シスターリリハ   作:yukirima

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こういうタイプを書くのは初めてです。面白かったです。


シスターリリハ

 図書館に行こうかと廊下を歩いていると、先輩に声を掛けられた。気さくな方だが、今日の顔には朗らかさが見えない。歩きながら話そうと言うのでついて行った。

 聞けば「お話」があって、私を探していたそうだ。特に粗相をした覚えはないが、自らの行いをいちいち覚えていないので、きっと何かしてしまったのだろう。しかし、もしも自覚のない事で叱られてしまったら、私はもう図書館に行く気持ちも失せてしまうだろうから、出来ればそうであってほしくないと願った。

 案内された部屋は味気ないものだった。窓は大きく、学園の一角を眺められるが、家具は机と椅子にティーセット。机も椅子も、丁寧に扱われているのは見て取れたが、それだけである。用途があるように見えない。まるで「部屋」という空間を作り上げるためだけに存在しているようにさえ感じられる。茶器も持ち込まれたものだろう。部屋に不釣り合いだ。私を呼びつけるまで、物置や空き部屋だったとしても理解できる。

「お待ちしておりました、シスターリリハ」

 シスターサクラコ様と言おうにも、声が上手く出なかった。私の所属する組織、シスターフッドを束ねる者で、堅物という評価が妥当な所。実際に面と向かって話すのは初めてだ。出来れば、こういう場所で話したくない人物でもある。夜な夜なトリニティに現れるという怪異ではないが、どうにも触れづらいのだ。堅物であるだけでは生まれるはずのない圧がある。そういうわけで積極的な接触は避けていた。

「どうぞこちらへ」

 促されるまま席に着く。この部屋に椅子は二つ。一つはサクラコ様のもの。あと一つは私が座ったもの。先輩の分は無かった。そうか、私を呼んだのはサクラコ様か。

「今日は、二人きりで『お話』がしたかったのです」

「そうなのですね……それで、どういったことを?」

「いえ、そう焦らずとも。時間はあるのですから」

 気付けばお茶を注がれていた。シスターサクラコ様の微笑を眺めるだけになってしまった。彼女の言葉が、私の体を縛ったのだ。

「時間はある」と彼女は言った。確かに今日の予定は済んでいるが、どれもシスターフッドとは関係のない私用である。これらの予定を詰めるのにシスターフッドに相談した件は一つだってない。シスターサクラコ様が知っているはずがないのだ。なぜ、私のスケジュールを把握している。どうやって知ったのか。

「はい……」

 シスターフッドにまつわる黒い噂や後ろ暗い話は枚挙にいとまがないが、シスターサクラコ様を見ていると、真実を示すものもあるのだろうと思わされる。シスターフッドを束ねる者なればこそ、知っていることもあるに違いない。私は今、そのような人物と相対している。

「よい眺めですね。そうは思いませんか、シスターリリハ」

「……ええ、とても」

 鳥の群れが羽ばたいた。昼下がりの柔らかい日差しが校舎を照らしている。実に長閑な景色が広がっているが、この部屋に居ては牢獄の外と変わらない。最期に見る景色となるかもしれない。もう太陽を拝めないかもしれない。あの暖かな世界に私は居られなくなってしまう。

 喉が渇く。手を伸ばした紅茶はもはや温度も味も感じない。無事、この部屋から出られるだろうか。私の一挙手一投足が私を断頭台へ導いているようだ。

「『焦らずともよい』と言ったではありませんか」

「はっ……はい、すみません」

「いえ、まだ熱いでしょうから、『ゆっくり』と飲んでください」

 新たに注がれたお茶は、まだ湯気を立てていた。長時間の拘束を示唆しているのだろう。

 私は、いったい何をしてしまったのだろうか。シスターフッドに所属して以来、活動に積極的な参加姿勢を見せてきたし、誰とも軋轢を生んだことはない。私生活でも正義実現委員会のお世話になったことはない。やはり思い返しても、私に自覚できる罪は無い。であれば、私は知らず知らずのうちに、公に知られてはならないことに関わっているのだろう。

「学生生活はどうですか」

 来たと思った。体が冷えていくのが分かった。

「とても、楽しく過ごせています」

「それはよいことですね。リリハさんはシスターフッドの慈善活動にも積極的ですし、その縁で『友人も多い』と聞きます」

「は、はい。頼れる方が多いというのは、とても心強いです……」

「そうでしょう。私にも『お困りごと』があれば、いつでも『相談』してくださいね」

 特別隠していたつもりはないが、シスターフッド外の人間関係も洗っているようだ。私の友人たちを人質にすることは容易いとでも言いたいのだろうか。分からない。

「……それで、『お話』なのですが」

「はい……」

「私の事をどう思っていますか?」

 微笑を向けながら、そんなことを言った。単刀直入に本題を切り出すと思っていたばかりに、肩透かしを食らった気分だ。しかし、油断してはいけない。というより、これこそが策略なのだ。どう思っているかを答えることで、サクラコ様の内心にある私への疑念が真実に変わってしまうかもしれない。下手なことは言えない。

「きれいな方だと思います」

 嘘はついていない。間違いなくきれいな人だ。

「えっ……そう、ですか。ありがとうございます」

 お互い伏し目になって黙ってしまった。意外と正解を選べたのかもしれない。このまま躱し切ればあるいは。サクラコ様を見てそんな気がした。

「……他には、他に思う事はありませんか」

 いやに角度の深い笑みだ。ついさっきの、わずかに口角が上がった和やかな顔は見る影もない。そういう心理的な作戦だったのだと気付かされた。息がし辛くなった。だめだ。きっと当たり障りのない答えを出したところで、満足はしない。翼から羽を一枚一枚引き抜くように、私から逃げ道を奪っていくつもりだ。

「あ……いや、私はお優しい方だと。そう思います……」

 慈善事業での振る舞いを見ていれば分かる。取り繕ったものではない心からの行いばかりだ。

「ええ、ええ、そうですか。嬉しいかぎりです」

 分かってはいるのだが、私には手札が無い。勝つための手札が無い。ブタの手札でいくらかマシなものを弱弱しくテーブルに置くしかないのだ。

 サクラコ様は喜色満面でいるはずなのに、何か陰りが見える。私は微笑み返せているだろうか。あらゆることがサクラコ様には付け入る隙だ。顔の硬さを突かれるだけで、私の心は鳴動するに違いない。生きた心地がしない。

「……あの、サクラコ様」

 逃げようと思った。しかし友人たちに魔の手が伸びるとも限らない。どうにか穏便に、たとえ私が逃げきれなくても、せめて檻の中で生きていられるようにしよう。

「はい、なんでしょうか?」

「私はいま、困惑しています」

「それは……どうしてですか」

「こうしてサクラコ様とお話ししている状況に、困惑しています」

 こう言うとサクラコ様は、ああと、納得したとばかりに自身のカップにお茶を注いだ。先ほどよりも湯気は控えめになっている。冷めてきているのは当然と言えば当然だが、それだけ時間が経っている証左でもある。この部屋には時計が無いのだ。このお茶こそ時計なのだ。私はもう、私の意識に少しでも待ったをかけてくれる存在を探し始めていた。窓の外を見るのはちょっと恐ろしかったが、それでも目が行った。

 空は大きく変わっているようには見えない。深く考えないままなぜか安心した。

「リリハさん、私はいまシスターフッドの方一人一人と『お話』をしています。というのも『ある疑惑』のためです」

「………そうなのですね」

 その言葉に庭師の剪定を見た。私はヒーローではないし、この学園特有のコネを用いた権謀術数の立ち回りは出来ない。本当にか細い綱渡りを上手くやらねば、私はパチンと切られてしまうのだ。私は髪をひっつかまれて、剪定鋏を首に置かれている。

「それは、きっととても重苦しい事なのでしょう」

「はい。一人一人に誠実に説明しなければならないのです」

 サクラコ様は真面目な方だ。シスターフッドをまとめる立場に相応しい立ち振る舞いをしようと努める様は尊敬に値する。だが、それと同時に恐ろしい方でもある。後ろ暗いシスターフッドの影を知り、あるいは影を背負う者でもあるのだから。そして皆、その影が己を飲み込むのではないかと不安なのだ。実はサクラコ様ですら、そうなのかもしれない。もっとも影に近い人なのだから。

そうか。サクラコ様は不安なのだ。その不安は真っすぐ私を射抜く視線の奥に、巧妙に隠されているが。

 この学園では、下手に信用や信頼をしてはいけない。足元を掬われてしまう。その世界でもまれて生きてきたサクラコ様は、誠実であらんとするも、猜疑心でいっぱいなのではないか。その眼を見てなんとなくそういう気がした。

「私は、このシスターフッドが皆様の『心安らぐ場所』であってほしいと、そう願っています。誰もがそうあれる場所というのは、貴重なものですから」

 猜疑心、不安感、誰もが抱えるだろう悩み。日々告解を受けていれば嫌でも聞こえてくる黒ずんだ靄のような言葉。人の模様も知れるだろう。自分の居場所を掃きだめとは形容し難いが、少なくとも秘密にしたい事の行きつく先ではある。シスターフッドという組織は、そういうものだ。それを心安らぐ場所にしたいというのは、素直に受け取ればこういう気風の改革を計画しているという事だが、実際はサクラコ様による支配体制の確立だ。いずれシスターフッドのみならずティーパーティーすらも手中に収めんとするのだ。心安らぐ場所、その真意はシスターフッドへの依存。サクラコ様の抱える不安感と猜疑心を「少なくともサクラコ様を裏切るものが存在しない」状況を作り上げて解消しようというのだ。つまり、「お話」とはシンパを増やす篩で、「ある疑惑」とはリトマス紙なのだ。

 恐ろしい。サクラコ様は修正の効かない歪みを抱えてしまっている。

 いずれ私もこうなってしまうのだろうか。一つの成れの果てを覗いたようで怖かった。だが恐れてばかりではいけない。「お話」が私で何人目なのかは知らないが、サクラコ様がそういうつもりならば止めなければならない。それは本当に影の中で生きるしかなくなってしまう。人間性に取り返しがつかなくても、行動そのものは修正のチャンスがあるのだから。

サクラコ様を陽のあたる世界に留めて置ける最後の機会だ。失敗は許されない。

 ちょっと外を見ると柔らかい黄色が青を塗りつぶし始めていた。せめて空が赤いうちには終わらせたいところだ。

「そうですね……私もそう思います、サクラコ様。出来ればサクラコ様ご自身にとっても、そういう場であればと思います」

「えっ……私も、ですか?」

「はい。サクラコ様もシスターフッドの一員なのですから……きっと立場上明かせない秘密もあるでしょう。シスターフッドとはそういう側面を持ちます。ですが秘密を抱えるからと言って抱えたままでいる必要はないんです。忘れてしまってもいいんです。秘め事は隠すものであっても守るものではないです。あ、いや、守らなければならないものも時にはあるかもしれませんが、とにかく、隠し事と約束事は違うのですから。もしも、サクラコ様の心をあらゆる秘密が縛っているというのなら、少しくらい忘れてしまっても罰は下りません」

 「心安らぐ場所」を読んで字の如く好意的に捉えれば、サクラコ様もその輪の中に居なければ意味がない。秘密の共有や秘密を担保にした取引ばかりが信頼関係ではない。何人もサクラコ様を裏切らない状況を作り上げる事は、誰にも裏切られたくないサクラコ様の願望の裏返しだろう。ならば、せめて疑心暗鬼の根本にある「秘密」への認識を改めてほしい。と言いたかった。口が回らないことをこれほど恨んだこともない。私の舌は無力だ。

 通り一遍喋ってみて居心地悪い感じがした。しばらく顔を伏せていると、サクラコ様がくすくす笑い出した。

「えっと、サクラコ様?」

「……申し訳ありません、リリハさん。あなたの言葉を聞いて、ちょっと前のことを思い出していたのです」

「はあ」

「『シャーレ』の『先生』をご存じですか」

 顔と名前はニュースでよく見るようになった。キヴォトスの外から来たという大人。

「直接お会いしたことはありません」

「以前、先生に私の悩みを聞いていただいたのですが、あの時とはまた違う人との関わり方をリリハさんには教えてもらったように思います」

「えっと……」

 友人たちの顔が浮かんだ。走馬灯なのだろうか。いや違う。この和やかな空気では。

「もう、良い時間でしょう。今日はありがとうございました、シスターリリハ」

 解放されるのか。説得に応じてくれたという事だろうか。それともこれまでのこと全部は、私の早とちりだったのか。それとも実際にはそうだったが先生のおかげでサクラコ様の心中の澱は取り除かれていたのか。分からない。分からないが、どうにかこの場を乗り切ったことは確かだろう。

 サクラコ様に見送られながら退出し、西日の差す自室に戻った。ベッドに沈み込むと意識も蕩けだして、朝を迎えた。

 後日、大聖堂に人が集められた。何事かと待っていると例の先生を引き連れたサクラコ様が来た。サクラコ様が何事かを言うと、先生はサクラコ様の善性と人柄を説いていった。曰く「サクラコはいい子だよ」と。日増しに名声を得ている先生を背後につけた、ということだろうか。

 先生の話を聞いている間に、その隣のサクラコ様の瞳が私を射抜いた。私はもうダメなのだろうと思って、それからは俯いたままだった。取り乱さなかったのは奇跡中の奇跡だ。

 そうして引き籠りになった。

 

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