豊川祥子とモーティスは大・大・大親友   作:あばなたらたやた

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5話:話し合い

 

 モーティスの端末に連絡が来る。

 相手は椎名立希。

 旧CRYCHICのメンバーであり、ドラムを担当していた。

 彼女の性格は狂犬と呼ぶに相応しい噛みつき癖があり、自分の主張や意見を投げつけることを躊躇わない部分が大きな魅力であり、欠点でもある。

 

 良くも悪くも問題が起きれば『次』へ行くために努力や行動を起こす姿勢は、人間的に尊敬できる部分だ。

 

 そんな理由でモーティスは彼女のことを気に入った。睦は少し苦手としていたが、積極的に関わることもしてこなかったので、精神面での折り合いもついている。

 

【そよ、どうしてる?】

【学校には来てるよ。ライブの後に喧嘩してからは無視されてるけど】

【は? 喧嘩? どういうこと?】

【なんかそっちでも揉めてるの?】

【練習に来ない。連絡もつかない】

【ああ、そういう感じね。なるほど】

【何? 言いたいことあるならちゃんと書いてくれない?】

【メッセージで説明して誤解されても嫌だし、帰りにRING行く。待ってて】

【は? 何を勝手に】

 

 モーティスは端末を仕舞って、野菜に水やりを行く。

 授業が終わり、帰宅時間となる。その足でRINGまで赴く。

 池袋にあるスタジオカフェだ。そこには、旧CRYCHICメンバーが新しく作ったバンドメンバーが全員揃っていた。

 

「遅いんだけど」

 

 立希は、モーティスが現れるのと同時にそう言った。

 

「メッセージに時間の指定もないし、なんなの? 話って何?」

「言葉が強いなあ、立希ちゃんは」

 

 へらへら、と笑いながらモーティスは言う。それに違和感を覚えたのは会話をしていた立希だけではなく、高松燈もそうだった。

 

 新メンバーである千早愛音は、昔の睦とモーティスを知らないから、何も言わない。

 

「取り敢えず、抹茶パフェ一つとココア一つ」

「は? 何言ってんの? 早くそよに関する出来事言ってくれない?」

「そよちゃんに関しては、みんながライブした後に祥子に謝りたいって内容が来て、状況をセッティングしただけ」

「祥子と話? それで」

「そよちゃんがみんなと一緒にCRYCHICに戻りたいって言って、祥子ちゃんは断った。言い方はかなり痛烈だったけど、概ねそんな感じ」

「それで何で練習に来なくなるわけ」

「そこは知らないよ。本人に確かめないと」

 

 立希は苛立つように、机を指で叩く。沈黙。今までの燈が言う。

 

「その、睦ちゃん。祥子ちゃんは元気?」

「二人とも元気だよ。燈ちゃんは?」

「うん……良くわからない」

「分からないならしょうがないね。そして」

 

 モーティスは、蚊帳の外だった愛音に視線を向ける。

 

「新しく入った方ですよね。名前を教えてもらっても良いですか?」

「あ、千早愛音です。えっと」

 

 睦の名前を知らないのだろう。少しだけ視線が左右に揺れる。

 

「若葉睦です。先日のライブ、最高でした。色々と印象には残りましたが、誰よりも楽しく演奏されている姿が心に響きました。愛音さん」

「ほんとぉ? いやー、照れちゃうな」

「手を見る限り、練習を始めてからあまり日数は経ってませんよね? それであの演奏は、技力はもちろん愛音さんの努力が見えて、とても尊敬してます」

「あ、ありがとうございます」

 

 そこで、立希は言う。

 

「それ別に今は関係ないでしょ」

「CRYCHICが終わって、次のバンドになるんだから、みんなも気持ち切り替えたら? じゃないと愛音さんともう一人のメンバーに失礼でしょ」

「……あ」

 

 モーティスの立希へ向けた言葉は、しかし燈へ突き刺さる。

 

「……みんな、居なくなっていく。せっかく仲良くなったのに、いつも」

「そりゃあそうだよ。だって人付き合いってそういうものだもん。バンドは運命共同体って聞くと良い言葉だけどね。過去を未練たらしくズルズルしてるのは、CRYCHIC全員の悪いところかな」

「……え」

「私はもう次のバンド仲間と仲良く楽しくやってるし。それはそれ、これはこれ、で切り替えていかないと辛いよ」

 

 CRYCHICで、明確に『バンドが楽しいと思ったことがない』と口に出したのは睦だけだ。

 みんなはあの日々を大切なものとして扱っているし、忘れられないのは納得できる。それが壊れてしまって悲しむのも理解できる。

 だが。

 

「駄目になるから、次も挑戦しない。それは弱さではなく、甘えだよ」

「睦……お前……!」

 

 立希が今にも掴みかかりそうな勢いで前に出る。

 

「私だって悲しいよ。バンドはともかくみんなと一緒に頑張ったり、休日に遊んだりするのは楽しかった。それが壊れてしまって、悲しいとも」

 

 しかし。

 

「感情論は感情論。凄く悲しんで、落ち込んで、十秒後には次にやりたいことをやるために気持ちを切り替える。そうしないと、本当に誰もいなくなるよ。燈ちゃん」

「……私」

「隣を見てみなよ」

 

 燈は言われ通りに、横を見る。そこには気まずそうにしている愛音と、怒り心頭の立希がいる。

 

「愛音さんに申し訳ないと思わないの? ああやってライブを楽しそうにしてたって事は、三人とも友人なんでしよう? だったら、昔を引き摺ってないで、今の相手に向き合いなよ」

「……一利ある」

 

 立希は言う。

 

「CRYCHICは、もう無い。だから、次を頑張るのは正しいと思う」

 

 でも、と燈は続ける。

 

「運命共同体って。一緒にやるって。みんなで。一生」

「失敗して落ち込む。どうせ駄目になる。やりたくない。怖い。恐ろしい。でも次は上手くいくかものしれない」

 

 その言葉に燈は、顔を上げる。

 

「そう考えないとやっていけないでしょ」

「あ……」

 

 愛音も、モーティスのことをじっと見つめる。

 

「そよと話たいなら、私の学校の演奏会の日に待ってなよ。そしたら会える」

 

 そこで、モーティスは立ち上がる。

 

「話はこれでおしまい。身内のゴタゴタに付き合わされている愛音ちゃんと考えてあげて」

 

 言いたいことことを言って、モーティスは席を立ち、愛音の隣に近寄る。

 

「連絡先、交換しませんか?」

「あ、はい。ぜひ」

 

 よそよそしく、連絡先を交換する。

 

「敬語はやめても良いかな? 愛音ちゃん」

「うん、良いよ。えっと、気にかけてくれてありがとう」

 

 愛音、モーティスに好感を感じた。このバンドを始めたのは自分だけど、昔のバンドのゴタゴタに巻き込まれて、ぞんざいな扱いされるのはストレスであった。

 

 ちゃんと見てくれる。自分の能力ではなく、心の在り方で褒めてくれたモーティスは、愛音にとって驚きと心地良さを与え、好感につながる。

 

「今からみんながしたほうが良いことは、明確にすることだと思う。演奏をしたいのか、それとも大切な誰かと一緒に頑張りたいのか、それとも新しいバンドを作りたい、とかね」

「は? 何それ。そんなのライブに決まっている。燈の歌を大きく広げたい」

「いいね。演奏も友人を大切にすること両方やりたい。貪欲だ。だから好きだよ、立希ちゃん」

「おちょくるのやめてくれる?」

 

 モーティスは愛音に目を向ける。

 

「愛音ちゃんは、誰と何をしたい?」

「……私は、楽しく頑張りたい。ライブもしたいけど、ちゃんとみんなと一緒に楽しくやりたい……かな」

「目的を達成することは大切だけど過程が楽しいことは大前提だよね。わかるなぁ。ギスギスしてたら、それやる意味ないもん。お金をもらっても嫌だよ」

 

 ちらり、と立希を見る

 

「は? なに? 見るのやめてくれない?」

「だから友達いないんだよ、立希ちゃん。言葉が強すぎる」

「睦に言われたくないんだけど」

「いや、私は社交的で外交的だから友達多いよ」

「嘘だよね。CRYCHICの時、ずっと黙って弾いてた」

「それはキャラが違うから、しょうがないんだって」

「はぁ、もうそれでやってなよ」

 

 議論を投げ出した立希を、モーティスはへらへらと笑みを浮かべて、視線をそのまま燈に視線を向ける。

 

「燈ちゃんはどう思う? 何を、誰としたい?」

「私は……誰かと話すのが苦手で。みんなからズレてて。でもそれを歌にして伝えたら良いと言ってくれた祥子ちゃんが好きで。歌詞を好きだと言ってくれた立希ちゃんも大切で」

 

 そして、燈は愛音の方を見る。

 

「こんな私に根気強く付き合ってくれた。あのんちゃんが大切で。だから。みんなと一緒にいたくて。私」

 

 燈はポロポロと涙を流す。

 

「なんで。こんなに上手くいかないのかな。私のせいかな。私のせいなんだ。私が」

「燈のせいじゃない!」

 

 立希が、反射的に叫ぶ。

 

「燈は頑張ってる。何も間違ったことはしていない。悪いのは祥子でしょ。急にやめるとか言い出して」

 

 咄嗟に出たからこそ、言葉が続かない。代わりに愛音がポロッと言った。

 

「運が悪かった、のかな」

「は?」

 

 愛音に、立希が噛みつく。

 

「運が悪かったって何? 能力がない人間には文句を言う機会さえ与えられないの?」

 

 立希は言う。

 

「悪いのは全部、祥子だ。いや、違う。何か事情があるのはわかる。だけど祥子が始めたバンドなんだ。それをいきなり終わりなんて。あり得ない」

 

 絞るように立希は言う。

 

「わかってる。わかってる。不幸なんて当たり前にあることくらい。だけど、でもさ、そうしないとやっていけないんだ。祥子を悪いものにしないとやっていけないんだ」

「どうして、そんなこと。なんでこんなに苦しい。自分だけどこにも行けないの。どうしてこんなに世界は。息苦しい」

 

 立希と燈は涙を流す。

 苦しい。苦しい。苦しい。

 とても辛くて、とても悲しくて、嫌なことばかり。

 楽しい思い出は泥を塗られて、色褪せていく。だけど祥子の率いた光は輝き続けている。

 モーティスは言う。

 

「どうして何処へもいけないのか。何故、悪行を犯していないのに人生が辛いのか」

 

 それは。

 

「それは簡単。間が悪かった」

「なに、それ。間が悪かった?」

「そう。みんなの選択も、みんなを取り巻く環境も、それら全てがたまたまその時だけ。噛み合わなかっただけだよ」

 

 静かに、堂々とモーティスは言う。

 全部、間が悪かっただけ、突き放すような言葉だったが、しかしモーティスの声色は優しかった。

 

「そんな。そんな間に合せの理屈。それで終われない。終わりたくない。間が悪かっただけなんて。それじゃあやりきれない」

「燈ちゃんも、立希ちゃんも悪い。それを取り巻く環境も悪い。人生ってそんなものじゃない?」

「悲しいし、孤独だよ。辛い、光がない世界は、暗くて痛い」

「悲しいが、悲しいだけ。それとは別のところで喜びはある」

 

 視線は、自然と愛音の方向を向いた。

 

「悲しいことの後に、新しい仲間ができた。それは嬉しかったはず。人生はたぶん、無意味と有意味のせめぎ合いだから。今、自分の仲間でいてくれる人のことを真剣に考えて。人生はいつだって今を考えて、行動できる人に幸せはある」

 

 それを言い残して、モーティスは去っていった。

 長崎そよへのアクションや、バンドメンバー達が話すべきことは今のバンドメンバーでやる必要であると考えての退去だった。

 抹茶パフェを食べていた『野良猫』は、その背中を見て、言う。

 

「おもしれー女」

 




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