水族館の青い光が、三人の顔を優しく照らしていた。巨大な水槽の中で、ペンギンたちが滑るように泳ぎ、時折小さな泡を立てては観客を和ませていた。
祥子は車椅子から身を乗り出し、その姿をじっと見つめていた。
初華が隣で彼女の肩に手を置き、睦が少し離れて二人を見守るように立っていた。
「退院おめでとう、さきちゃん」
初華が柔らかく微笑み、祥子の髪をそっと撫でた。
「本当に良かった」
祥子は小さく笑い、ペンギンに視線を戻した。
「酷い目にあいましたわね、私たち。でも、今こうやって三人でいられるのが……幸せてすわ」
その声には、過去の苦しみを乗り越えた安堵が滲んでいた。
睦が腕を組み、口の端を上げて言った。
「さきが生きてるだけで奇跡。モーティスもどこかでニヤついてる」
「ですわね」
祥子はくすりと笑い、初華と睦を交互に見た。
「で、これからどうする? 二人は何か考えてるか?」
初華が少し考え込み、睦が肩をすくめる中、祥子は深呼吸して言葉を紡ぎ始めた。
「私、アベムジカを復活させますわ」
初華の目が丸くなり、睦が「へぇ」と小さく唸った。祥子は続ける。
「でも、商業バンドじゃありません。趣味を全開でやるためのバンドてすわ。全てを従える神になって、傲慢にも自分の欲望を叶えるために全力を尽くす邪神になる。それが私のやりたいこと、ですわ」
その言葉に、初華は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに目を輝かせて頷いた。
「祥ちゃんがそうしたいなら、私もやるよ。一緒に邪神になろうね」
睦は鼻で笑い、軽く肩を叩いた。
「面白い。私もやる。邪神の従者ってのも悪くない」
祥子は満足げに笑い、水槽のガラスに映る自分の姿を見つめた。
「決まりですわね。にゃむと海鈴をスカウトする。二人なら、この邪神バンドにぴったりですわ」
「了解」
初華が元気よく手を挙げ、睦がスマホを取り出してさっそく連絡を入れ始めた。
水槽のペンギンたちは、そんな三人の新たな決意を知る由もなく、ただ無邪気に泳ぎ続けていた。青い光の中、彼女たちの未来は邪神の名の下に輝き始めていた。
水族館の通路は静かで、ただ水槽の水音とペンギンたちの小さな羽音だけが響いていた。
祥子は車椅子から身を少し起こし、ガラス越しに泳ぐペンギンを見つめていた。
その瞳には、青い水面の反射とともに、過去の影がちらりと過ぎる。初華がそっと彼女の手を握り、睦が背後に立って二人を見守っていた。
「辛いこと、苦しいこと、いっぱいありました」
祥子がぽつりと呟いた。声は小さく、まるで自分に言い聞かせるようだった。
「病気も、絶望も、何度も死にそうになったことも……全部覚えてる」
初華の指が、祥子の手をぎゅっと締めた。
「私もだよ。祥子ちゃんを失いそうになった時、胸が潰れそうだった。でも、今ここにいられるのは……希望があったからだよね」
睦が小さく鼻を鳴らし、口を開いた。
「絶望も希望も、どっちも重い。でも、それをごちゃ混ぜにして背負ってきたのが私たち。忘れるなんてできないし、する必要もない」
祥子は目を細め、ゆっくりと頷いた。
「そうですわね。辛かったことも、苦しかったことも、全部自分の力にする。忘却なんてしない。背負って、前へ進む。それが私たちのやり方ですわ」
その言葉に、初華の目が潤んだ。彼女は涙を堪えながら笑顔を見せた。
「うん。全部背負って、幸せになろうね。祥ちゃんと、睦ちゃんと、私で」
睦が肩をすくめ、軽く笑った。
「今は邪神バンドなんてふざけた目標でもいい。過去を力に変えて、全てを従える神になる」
祥子は二人を見上げ、静かに、しかし力強く言った。
「Ave Mujicaを復活させて、私たちの欲望を叶える。辛いことも希望も全て重ねて、私たちの物語を刻むみますわ」
水槽の向こうで、ペンギンたちが無邪気に泳ぐ姿が三人を映し出していた。過去の重さを背負いながらも、彼女たちの視線はまっすぐ前を向いていた。
絶望も希望も、全てを抱えて進むその先に、新しい光が待っていると信じて。
お疲れ様でした