転生したら秋庭怜子のマネージャーになった件   作:幽玄の鬼

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フルスコア本編は今話にて終了します


13:秋庭怜子のマネージャーは、最後の最後で恩師を止める【下】

 宏一は滲み出た涙を拭い、窓枠に両手を置き体重を預けながら窓の外――怜子の立つステージを見下ろした。

 

 痛い沈黙。

 

 コナンはどうしようか、必死に考える。

 

 そんな中、宏一はふと上を見上げて、こちらを真剣な表情で見下ろす哀と目が合った。

 

 ばっちし視線が交差する哀と宏一。

 

 哀はちらりと視線を右に逸らせば、意を汲んだ宏一が自身の左側を向く。すると、となりの離れた窓ガラス付きの席から、左手を即席の支えにして狙撃を為さんとする佐藤刑事と目が合った。

 

(……なるほど)

 

 こっそり佐藤刑事にウィンクすると、今度は哀にもウィンクして宏一は、何気なく両手を窓の枠から離した。

 そして。宏一は、匠の隣から離れ窓とも距離を置いた。

 

 佐藤刑事の射線からさり気なく逸れてから宏一は、しんみりと言った。

 

「先生。どうやらここまでのようですね」

 

「あぁ、お別れだよ。宏一君」

 

 

 ミララファ。音階に乗せて宏一は口笛を吹く。

 

 弾かれたように宏一を見るコナン。

 

 

 そして――。

 

 

 

 甲高い透明なリコーダーの音色がホールに鳴り響く。リコーダーが奏でる音は宏一の口笛と同じ。

 身を乗り出した哀が、コナンに必ず届くと信じて哀は丁寧に同じ音を鳴らす。

 

「何の音だ!?」

 

 奏でられた音を頭の中でアルファベットに置き換える。

 コナンは不敵な笑みを浮かべると、

 

「試合終了のホイッスルさ!」

 

 と言って、床に伏せた。

 

 次の瞬間。

 

 佐藤刑事の放った弾丸が10メートル以上はある距離を瞬く間に飛翔。2枚のガラスを突き破り、威力はそのままに匠の持つリモコンを貫いた。

 

「警察だ! 動くな!」

 

 狙い澄ましたのか疑いたくなる程完璧なタイミングで、高木刑事が拳銃を構えて乱入してくる。

 

 息の合ったタイミング。

 

 先程、宏一が言った意味深な言葉は、別れの挨拶ではなく、匠の企てた犯罪計画がここで終わるということを意味していた。口笛も、そういうことなのだろう。

 

 拳銃を構える高木刑事をみて、匠はようやく己の敗北を受け入れた。

 

「君たちに見事してやられたよ……私の負けだ……っ!」

 

 それを聞いてコナンは満足そうな笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

♪ ♬ ♪ ♬ ♪ ♬

 

 

 

 

 

 銃撃騒動があったとは露知らず。

 

 多くの人々を狂わせたコンサートは淡々と進行を進める。予定通りにシャコンヌが演奏され、本領を発揮した山根紫音の土壇場と化す。

 

 目玉である筈のパイプオルガンは、紫音の奏でる音楽を引き立てることに徹していた。

 

 哀しげなメロディーが、会場全体に響き渡っている。

 

 

「譜和さん。残りの爆弾はどこに?」

 

 佐藤刑事は、強い衝撃で痛めた譜和匠の手を包帯で応急処置しながら、残りの爆弾の在り処を聞き出した。

 観念した匠は、鈍痛に顔を歪めながらも、素直に白状する。

 

「ステージ真上の天井裏です」

「高木くん。警部に連絡を」

「はいっ!」

 

 高木刑事は威勢の良い返事と共に駆け出した。

 

「申し訳ないが、この演奏を最後まで聴かせてもらえないだろうか?」

 

 匠は晴れやかな……とは言い難いが、とても良い表情で、佐藤刑事に話しかける。

 

「その後全てをお話ししますから」

 

 匠の願いを、佐藤刑事は言葉なく受け入れた。

 頷く佐藤刑事。コナンは、笑顔を消して真剣な表情になって顔をステージの方へと向ける。

 

「宏一君。君にもたくさん迷惑を掛けたね。最後の最後まで、本当に申し訳ない」

「……」

 

 視線をステージに固定したまま匠は宏一に語り掛けたのだが、同じく視線をステージに向けたままの宏一は無言を突き通した。

 

「途中で放ってしまって……すまなかった。今日までずっと避け続けて、すまなかった」

 

 

「怜子君を狙って、申し訳ない。あの後の続きを放り投げてしまって……最後まで君に教えることが出来なくなってしまい、本当にすまなかった」

「……今日、こうして先生と最後に会話が出来た。あのまま自然消滅して終わるよりは遥かにマシです」

 

 最後の最後に、最悪な形ではあるが、ちゃんと話が出来た。

 なら最悪でも限りなく最高に近い最悪と言えるのではないか。やっと念願が叶ったのだから。

 そういうものなのかね? と、匠はしみじみと呟く。

 そういうものなんです、と宏一は消え入るように返した。

 

「ねえ、どうしてホールに爆弾を仕掛けたの?」

 

 コナンは、無情にも匠に真相の追求のための質問を投げつけた。

 2人の雰囲気をぶち壊す行為。しかし、それはコナンなりの気遣いなのだ。2人の溜まりに溜まったわだかまり、それを吹き飛ばす為の。

 罪を神父に告白する罪人の様に、少しでも匠の胸をうちを曝け出せれたら……あるいは懺悔を聞いて匠の胸のつっかえを取れたら、と思い匠の胸のうちを暴き出す。

 

「……35年間。私は堂本一揮の専属ピアノ調律師として、彼と共に人生を歩んで来た。ところが2年前、彼は突然ピアニストを引退すると言い出した……っ」

 

 静かに、だが冷たい炎の熱を持って、匠は胸をうちを吐き出す。冷たい憎悪――1人の職人を単なる爆弾魔へと貶めた呪縛を曝け出す。

 

 2年前、堂本一揮は匠に、流れるように堂本音楽ホールの館長への就任を薦めてきた。

 

 無論、断ることが出来たと匠は語る。ピアノ調律師として生きる選択もあったからだ。

 しかし、匠を【匠】たらしめる職人のプライド、調律師としての矜持が今更他のピアノ演奏家と組むことを拒んだのだ。

 

 だからといって匠に音楽ホールの館長が務まるとは、匠自身思えなかった。

 匠はあくまで、プロのピアノ調律師。ピアノ調律の職人ではあっても、館長の素人である匠にその役割が果たせるとは到底思えなかったのだ。

 

「ささやかな安らぎはあったよ。だけど館長の就任という絶望が、私の中で消えることなく燃え続けた」

 

 その2年前、匠の妻が病気で他界。

 

 その1年後、つまり3年前に息子が事故死。

 

 立て続けに起きた不幸が1人の職人を蝕み、唯一の生き甲斐だった調律師の仕事まで喪ってしまったことで、愛した音楽までもが耳障りな不協和音へと変わり果てた。

 

 

 

 

 絶望は日常に浸透し、夢までも蝕む。悪夢に魘されて跳ね起きたあの夜――

 

 心身ともに憎悪で燃やし焦がされた1人の狂人が誕生した。

 

 

「静かな夜を取り戻さんがために! 息子の命を奪った4人はもちろん。あの身勝手な堂本……彼の興味をピアノから奪ったパイプオルガンと堂本ホール! さらに、そんなオルガンの演奏を聴きに訪れる世界中の音楽家や客たちの命さえも……!」

 

 

 匠が胸のうちで燃え盛る憎悪を吐露する間、目暮警部と高木刑事が調整室の中に入ってきた。少し遅れて、小五郎と蘭、園子も続く。

 

 

 オルガンに細工をしたり、ホールに爆弾を仕掛けるにしても、館長の立場が1番便利だ。故に、匠は堂本音楽ホールの館長就任を引き受けたのだと言う。

 

「一方で、私と一緒に堂本に捨てられたピアノが哀れでならなかった」

 

 その言葉を聞いて高木刑事と目暮警部はある可能性に辿り着く。

 

「え、? それじゃあ!」

「練習室をピアノごと爆破したのは、ピアノを愛するが故、ということか」

 

「これで私の話は終わりだ。

 

 

……それじゃあ」

 

 ガチャリという音がしたと思えば、匠が拳銃を構えていた。

 懐に忍ばせていた自殺用の拳銃。それを取り出して構えたのだ。

 

「堂本を呼んでもらおうか! 

 

 ご安心をこれは自殺用です。皆さんを傷つけるつもりはない。コナン君、部屋を出て行きなさい」

 

 穏やかな声で、殺意を滾らせた顔で匠は拳銃を手に立つ。 

 コナンは啖呵を切り、一触即発の空気になるが……。

 

 

「いい加減にしろ! 譜和匠!!」

 

 ただとなりで、遠くもなく近くもなく、絶妙な距離を保ちただ佇んでいた宏一が、匠の直ぐ傍に立っていた。

 

 次の瞬間、宏一の両腕がブレたか思うと、気が付けば匠の拳銃を奪っていた。

 

 宏一は瞬時に、匠の拳銃を持つ方の腕の二の腕を自身の左手で掴み、そのまま右手を拳銃に当て、自身の両腕をクロス。

 弾くようにして匠の持つ拳銃を手から奪い去り、ロックを掛け放り投げたのだ。

 

 呆然とする匠にずかずかと乱暴に歩み寄り、そして胸ぐらを掴んだ。

 

「もうこれ以上! 秋庭怜子が愛したアンタの息子の、大切な音楽を穢すんじゃない!!」

 

「……っ! 宏一」

 

 タイミング良く入室した怜子は、宏一の慟哭を聞いて眉を潜めた。悲痛そうな表情を浮かべている。

 

 唾を飛ばし、目を見開き、だが眦にたまった水滴だけは落として堪るものかと気を張りながら、それでいて鬼気迫る勢いで怒鳴る宏一の慟哭は。

 宏一迫真の魂の叫びは、匠の心を揺さぶった。

 

 

 糸の切れた人形の様に、急に力を失いふらつき出した宏一は、ドタドタと後退り椅子の上に力なく崩れ落ちた。

 

「――宏一っ!!」

 

 怜子は目の色を変えて宏一に駆け寄る。

 

 

 

 そして、ついに堂本一揮が姿を現した。

 

「私ならここにいるよ、譜和くん」

 

「……堂本、一揮……」

 

「譜和君。すまなかった……まさか君がそれほど思い詰めているとは知らず」

 

 堂本一揮は頭を下げる。

 それを見た匠は怒鳴った。涙を堪えながら懸命に怒鳴る。

 

「今更……っ! やっと、分かったかっ! ……私がっ! いや私だけじゃないぞ! お前のせいでっ! ……お前のせいで私は! 私たちは! お前の身勝手のせいで……今更ァ!!!」

 

 

「……。そうではないんだ。譜和君、私がピアニストを引退したのは君の調律が微妙に狂ってきたのを気付いたからなんだ」

 

 必死に叫ぶ匠を見て、一揮は己の大きな過ちに気付かされた。

 やっと気付いたのだ。

 

 長い年月を匠と共に過ごし、ずっと一緒に組んできた堂本一揮もまた他の調律師と組む気にはなれず……かといって友人のプライドを考えて指摘することも出来ず。

 

 そうしてずるずると数年が経ち、過去の過ちが呪いとなって、今こうしてかつての友を蝕んでいる。

 

 だから、一揮は懺悔するように思いの丈を告白する。大きな過ちのせいでおかしくなってしまった友人に、せめてもの手向けとして。

 自分の犯した過ちを一揮自身が認める為に。

 私には絶対音感がある! そう叫ぶ匠に、堂本一揮はずっと言えずにいた、残酷な事実を伝えた。それは、

 

「確かに君は絶対音感を持っている。……だが、年をとって聴覚が衰えたんだろう。自分でも気付かずに音をズラしてしまうことが多々あったんだ」

 

「……っ!! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! ……うそだぁぁ……っ!!」

 

「こんなことになるなら、……こうして君たちを傷つけることになるなら……あの時にちゃんと言うべきだった。本当にすまなかった」

 

「いっ……今更もう遅いぞっ! 手遅れだ! 全部っ……全部……アンタのせいだ!!」

「違うわ……!」

 

 ずっと聞いていた園子が、唐突に口を挟んだ。

 

 壮大なすれ違い。それが産んだ悲劇。大体のあらましを聞き、何となくだが事情を察した園子は、一揮と匠を……そして崩れ落ち咽び泣く1人のマネージャーを救う為に、口を挟まずには居られなかったのだ。

 ボタンの掛け違い。それを直してあげるために、園子は素直に自分の感じた思いを口にする。

 

「私がもし親友に同じことをされたとしたら、それは何かのっぴきならない訳があるんだろうな……って。そしてそれは、もしかしたら親友本人よりも私のことを思いやってくれてるのかもしれないって……そう考えると思うわ」

 

 園子は、そこまで言うと『何故なら』と前置きしてから一旦言葉を止めて、蘭の方を見た。

 

「その親友を信じているから」

「私も同じです」

 

 まっすぐにそう言う園子と、同じく澄んだ瞳で宣言する蘭を見て、匠の時は停まった。

 

 匠はふるふると力なく震えて堂本一揮を見た。一揮は、やれやれと言いたげにフット笑うと、優しい……仕方がないなぁ……君は、とそう言うだけな優しい顔で、匠に笑い掛ける。

 

 もう無理だった。

 

 友の想いが、充分過ぎるほどに伝わり、匠は崩れ落ち、涙する。

 そんな哀しい背中を一揮はただ黙って撫でるだけだった。

 

 

「譜和さん……私も最初はあの4人を殺してやりたいくらい憎んでいました。けど、私は赦すことにしたんです。亡くなった光さんは、そんなこと望んでないだろうなって……そう思ったから」

 

 宏一の背中を擦りながら、怜子は匠の方を見て言う。

 地面に伏せって泣いているが、言葉だけはちゃんと届くと信じて……。

 

「愛って……誰かの幸せを想い行動するとても尊いことでしょ。無償の愛、献身の愛、誰かを大切に想うその気持ちを、……大切な愛を免罪符にして殺人なんて、しちゃイケないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

♪ ♬ ♪ ♬ ♪ ♬

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ宏一、大丈夫?」

 

 帰りの車の中。

 蜂模様にカラーリングされたシボレーの助手席にて、ラフな私服に着替えた怜子は、泣き腫らした目でハンドルを握る運転手にそう問い掛けた。

 

「何がです?」

 

 秋庭怜子のマネージャー冬森宏一は惚ける。

 

「だって……貴方、あの人のこと好きだったんでしょ? 亡くなった父親に重ねるくらい」

「……まったく。秋庭さんには敵いませんね」

 

 しばし無言になる。が、宏一は直ぐに口を開いた。

 

「辛くない、……といえば嘘になります。ですが、平気です。僕の愛は無駄じゃなかった……先生にはちゃんと届いてたみたいですから。

それが分かったから、僕はもう大丈夫」

「……何よそれ。私の丸パクリじゃない」

「秋庭さん」

「なに?」

「これからも……ずっと貴方のことを信じますね」

 

「……っ! 早く飲みに行くわよ! 美味しいディナー食べて、美味しいお酒飲んで! 全部、全部リセットするの!!」

 

 怜子はそっぽを向いて、そうまくし立てる。急に機嫌が変わった女王様に、宏一はふふふと笑みを浮かべて、

 

「了解しました。世界の歌姫」

 

 冬森宏一は、とてもとても晴れ渡った笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「……馬鹿」

 

 

 

 秋庭怜子の呟きは、静かに闇夜に掻き消えて逝ったーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は、劇場版恒例のエンディング後のプチエピソードと、次回の劇場版予告になります
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