転生したら秋庭怜子のマネージャーになった件   作:幽玄の鬼

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これで、フルスコア内で描きたかったことの8割は書き切りました。フルスコア内に散りばめたつもりの伏線を一つ回収します


11:秋庭怜子のマネージャーは、小さな名探偵に慟哭する

「確か……アヴェ・マリアで2回だったかしらあの音」

 

 宏一も暗譜した譜面を遡り、例の音が登場する回数を指折りで数える。

 

「そしてカンタータが……ええっと、10回、ですね」

「そして今やってるのが8回……合わせて20回。なら、きっと――」 

 

 怜子の懸念を、コナンが代わりに言葉にする。

 

「おそらくあと4回だね……」

 

「柱は全部で23本。柱を全部吹き飛ばしたとして、おそらく犯人は――」

「最後にこのホールを木っ端微塵にするつもりなのね」

 

 宏一とコナン、怜子の3人は同じ結論に至ったらしい。

 

 あの音が鳴った直後、再び柱が爆発を起こす。

 

 探偵バッジを通じて、外の様子を聞いていたコナンは自分の推理に確信を得、長い髪で隠したイヤフォン越しに外の音声を聞いていた宏一も正しいという確証を得た。

 

 犯人追跡メガネを望遠機能を使って犯人を探すコナン。

 コナンは、観客席、ステージ全体をくまなく探し回り、そして、

 

「宏一さん、あそこ。左側、奥の調整室っ、見て!」

「……ちっ」

 

 オペラグラスで指示された方向を見る宏一。犯人の人影と、犯人が手に持つとある物体を見て宏一は舌打ちをした。

 

「いいわ。私がステージに上がって演奏を止めてくる」

 

「待って怜子さん!」

「犯人らしき不審者は手にリモコンを持っています! 下手に動いて刺激したら全て吹き飛んでしまいます!」

 

 静かに怒鳴る。なんて、小器用な技を披露して宏一は怜子に待ったを掛ける。

 

 大抵の場合、怜子は短気な宏一を諌める役回りを請け負う。だが、怜子も実は宏一に負けず劣らずの活動家で、宏一がブレーキ役になることもあれば……2人揃って突っ走ることも多々あった。

 今回は、諌めたが。

 

 待ったをかけられた怜子は、一瞬だけ悩み、そしてあることを閃く。

 

「3分。3分あれば足りるかしら?」

 

「え? だけど」

「それだけあれば充分です」

 

 戸惑うコナン。だが、宏一は自身の胸を叩く。

 怜子は息を短く吸って吐き出し覚悟を決めると、宏一に自身の剥き出しの両腕を差し伸ばした。

 

「頼んだわよ小さな探偵くん。任せたわ、私の相棒」

「うん!」

「了解しました。僕の歌姫。どうか、悔いなきままに歌を謳えますように」

 

 宏一はその場に跪き、怜子の両腕にロンググローブを嵌める。まるでプロポーズのような構図。

 

 映画のワンシーンの様な光景を見て、コナンは呆然となる。

 

 宏一の最大限の激励を受け、そして女神は舞い降りた。

 

 祈り――悲しみ、哀愁、後悔、懺悔、羨望、そして希望を胸に、地上に舞い降りた歌姫は、万感の想いを歌に乗せて、歌を唄った。

 

 

「Amazing Grace♬」

 

 

 

 

 ステージ2階から詠われた歌は、あっという間にホールの隅々に響き渡る。

 

 世界の秋庭怜子、ここにあり。

 

 誰かに届けと想いを込めて紡がれる赦しの歌は、聴く人全ての視線を掻っ攫い、群衆の視線を一手に受けながら歌姫は階段を歌いながら降りる。

 

 堂本一揮は、何を今更とそう呟きながら元から弾いていた曲の続きを弾き、怜子の歌声を掻き消そうとする。

 

 だがそれは不可能だ。

 

 

 心に染み込み魂を震わせる歌を消すことなんて、出来る訳ないのだから。

 

 

 

「よし、探偵坊主。ここは秋庭さんに任せて、僕たちは僕たちのやるべきことをしに行きましょうか」

「うん!」

 

 コナンにそう提案し、一足先にバルコニー席を退出した宏一。犯人を、――彼の人物を想い、そしてどうか犯行を止めてくれと祈る彼女の歌に当てられ、一筋の涙が宏一の頬を濡らしていた。

 

 

 

 

 

 

♪ ♬ ♪ ♬ ♪ ♬

 

 

 

 

 

 

 パイプオルガンのパイプに取り付けられたセンサーを取るために、コナンと宏一はタッグを組んだ。

 

 巨大パイプオルガンの中に、2人はいた。 

 

 作業の合間に、コナンは小さな声で宏一に問いかけた。

 

「ねぇ、宏一さん。宏一さんなら、犯人の持ってるリモコンを狙撃できる?」

「直線距離で100メートルくらいですし、出来なくはないですが……生憎今日は拳銃を知人のところに預けていまして撃つ手段がありません。万が一が裏目にでるとは」

 

 叩けば煙のように埃が溢れ出てくる宏一としては、万が一取り調べをコンサート当日に受けた際に、ボディチェックされた時に拳銃所持がバレて即お縄……なんてことにならない様に知人に預けたのだが、まさかそれが裏目に出るとは。

 無論、それ以外にも本人の口が裂けて尚、言えぬ理由が宏一に存在する。

 

 宏一が宏一たる由縁、根幹に関わる摩訶不思議か現象に由来する。

 

「終わったよ」

 

 そう言うコナンの手に握られるは、空気を感知するセンサーだった。

 

「さすがですね、探偵坊主。良くやってくれました。では、僕はやることがあるのでここで一旦――」

 

 解散しましょう、そう宏一が言う前に、コナンが宏一の言葉を遮った。

 

「待って! 宏一さんはピアノの調律を習って何年になるの? そもそも、宏一さんが調律を教わった相手って誰?」

 

 宏一のある意味の核心を突く質問。

 宏一は振り返ることもせずに、離れようとするが。

 

「質問の意図が分かりません。それに、坊主の質問に答える意義も」

「宏一さんの調律の先生って、譜和匠さんじゃない?」

 

 譜和匠と、コナンが口にした瞬間――宏一はゆっくりと振り返った。

 

 あらゆる感情が消えたような虚無の表情。

 何の感情も伺わせない顔のまま宏一は冷たい目付きで口を開く。

 

「どうやって辿り着いた? 探偵坊主、話を聞かせてくれ」

 

 普段な丁寧な口調とはガラッと変わった乱雑な口調。

 コナンは臆することなく、真っ向から宏一の目を見る。

 

「別に推理ってほどのことじゃねえよ」

 

 本性を露わにした宏一を真似して、コナンも口調を元に戻した。

 そしてコナンは工藤新一の口調のまま、推理とは呼べない推理を披露する。

 

「簡単な連想ゲームさ。怜子さんが指導に来た日、アンタは譜和匠さんのことを『先生』って呼んだ。その譜和匠さんは、亡くなった怜子さんの婚約者の父親。いわば譜和さんは怜子さんの義理の父親だ。そんな関係性にある怜子さんのマネージャーが、譜和さんのことを『先生』って呼ぶってんなら、調律のことを教わったんじゃねえか……ってな」

「見事な推理だな探偵坊主。あえて漏らしたとは言え、良く俺とあの人の関係性を当ててみせた」

 

 パチパチと、宏一は手を叩く。そして、宏一は『で?』と言ってコナンの推理の続きを促す。

 

「それだけじゃないだろう? 名探偵。わざわざ俺を呼び止めてまで、確かめたいことがあるんじゃないか?」

 

「今回の一連の事件の犯人が譜和匠さんだっつうことに、最初から気付いてたんだろ。オメーも、そして怜子さんも。少なくとも6日前のリハーサルの時には知ってたんじゃねぇのか?」

「またしても正解だな、探偵坊主。恐れ入ったよ」

「アンタほどの銃の腕前がある人が、みすみす犯人を外したりしない。あるとしたら、アンタがどうしても殺したくない人が犯人だったから。センサーのことを知られたら不味いから河辺さんは巻き込んで、怜子さんと俺は運河に流した。なのに、相対音感を極限まで極めたアンタが無事だったのは、アンタが譜和さんの教え子だったから。だよな?」

「さあてね。そこまでは知らないな」

 

 宏一が譜和匠に調律を教わりだしたのは、相馬光の亡くなる半年前だった。

 

 怜子は婚約を進めるにあたり、相馬光から『表沙汰にできない父がいる』と前置きされて譜和匠を紹介された。

 そして、怜子が婚約者のことを宏一に打ち明けた時、流れで譜和匠と怜子、光を交えた四人で食事することになり……ちょうど良かったから宏一は譜和匠に弟子入りを申し込んだ。

 相馬光が亡くなってからも、宏一は譜和匠のレッスンを受講し続けた。

 

 しかし、譜和匠が堂本音楽ホールの館長に就任したことを機に譜和匠と宏一の仲は疎遠に。レッスンも自然消滅した……。

 

 そんな回想を、思い浮かべながら宏一は、

 

「ゲネプロのミューラーさんのあのくだりが、久々の会話だったよ」

 

 と、そう無機質に締め括る。

 

 だが宏一の独白は単なる思い出語りであり、宏一と怜子が譜和匠を見逃していい理由にはならない。

 

「なぁ、アンタ何で見て見ぬふりしたんだよ。アンタなら止めれたんじゃねぇ――」

 

 コナンの追及は最後まで続くことはなかった。

 いつの間にか直ぐ傍まで来ていた宏一がコナンの胸ぐらを掴み上げたからだ。

 

「本当に俺が、何もしてこなかったっ、と。そう思うのかッ? この3年間何もしてこなかったって――本気で!?」

 

 我に返った宏一は、コナンの胸ぐらを放す。

 しかし、目に見えて情緒不安定になりながら、宏一はしゃべり続けた。

 

「職業柄、人の悪意には人一倍敏感だから、そりゃもちろん直ぐに先生の殺意には気付いたさ。最愛の息子が亡くなったんだ。憎しみと殺意が溢れていたよ。当然、そのことは秋庭さんにも報告した。だがな坊主、それが何だって言うんだ……先生は俺にとって先生で、何よりも大切な秋庭さんにとっては大切な息子さんの肉親、亡くなった光さんを繋ぐ光なんだぞ。そう簡単に警察に突き出せる訳がないだろ」

 

 口調こそ無機質で何ら感情を感じさせない。

 

 だが、どうしてだろう。それが、懺悔に聞こえるのは。

 どうしてなのか、悩み苦しみ葛藤した、その苦悩が思い浮かぶ。

 

「だからって……犯罪を見過ごして良い理由には――」

 

「気のせいじゃなければな、探偵坊主。先生は楽しそうだったんだ。俺の自惚れじゃなきゃ、あの人幸せそうだった」

 

 宏一の声は徐々に震えて、眦には涙が溜まる。

 楽しかった思い出と、そして、譜和匠の感心したような微笑み。

 

 ふとそれが大量に溢れ出てきて、涙が止まらない。一度溢れたダムは、最後まで止まらないのだから。

 

「なぁ、教えてくれよ探偵坊主」

 

 震える声のまま宏一はコナンを問い詰めた。

 

「俺これでも頑張ったんだぜ? 喪った心の穴を俺が埋められたらと思って……何よりも俺が先生に調律教わるのが楽しかったから、だから思い留まってくれるんじゃないかって考えてた。その結果がこのザマさ。俺はどうすれば良かったんだ? どうしたら、先生を止めれた……」

 

 初めて見る宏一の涙を前に、コナンは何も喋れなくなる。

 

 世界一静かな、哀しい慟哭が、コナンを貫いたのだ。

 

「どうしたら、俺は先生の助けになれたんだ」

 

 

 

 

 

 

   

 

「すみません、探偵坊主。柄にもなく取り乱してしまいました」

「ううん。僕もちょっと無神経だったから」

 

 頬をハンカチで拭う宏一に対して、コナンはちょっとだけバツの悪そうに謝った。

 

「えぇ、そうですね。だいぶ……かなり、ものすごくちょっとだけ無神経でした」

 

 そんな珍しく殊勝なコナンを、宏一は弄くる。

 そして、

 

「それじゃ僕はここで一旦お別れです。僕の歌姫の歌を聴き届けなきゃ……あとは任せて良いんですよね? 探偵坊主」

「うん」

 

 宏一はコナンにそう言うと、怜子のことが良く見える空席のバルコニー席へと足を運んだのであった。

 

 

 

 

 

♪ ♬ ♪ ♬ ♪ ♬

 

 

 

 

 

 

 魂に響く圧倒的な歌声でホール内全員の心を釘付けにした世界の歌姫が謳う赦しの歌は、聞く者全ての魂を揺さぶる。

 

 歌姫が2人の男性を想い、どうか届けと祈りを込めて紡がれる歌。

 

 ある者は懐かしい情景を思い出して、ある者は心が安らかになった。

 

 やわらかなのに、力強い歌声。

 1音1音が鼓膜を震わせ、脳内に響く。

 

 魂から、この歌姫の歌は特別なのだと思わせる……そんな歌。

 

 だから堂本一揮は、前代未聞の乱入を果たした歌姫に負け、従った。地上に舞い降りた歌の女神を、止められる音楽家などこの世に存在しないから。

 

 心の底から安らげる夢の時間はそう長く続かない。

 

 夢には終わりがつきもの。

 

 

 歌姫は歌い終わり、歌の余韻を奏でる曲の調べも、静かに消えてゆく。

 

 そして――。

 

 

(アドリブ!?)

 

 歌姫に感化された音楽家の1人として、堂本一揮はアドリブで音楽を奏でた。

 

 予期せぬ事態に、怜子は顔を青くして振り返る。

 心配そうな顔付きで事の次第を見守る。が、しかし。あの1音が鳴ってしまう。

 

 観客は怜子の内心を露知らず、万感の想いのままに拍手する。雷鳴の如く拍手の轟く劇場。

 

 怜子は絶望した顔で、観客席を見渡して、

 

 

 そして笑みを零した。

 

 

 手すりから身を乗り出して、手を振る馬鹿が。

 

 サムズアップを掲げる1人の馬鹿の姿が、目に映ったからだ。

 

 笑顔で手を振る馬鹿(宏一)を見て、怜子は安心して一筋だけ流れた涙を拭いながら

 

 

 

「――馬鹿」

 

 

 

 

 向日葵のような日向の笑顔で、怜子はそう言った。

 




最後のワンシーン。コナン界の歌姫が、安心するこのシーンを描きたいがために本作は産まれました
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