転生したら秋庭怜子のマネージャーになった件   作:幽玄の鬼

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7:秋庭怜子のマネージャーは、急変する事態に駆け付ける【上】

 堂本ホール開園記念公演当日。

 

 園子と蘭、小五郎にコナンの四人はゲネプロ見学をするために堂本ホールを訪れていた。

 

 空っぽのホール。コナンたちは思い思いの、好きな場所に座っていた。

 

「昨日のこと、警察にはちゃんと黙っていてくれたみたいね」

 

 後ろからやって来た怜子は、コナンの座席に近付くとしゃがみ小さな声でそう言った。 

 

 純白のドレスを着て化粧をした怜子は、とても美しい。

 長い綺麗な髪の毛を後ろでに束ね、ポニーテールにした怜子は、ツンツンしたままコナンに礼を述べる。

 

 その直ぐ後ろには、ちゃんとした黒の燕尾服を着、髪の毛をオールバックに固めた宏一が立っていた。

 胸元の蝶ネクタイといい、まんま執事そのもの。

 宏一は、コナンと目が合うと胸に手を当て優雅に礼をした。

 

「一応、礼を言っといてあげる」

「それはいいけど、宏一さん。足大丈夫なの?」

「昨日帰ったあと、ちゃんと応急処置をしたから大丈夫ですよ。化膿もなし、全然へっちゃらです」

「じゃあ、私はもう行くわ。宏一、ちゃんと確認よろしく」

 

 怜子は立ち上がると、宏一にそう言った。

 宏一の耳を、怜子は何年もかけて育てた。今ではそれなりに耳が肥え、一端にも怜子の歌の指摘が出来るまでになっている。

 ゲネプロで宏一にしっかり歌を聴かせ、宏一が感じたこと気付いたことを元に本番に活かすのが、ここ数年の怜子のルーティンだ。

 

「じっくり堪能させてもらいます」

 

 宏一の宣言に手をあげて応じると、怜子はコナンの頭をわしゃわしゃと撫でてからステージの方へと歩いて行った。

 

(――たくっ、俺をいちいち子供扱いしやがって)

 

 そう内心悪態を垂れるコナンは、どこかで満更でもない様子だ。

 と、そこで。

 

「わ――!? え、なになに!?」

 

 急に乱暴にコナンを撫でるものだから、コナンは驚いてしまう。

 

「君みたいなガキに秋庭さんの撫で撫では10年早いですよ、探偵坊主。勿体ない」

 

 宏一はコナンを撫でた自分の手にふぅーっと息を吹きかけて、それから宏一はコナンのとなりに腰かけた。

 

「……へいへい」

(オメェもガキかよ)

 

 足を組み、胸ポケットからオペラグラスを取り出す宏一は、どこから見ても準備万端だ。

 

「それで、探偵坊主。何か聞きたそうな顔ですね?」

 

 宏一はステージに立つ怜子を見たまま、コナンにそう言った。するとコナンは遠慮なく、

 

「えぇっと、じゃあ、怜子さんと宏一さんは犯人を知ってる?」

 

 いきなり深く踏み入った質問をするコナンに、だが宏一はコナンの方を見るとはぐらかす。

 

「事件の詳細に付いて僕たちが知っていることを、話す許可を秋庭さんから得ていません」

「ちぇ、けちっ」

「ケチじゃないです。賢い君ならもう気付いてると思うけど、僕たちの関係は複雑です。幼馴染に加えて、惚れた弱みもありますが、一つ大きな弱みを握られてまして……だから僕は逆らえない。そもそも、逆らうつもりもないですけどね。なにせ僕は、秋庭さんの一の子分ですから」

「じゃあ、別の質問なんだけど、河辺さんって怜子さんと同じ絶対音感なんだよね?」

「ええ、そうです。ですから彼女、秋庭さんと河辺さんは意気投合して。秋庭さんは天才主義といいますか……進んで孤立していくタイプだから、余計に楽しそうでした」

 

「そ、そうなんだ」

(昔の灰原みてーだな)

 

 宏一の話を聞いてコナンはそう感じた。だが、それよりも事件のことだ。怜子と河辺は絶対音感。偶然なのだろうか?

 

 思考の渦に沈むコナンを、宏一の深い声が海深くに沈む意識を引きずり上げた。

 

「人の話を聞く時は相手の目を見る、そう教わりませんでしたか? 探偵坊主」

「え?」

 

 コナンは顔を上げた、宏一を見た。目が合ったことを確認すると、宏一は少し哀しそうな顔で唇を動かす。

 

ーー面白いことが起きた。前を見てーー

 

 ステージの方を見ると、堂本一揮が声を荒げる姿が目に入った。

 

「あー仕方ない! 彼抜きで始めよう」

 

 一揮がそう宣言すると、ピアノの調律師の譜和匠と一揮の息子の弦也が踵を返し、ホールの外へ向かって歩み初めた。

 

 そんな譜和に小五郎は話しかける。

 

「どうかしたんすか?」

 

「あぁ、毛利さん。実はミューラーさんが見当たらないんですよ」

「え? オルガン調律師の?」

 

 譜和匠が返事をし、その返事に園子が困惑を露わにする。

 

「ゲネプロに立ち会って微調整をしてもらうつもりだったんですが」

「まったく……困ったものです。携帯には出ないですし、ホテルには夕べから戻ってないって」

「まぁあとは微調整だけなんで、彼がいなくてもそれほど問題はないんですが」

 

 そう話す譜和と弦也の会話を聞いて、園子と蘭は行方不明ではないかと結び付けた。

 

「でもそれって行方不明ってことなんじゃ?」

「警察に届けた方が良いんじゃないですか?」

「いえ、また警察に色々と時間を取られると面倒ですから」

 

 弦也はきっぱりと言い放ち、それから譜和は。

 

「そういえば、宏一くん。君もミューラーさんを見ていないのかね?」

「いえ、どこにいるのか皆目見当もつきません」

 

 宏一はそう答えた。

 そうかと譜和が答えところでホール内の照明が落ちた。

 

 ゲネプロ開幕の合図だ。

 

「今回のコンサートだけで、莫大な数億もの大金が動いてます。それに音楽家たちも何ヶ月も前から必死に練習に練習を重ねて今こうして、あのステージに立っている」

 

 どこかしっくりこない様子のコナンに、宏一は囁きを続ける。

 

「……今更ちょっとやそっとのアクシデントじゃ、そう簡単には止められない。ましてやこれは2年かけての大舞台……止まる訳ないんです」

 

 大勢の音楽家たちの運命を狂わせて、たくさんの人々を巻き込んで、それでもようやく開演されようとしている『堂本ホールこけら落としコンサート』は、もうすでに止められる域にない。

 あらゆる総てが動き始めた今、コンサートは全てを飲み込む濁流と同じだ。

 

 ーー流れ切るまで絶対に止まらない。

 

 

 堂本一揮が、満を持してオルガンを弾いた瞬間。

 

 壮大な音色が、コナンたちをコンサートに引きずり込んだ。

 神々しさをも感じる雄大な響き。

 

 まるで別人の顔立ちをした山根紫音は、自信に満ちあふれた顔でストラディバリウスを弾き鳴らす。

 音の張りも伸びもまるで違う。完全にストラディバリウスを自分の物にした紫音が奏でる音色はホールを揺らす。

 

 そして怜子が歌い出す。  

 

 魂に響き渡る清らかな澄んだ歌声。スポットライトを浴びて歌う怜子の姿は、まるで地上に舞い降りた歌姫が神に歌を捧げているように宏一の目には映った。

 一筋の涙が宏一の頬を伝う。

 

 感情を込めて、全身を使って祈るように怜子は歌を紡ぎ続ける。

 オルガンとバイオリンの音が、怜子の歌を引き立てただただ神々しい。

 

 凄まじい迫力に、小五郎は圧倒される。園子と蘭、コナンも聞き入ってしまう。

 

 真剣な顔で耳を傾けるコナン。

 だが1音、若干だが変な音がコナンの耳に残る。変な1音に、違和感を覚えたのだ。

 そのままゲネプロは続くのだが、妙な1音だけがずっと耳に残り続けた。

 

 

 

 

 

♪ ♬ ♪ ♬ ♪ ♬

 

 

 

 

 

 

 パイプオルガンを囲む人影が2つ。

 椅子に座りオルガンの鍵盤を叩かんとする宏一と、そのすぐ脇に立ち宏一の鳴らした音に耳を澄ませる怜子の2つ。

 トランペットと描かれたストップノブを引き、とあるキーの鍵盤を叩く。

 指定されたキーのトランペットの音が鳴るがーー。

 

「これじゃないわ。次、別のを鳴らして」

「はい」

 

 トランペットのストップノブを戻し、宏一は別のストップノブを引き鍵盤を叩く。が、これも違った。

 

「次、別のを鳴らして」

「はい」

 

「次」

「はい」

 

「次」

「はい」

 

 試すこと都合4度。

 今度鳴らした音はーー。 

 

 怜子は驚いた様に上を向き、宏一も音の違和感に気が付く。

 

「この音ですか。確かに他の音に比べると、これだけ浮いている気が」

 

「その音! その音ちょっと変じゃない!?」

 

 どこからともなく現れた、コナンはそう叫びながら音の審議会に乱入した。宏一は怜子の判断を仰ぎ、怜子はコナンに同意する。

 

「えぇ。私も歌ってる途中に気付いたの。宏一も何か1音だけ浮いてるって言うし。だから宏一に色々な楽器の音で弾かせて探してたの」

「どのキーの音なのかはすぐに分かったんですが、どのストップの音なのかが分からなくて(しらみ)潰しに探してたところです」

「もう一度鳴らして」

 

 怜子の指示を受け、宏一は再び鍵盤を叩く。

 オルガンが鳴らした音に、3人は全員耳を澄ませた。  

 

「やっぱり微かに低いわ。間違いない」

「他の音と比べて違和感がすごいですから、おそらく耳が肥えてるお客様には直ぐに分かると思います」

「あの辺から聞こえてたねぇ」

 

 何本も何列に所狭しと並んだオルガンのパイプ。

 コナンは上方の奥のパイプを指差して、そう言った。

 

「奥の一番短いフルー管だと思うの。たぶん、調律が上手くいってないのね。本番までに早く直してもらわないと」

 

 相対音感というポピュラーな耳を持つ宏一でさえ違和感を覚えたのだ。確かに、怜子の猛特訓で精度が格段に高いものの、他の一般人も聴いて分かる可能性が高い。

 怜子の発言は尤もだが、コナンはミューラーの行方について指摘した。

 

「でもミューラーさんの行方が分かってないんでしょ?」

「そうなの。……宏一、パイプオルガンの調律って出来る?」

「無理に決まってるでしょう。僕を何だと思っているんですか?」

 

 そんな、なんでも出来るわよね、という目で見られても困る。宏一は何でもスーパーマンじゃない。宏一は出来ることだけしか出来ない。

 覚えろと怜子が言うのなら宏一とて覚える所存だが、少なくとも今この時期ではない(・・・・・・・・・)

 珍しい宏一の全否定に、怜子は少し拗ねた顔になる。

 

「……言ってみただけじゃない。とにかく、堂本さんに言わないと」

 

 

 

 

 怜子の提案で、堂本一揮の楽屋を訪ねた怜子、コナン、宏一の3人。怜子が楽屋の扉を叩くが返事が無かった。

 

「いないみたいだね」

「そうですね」

「なら……あそこか」

 

 怜子が思い浮かべたのは、堂本一揮のお気に入りの湖畔。

 

「宏一は館内を探して。私たちは外を探してみる」

「了承しました。……何かあればお電話を。なくても必ず駆け付けます」

「良いから早く行く」

 

 広い館内の捜索は宏一に任せて、怜子はコナンと一緒に外を探すことにした。

 アピールをする宏一を素気なく追い払い、怜子とコナンは外に出るべく玄関ホールへも向かう。

 

 階段を降りながら、怜子はコナンの優れた耳を絶賛した。

 

「それにしてもコナンくん。君、良くあの音に気付いたわね」

「えっへへ。僕、耳は良い方なんだ」 

「良いどころじゃないわ。君も絶対音感持ってるんじゃないの?」

 

 怜子の手放しの称賛。

 完璧主義を徹底し、他者にもそれを求める、超が付くほど自他に厳しい怜子が人を褒めたりあるいは笑顔を見せることはとても稀なこと。だから、怜子がコナンに心を許した証拠に他ならない。

 

 コナンはこそばゆい様で、少し照れた声になる。

 

「だといいけど。僕、音痴だし」

「大丈夫。耳が良いなら、直ぐに治るわよ。私が宏一で証明したもの」

 

 2人は和気あいあいと団欒しながら歩き続け、そして湖畔へと辿り着く。

 湖畔をざっと見渡すが、怜子の視界には堂本一揮らしき人影は映らなかった。どうやら外れのようで、だから中に戻ろうとしたのだが。

 

 忍び足で近付く足音を、怜子の耳が捉えた。

 

「ーーッ! だれ」

 

 怜子がすかさず振り返るが、怜子の後頭部を何者かがレンチで殴る。怜子はダウン。

 

 続けて何者かは、コナンを横ぶりで殴る。咄嗟にコナンは腕時計でガードするが、子供の体躯で大人の男の臂力を耐えきれる訳なく吹っ飛び頭を強打。コナンもダウンする。

 

 急変する事態。

 

 だが着実に、事態は終着に向け動き始めた。

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