笑う猫はテラを楽しみたい   作:すっぴんのハイモア

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オヒサシブリデス!
不定期だからって程があるだろと言われそうですが、他の小説のついで程度に読んでもらえればと思います。
更新されてりゃラッキーぐらいで。
でも流石にペースは上げます。オソクテゴメンネ!



「毛繕いと取り繕い」

「ううっ...さぶっ」

 

 宙に浮いているようなぼんやりした微睡の中、身震いして目が覚めた。

寝起きの調子は微妙。

 

 喉が変に渇いてて、爪楊枝で突かれるみたいに頭がチリチリ痛むし、ちょっと寒い。

 

 長いこと使ってるテントもいい加減ガタが来たかな?

 

 あくびしてる理性でそんなことを考えながらも、本能は一旦二度寝しようと毛布を探し始めた。

 

 ペタペタと、目を瞑ったまま体の周りを探す。

 

 しかし、私の手が触れるのは冷えたブルーシートの感覚だけだ。

 

 さっきとは別の寒気が、私を襲った。

 

 毛布どこ?

 

 私の精神的支柱であり、この荒野で数少ない娯楽である睡眠の守護者は?

 

 恐るべき事実を認識した瞬間、まだ寝ぼけている私の脳は夢の延長とも言うべきイメージを鮮烈に描いた。

 

 はらりはらりと降る雪の下、まるでカーペットに落としたシミのように一面の銀世界の中心で横になる私。

 

 冷たい雪の中で永眠する私。

 

「凍死ッ!」

 

 夢特有の異様な現実感は私の頭を引っ叩き、眠気が消し飛んだ。

 

 私は妄言を吐きながら飛び起きて辺りを見回す。

 

 天井のテント。寒空じゃない。

 

 床のブルーシート。雪じゃない。

 

 心臓のやかましい鼓動。死体じゃない。

 

「生きてる...」

 

 ほっと息を吐きながら、私は目を瞑った。

 

 未だにバクバクとなる心臓に手を当てながら、ゆっくりと深呼吸する。

 

「大丈夫。私は生きてる。ここは雪の中なんかじゃない」

 

 自分を宥めるように言葉を紡ぐ。

 

 あの日から何度も見た悪夢。

 

 悪夢のような過去の焼き直し。

 

 分かっていても、どうにも心が揺さぶられる。

 

 少しして落ち着いた私は、また順番に現実を唱えた。

 

 天井はテント、寒空じゃない。

 

 床はブルーシート、雪じゃない。

 

 心臓のやかましい鼓動、死体じゃない。

 

 毛布、ないじゃない。

 

「毛布は!?」

 

 

 慌てて起き上がって辺りを見回すと、愛しの毛布は私の足先の数歩後ろ

でグシャついていた。

 

 何?倦怠期?ベッド別で寝よっかってこと?

 

 長年連れ添って来た者の思わぬ裏切りを前に、私はため息を吐いた。

 

「私が何したって言うのさ...」

 

 拾おうと踏み出した足の裏に、何か冷たくて丸い感触を感じた。

 

 視線を落とし、私はちょっぴり転がったそれを確認する。

 

 鈍い飴色の瓶が、転がっていた。

 

 蓋は空きっぱなしで、中からは甘い香りが立ち上る。

 

 その瞬間、昨夜の記憶がフラッシュバックした。

 

 確か、何にもうまくいかなくてムシャクシャしてたときに瓶が目に入って...

 

「裏切ったのは私かぁ...」

 

 私は二日酔いで痛む頭に手を当てながら、瓶の首を持って立たせた。

 

 自尊心、健康、その他諸々を犠牲にして一時の多幸感を得る私の悪友。

 

 毛布でも癒しきれない傷を癒してくれるけど、決して優しくはない。

 

 その魔力に昨日の私は当てられて、酔っ払いながら毛布蹴飛ばして勝手に凍えてた...ってなるよね。

 

「ごめんね、ダーリン。昨日のは本心じゃないから...はは、何言ってんだろう私?」

 

 私は毛布に話しかけながら、シートの上に敷き直した。

 

 そして、手で優しく撫でながら丁寧に丁寧にシワを伸ばしていく。

 

 満足の行くベッドメイキングを完了させ、酒瓶を片付け、私は大きく伸びをする。

 

 そして、外に出た。

 

 ジッパーを開いた途端に冷えた色の日光が眩しくて、からりと乾いた風が頬を撫でる。

 

 空には渡り羽獣が飛んでいて、恋しい故郷を歌っている。

 

 バカだなぁ私は。吹雪の中がこんな素敵なワケないのに。

 

 カジミエーシュとウルサス境の、美しい初冬の朝だ。

 

「並ぶ帽子 歌う食器 ハートのクイーンは御機嫌斜め 御手に触れらば嘘は吐かまい」

 

 鼻歌のような詠唱で、私の触覚が研ぎ澄まされる。

 

 風の粘り気、空気の湿気。

 

 猫が髭で雨を感じ取るように、私は肌の感覚で空の機嫌に伺いを立てる。

 

「あー」

 

 私は頭を掻いた。

 

「厄日かなぁ今日は」

 

 どろりとしていながら、肌を刺すような不快感。

 

 まるでガラス片が混ざった泥とでも言うべきもの。

 

 私はこの感触をよく知っている。

 

「今回は濃ゆいね。これなら早ければ一週間後くらいに...「こんにちは。僕は...」」

 

 後ろから声が聞こえ、私は反射的にその場を飛び退いた。

 

「ちょっと!?」

 

 何か言いかけた相手を尻目に空中でナイフを取り出し、着地に使った足を軸にして回転。

 

 たちまち脚に巻き上げられた砂埃が視界を覆った。

 

「視覚強化」

 

 そして、砂埃が壁のように止まって見えるほどに遅延した時間の中、私は思考を巡らす。

 

 まず敵の特徴は...敵の特徴?

 

 戦闘思考から帰ってきた私は、自分のミスを確信した。

 

 よく考えたらまだ敵か分からなくない?

 

 急に話しかけられたから、不意打ちかと思って戦闘態勢を取ってしまったけど、まだ相手の詳細が何も分かっていない。

 

 何もして来なかったあたり、敵意は無かった可能性が高い。

 

 少なくともさっきまではだけど。

 

 煙の向こうの相手の顔を想像しながら、戦場帰りの悲しい性を痛感する。

 

「はぁ」

 

 私はため息を一つ吐いて、ナイフを足元に置いて両手を上げ、アーツを解除した。

 

 迂闊と思われるかもしれないが、そうでもない。

 

 私のベルト裏のホルダーにはナイフの予備がある。

 

 この行為は手練れでなければアーツ使用からの不意打ちで取れるという打算半分と、相手への失礼な対応の罪悪感半分から来るものだ。

 

 私は誰彼構わず殺せるほど冷酷じゃなくて、誰彼構わず信じれるほどお人好しでもないからさ。

 

 じきに砂煙が晴れて、立っていた相手の姿に私は驚いた。

 

 日光を防ぐローブの隙間からは紫色の髪と狼の耳が覗き、異様に肥大化した尻尾が特徴的なループスの女性。

 

 その足元にはクロスボウが置いてあって、私と同じように両手を上げている。

 

 しばし、私たちは向き合った。

 

 一分、二分。

 

 静かな空間に鼓動が響く。

 

 何度目かの瞬きを終えた時、ふと何をしているんだろうといった疑問が私の頭に過った。

 

 荒野で大人二人が足元に武器を置いて、無抵抗に両手を上げている。

 

「ぷっ、ふふふ...」

 

 なんだか間抜けな状況に私は吹き出してしまい、必死で口角を抑えて顔を背ける。

 

 ダメでしょ。自分から仕掛けておいて笑ったら。

 

 相手が困るでしょ。

 

 背けた顔を少しだけ戻し、なんとか平静を保ちながら横目で相手の顔を伺う。

 

 すると、紫髪のループスも上がろうとする口角を抑えつけていた。

 

 そこで、私達の表情筋は決壊した。

 

「「あはははっ!」」

 

 緊張の糸が切れて、二人して笑う。

 

 人目もなく、広い荒野で人二人。

 

 おかしくって大笑いした。

 

 ひとしきり笑った後、目尻を拭いながらループスが口を開いた。

 

「あー緊張した!話しかけた途端に武器握られるんだから...僕ってそんなに野盗みたいだった?」

 

「ごめんね〜、職業病でさ。改めて見れば、野盗じゃないのは一眼でわかるよ。尻尾とか身だしなみが整ってるし、武器の手入れも行き届いてるから。あと目も綺麗だし」

 

「目?初めて言われたな〜。ほら、大抵みんなもっとわかりやすい部分に注目するからさ」

 

 そう言う彼女の尻尾が小さく揺れた。

 

 彼女の腰よりも太く、一見作り物に見えてしまいほどに巨大なその尻尾は、確かに彼女の一部であるらしい。

 

「どう?もふもふでしょ?僕の自慢なんだ!」

 

 尻尾をじっと見ている私に、彼女は自分の尻尾を撫でながら誇らしげに言った。

 

「あー...」

 

 別にループスの尻尾事情に詳しいわけじゃないけど、アレが個人差の範囲で収まる物じゃない事は、私にも分かる。

 

 多分、鉱石病だろう。

 

 身体の一部肥大化。

 

 特別珍しい症状ではないけど、私が見て来た限り、予後はすこぶる悪かった。

 

 自分の身体がある日を境に別物に変わってしまう恐怖と嫌悪はやがて自分自身への疑いに変わる。

 

 そんな患者が唯一自分を保てるのは、自傷をする時だ。

 

 傷口の熱と苦痛だけは本物だから。

 

 血と苦痛だけが自分の存在を保つ逃げ道となり始める。

その果てに残るのは...

 

 憐れみの感情を顔に浮かべそうになった私の脳裏に、記憶がよぎる。

 

 

 昔、傭兵仲間に片腕が肥大化した奴がいた。

 

 右腕だけが巨人みたいに大きくて、コーヒーカップすら碌に持てなかった男が。

 

『シオマネキ』なんて、蔑称みたいな通り名のそいつのことはいまだに良く覚えてる。

 

『どうだ!?俺の腕は!?カッコイイだろ!?』

 

 初対面は、仕事のブリーフィング。

 

「バカかお前は」

 

 そいつはいっつもゴテゴテに装甲を取り付けた腕を掲げて、恐れなんて知らないと言わんばかりにいつも先陣を切って駆けていた。

 

 そして、決まって戦果を上げるとデカい方の腕を掲げて『カッコイイ』か聞いてきた。

 

「気楽に生きてそうで羨ましいな」

 

 私は大体そんなことを言ったと思う。

 

 当時の私は擦り切れてて、きっとコイツはただのバカなんだろうと思っていた。

 

 自分が置かれている状況に向き合わず、ただ楽天的に生きているだけだ。

 

 どうせすぐに居なくなる。そう思った縁は、意外にも長く続いた。

 

 それなりの戦場を共にしたが、ついぞ嫌いにはなれなかったあの腹立たしいドヤ顔を思い出す。

 

 怖くないわけ、なかっただろうに。

 

 ある日、私達は作戦に失敗した。

 

 雇用主の勢力に既に内通者が紛れ込んでいたからだ。

 

 それを利用した敵対勢力は市街地で私達の戦力を二つに分断し、殲滅戦を始めた。

 

 情報戦の賜物だ。戦う前から負けていた。

 

 始まった途端に終わりが見えた戦争に、私達は選択を強いられる。

交戦か、逃亡か。

 

 傭兵は信頼の要る仕事だ。

 

 逃げれば命は守れるかもしれないが、後が続かない。

 

 戦いを前に逃げ出す無能など、誰も雇うはずがない。

 

 まともな思考ができるなら戦うはずだ。

 

 しかし、追い詰められると正常な判断ができないのもまた、人間だった。

 

 逃げ出す者。裏切る者。

 

 戦場は瞬く間に死地へ変わった。

 

 閃くアーツ、吠えるバリスタ、断末魔。

 

 昼も夜も無くなった死闘の渦に、敵も味方も溶けていく。

 

 いつかそれが終わった日、私は瓦礫の下で目を覚ました。

 

「作戦失敗か」

 

 分かりきっていたことだ。

 

 いまさら感傷的になることじゃない。

 

「さて、何人生き残ったかな...」

 

 静かになった廃墟の中で、私は隊の生き残りを探して彷徨い歩いた。

 

 激しい白兵戦が行われた通りには未だ濃い血の匂いが立ち込め、源石爆弾が炸裂した地点には黒焦げになって異臭を放つ塊。

 

 地獄と言うに相応しくはあったけど、どうも妙だった。

 

 死体の数が少ない。

 

 私の主戦場になったエリアは都市の要所だった。

 

 こんな数で済むわけがない。敵陣で何か事故があったのか?

 

 疑問を抱きつつ、曲がり角を過ぎて視界に入った光景に唖然とする。

 

 眼前に無数の屍の山が積み上がり、その前に立つ者がいた。

 

 その者は矢を、銃弾を、アーツを、剣を、槍を、斧を、ありとあらゆる害意をその身に受けている。

 

 身を守る物の全ては砕け、全身は余す事なく赤く染まっている。

それでも、巨大な腕を掲げ勝ち誇っていた。

 

「あぁ...お前か」

 

 男は振り向き、いつものように笑おうとした。

 

 疲労と負傷がそれを許さず、どうにも苦々しい笑いだ。

 

「何故、逃げなかった?お前なら十分戦果を立ててから、離脱できただろう?」

 

 声が震える。

 

 心のどこかで、こいつは死なないと思っていた。願っていた。

 

 また憎たらしく笑いながら、次は勝つぞなんて言ってくるだろうと思っていた。

 

 傭兵が、なぜ夢なんか見てしまったんだ。

 

「そりゃあ、おめぇ。逃げたらカッコ悪りぃだろうが。腕のデケェ奴は肝っ玉もデケェんだよ。ま、お前に言わせりゃバカなだけかもな!はっはっは...!」

 

 弱々しい笑い声。

 

 私は何も言えなかった。

 

 大立ち回りをした戦友への感謝の言葉も、侮りの懺悔も。

 

 私が、何を言う権利がある?

 

「ところで、だ。もう目が霞んじまっててよ。手前の姿も見れやしない」

 

「だからお前に聞くんだが、その、どうだ?俺は...今の俺はどう見える?」

 

 その声は、今にも消えそうで。

 

 見慣れたドヤ顔が、不安で揺れていた。

 

 私は言った。

 

「カッコイイよ」

 

「か、カッコイイ?まあ、悪い気はしないけど...」

 

 現実に戻って来た私が見たのは、無意識に言ったらしい私の言葉に彼女が少し戸惑いながらも笑顔で返す姿だ。

 

 そんな姿に、勝手にさっきまで見ていた思い出を重ねる。

 

 変わりゆく身体を受け入れることが、どれほど勇気がいることか。

 

 それを悲観せず、自分の誇りだと笑うことがどれほど覚悟がいることか。

 

 そこにどれほどの葛藤と恐怖があるか。

 

 私には知り得ないことだ。

 

 真に理解できる日は来ないかもしれない。

 

 だから、せめて一握りの尊敬を。

 

「よろしくね、カッコイイ尻尾の人。私はチェシャ、元傭兵で今は荒野暮らしの一般感染者フェリーンだよ」

 

 私は自己紹介しながら手を差し出した。

 

「うん、よろしくねチェシャ。僕はプロヴァンス。天災トランスポーターをやってるんだ。君も、素敵な髪色をしてるね!」

 

 プロヴァンスは私の手を握りながら言った。

 

 気を遣ってくれてありがとうプロヴァンス。

 

 これは地毛だよ。

 

「どうも。ところで、天災トランスポーターさんが来たってことはやっぱりそう言うことだったりする?」

 

「...うん。その話をしに来たんだ」

 

 笑顔だったプロヴァンスの顔が真剣になり、地図を取り出して私に見せる。

 

「五日後、この周辺一体に天災が来る。今すぐ避難して欲しい」




・プロヴァンス ご存知もふもふ尻尾の天災トランスポーター。本作ではまだ駆け出し時代。原作と比べると若干頼り無い。

・シオマネキ エーギルの傭兵。髭面で筋骨隆々のおじさん。モチーフは勿論シオマネキ。英雄を気取って豪快に笑うものの、それは変わっていく自己への不信感の裏返しだったりする。
チェシャの傷の一つ。
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