8
モーティスは、長崎そよを誘って、園芸部で育てているきゅうりに水やりをしていた。
「それで、なんの用? 私暇じゃないんだけど」
「うーんとね、今やってるバンドを投げ捨てたってホント?」
「どこからそれを聞いたの?」
「愛音ちゃんとかから」
「余計なことを……」
「あははは、酷いね。自分から振っておいて」
へらへら、と笑うモーティスに、そよは不快感を露わにする。眉を顰めて、吐き捨てるように言う。
「睦ちゃん、変わったよね。前は静かで、何も言わないで、言ってほしくないことたけ言ってたのに。新しい友達のおかげ? 良かったね、たまたま祥子ちゃんのお気に入りで」
「そうかな? そうかも。そよちゃんは変わらないね。嫉妬深くて、性根が悪くて、いつも当たり障りのないことしか言わない日和見主義の癖に、角が立つことは人に言わせる。過去を引き摺って、悪いのは全部他人のせい」
「喧嘩売ってるの?」
「今のそよちゃん凄く惨めだよ!」
そよの顔が歪む。しかしすぐに平静を装った表情に戻り、拳を握る。
「祥子ちゃんのお人形が偉そうに」
「今を生きなよ。過去に縋るばかりじゃ何も変わらない。得られない」
「どの口で! CRYCHICを壊した張本人でしょ!」
「だから? CRYCHICは壊れた。居心地の良い空間が壊れた。ならもう一度、新しく見つけるか自分で作れば良い。やり直すのではなく、新しい仲間を見つければ良い」
「人間を数字で数える睦ちゃんにはわからない! みんなで過ごした日々は、みんなとじゃないと戻ってこない」
拳からは血が流れていた。
「今しか見ていない睦ちゃんには、一生わからないよ。私の気持ちなんて」
モーティスは指を顎に添えて考える。
「CRYCHICを居心地の良い世界だったという意見を否定する気はないけど、それしか無かったのかな? 学校の友達は? 両親は? 心地良い空間を一つしか作っていないのは、そよちゃんの努力不足じゃない?」
努力不足という言葉に、そよは反射的にモーティスを睨みつけた。浮かんでくるのは自分は常に頑張ってきたという想いだ。
「両親が離婚した時も、お母さんが弱っている時も、慣れない学校に入った時も、私は頑張った!!」
「どんな風に?」
「人に求められるように、頼られるように必死に頑張った! 世話を焼いてあげた! 優しい言葉をかけてあげた! 自分勝手な意見しか言わないみんなを取り纏めた!! 一体、どこが努力不足っていうのよ!? これ以上どうしろっていうの!?」
モーティスは一歩下がる。気圧されたのではない。意図して、距離を開けた。
その顔には明らかな嗜虐的な色が見え隠れしていた。その表情の変化にそよは気づかない。
「私だって、辛いんだよ? 私も気を使わないで楽しく過ごすくらいしても良いじゃない」
「本音はソレだね。そよちゃん」
「え?」
モーティスは笑う。
「何を、言って」
「辛い。痛い。苦しい。それが行動動機。CRYCHICをやり直そうとしたのも、それを癒やすためにやっていることだよ。誰かに助けてほしいっていうそよちゃんの心の叫び」
「……ち、違う。私はみんなの為に」
「本当に?」
そよは、ぐらりと、視界が歪むのを感じた。
「みんなの為に。誰かの為に。それは確かにその通りなんだと思う。面倒見の良い部分はあるのだと思う。だからこそ自分を殺して、人に尽くしてきた。その結果、本心を見失った」
心臓を掴まれたかのような圧迫感を、そよは感じた。
「みんなの為に頑張っているのに報われない、という想いは、自分一人だけでやらないといけないと錯覚を起こした。困ったら助けてもらう、という思考を選択肢から無くした」
心臓の音がうるさいくらいに激しく、熱かった。
「本心を押し殺し、他者に助けを求め方を忘れた結果、誰かの為だと言い訳しながら自分の要求を押し通すモンスターになった」
呼吸が荒くなり、まともに思考が出来ない。
モーティスは、地面に膝をついて項垂れるそよの耳元で囁く。
「辛かったら、誰かに助けを求めて良いんだよ。その程度で、人間関係は壊れたりしない」
「……だったら」
そよの手が、モーティスの服を掴む。
「睦ちゃんが助けてよ。このどうしようもない状態から、今すぐ助けてよ。今すぐCRYCHICを復活させてみせてよ!」
「全ては過去。終わったこと」
「過去!?」
「だから今からやるのは破壊。全てを壊して、創造する。そよ、新しい居場所を見つけるの」
「無理だよ、私には。どうやっても、上手くいかない。別に嫌なわけじゃない。でも息苦しいの。自分の本心を隠し続けるのは」
「隠す方法ではなく、伝え方を考えよう。嫌なものが嫌なら、言葉を選んで伝える。それは今まで本心を隠してきた技術があれば出来ると思うよ」
そよは静かに目を瞑り、立ち上がると背中を向けた。
「睦ちゃん、変わったね。人気者になるのも分かる気がするよ。祥子ちゃんみたい」
「私がオリジナル。私が祥子ちゃんに似てるんじゃなく祥子ちゃんが私に似てるんだよ」
「それは嘘」
「まぁ、いいや。じゃあね。そよちゃん。応援してる」
「……ありがとう」
モーティスは手を振って去っていった。
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