ノブレス・オブリージュは斯くありなん 作:パワー系お嬢様
「304、305、306……」
D.U.地区での一件から2日後、報告書の提出も終え普段通りの業務に戻った私はあいも変わらず
自警団という組織における私の立場は管轄役であると同時に最終兵器である、団員達の「易々と出陣させてはならない」という共通認識の元私が出張るなんて事態は半年に一度あるかどうかなのだ。そこまで温存しておくものでもあるまいに、被害を抑えるための加減だってちゃんとできるのに……というのは言い訳か。
「342、343、345……」
とはいえ出番がないならないでこうして自己鍛錬と書類仕事程度しか私のやるべき事はない、何もない事が1番いい事とはいうがこうも何もなさすぎても退屈……いやこの表現は相応しくないな。
要するに変わり映えのない日常というのもそれはそれで嫌なのだ、私という人間は。全く随分と我儘なものである。
「376、377、378……」
……少し変わり映えを求めてこうして日々自己ベストを更新すべく新しい鍛錬の形を探してはいるもののそれもマンネリ化してきたのが現状だ。可能であれば先生の元へ行ってみたいが立場上それも難しい、長い付き合いになりそうと言っておきながらあの方がトリニティに来るのを待つしかないとは……ああ、なんというかむず痒い気分だ。
「400……401……!」
「団長、居るか?」
「……もうすぐ自己ベスト更新ですわね」
「ならばもう少し待とう」
「いえ、構いませんわ……20秒ください」
確かに変わり映えが欲しいとは言ったがそうではない、そうではないのだ。書類仕事はほぼほぼ日課なのである、「変わり映え」では……ない。
「……よろしくてよ」
「失礼する」
流石に400回を超えると少し疲れるものだ。ハンドスプリングではなく普通に体勢を直してから身なりを最低限整えトウキを出迎える。
「……随分と退屈そうな顔をしているな、久々に動いてきたせいか?」
「なんでも貴方にはお見通し、かしら」
「これでも3年の付き合いだ、ある程度なら顔を見るだけで分かるさ」
部屋に入ってきたトウキは私の顔を見るなり私の心情を的確に見抜いてくる、一体どこでそんな技術を身につけたものだと感嘆するがこれは多分私が分かりやすいというのもあるだろう。
「やはりたまには表に出ないと身体が鈍りますわね、先日の一件で実感しました……身体の反応が微妙に追いつかないというのも考えものですわ」
「180Kgの重りを抱えて戦える事がまず可笑しいという話は?」
「今更でしょう」
「だろうな、素直にそれを別の場所にしまっておけば身体は数倍機敏に動く筈……最も団長が意図的にそうしているのはわかってる」
「……ええ、先日は久しぶりに前線に出れたせいか少しはしゃいでしまいましたがそもそもこれを常にしまっているのは自制のため。悪戯に被害を広げるのを防ぐためです……ああ、あの方の前で盛大にやってしまいましたわ……」
思い返せば先日は抑えよう抑えようと思いながら結局クレーターを2つも作ってしまった、いくらなんでもはっちゃけすぎである。
「あの方……団長がそこまで目上の者に対する言葉遣いなのも珍しいな」
「ええ、あの方……先生はそれに値する者だと思いまして」
「そうか……どうだった、その「先生」とやらは」
「敬愛すべき人でしたわ、そして同じ場所へ至らなければならない人、とも」
「同じ場所……団長の言う「ノブレス・オブリージュ」か?」
「そう、
……未だ未熟な私とは偉く大きな違いだ。任せながらも自分も何かしたいという欲が抑えきれぬ私、しかしあの方はできるのならば任せると欲を切り捨て他人に信を置き任せ切る事ができる。それだけでも上に立つ者としての差は歴然、だからこそ……
「……もしかしたら「あの方のようになりたい」というこの欲すら本来あってはいけないものなのかも知れません、けれど私の理想へ至るため……私はもっとあの方を知りたい」
「上に立つ者は人間であって機構ではない、それだけは履き違えてくれるなよ団長」
「無論それは承知の上、責任は人間にしか負えぬもの。機構は責任を負うでもなくただ統治するのみ、そして責任なき組織は即座に腐敗し瓦解するもの。それすら忘れるほど私は愚かではないつもりです」
「ならいいんだが」
若干呆れたような目線をトウキから向けられながらジャケットを羽織り、席に座る……特注の羽ペンは到着までもう少しかかるため今は代用品だ、慎重に扱わなければ。
「さて、改めて知らせを聞きましょう」
「そうしよう、伝達事項は3つだ。1つ、先日別件でトリニティを一時的に離れていた訳だが……どうも最近カイザーがきな臭くなってきた」
「と言うと?」
「数ヶ月ほど前からトリニティ周辺の不良集団から押収した装備にカイザー製のものが増え初めてな。正義実現委員会に同行して確認したからこれは間違いない」
「ふむ、続けて」
「それでちょくちょく時間を作って探りを入れたんだがどうも他の自治区でも似たような事になっていてな」
「混乱に乗じて、ということかしら」
「恐らくはな、シェアを広げたいのか急に資金が必要になったかは不明だがこのまま放っておけば不良集団共がより厄介な存在になる事は想像に難くない」
対処が困難になると言わないのは一重に私とトウキが団員達の事を信頼しているからだ、武器が強くなった程度でトウキのしごきを受けている彼女らを倒せるものなら倒してみろと言った所である。
「とはいえ彼方は企業、相応の準備と証拠を持って挑まなければ付け込まれるのは此方ですことよ?」
「承知の上だとも……そう言う訳でしばらく私はカイザーの目的を探るため遠出が多くなる、許可してくれるか?」
「つまりは貴方の職務を此方で請け負って欲しい、と」
「此方でできる事は可能な限り終わらせるが……一部はそうなってしまう、頼めるか?」
「構いませんわ、ただし貴方がやれる事は必ず貴方の手で始末を付けること。これが絶対条件です……よろしくて?」
「無論そうさせてもらうつもりだ」
私とトウキは顔を合わせれば大体言いたい事は伝わる仲だ、言わなくても承認するつもりだったしトウキもできる始末は自分で付けるだろうが、わざわざ話してくれたのは私の雰囲気を少しでも和らげるためだろう。ほんと気が利くんだか利かないんだか……
「というわけでカイザーについては以上だ」
「ええ、残り2つも聞かせてもらいましょう」
「では2つ目だ、ティーパーティについてなんだが……」
「ティーパーティ?提出した書類に不備はない筈ですが」
「いや、それではない。とはいえ確証もない事ではあるが……」
「勿体ぶらずにさっさと言いなさいな、貴方だって早く外回りに行きたいのでしょう?」
「……どうも聖園ミカの不自然な外出が目立つようになってな」
「ふむ」
外出、というだけならまだ分かる……「不自然」とは?
「トリニティ各所でパトロールを行っている自警団の一部から奇妙な時間帯に聖園ミカらしき人物が郊外方向へ向かっているのを目撃したという証言があってな、あそこはほぼ廃墟と不良集団犇めく無法地帯……流石にティーパーティホストが何の予定も無しにふらりと訪れる場所ではない」
「何か裏があると?」
「私の考えすぎかもしれんがな」
「まああの事件が起こってからまだ時間が経っていない故疑うのも無理はありません、最も私は泥沼の権力争いには縁なき事ですしそこまで介入はできませんが」
「承知の上だ、団長にはもしもの時すぐに行動できる下地を整えて欲しい……というのは野暮か」
「自警団は自由に動けるから自警団足り得るのです、早々その前提が崩れることはなくてよ?」
「分かっている、今更な事だ。私も可能な限り探りを早く終えて帰還するつもりだが……間に合わなかったらすまない」
「単独行動を許しているのは私です。無論貴方が居てくれれば心強い事には変わりありませんが不在で何もできなくなるほど弱くもありません」
「ああ……その時はまた表に出る事になるかもな」
「無礼な話ではありますが……少し期待してしまいますわね」
結局どこまで行っても私は上に立つ器ではなく前線で戦う戦士なのかもしれない、何せこの昂る欲を制御できぬのだから。
「我慢のしすぎは体に毒だぞ、飲むか?」
「……トウキ」
「む、何故だ。この銘柄は嫌いだったか?」
「いえ、そうではありませんが……」
何処から取り出したのか知らないがいつの間にかポットとカップがテーブルの上に並べられ、トウキが今にも紅茶を注ごうとしている。まあそれ自体はいいのだ、紅茶にはリラックス作用もあるし。
問題は……
「相変わらず何かあればすぐ紅茶ですわね、貴方」
「紅茶は万病に効く、何せ加熱された薬草だからな」
「薬草にも用途があると思いますが……」
「銘柄で使い分ければいいだろう」
「は、はあ……」
……黒霧トウキという人間は何でも紅茶で治ると思っているクチなのだ。いやまあちょっとした体調不良や緊張を解すのには確かに使えるだろう、しかし幾らなんでも包帯に染み込ませたり消毒に使ったりとかは無茶がすぎる、それは薬草じゃなくて消毒液の出番だろうに。
「まあいただきますわ……」
「ならよかった、では飲みながらでいいんだが3つ目の伝達事項を……と言ってもこれは団員の個人的な相談なんだが」
「ん……相談?」
「ああ、そろそろ来るはずだが……」
個人的な相談とはこれまた珍しい、自警団は私とトウキを除けば立場なんてものはなく各々自由に動いて自由な判断で行動する組織だ。その上でわざわざ私に相談しに来る、という事は……まあ重大なことなのだろう。
「団長、居られますか?」
む、この声は……
「ええ、よろしくてよ。今はトウキも居ますが」
「分かりました、失礼します」
入ってきたのは自警団が1人守月スズミ、自警団の中でも上位に入る実力の持ち主で「走る閃光弾」の異名を持つ自警団実働要員の実質的な纏め役だ。
「珍しいですね、わざわざ私に相談とは」
「あまり団長を困らせたくなかったのですが……副団長の勧めで」
「別に困りはしませんよ、それで何を悩んでいるのですか?」
スズミを心配させないように紅茶をさりげなく飲む事で余裕を装い話しやすい雰囲気を作る。こういう時1番ダメなのは相談される側が心配されるような状態である事だ、一瞬でもそう見えてしまえば相談などできやしないだろう。
「……最近トリニティ生が襲撃される頻度が増えているのは団長もご存知ですよね」
「無論。今はまだ対処できる範疇ですが……やはり足りませんか、手が」
「いえ、そうではなく……」
「ふむ?」
人手が足りない、という訳ではないのか。
「他の団員達から聞いた話ですが……以前制圧した相手が懲りずにまた、というパターンも増えてきたようで……傷付けずに無力化する、という行為にも限界があるのではと思ってしまって」
「……なるほど」
スズミは優しい子だ。自警団に加入したのは強い正義感からだし、極力誰も気付けたくないという理由で銃ではなくスタングレネードを主とする。それであれだけの戦果を出しているというのだから文句は付けようがない、と、なれば……
「初めに断っておきますが……」
「はい」
「非暴力的なやり方を私は温いとは言いませんよ、スズミ」
「……え?」
「寧ろそれは誇るべき事です。貴方にはそれだけの力量があり、実行に移せているということ。それに思っている以上の効果もあるのですよ?」
「と、言うと」
「銃を抜かずに制圧する、ということは暗に「この程度なら片手間でどうにかなる」という実力の示唆になります。つまりは「自分達は手加減された上で無力化された」という事実が生まれる」
「手加減というつもりはないのですが……」
「客観的にはそうなる、という事にしておいてください。ともかく、そうなると取る行動は貴方の居ない場所で活動するか……貴方にリベンジしようとさらに数を集めてくるか。ヴァルキューレに引き渡さない限りはこの2つでしょう」
「……それは、余計事が面倒になるのでは?」
「いえ、前者は自警団という組織の構成的にいつ誰が何処をパトロールするかを入手する術は基本情報流出以外ではありません。何処に貴方が現れるか分からない以上それを警戒して無闇に動かなくなるやもしれません」
無論決め打ちして行動してくる馬鹿もいる訳だが……ひとまず今回は置いておこう。
「そして後者ですが……貴方がスタングレネードだけで制圧できる相手がさらに群れたところで我々自警団が負ける道理がありますか?」
「いえ、
「そうでしょう?ですからこう考えるべきなのです、「一網打尽にできる」と」
「……なるほど」
「無論なるべく非暴力的に解決したいという貴方の心情は理解していますが……仏の顔も三度まで。言って聞かぬ相手には銃撃戦を余儀なくされる事だってあるでしょう」
安心させると相談は別物だ、締めるところはしっかりと締めておく。
「ですが決して貴方の心情とやり方が無意味な訳ではありません、寧ろ治安という観点で見れば銃を抜かずして終わらせる貴方のやり方は1番優れているとも言えるでしょう」
「ありがとうございます団長、ただ……やはり限界はあるのでしょうか」
「ふむ……そこまで銃を抜かねばならぬかというのを悩むのであれば1つ手があります」
「手?」
「ええ」
「
「団長の……?」
「ええ、関節技等であれば相手を傷つけずに無力化することは容易いでしょう。貴方の心情と相反する戦い方では無いはずです」
……本当は自分が動きたいだけだろ、なんていうのは分かってるのかトウキは何も言わない。ただ無言で次の紅茶を淹れるだけだ。
「教えてくれるのなら、是非」
「その域です、後からでもいいので空いている日付をモモトークの方にお願いしますね。こちらでスケジュールの調整を行いますわ」
「はい!」
「よろしい……相談はこれで充分ですかね?」
「ええ、ありがとうございます団長、それでは」
「紅茶はいるか?」
「今日は約束ありまして……また今度に」
丁寧に一礼してからスズミは部屋を出て行った。ステゴロが少しでも彼女の助けになればいいのだが……
「……」
「トウキ、紅茶を断られたからってしょげた顔をしない」
「……結構高いんだぞ、今日の銘柄」
「スズミが知る由ないでしょう、また今度飲んでくれるらしいのでその時に教えてあげなさい」
「分かった、その時は茶菓子も用意しよう」
「毎回思いますが切り替え早いですね貴方」
「そうでもないと副団長はやってられんさ」
「左様ですか」
なんでこうトウキはほぼほぼ完璧超人なのに紅茶の事だけは残念になるのやら、というか何故紅茶だけそこまで異様に拘るのか。3年の付き合いではあるがこれだけは未だに分からない。
「……で、今日の伝達事項は以上、でしたか」
「ああ、私はこれから準備があるので失礼するが……団長は?」
「スズミから予定が入り次第スケジュール調整、まあそれまでは続きでもしていますかね」
「分かった……それでは失礼する、此方の進捗に関しては逐一連絡を送る」
「分かりました……と」
トウキが出て行ったのを確認して再びジャケットをかけ倒立、自己ベスト目指して腕立て伏せを再開する。
「1、2、3、4、5……」
先生、カイザー、聖園ミカ……考えることは数あれども。
「16、17、18、19、20……」
少なくとも今はまだ、その必要はないだろう。
「飲むか?」
「飲まないわよというかそのカップとティーポットは何処からでてきたの!?」
「貴方が団長の言っていた先生……ふむ、なるほどな」
次回「スチュワードと先生」
「……ト、トウキさん!?」
「何故、と聞くのは野暮……か?」