豊川祥子とモーティスは大・大・大親友   作:あばなたらたやた

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12話:壊れ始める世界

 

 デビューから最速での武道館。

 武道館の舞台裏は、観客の熱狂的な歓声とは対照的に、息苦しいほどの静寂に支配されていた。

 

 照明の熱が皮膚を刺し、汗が頬を伝うたびに、祥子の心臓は締め付けられるように鼓動を速めた。

 

 彼女は楽屋の鏡の前に立ち、仮面を握る手に力がこもり、白い指先が震えていた。

 

 鏡に映る自分の顔は、かつての自信に満ちた表情を失い、代わりに鋭く冷たい瞳がこちらを睨みつけているようだった。

 

「祐天寺さんが、勝手に決めて、勝手に脚本を変えたと?」

 

 祥子の声は低く、抑えきれぬ怒りが言葉の端々に滲み出ていた。Ave Mujicaは仮面と共に生まれ、仮面と共に生きてきた。

 

 仮面は単なる装飾ではなく、彼女の過去の傷や脆さを隠し、音楽を通じてのみ世界と繋がるための聖域だった。

 

 それをにゃむが、独断で奪おうとしている。胸の奥で燃え上がる怒りは、まるで溶岩のように熱く、喉を焼いて言葉を詰まらせた。

 

「私たちの魂を……踏みにじるおつもり?」

 

 祥子は呟き、仮面を握る手にさらに力を込めた。プラスチックが軋む音が響き、その音が彼女の心のひび割れを象徴しているかのようだった。

 

 裏切られたという思いが、頭の中をぐるぐると駆け巡り、にゃむの笑顔を思い出すたびに、吐き気を催すほどの嫌悪感が込み上げてきた。

 

 それでも、どこかで彼女は叫びたかった――「なぜ私たちに何も言わなかったの?」と。

 

 一方、睦は楽屋の隅に蹲り、膝を抱えて小さくなっていた。彼女の長い髪が顔を覆い、その隙間から覗く瞳は恐怖と混乱で濡れていた。

 

 にゃむの「仮面を外す」という言葉を聞いた瞬間、睦の心は凍りつき、身体が石のように固まった。

 

 仮面は彼女にとって、感情を言葉にできない自分を守る最後の砦だった。それがなければ、彼女はただの壊れ物だ。ステージの光にさらされ、観客の視線に貫かれれば、きっと粉々に砕けてしまう。

 

 そんな恐怖が、睦の胸を締め付け、息をするのも辛かった。

 

 モーティスと睦はそれぞれの役割を持っている。モーティスは社交性、睦は専門スキル……つまり演奏する時は睦なのだ。

 

 睦は自分が注目されることに耐えきれない。だから仮面か必要となる。

 モーティスという仮面が必要となる。

 

「さき、私、怖い……モーティスじゃなく、私が、注目されるのは……嫌」

 

 睦の声はかすれ、ほとんど呟きに近いものだったが、その一言には彼女の全てが込められていた。

 

 仮面を失うことは、彼女にとって自分自身を失うことに等しかった。にゃむの決断が頭の中で反響し、そのたびに心がぎゅっと縮こまる。

 

 彼女は膝に爪を立て、痛みで現実を確かめようとしたが、指先が震えて思うように力が入らない。

 

 祥子の背中を見つめながら、睦はすがるような思いで問いかけた。

 

「どうして……こんなことになったの?」

 

 だが、答えはない。睦の心は暗闇に沈み、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。彼女は泣きたくなかった。泣けば、もっと弱くなる気がしたから。

 

 祥子は睦の小さな声を聞き、振り返った。その瞬間、睦の怯えた瞳が彼女の胸を突き刺した。

 

 怒りが一瞬にして疼きに変わり、無力感が全身を包み込んだ。

 にゃむを責めても、状況は変わらない。ステージに立つ時間は刻一刻と迫り、彼女たちの聖域は崩れ去ろうとしている。

 

 それでも、祥子は何かを見つけようと、心の奥を探った。

 

「睦……仮面がなくても、私たちは私たちですわ。注目されるとしても、その対応はモーティスが請け負ってくれる。大丈夫」

 

 その言葉は、自分を納得させるための呪文のようだった。声は震え、喉が詰まりそうになりながらも、祥子は必死にそう言い聞かせた。

 

 にゃむの決断を許すつもりはない。だが、このまま立ち止まれば、Ave Mujicaそのものが終わる。彼女は睦の手を掴み、冷たく震える指先に自分の熱を分け与えるように強く握った。

 

「一緒に立ちましょう。怖くても、私がいるから」

 睦は目を上げ、祥子の決意に満ちた顔を見た。

 

 彼女の心はまだ恐怖でいっぱいだったが、祥子の手の温もりが、凍りついた胸にほんの少しの光を灯した。小さく頷きながら、睦は立ち上がった。

 

 膝が震え、足元がふらついても、祥子が隣にいるという事実が、彼女を支えた。

 

 二人は仮面を手に持ったまま、ステージへと歩き出した。

 

 祥子の心には怒りと覚悟が混在し、睦の心には恐怖と微かな信頼が揺れていた。

 

 仮面を外す瞬間が迫る中、武道館の歓声が二人を飲み込む。仮面の下に隠していた本当の自分をさらけ出す恐怖と、それでも進むしかないという決意が、彼らの背中を押していた

 

 

 

 にゃむは楽屋の壁に背を預け、腕を組んでいた。彼女の唇にはいつもの軽い笑みが浮かんでいるが、その目はどこか落ち着かず、仲間たちの視線を避けるように天井を見上げていた。

 

 仮面を外す決断。

 

 それは彼女のインフルエンサーとしての判断だった。

 

 武道館という大舞台に立つ今、Ave Mujicaは次のステップに進むべきだと――彼女の心はそう叫んでいた。

 

「仮面に縛られてちゃ、前に進めないよ。私たちの顔を見せなきゃ、意味ないじゃん」

 

 にゃむはそう言い放った瞬間、メンバーの空気が凍りつくのを感じた。

 

 祥子の鋭い視線、睦の震える肩、初華の困惑した表情、そして海鈴の無関心。

 

 彼女の胸に刺さるそれらの感情が、にゃむを一瞬後悔させた。だが、すぐにその思いを振り払った。

 

「私が正しい。これでいいんだ。人気は、人気のうちに燃やすしかない」

 

 彼女は自分に言い聞かせた。仮面を隠すことにこだわるのは、過去に囚われている証拠だ。

 

 にゃむにとって、Ave Mujicaは自由であるべきだった。だが、心の奥底では、仲間たちから切り離されていく感覚がじわじわと広がっていた。

 

 彼女の決断が正しかったのか、それともただのわがままだったのか。

 

 その答えを求めるように、にゃむは拳を握り潰し、爪が掌に食い込む痛みで現実を確かめた。

 

 ステージに立つ時、観客の歓声が彼女を肯定してくれると信じたかった。だが、仲間たちの冷たい視線が、彼女の心に重くのしかかっていた。

 

 

 初華は楽屋の中央に立ち、メンバーたちを見渡していた。

 彼女の手は無意識にスカートの裾を握り、指先が白くなるほど力を込めていた。

 

 にゃむの「仮面を外す」という言葉が耳に響いた瞬間、彼女の頭は真っ白になった。

 

 Ave Mujicaの音楽は、仮面があるからこそ神秘的で美しかった。それを失うことが何を意味するのか、初華にはすぐには理解できなかった。

 

「どうして……急にそんなこと言うの?」

 

 初華の声は小さく、誰にも届かないまま空気に溶けた。

 彼女はにゃむを見つめ、その自信に満ちた態度に圧倒されながらも、どこか不安げな瞳を見逃さなかった。

 

 にゃむを責める気にはなれなかった。

 

 彼女の行動は、成り上がりを目的とする上のものだと分かっていたからだ。だが、祥子の怒りや睦の怯えが初華の胸を締め付け、彼女は自分が何をすべきか分からなくなった。

 

「私、さきちゃんとバラバラになるの嫌だよ」

 

 初華の心はそう叫んでいた。

 彼女にとって、Ave Mujicaはただのバンドではなく、家族のような存在だった。

 

 仮面を外すことでバンドが壊れるなら、彼女は何も望まない。だが、にゃむの決意を止める力も、祥子の怒りを鎮める言葉も見つからない。

 

 初華は唇を噛み、涙がこぼれそうになるのを堪えた。ステージに立つ時、彼女はただ、みんなが笑顔でいられる未来を祈るしかなかった。

 

 

 海鈴は楽屋のドア近くに立ち、腕を組んで壁にもたれていた。

 彼女の目は鋭く、にゃむを射抜くように見つめていた。にゃむが仮面を外すと宣言した瞬間、海鈴の心に湧き上がったのは純粋な怒りだった。

 

 Ave Mujicaの仮面は、彼女にとって誇りであり、個人の感情を超えたバンドの象徴だった。それをにゃむが勝手に捨てようとしている。

 

「何故、お一人でこのような決断?」

 

 海鈴の声は低く、喉の奥から絞り出すように響いた。彼女はにゃむに詰め寄ろうとしたが、足が動かなかった。

 

 怒りが燃え上がる一方で、どこか冷めた諦めが彼女を縛っていた。

 

 にゃむの勢いは止められない。祥子がどれだけ抗おうと、睦がどれだけ怯えようと、すでに流れは決まってしまったのだ。海鈴の胸は熱くなり、同時に冷たくなった。

 

「……どう転ぶか、実力を試されますね」

 

 彼女は小さく呟き、目を閉じた。仮面を失うことは、Ave Mujicaの終焉を意味するのではないか。

 

 そんな恐怖が頭をよぎったが、海鈴はその感情を押し殺した。彼女は感情を表に出すのが苦手だった。

 

 怒りをぶつけても、何も変わらないと分かっていたからだ。ステージに立つ時、彼女はただ、自分の音楽を叩きつけることだけを考えた。仮面がなくても、彼女の魂は変わらない。それだけが、海鈴の最後の拠り所だった。

 

 

 武道館のステージが近づく中、楽屋には重い空気が漂っていた。

 

 祥子の怒りと覚悟、睦の恐怖と信頼、にゃむの理性と孤立、初華の戸惑いと祈り、海鈴の怒りと諦め。それぞれの感情がぶつかり合い、混ざり合いながらも、誰もが同じ場所を目指していた。

 

 仮面を外す瞬間、彼らは自分たちの本当の姿をさらけ出すことになる。

 

 その恐怖と期待が、Ave Mujicaの五人を一つに結びつけ、そして引き裂こうとしていた。

 

 ステージの幕が上がり、観客の歓声が響き渡る。

 

 にゃむが最初に仮面を外し、初華が震える手で続き、海鈴が無言で投げ捨てる。祥子と睦は互いの手を握り、最後に仮面を置いた。

 

 五人の心はバラバラだったが、音楽が始まる瞬間、彼らは再び一つになるしかなかった

 

 

 

「睦、大丈夫ですわ。私がいるから」

 

 祥子の声が耳に届いた瞬間、睦は小さく頷いたが、その瞳は濡れて焦点を失っていた。

 

 彼女は祥子を信じたいと思った。だが、心の奥で蠢く不安が、彼女の身体を蝕み始めていた。

 

 喉が締め付けられ、息が浅くなる。胸が締め付けられるような感覚が広がり、睦は無意識に爪を膝に食い込ませた。

 

 痛みが現実を繋ぎ止める唯一の手段だった。

 

 ステージに立つ時が来た。

 にゃむが最初に仮面を外し、初華が震える手で続き、海鈴が無言で投げ捨てる。祥子が睦の手を強く握り、彼女を促した。

 睦は一瞬、目を閉じて深呼吸したが、その息は途中で途切れ、震える唇から漏れるだけだった。

 

「私……できない……」

 

 心の中でそう叫んだが、声にはならなかった。祥子の視線を感じ、睦はゆっくりと仮面を手に持ったまま顔から外した。スポットライトが彼女を直撃し、観客の視線が無数の針のように刺さる。その瞬間、睦の心は凍りつき、同時に熱く燃え上がった。

 

「見られてる……全部見られてる……」

 

 頭の中でその言葉が繰り返され、彼女の視界が揺れた。仮面を失った顔がさらけ出され、感情を隠す術がなくなった今、睦は自分が崩れていくのを感じた。

 

 演奏が始まると、睦は機械的にベースを弾いた。指は動いているのに、心がそこにない。

 

 観客の歓声が耳に届くたび、彼女の身体は硬直し、胃が締め付けられるような吐き気が込み上げた。

 

 ステージの光が眩しすぎて、目がチカチカし、視界の端が暗く滲む。彼女は必死に祥子の背中を見つめた。

 

 あの強い背中が、彼女の唯一の支えだった。だが、その背中さえも遠く感じ始めていた。

 

「私、消えちゃう。睦が消える」

 

 そんな考えが頭をよぎり、睦の指が一瞬弦を外した。音が途切れ、他のメンバーが一瞬彼女を見たが、睦は気づかない。

 

 彼女の心はどんどん小さくなり、身体が重く沈んでいくようだった。汗が額を伝い、冷たい滴が首筋を流れ落ちる。息が乱れ、膝が震え始めていた。

 

 演奏が終わり、ステージの幕が下りた瞬間、睦は膝から崩れ落ちた。仮面を握った手が床に落ち、乾いた音が楽屋に響く。

 

 祥子が慌てて駆け寄り、彼女を抱き起こした。

 

「睦! しっかり」

 

 祥子の声が遠く聞こえ、睦の視界はぼやけていた。彼女の呼吸は浅く速く、まるで溺れるように空気を求めた。

 

「ごめん……さき……私、ダメだった……」

 

 その言葉がかすかに漏れ、睦の目は涙で濡れた。仮面を外したことで、彼女の心は限界を超えていた。ステージの光と観客の視線が、彼女の内面を抉り、弱り果てた身体をさらに追い詰めた。

 

 彼女は祥子の腕の中で小さく震え、意識が薄れていくのを感じた。

 

 にゃむがその様子を見て近づこうとしたが、海鈴が止める。

 

 初華は涙を堪えながら睦の側に跪き、彼女の手を握った。祥子の目には怒りと悲しみが混じり、睦を抱きしめる力が強くなった。

 

「睦、私が守るから……もう大丈夫だよ」

 

 祥子の声が睦の耳に届いた瞬間、彼女の震えが少しだけ収まった。だが、睦の心はまだ闇の中に沈んだままだった。

 

 仮面を外した代償は、彼女の身体と精神に深い傷を残していた。

 

 ステージが終わり、睦が膝から崩れ落ちた瞬間、祥子の心は鋭い痛みに貫かれた。

 

 彼女は慌てて駆け寄り、冷たく震える睦を抱き起こした。睦の小さな身体が腕の中で震え、浅い呼吸が耳に届くたび、祥子の胸は締め付けられた。

 

「睦! しっかりして!」

 

 声が震え、喉が詰まる。祥子の目は睦の濡れた瞳を見つめ、その脆さに耐えきれなかった。

 

 仮面を外す決断を止められなかった自分への怒りが、熱い波となって全身を駆け巡る。

 

 彼女は睦を守ると約束したはずだった。だが、今、睦が壊れていくのを目の当たりにして、祥子は自分の無力さに打ちのめされていた。

 

「私が……私がもっと強く止めてれば……」

 

 

 頭の中でその言葉が繰り返され、祥子の指が睦の肩を強く握った。彼女の心は責任感と後悔で押し潰されそうだった。

 

 にゃむの視線を感じ、祥子は一瞬彼女を睨んだが、すぐに目を逸らした。

 

 にゃむを責めるよりも、自分がリーダーとしてバンドをまとめきれなかった事実に、ストレスが膨らんでいた。

 

 額に冷や汗が滲み、歯を食いしばるたびに顎が軋む。睦を抱きしめる腕に力が入りすぎて、彼女自身が震え始めていた。

 

 にゃむは楽屋の隅に立ち、睦が倒れる姿を呆然と見つめていた。

 

 彼女の胸は締め付けられ、息が詰まるような感覚に襲われた。仮面を外す決断は彼女が押し通したものだった。

 

 武道館で新たなAve Mujicaを見せるべきだと信じていた。だが、睦の震える身体と祥子の怒りに満ちた目を見た瞬間、にゃむの信念は揺らいだ。

 

「私が……やっちゃったの?」

 

 その問いが頭を支配し、にゃむの手が無意識に拳を握った。爪が掌に食い込み、痛みが彼女を現実に戻す。仲間たちの視線が突き刺さり、特に海鈴の冷たい目が心を抉った。

 

 にゃむは笑顔で誤魔化そうとしたが、唇が震えて上手く動かない。彼女の心は罪悪感と孤立感で埋め尽くされ、ステージでの歓声が遠い幻のように感じられた。

 

「みんな、私を恨んでるよね……」

 

 その考えが頭を離れず、にゃむの足が一歩踏み出そうとして止まった。睦に近づきたい。でも、近づけばさらに拒絶される。

 

 そんな恐怖が彼女を縛り、ストレスが胃を締め付けた。喉がカラカラに乾き、視界がぼやける。にゃむは壁に手を突き、なんとか立っているのが精一杯だった。

 

 

 初華は睦の側に跪き、彼女の冷たい手を握っていた。睦の震えが手に伝わるたび、初華の心は締め付けられ、涙が溢れそうになった。彼女は仮面を外すことに戸惑いながらも、にゃむの決断に逆らえなかった。

 

 そして今、睦が壊れていく姿を見て、初華の胸は後悔と混乱でいっぱいだった。

 

「私が……何か言えばよかったのかな」

 

そ の思いが頭をぐるぐると巡り、初華の指が睦の手を握る力が強くなった。彼女はいつもみんなを繋ぐ存在でありたかった。だが、今、バンドがバラバラになるのをただ見ているしかできない。祥子の怒り、にゃむの罪悪感、海鈴の冷たさが空気に混じり、初華はその重さに耐えきれなかった。

 

「どうしたらいいの……?」

 

 答えのない問いが心を締め付け、初華の呼吸が速くなった。彼女の目は涙で濡れ、睦の手を握りながら小さく震えていた。

 ストレスが頭を締め付け、頭痛が広がる。初華は目を閉じ、ただ、みんなが元に戻ることを祈ったが、その願いは虚しく響くだけだった。

 

 

 海鈴は楽屋のドアに背を預け、腕を組んでいた。睦が倒れる瞬間、彼女の目はにゃむを射抜いた。怒りが全身を燃やし、心臓が激しく鼓動していた。仮面を外す決断を押し通したにゃむへの憤りが、彼女の胸を締め付けていた。

 

「貴方の行動の結果です。感想は?」

 

 海鈴は問いかけたくなったが、言葉を飲み込んだ。睦の震える姿と祥子の必死な表情を見ると、怒りはさらに増したが、同時に深い疲弊が彼女を襲った。

 

 仮面を失ったAve Mujicaは、もう彼女が愛しいと思ったバンドではないのかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、海鈴の拳が震えた。

 

「潮時ですか」

 

 その呟きが漏れ、海鈴の肩が落ちた。ストレスが身体を重くし、足が鉛のようになる。

 彼女はにゃむを睨みつけながらも、睦に近づく気力すら湧かなかった。

 

 怒りをぶつける相手も、戦う理由も見失い、海鈴はただ立ち尽くしていた。頭がズキズキと痛み、視界が狭まる。

 

 彼女の心は疲れ果て、冷たい虚無に飲み込まれそうだった。

 

 

 睦が仮面を外したことで崩れ落ちた瞬間、Ave Mujicaのメンバーはそれぞれのストレスに苛まれていた。

 

 祥子の責任感とにゃむへの怒り。

 

 にゃむの罪悪感と孤立。

 

 初華の無力さと混乱。

 

 海鈴の怒りと疲弊。そして、中心にいる睦の弱り果てた姿が、彼らの心にさらに重くのしかかる。楽屋は静寂に包まれ、誰もが言葉を失った。

 

 ステージの成功は遠く、残されたのは壊れかけた絆と、それぞれの胸を締め付けるストレスだけだった。

 

 

 

 




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