶色の荒野だ。

 

 ちらほら枯れ木はあるけど、動いてる物はなかった。

 

「うーん…敵影無しっと」

 

 

 

 異常がないのが分かったら、お待ちかねの成果確認の時間! 

 

「ひー、ふー、みー……なな、はち! バッチリ! やるじゃん私!」

 

 逃した獲物は無し。

 

 怪我も無し。

 

 可食部の損壊も無し。

 

 百点満点と言って良い成果って良いんじゃないかな? 

 

「オッリジムシー♪ オッリジムシー♪ 美味しい美味しいオリッジムシー♪」

 

 即興のメロディーをご機嫌に口遊みながら私は戦利品を横一列に並べ、思わず口角が上がるのを感じた。

 

「いや〜、大漁だね! しばらくは保存食にも軟膏にも不自由しなさそう!」

 

 オリジムシに捨てるところはない。

 

 身は食用に、殻と棘は加工してクロスボウの鏃に、分泌液は薬草と練り混ぜて軟膏に。

 

 いつか取引でエサ用の植物の種が手に入ったら養殖を考えてみても良いかもと思えるくらいには私の生活を支えているありがたい存在だ。

 

 ちなみにオリジムシの捌き方にはコツがあってね? 

 

「まずは楕円状の体の中心に切れ込みを…うわぁ!?」

 

 一匹の背にナイフを入れようとした瞬間、突然地面が揺れた。

 

 私は危うく自分の手を切り裂きそうになったナイフを鞘に戻し、状況を把握するためにアーツを使用した。

 

 ただし、今回強化するのは視覚ではなく聴覚と触覚。

 

 急を要するので詠唱は省略してすぐに発動。

 

 

 

 私の周囲から、雑音が消えていく。

 

 虫の音も風が通り抜ける音も消え、心臓の鼓動と息遣いだけが体の中を反響する様はまるで水の中にいるみたいだ。

 

 私は手を地面に着き、地中にあるであろう揺れの原因を探した。

 

 今の私はソナーのようなもの。

 

 音を振動として感じとり、強化した聴覚でその大きさと距離を拾い上げる。

 

 骨伝導イヤホンで例えるとわかりやすいかな? 

 

 

 

 地中の動物や虫の動きの振動が手に伝わり、頭の中で生物の織りなす複雑な地中世界がマッピングされる。

 

 そして、何か巨大なものがその地図をぐちゃぐちゃに書き換えながら上昇してくることに気づいた。

 

 しかも、明らかに動きが異常だ。

 

 これは巣穴作りだとか餌探しだとかじゃない。

 

 何がなんでも地面をぶち破って地上に出ようとしている。

 

 速度はかなり速くて、もうすぐ…いや、もう私の真下に! 

 

「ヤバい!!」

 

 その場から弾き飛ばされる様に転がった途端、さっきまで立っていた地面が爆ぜた。

 

 私はすぐ起き上がってクロスボウを構えたけど、あまりの光景に愛弓を取り落としかける。

 

 

 

 降り注ぐ粘着質の土の中で、それは佇んでいる。

 

 軍用車両に匹敵する巨躯を漆黒の鎧で覆い、その柱と見紛うほどの太さと先鋭さを併せ持つ棘をずらりと並べている。

 

 早贄のように柱の先端に突き刺さった盾やヘルメットはぶら下げられた勲章、或いは敵への見せしめみたい。

 

「はは…これは間違っても''生態系最弱''なんて言えないね」

 

 源石成分を絶え間なく取り込んで、地中深くの圧力で殻を鍛え、数多の狩人を葬り去って来た強者にして、オリジムシの王。

 

 存在するだけで威圧感を放ち、生きているだけで地盤すら変えてしまう上位者。

 

 あえて名付けるなら

 

 

 

「オリジヌシ、っていうのはちょっと安直かな?」

 

 いつもの癖で軽口を叩いたけど、今は全然ふざけている場合じゃない。

 

 オリジヌシが、こっちを向いている。

 

 臣下達の仇討ち…とかではないと思うけど、ここは彼の''領地''だ。

 

 うっかり足を踏み入れてしまったなら、私が取るべき行動は一つだけ。

 

「逃げるが勝ち!!」

 

 私は背を向けて一目散に走り出した。

 

 手持ちの装備でアレとやり合うのは御免被りたいし、万全だったとしても戦いたくない。

 

 私は騎士でも軍人でもないただの狩人なんだから、命を賭けてまで勝ち目の薄い戦いに身を投じるなんてことをする気はさらさら無い。

 

 誇りを持って無様に敵前逃亡させてもらう。

 

 誰になんて言われようが、私の勝利条件は生き残ること。

 

 回収し損ねた成果も今はどうでも良い。一食抜いた程度で死にやしない。

 

 聴覚と視覚をアーツで強化して警戒を強め、時折振り返りながら私はオリジヌシからグングン距離を離して行く。

 

 全力で飛ばしているから''領地''からはおそらく抜けた。

 

 あっち側に現状動きはなし。

 

 オリジムシの移動速度を考えると絶対に追いつけないほど距離は離したけど、なんだか嫌な感覚がする。

 

 まるで、わざと泳がされているような…

 

 

 

 ギリッ

 

 

 

 奇妙な音が、後方から響いた。

 

 バネをググッと押し込んだような、何か圧力を溜め込むような音。

 

 恐る恐る振り向くと、視界の奥でオリジヌシがその体を弓のように折り曲げていた。

 

 一直線に私を見つめ、背中がアーチを作るほどに懸命に。

 

 私は直感的に二つのことを理解した。

 

 一つは、私は今や狩られる側に立ったこと。

 

 もう一つは、あれは行動の前準備だということ。

 

 それも生物の最も原始的かつ、最大の重さを誇る攻撃の。

 

 

 

 バンッ! 

 

 

 

 筋肉の弦が唸りをあげ、黒鉄の砲弾が恐るべき速度で打ち出された。

 

 異常発達した筋肉によって生み出された爆発的な推進力と、滑りやすい地面と粘液の合わせ技による摩擦の克服が生み出した最速の''体当たり''。

 

 今になって、天の機嫌が牙を剥いた。

 

 

 ザシュッ!!

 

 

「うっ……」

 

 回避が遅れ、背中に焼けるような一閃が刻まれる。

 

 思わず座り込みそうな激痛を味わいながら、私は自分を罵った。

 

 あーあ私の*ウルサススラング*。

 

 ビビって目を離したらそりゃズレるだろうに。

 

 逃げ一辺倒だとこうなるってわかってたくせに。

 

 血の滲み出る背中の傷に不意に吹いた冷えた風が塩を塗る。

 

 今日の天気、なんだか私に厳しくない? ……生きて帰れたら神様に捧げ物でもしてみようかな。

 

 私は深呼吸し、先ほどスキー板を傾けるみたいにしてターンを決めてからずっと、私の目の前で悠々と鎮座するオリジヌシに向かって、ナイフを抜いた。

 

 

 

「待っててくれてありがとう。もしかしたら休憩してただけかもしれないけど」

 

 こっちが抜いたっていうのに目の前の王様は臨戦状態になるわけでもなく、ただじっとしてるだけだ。

 

 見下されてる様で癪だけど、実際''私''じゃ勝てない。

 

 狩人の私じゃね。

 

「……しょうがないか」

 

 

 

 頭の中に、情景を描く。

 

 思い出したくない、惨景を描く。

 

 燃える建物、逃げ回る人々。

 

 敵兵の断末魔、息絶えた仲間のドッグタグ。

 

 ここは戦場。

 

 私は思考する武器。

 

 呼吸を忘れて、痛みを忘れて。

 

 思考も、心も氷のように冷たく。

 

 刃のように鋭く。

 

『戦場では何を捨てるか考えろ』

 

 ……確かそんなこと言ってたよね? 師匠。

 

 それなら私は''私''を捨てよう。

 

 気楽で気ままな、夢から醒めよう。

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘を開始する

 

 

 

 

 

 

 

 ギリギリギリッ!! 

 

 敵が、私へ向かって来る。

 

 不快な金属音を立てて棘を振り回し、その巨体で土を捲り上げながら。

 

 その様は正しく王の進軍と呼ぶに相応しく、放たれる威圧感が空気にも伝播しているようだった。

 

 恐れも焦りも感じる必要は無い。

 

 相手が王だろうが、騎士だろうが、軍人だろうが、あるいはただの虫であっても。

 

 私はただ、殺すだけだ。

 

「視覚強化」

 

 短く唱えた一言で、映る時間の流れが緩慢になった。

 

 視覚強化の延長で動体視力を底上げし、敵の動きを何倍にも引き伸ばして分析する、アーツの応用だ。

 

 情報と時間は何物にも変え難い武器であることを、私は知っている。

 

 怪物に勝てずとも、怪物を倒す策を探し出すヒントになるからだ。

 

 さて、敵がこちらに向かってくる動き自体はあくびが出そうなほどに遅くなったがあの棘はいまだに小刻みに振動している。

 

 シバリングの原理の応用か? 

 

 あれではナイフが滑り、狙った切れ味を出せない。

 

 武器破壊での無力化がいつもの手だが、手こずることになりそうだ。

 

 

 

 思考を纏め、ようやく私に辿り着いた敵を横に動いて躱す。

 

 最初の突進ならまだしも、こんな速度は戦場飛び交うバリスタの矢に比べればノロマすぎる。

 

 攻撃が空振った敵は体重移動で素早く方向転換し、今度は独楽の様に回転しながら突進して来た。

 

 棘で引き裂くようにして殺傷力を高めるだけでなく、粘液や泥を勢いよく飛び散らせることで目潰しの効果も狙った攻撃的な技だ。

 

 虫にしてはよく考えている。並の重装兵ならば紙を破くようにズタズタにできるだろう。

 

 私には、意味のないことだが。

 

 私は飛び散る泥の雨を縫って走り、そのまま回転する棘に向かって飛び込んだ。

 

 普通なら前の犠牲者たちと同様にバラバラになるところだが、強化された視力を持ってすれば合間を抜けるのはそう難しくない。

 

 目論見通り、私の体は傷一つ無く天然のノコギリとすれ違った。

 

 敵は諦めず方向転換して同じことを繰り返すが、その回転は先ほどよりも鈍くぎこちない。

 

 疲労から来るキレの低下とは別の要因があるようだ。

 

「試してみるか」

 

 私は敵の突進から背を向けて逃げた。

 

 仮説立証のための戦術的徹退だ。

 

 できるだけジグザグに、追うのに無駄な方向転換が増える様に走り続ける。

 

 敵はしばらく私の後を追って来たが、途中で追うのをやめてその場で立ち止まる。いや、這い止まると言うべきか?

 

 どちらにせよ、おかげで確信が持てた。

 

 

 

 カキン! 

 

 

 

 放たれたクロスボウの矢が、殻に弾かれて砕け散る。

 

 そっぽを向いて休んでいた敵は、体を回して私の方を向いた。

 

「どうした、もう息切れか御老体?」

 

 当然のことながら、こんな火力であの鎧に傷一つ付きはしない。

 

 しかしプライドは、どうだろうか? 

 

 侵入者をわざと''領地''から逃がして油断させた上で手を下しに行く程、自信と傲慢に溢れるこの個体の。

 

 不相応な力を手に入れた小さな生物の、肥大化したプライドは、果たして無事でいられるだろうか?

 

 敵に表情はないから、怒り狂ったかは定かではない。

 

 だが事実敵は回転数を無理やり上げて私へ向かって来たように見えた。

 

 その速さは最初の突進にも比肩する程で、そう距離の離れていない私には避けるべくもなかった。

 

 しかし、猛烈な回転は徐々に速度を失い、私を引き裂くこと叶わず目の前で止まる。

 

 そうだ。止まらざるを得なかった。

 

 オリジムシの王は突然動かなくなった体を無理やり揺らして私を刺し貫こうとするが、棘の射程の外にいる私にそれが届くことはなく、奴がこれ以上近づいてくることもない。

 

 自分が止まった原因にも気づかずジタバタと揺れ続ける奴に、私は言い放った。

 

「有限の分泌液を下らないことに浪費し過ぎだったな。お前は自分のことを暴君だと思っているかも知れないが、実際は目先のことに囚われた暗君だったわけだ」

 

 地面の上で虫ケラのように踠く王に、背を向けて歩き出す。

 

 ある程度の距離が離れると、筋肉のしなる音と巨大なものが跳ね上がる音がした。

 

 足を深く、されど沈まぬように踏み抜き、私は前へと飛び出す。

 

 哀れな虫の最後の抵抗を躱すために。

 

 地響きと共に、大地を背棘が貫いた。

 

 幾年もの歳月を経て作られたであろう鋭い棘を、湿って柔らかくなった地面は深く飲み込む。

 

 起き上がることが、叶わぬほどに。

 

「天の機嫌は、私に味方したようだな」

 

 私は晒された柔らかい腹を踏み台にし、飛び上がった。

 

「聴覚強化…指向性特化」

 

 アーツで周囲の雑音を消し去り、一つの音に集中する。

 

 かの巨躯の中で鼓動する、心臓の音を。

 

 命が奏でる音の導線に刃先を合わせ、それをなぞる様にただ、落ちていく。

 

「眠ると良い」

 

 重力に任せた銀色の刃が肉を掻き分け、真っ直ぐに生命の核を貫いた。

 

 破裂の手応えと舞う鮮血。

 

 一瞬の身じろぎの後、王の命の幕が静かに降りた。

 

 

 

「対象沈黙。任務を遂行した……はぁ」

 

 何も付いていない猫耳に手を当て、どことも知れない場所への報告を終えた私は、ため息をつく。

 

 ナイフの血を拭おうとして見た手の甲には、血濡れた黒い鉱石が輝いていた。

 

 それは我々を導き支え、いつか害して殺すもの。

 

 「歪なものだな、これの与える進化は」

 

 外面は全てを手に入れたように華やかだが、その実中身を腐らせる。

 

 オリジムシには圧倒的な力と驕りを、私たちにはアーツと鉱石病を。

 

 人もムシも、獣も鳥も。

 

 どこまでも、この大地は病んでいる。

 

「痛っ……」

 

 冷たい風が傷をなぞり、意識を連れ戻す。

 

 背中の痛みとなんだか少しの胸の痛みに、''私''は苦く笑って独りごちた。

 

「碌なものじゃないね。私も、この世界も」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰ってきたぁ!!」

 

 すっかり陽が傾いた頃、拠点にようやく帰ってきた私は戦利品をその辺に放り投げ、うつ伏せに倒れ込んだ。

 

「うぅ、疲れたぁ〜!! ベッドで寝ころびたーい!」

 

 久しぶりに全力で走り続けたせいか、疲れで全身に力が入らない上、背中が痛い。

 

 私は剣士じゃないから『背中の傷は剣士の恥』とかいう言葉は痛くも痒くもないけど、やはりろくに処置していない背中は痛い。

 

「しっかりしろ私ぃ……! まずは傷の手当てして、その後は楽しみが待ってるんだから……!」

 

 私はブリキよりみたいにぎこちなく体を動かし、なんとか手作りの棚の上に置いてある薬瓶を手に取り、軟膏を背中に塗りたくる。

 

「ひぃいっ……」

 

 薬品特有の冷たい質感が傷口に染みて、思わず耳と尻尾がバタバタと暴れる。

 

 しばらくそのままじっと待ち、薬が染み込み切って痛みが和らぐと、私は立ち上がった。

 

 あまりにも激動の一日だったから忘れかけてたけど、引換券は十分に集まった。

 

 さぁ、''料理''を始めよう! 

 

 

 

 まずは下処理から。

 

 帰り際に回収したオリジムシの一匹をまな板に載せ、右手で持ったナイフをピタリと背中に乗せる。

 

 左手は猫の手。フェリーンだけに。

 

 分泌液は少量殻にも染み出すことがあって、そういう時はナイフが滑りやすいから注意しなくちゃいけない。

 

 私はもう慣れっこだし、狩りの段階で棘も取り除いておいたから心配ないけど。

 

 ナイフに少し角度をつけた状態で、刃の先端が殻に沈んでいく手応えを感じたら、力を入れてスッと引く。

 

 そうして綺麗に入った切り込みに両指を差し込んで力を入れると、カパッと小気味いい音で殻が開いた。

 

 内側からは溢れ出てくる粘液と、やはりネバネバまみれのオリジムシの身。

 

 粘液は瓶に詰めて保管して、今からはぬめり取りの工程。

 

 

 

 庭?に作った井戸から水を汲んで、桶に水を貯める。

 

 そこに灰を混ぜたら、ネバネバする身を桶に滑り込ませて手で揉んで洗う。

 

 ぬめりは油汚れみたいにしつこいけど、揉んでいくうちに灰の粒子にくっついて落ちる。

 

 結構大変で根気のいる作業だけど、私はこの作業が好きなんだよね。

 

 美味しいものを食べる瞬間を考えれば全部許せるからっていうのもあるけど、やっぱり料理するのが楽しいからかな。

 

 将来は料理人になるのが夢だったんだけど……もう無理かな。

 

 私の手、結構汚しちゃったから。

 

 この汚れもぬめりと一緒に落ちると良かったんだけどね。

 

 おっと。せっかく楽しい趣味を満喫してるんだから、暗い話はナシナシ。

 

 滑りが落ちてきたなら丁寧に布で表面を拭き取り、裏返して2枚に開いて内臓を取り出す。

 

 これで、前準備は万端! 

 

 あっ、ちなみに内臓を食べるのはお勧めしないよ。

 

 いくらオリジムシの身に源石成分が含まれないって言っても、内臓は源石成分が蓄積しやすいし、オマケに苦くて不味いから。

 

 忠告も済ませたところで、今からはお待ちかねの調理タイム。

 

 オリジムシの剥き身に串を刺して焚き火の上へ。

 

 外見からは想像もつかない白い身が、時々パチパチって小気味良い音を立てながらだんだん焼けていく様子は荒野暮らしには垂涎ものの絶景。

 

 この瞬間のために生きてると言っても過言じゃないね! 

 

 時々串を回して焼き加減を調節して、大体ミディアムレアくらいに焼き上がったら良い頃合い。

 

 井戸を掘る過程で発掘した大皿の中心にオリジムシの丸焼きを置いて、それを囲む様に野いちごを添えれば……完成! 

 

『オリジムシの丸焼き-荒野の彩りを添えて-』ってところかな? 

 

「いただきます!」

 

 私は一直線にオリジムシの丸焼きに齧り付いた。

 

 口に入れた瞬間、ダイレクトに伝わるのは肉厚で弾力のある食感。

 

 噛めば噛むほどに中からジューシーな熱い汁が溢れて肉を食べてるのに近い幸福感があるんだけど、それだけじゃない。

 

 咀嚼すると時折訪れるざらっとした、でも決して嫌ではない食感を味わう瞬間にオリジムシ食の真髄が顔を覗かせる。

 

 身から染み出すじんわりとした旨みと、鼻を吹き抜けていく潮風の匂い。

 

 ある人が提唱した説では、オリジムシは海棲の貝類が地上に適応した種を祖先に持つらしい。

 

 そんな彼らが持つ遠い遠い過去に住んでいた海の記憶の残滓が、大地が育んだ旨みを最大限に引き出し、食べる手は止まることを知らない。

 

 

 

 

 気付けば私は丸焼きを食べ尽くしていた。

 

 食べるのに夢中になってる時って、なんか記憶が飛ぶよね。

 

 口の周りの汚れを拭って、付け合わせの野いちごで後味を整えたら、ごちそうさま。

 

 手を合わせて、しばらく今日の恵みに感謝する。

 

 本で知ったこの極東の文化が、私は好きだ。

 

 巡る命の中にいることを理解し、今日の糧に感謝する。

 

 最後には塵に帰る私がその中にいないとしても、生きる価値を感じられる。

 

 何かに生かされた以上、死ぬまでは生きなくちゃ。

 

 食べ物だろうと人だろうとね。

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 太陽が東から昇るくらい当然のことだけど、食べたらやっぱり眠くなるね。

 

 寝る前に何かやり残したことは……あっそうだ。

 

 名前、言ってなかったっけ? 

 

 私の名前はチェシャ。

 

 料理が好きな、ただのフェリーンだよ!




・チェシャ ゲーミングPCみたいな色味の髪が特徴の一般フェリーン。割といつもヘラヘラしてる。メンタルもややヘラヘラしてる。
・オリジヌシ 栄養蓄え+地下の高圧力で殻を強固にした特殊個体。真っ向から外殻を破壊しようとすると凄くめんどくさい。盾兵をグムのラッキーパンチで倒そうとしてる時の虚無感とよく似ている。
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