豊川祥子とモーティスは大・大・大親友   作:あばなたらたやた

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2話:春日影

 

 豊川祥子は優秀だった。

 豊川グループの後押しを受けて、最善の布陣で教育された豊川祥子はひたすらに優秀だった。

 

 精神面も肉体面も共に健全で、圧倒的だった。多くの資金や、多くの優秀な人材が惜しみなく投入されて産まれる無敵の人形。

 

 親の敷いたレールの上を歩きたくないと反発する人間は多いだろうが、しかし反発を経た上で、敷いたレールの上を歩きたい、と本人が望むと、それは相乗効果を生み出す。

 

「厳格な管理と支援を受けていて、ひたすら誠実に学び積極的に行動できると、やっぱり強いね」

「何の話ですの?」

 

 祥子とモーティスは、限られた自由時間でお茶とお菓子をつまみながら、談笑していた。

 祥子は首を傾げる。

 

「それよりも、新しい世界の構想はどうですか? 魅力的な世界観だと思うのですけど」

「捨てられた人形達が、新しい主人に拾われる為に向かうマスカレード……ミュージカルや、演劇っぽい感じなんだね」

「ええ、そうですね。顔を隠し、独自の世界観で紡がれるストーリー。ファンを陶酔させるデザインは、きっと多くの人を飲み込むでしょう」

「良いと思うよ。音楽性とキャラクターで人気を維持しつつ、適度に正体を匂わせることで話題性を維持する……バンドのコンセプトと商業的な計画が高い次元で纏まってるし」

「プロデュース方法は完璧。あとはメンバーは以前お伝えした三人を起用します」

「勧誘は終わってるの?」

「はい。既に。それぞれ傭兵のような立ち位置になりますが、だからこそ仕事としてやってくれるでしょう。少なくとも音楽性の違いが発生する確率は低いです」

 

 モーティスは改めて、渡された紙を見る。

 

 Projectムジカ

 バンド名:Ave Mujica

 Gt.&Vo.ドロリス/三角初華

 Gt.モーティス/若葉睦

 Ba.ティモリス/八幡海鈴

 Dr.アモーリス/祐天寺にゃむ

 Key.オブリビオニス/豊川祥子

 

 コンセプト:全員が仮面をつけた劇から始まり、世界観そのものにファンを没頭させる。

 ライブの内外問わず設定を遵守し、キャラクター像を維持すること。

 

 

「それにしても祥子ちゃんがオブリビオニスねぇ。忘却って、もしかしてCRYCHICのこと引き摺ってるの?」

「知りませんわ、あんなバンドのこと。弱い私は死にました。今の私は、完全無欠最強無敵の豊川祥子です」

「ふぅーん?」

 

 強がっている。しかしそれを追求するのは酷というものだ。ならばそれに乗っかるのが友情の形であるだろう。

 モーティスは首を鳴らす。

 

「そういう感じね。分かった」

 

 メッセージアプリを開くと、CRYCHICのメンバーであった長崎そよを筆頭に全員からの鬼のようなメッセージが送られていた。

 

 祥子はブロックしてメッセージを無視していたが、モーティスはメッセージ自体は読んでいたが、既読無視していた。しかし、定期的に送られてくるメッセージの中に一つ、興味深いものがあった。

 

「CRYCHICのメンバーに、二人追加入れてやるってさ。祥子ちゃん的には少し悲しいんじゃない?」

 

 はいこれ、と端末を見せる。

 そこには見知らぬ二人の人物を加えたCRYCHICがあった。

 再結成ではないようだが、彼女たちは次へ進んでいる様子がありありと見て取れた。

 

「構いません。好きにさせればよろしいでしょう。私には関係ありませんので」

「でも、空中分解から改めて再起するライブだよ。最初の一回は観に行っても良いと思うけど。祥子ちゃんはどう思う?」

「…………」

「過去と決別する良い機会だと、私は思うよ」

「はぁ、わかりました。行きましょう」

 

 CRYCHICのメンバー達とは、解散以降あまり関わってこなかった。勿論、連絡を取ろうとしてきたりしたが、全て断っていた。

 

 何故ならば、モーティスは事情を知っているからだ。祥子の背景を知っている。

 没落し、必死に足掻いている親友に負担を背負わせるわけにはいかなかった。

 

 しかし新しいバンドを結成したということは、過去を振り切った、という事である。CRYCHICはお互いに過去のものとなる。

 良い思い出だった。

 楽しい思い出だった。

 これからはそれぞれ、別の場所で、別の物語を紡いでいく。

 

 そして、CRYCHICのメンバーが再結成したバンドの、ライブの日がやってきた。

 

 ライブハウスの中には、まばらながらも人がいて、それなりに期待されていることがわかる。

 

 モーティスの隣には、豊川祥子が立っている。静かに、噛みしめるように演奏を聴いている。

 

『春日影』

 

 それはとても美しく、綺麗で、悲しくて。

 

「……っ」

 

 自然と涙が流れていた。

 モーティスが横を見れば、祥子も堪えるように唇を噛み締めていた。そここらは血が流れている。そして首を振って、出入り口へ足を向ける。

 

「行きましょう」

「いいの? 祥子ちゃん。もう会えないかもよ」

「良いんです。彼女達は先へ進んだのです。ならば過去の存在は消えなければなりませんわ」

「強がっちゃって」

「笑いますの?」

「笑わないよ。祥子ちゃんと同じ気持ちだもん」

 

 お互いに瞳からは涙を流していて、恥ずかしい姿だった。けれど、それで良いのだ。

 恥ずかしいものが悪いとは限らない。鼻がツンとして、声もガラガラで、ぐしゃぐしゃだけど、それでも清々しい気持ちだった。

 

「ねぇ、モーティス。私は全てを背負って進もうと思いますの」

「背負う?」

「忘却せず、ちゃんと真っ直ぐ向き合って、傷と共に前へ進みますわ」

「なら、私は祥子ちゃんの隣に立つよ。残念ながら、私は一人で背負い込めるほど強くない。だけど、誰かと共に傷つくならば、悪くない」

「私と、汚れてくれますの?」

「貴方がそう望むのなら。お姉様」

「ならば是非もなし。我らの道行きに言祝を」

 

 祝福あれ。

 過去を振り切り、前へ進む者達に万雷の喝采を。

 

「お互い、疲れてますわね。こんな風なことを往来で当たり前にできてしまう。酔ってますわ、自分達に」

「良いじゃないの、祥子ちゃん。酔っぱらってないとやってられないもん」

「考えた設定をちゃんと覚えているあたり、貴方のやる気が窺えますわね」

「モーティスとオブリビオニス。死と忘却。妹とお姉様。皮肉な名前だよ。でも嫌いじゃない。本人のパーソナルにあった仮面をつけることで、同一化する。燃えるね。でもこういう知識どこで身につけたの?」

「美術の授業で習いますわよ」

「演劇ってそもそも美術……芸術関係だからか。なるほど。納得」

 

 モーティスはポケットに入った端末を開くと、そこにあるメッセージアプリを見て顔を顰めた。

 

「祥子ちゃん」

「どうしました?」

「どうやら私達は、過去の思い出に泥を塗る必要があるみたい」

 

 祥子も久しぶりに長崎そよのメッセージを見る。

 

【私もなんで春日影やったのか知らなくて】

【だからちゃんと説明させて欲しいの】

【みんなを止められなくてごめんね】

【祥ちゃん、怒っているよね】

【怒るのも当然だと思う】

【でも信じて欲しいの。春日影、本当に演奏するつもりじゃなかったの】

【本当にごめんね】

【もう勝手に演奏しないって約束するよ】

【他の子達にも二度と演奏させないって約束する】

【だから少し、話せないかな?】

 

 祥子はつまらなそうに目を細める。モーティスはへらへらと笑って、祥子の肩を叩く。

 

「愛されてるね、祥子ちゃん」

「愛しているのは自分でしょう。でも、だからこそ、ハッキリと伝える必要がありますわね。明日、話をしましょう」

 

 

 




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