2021年12月のある日、夕方にこんな夢を見た。
** * *** * * **
ホームセンターらしきところのエスカレーターを昇り、屋上に出た。
屋上にはガーデニングの道具や草花が売られていて、そこで花を買い集めた。
何のために花を買ったのだろう?、と自問していたら、どうも供養に使うような記憶があった。
誰の供養なのだろうか?、と再び自問したら、頭の中に声がした。
昔、何かの事故で2名を殺してしまったため、その償いのためである。だから今の日々で苦労が多いし、努力しても報われない、と知らされる。
(注:現実には私は事故で人殺ししたことはない。だが、その夢の中では、思い当たるふしがあって納得していた。後述するように、後で私の祖父や父母も出てきているので、おそらく先祖の誰かが、ということであろう。)
場面が変わり、家の中にいた。知らない家であった。家内もいた。
NRさん(会社の先輩)が外の駐車場にいて、「雷がきたぞ」と叫んでいたので、外を見た。
遠くに大きな積乱雲があって、派手に赤い雷を出していた。それが近づいてきていた。
恐れおののきながら見ていると、誰かから外に出るように呼ばれたため、家内とともに外に出て駐車場らしきところに並ぶ。
また何かの声がした。「昔の罪により償いの日々を送らせていたが、殊勝に生きていたため、償いが思ったより早く終わり、1年間前倒しで解厄する(=つぐないの日々を終わらせる)、儀式が終わるまでそこで動かず立っていろ。」と言われた。
さきほどの積乱雲が真上までやってきて、そこから連続した雷が天から体にあたる。ビリビリビリと音がするが、特に痛くはない。
なんか、体の中のメモリか設定かを書き換えられている感じだった。
父母と、既に死亡している祖父らも家から出てきて、近くに立った。
私だけで償ったのではなく、何代かかけてつぐなったらしい。
(ただし父母が償った量は少ないみたい、逆に祖父が償った量は多いらしい。シベリア抑留とかを味わったのはそのためか。。。)
ふとみると、仏様が一人、駐車場の端に立って、こちらを見ていた。
夢の中での私の認識では、今までもときどき会っているらしく、知り合いになっているらしい。
夢の中で私はその仏様のことをゼンコウジさんと呼んでいた。
(まあ普通に考えて、長野市にある善光寺の仏様なのであろう。善光寺さんとの出会いについては長くなるので別の話で紹介することにしたい。)
儀式の最中に、半分意識が戻っていたが、せっかくの機会なので待っている間にゼンコウジさんにいろいろ質問してみたかったので、あえて意識レベルを下げてなるべく目が覚めないようにした。
①
「このメモリの書き換えみたいな作業は、具体的には何をやっているのですか?」
「これから1年後までに予定されて仕掛けられていた罠(試練?)を消しているのだ」
「どのような罠が予定されていたのですか?」
「たとえば、子供が犯罪行為をして警察に捕まって、謝りに行ったりそのつぐないをしなければならない。そういう類のものだ。」
②
「話は変わりますが、神仏にお願いをするときに、お供え物やお布施はなぜ必要なのでしょうか?神仏のご加護を受けるには代金が必要なのでしょうか?、高額ほどいいとしたらおかしいのではないでしょうか?」
「我執がゆるむ。そのスキに悪いモノを祓う。そのために必要だ。」
「なるほど、そういうことでしたか。」
(訳:誰しも物を独り占めしたいとか、お金をもっと持ちたいとか我執をもっており、その物質欲に完全に囚われた状態では、神が心に入りこめないのだ。自分のものを喜んで他人に分け与える、という行為によって、物質欲に囚われた状態から少しだけ解放される。そのスキに悪い気を祓う事ができるのだ。その参拝者の気持ちが変わることが目的であり金額が大事なのではない。という意味だと解釈した)
③
「あなたは何者なのですか?」
「マナである」(言われたことそのままに書く。理解不能。いやなんとなくはわかるのだが、私の理解が浅くてとても他の人に説明できないので説明は省略したい)
④
「とりあえず疑問がなくなり、今は聞くべきことがなくなりました。ですがまた聞きたいこともできるでしょう。そのときにはまたあなたに会いたい。会えますか?」
「******」(何と言われたのかわからなかった。あるいは理解できなかった)
目が覚め初めて、その世界が薄くなっていく。(夜が明けて星が見えなくなる感じ)
最後に慌てて聞いてみた
⑤
「これからも見守っていてほしい」
「・・・・」 (すでに自分の意識がその世界から剥がれてしまい、聞こえなかった)
** * *** * * **
というところで目が覚めた。
まあ夢はいい夢だったが、なんでNRさんが出てきたのだろう、と疑問に思った。
翌日、会社でたまたまNRさんを見かけたので、最近雷を見なかったか?、と尋ねてみたら、つい数日前、長野市経由で上越までいったときに、日本海の方に雷が光っていた、と言っていた。
(注:太平洋側は冬は雷はあまり発生しないが、日本海側(北陸など)は冬に雷が多い)
その後であるが、償いの日々が終わったので、そこから私の人生が劇的によくなったか、といえば、あまりそれほどでもなかった。
その点については、後日の夢でゼンコウジさんに聞いたのだが、トラップがなくなったというのは、新たに災いとか病気とかが起こるのが軽減された、というだけであり、既に生じてしまった現実世界のマイナスが消滅するわけではない、ということらしい。
たとえば、子供が二人ともいじめられたり不登校になったりしてたのが、友達もできて学校にも通えるようになったのだが、それまでの不登校で学業が遅れているし内申点が低くなるのは避けられず、高校もレベルが低い所にしかいけないだろう。ただし、今まで生じていた妨害はなくなるので、そこからは努力次第で這い上がっていける、ということらしい。
もう一つ聞いたのが、先祖の徳がないというだけでこんなに苦労する人生になるのなら、せめて自分の子供や子孫が苦労しないように、自分は徳を貯めたいのだがどうすればいいのか?、ということである。
その回答は「やみくもに他人を助けても徳にはならない。自分との縁がある人で、善良な人(=その人が助かった時に助けてくれた相手も幸福になれるように願えるような人)を助けることによって徳となる。そういう相手とは、しかるべき時に出会ったり紹介されたりするものだから、その時を焦らず待て。」ということであった。
ということで、自身の技を磨きながら、新たな指令や依頼が降って来るのを待っている日々である。