今日はモーティスが、豊川グループの社長に呼び出されていた。
車で出迎えられ、そのまま社長のいる部屋へ案内される。
豪華な屋敷というか、もはや城とも呼ぶべき家を歩きながら、モーティスは小さく息を吐いた。
「呼び立ててすまなかったね、若葉睦さん。いや、モーティスさん」
豊川定治。
豊川グループの社長であり、豊川祥子の叔父にあたる人物だ。
詐欺に遭った豊川祥子の父親を、責任を取らせて退職させたが、その娘である祥子は引き取ろうとしたり、上に立つ者でありながらも身内には甘い部分がある。
モーティスは制服の裾を掴んで、頭を下げる。
「お招き頂き光栄です。本日はどのようなご要件ですか?」
「祥子は、どうだ?」
「どうだ、というのはどういう意味でしょう?」
「……父親のことを引き摺って、辛い思いを抱えているかどうか、友達の君から見て、どうだ?」
「あー、なるほど! そういう感じですね! 祥子ちゃんの負担が大きいのは事実ですが、それと父親に関してはあまり関係ないと思います」
モーティスは堂々と言う。
「負担が大きい理由は、Ave Mujicaの作詞に、作曲、キーボード、舞台セットの指揮を取っているので、やはり負担は大きいです」
「……あれは優秀だからな。それだけに自分ひとりで世界を回していることに慣れている。しかし慣れているからこそ、道を踏み外した時が心配だ」
「祥子ちゃんは基本的に、人に与える力を持っています。誰かの居場所を与える、そのままの自分を容認する。そういう優しさがあります」
しかし、とモーティスは言葉を続ける。
「それは上から目線の優しさです。共に進むのではなく、自分より弱い者達が、後ろで迷わないように先頭を歩く。光といっても良いと思います」
懸念はある。その光に焼かれるのは基本的に居場所が無い者だ。愛情や肯定をされずに爪弾きにされて、澱んでいる者にこそ、その光は太陽の如く苛烈に刻みつける。
逆に言えば、その光を疎ましく思うのは、自分の足で歩いている者だ。
「上から目線で私の言う通りにしなさい、とプレッシャーをかけられるのを嫌がる人もいます。他者の考えを否定し、前を歩き続ける。だから衝突も起こります」
心が弱い人間というと語弊はあるだろう。居場所がないと感じている者や、強いコンプレックスを抱えている者には、祥子の上から目線の優しさは強烈に染まる。
『貴方が変だと思っている部分は素敵ですわ、好きです。だから力を貸して欲しいんてすわ』
そんなことを言われてしまえば、自分と世界とのズレを肯定してくれる。さらには必要としてくれる。そんな人間ならば一緒にいると心地よいだろうし依存もする。
前向きで、誠実で、努力家で、行動的で、その能力の高さをひけらかすことなく、他者の弱さを受け入れ支援する。
こうまで聞くとまるで聖人のようだが、その印象は実像と大きく乖離していると言っても良いだろう。
「にゃむち……自分の力に自信がある人間は、祥子ちゃんと衝突します。何故ならば祥子ちゃんの慈悲に価値を感じないからです」
「自分の努力を肯定されて気持ちは良いだろうが、しかし祥子と同じ思想を持つ者は同族嫌悪すると?」
「はい。祥子ちゃんのカリスマは基本的に弱い人間に役割を与えて能力を発揮させることに特化してます。だから同じ目線にいる人間の言葉は聞き入れない」
「なるほど。人を上手く使うことができても、他者と目標を共有することはできないと。リーダー気質といえば聞こえは良いが、その実情は無鉄砲な突撃娘か。箱入りの弊害だな」
豊川定治はため息を漏らす。モーティスは良い辛い雰囲気を出しながら、言う。
「その通りです。私に任せて、貴方は貴方の役割を果たせ、そういうのは反感を買う場面も多くあり、更に祥子ちゃんの悪癖として、説明が足りない部分が目立ちます。目的や、それを達成する具体的な手段は説明しますが、何故それが必要なのかを語りません」
これぐらいのことは貴方もわかっているでしょう?
自分ができるのだから、自分が思い至るのだから、相手も同じ考えになるのが当たり前。
豊川祥子はお嬢様だ。財閥からの圧倒的な支援と教育を受けて、人間としての能力を大きく拡張している。
だから自然と、説明が足らなくなる。専門的なスキルはともかく、物事の考えはまともな教育を受けた人間なら考え至るのが当たり前。
しかし現実はそう上手くいくものではない。目的と手段だけ伝えられて、それする理由は当然相手は分からない。
何故それをするのか?
何故この行為が必要なのか?
何故そんな考えになるのか?
その説明を一切せず、お前はお前にできることだけやって、あとは私に任せて、なんて言われてしまえばストレスが溜まっていく。
自己肯定感が低い人間には、祥子に肯定されて求められることで好意を抱くが、自己肯定感が高い人間には反転して逆効果となる。
他人に委ねることを良しとせず、自分で選び進む人間とって、祥子は自分のキャリアを阻む敵と映ることだろう。
「以上の理由で、不安点があります。ですが、良い部分もあります。あの光のカリスマは、驚嘆の一言です」
心が傷ついている人間に対して、豊川祥子は劇薬だ。
本音で褒めて、献身的に助けようとしてくれて、言葉を交わせば楽しそうに笑う。
そして、彼女は争うことを恐れない。自分の思いを真っ直ぐ伝えるし、逆に相手の感情に寄り添える。
芸能人の娘、優秀な姉の付属品、感性のズレ、与え続けるだけの人生、誰かの真似しかできない伽藍洞。
それぞれのコンプレックスに対して、豊川祥子は全てを塗り潰して己の仲間として引っ張り上げる。
それは『世界が否定する中で、ただ一人だけ自分のことを見つけてくれた』と錯覚する。
喜びは依存となり、居場所は呪いへ変じていく。
自立を許さず、最前線で傷を負いながら、仲間の行き先を定めて、前へ進んていく。
それは光だ。光に焼かれた者たちは奴隷となり、自分を照らしてくれた光に報われてほしいという気持ちは、己の居場所がなくなる恐怖と交わり、光の亡者となる。
「豊川祥子は、すごい人間です」
「なるほど。君は祥子のことをよく考えてくれていることは理解した。私に対して恐れず意見を言う姿も素晴らしい。本当に良い友人を持ったと思う」
「光栄です」
「そこで一つ聞いてみたい。君は何故、祥子を助けるんだ? 豊川グループの金目当てという雰囲気は感じないし、しかし祥子を利用や依存しているようにも感じない。何故、君は祥子と一緒にいる?」
「友達だから、です」
単純な返答。
「私は祥子ちゃんに笑っていてほしい。一緒にくだらないお喋りをして、些細なことで笑って、苦しんでいたら相談に乗る。当たり前のことです」
「ふむ」
「ですが、当たり前をちゃんとやるのは難しいです。こうしている今だって、ちゃんと演じていられているか恐ろしい。だけど、私は『今』を生きています」
モーティスは睦のストレスのはけ口として作られた人格。
嫌なものは全部モーティスへ押し付けられ、役に立たなければ捨てられる。だからこそ、過去に問われず、今を見つめることができる。
生きているのは『今』なのだから
「友達を助けるのは当たり前です。悲しんでほしくないから、友達なんです」
「本当に……いい友人を持ったものだ」
用件はそれで終わりだった。定期的な報告の見返りとして、Ave Mujicaの全面的なサポートを約束した。
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