豊川祥子とモーティスは大・大・大親友   作:あばなたらたやた

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9話:初華

 

 Ave Mujicaの練習後、スタジオの片隅で初華がマイクを手に持ったまま、目を輝かせて祥子に近づく。彼女の声には、抑えきれない興奮が滲んでいた。

 

「祥ちゃん、今日のピキーボード、本当にすごかった!  あのメロディーが流れた瞬間、私、鳥肌が立っちゃって……。祥ちゃんの音楽って、なんて言うか、心の奥まで響いてくる。こんな素晴らしい曲を作れるなんて、祥ちゃんは天才だね。 私、祥ちゃんのそばで歌えるのが幸せで……本当に、祥ちゃんって最高!」

 

 初華は一気にまくし立て、頬を紅潮させながら祥子の手を握ろうと一歩踏み出す。彼女の歌声と同じく、言葉にも熱がこもっていて、純粋な賞賛が溢れ出ている。

 

 祥子はキーボードの鍵盤に軽く指を置き、初華の言葉を聞きながら一瞬だけ目を細める。そして、ゆっくりと立ち上がり、優雅に髪をかき上げて初華の方を向く。

 

「あら、初華。随分と熱心に褒めてくださいますのね。光栄ですわ」

 

 その声は穏やかだが、どこか冷ややかで、初華の熱気をそっと押し返すような響きがある。

 

「だって、本当にそう思う!  祥ちゃんの曲を歌うたび、私、もっと頑張ろうって気持ちになる、祥ちゃんがいるからAve Mujicaがこんなに素晴らしいバンドなんだって……!」

 

 初華はさらに言葉を重ね、祥子の目をまっすぐに見つめる。彼女の瞳には、恋慕と尊敬が混じった光が宿っている。

祥子は小さく微笑むが、その笑みはどこか事務的で、初華の情熱に寄り添うものではない。彼女は一歩下がり、初華との距離をさりげなく保ちながら口を開く。

 

「ふふ、ありがとう。初華。けれど、私の曲が輝くのは、あなたの歌声あってのことですし、バンドは皆で作り上げているものですわ。私一人を特別視するのは、少し大袈裟ですわね」

「え、でも…祥ちゃんがいないと、私……!」

 

 初華が食い下がろうとすると、祥子は軽く手を挙げて言葉を遮る。

 

「初華、あなたの歌は確かに素晴らしいですわ。それを私に頼らずに磨いていくのが、あなたの役目でしょう?  私はただ、Ave Mujicaの一員としてやるべきことをしているだけ」

 

 そう言って、祥子は楽譜を手に取り、さらりと話題を切り替える。

 

「さて、次回の練習の準備をしましょうか。初華も、喉を休めてくださいね」

 

 初華は一瞬言葉に詰まり、握りかけた手をそっと下ろす。彼女の表情には、祥子の言葉に喜びと寂しさが混じり合っている。

 

「うん、祥ちゃん」

 

 小さく呟きながら、初華はマイクを胸に抱きしめる。祥子への絶賛は届いたはずなのに、その想いはまたしても軽く躱され、彼女の心に微かな疼きを残した。

 祥子は背を向けて楽譜を整理し始める。その横顔はいつも通り気高く、初華の熱い視線をまるで感じていないかのようだった。

 

そ の様子を、スタジオの隅でドラムを片付けていたにゃむがチラリと見やる。二人は顔を見合わせ、にやりと笑う。

 

「ねえ、あれ見てよ、またウイコがサキコにデレデレしてる。気持ち悪いくらいベタ惚れじゃん!」

 

 彼女は大きな声でストレートに言い放つ。

 にゃむはドラムセットに肘をつき、片眉を上げて冷ややかに続ける。

 

「ほんとねぇ。毎回毎回『祥ちゃんすごい!』って……ちょっと鳥肌立つわ。愛の告白でもするつもり?  見ててこっちが恥ずかしくなるレベル」

 

 彼女はくすくす笑いながら、スティックでリズムを取るように机を叩く。

 初華はにゃむの声に気づき、顔を真っ赤にして振り返る。

 

「えっ、にゃむちゃん!  何!?  気持ち悪いって……ひどいよっ!」

 

 慌ててマイクを胸に抱き、うろたえる初華。

 にゃむは肩をすくめて、さらにからかう。

 

「いやいや、事実でしょ?  サキコのこと褒めすぎて、もうストーカーみたいになってるよ。サキコも大変だねぇ、こんな熱烈なファンに付きまとわれてさ!」

 

 彼女は大声で笑いながら、祥子にウインクを飛ばす。

 海鈴も同意する。

 

「まぁ、豊川さんも慣れてるみたいですが。あの冷たい感じ、完璧に三角さんの熱をスルーしていますね。見ていてちょっと痛々しいくらいです、三角さん」

 

 彼女は髪をかき上げ、わざとらしくため息をつく。

 祥子はそんな二人を横目で見つつ、楽譜を手に持ったまま冷静に言う。

 

「にゃむさん、海鈴さん。あまり初華をからかうのもほどほどにしてくださいな。彼女の情熱は、Ave Mujicaの力でもありますもの。」

 

 その言葉は穏やかだが、どこか二人をたしなめるような響きがある。

 

 初華は祥子のフォローに少し救われた表情を見せるが、にゃむと海鈴の視線に耐えきれず、顔を隠すように俯く。

 

「……もう、二人とも意地悪なんだから」

 

 にゃむは手を振って笑いながらスタジオを出ていく。

 

「はいはい、ごめんねー。でもさ、ウミコ、次はもうちょっとカッコつけなよ!  気持ち悪いくらいデレデレだと、祥サキコ逃げちゃうかもよ?」

 

 海鈴も立ち上がり、軽く肩を叩いてから続ける。

 

「まぁ頑張ってください。三角さん。私達には関係ありませんが。あ、豊川さん、次はもっと激しい曲お願いします。三角さんの恋心にくらいのやつを。」

 

 彼女は無表情でドアから出ていく。 スタジオに残された初華は、祥子をチラリと見て小さく呟く。

 

「気持ち悪いかな、祥ちゃん。だったらごめんなさい」

 

 祥子は楽譜を整理しながら、さらりと返す。

 

「ええ、そんなこと言いませんわ。初華の歌があれば、それで十分ですもの。」

 

 その言葉に初華は少しだけ笑顔を取り戻すが、にゃむと海鈴の嘲笑が頭に残り、複雑な気持ちでマイクを握り潰していた。

 

 練習終わりの帰り道。夕暮れ時、街灯が点き始めた静かな道を歩きながら。

 

「……どうしたの」

 

 睦は静かに、初華の様子を気にするように声を掛ける。

 

「……実は、睦ちゃんに相談したいことがあって」

 

(初華は少し躊躇いながら話し始める)

 

「……聞く」

 

 睦は無表情に近いが、穏やかに返す。

 

「ありがとう祥ちゃんのことなんだけど。私、ずっと祥ちゃんに気持ちを伝えてるよね。好きだって、そばにいたいって。でも最近、それって祥ちゃんにとって重いのかな、辛いのかなって思うようになってきて。」

 

 初華は言葉を選びながら本音を吐露する。

 

「……さきがそう言った?」

 

 睦は短く、核心をつく。

 

「ううん、直接は言わないよ。でも、私が気持ちを伝えるたび、ちょっと困った顔するんだよね。笑ってくれる時もあるけど、遠慮してるっていうか……。私、祥ちゃんを追い詰めてるのかなって」

 

 初華の声に不安が混じる。

 

「……初華の気持ち、強いね。さきは表に出さないだけかも」

 

 睦は淡々と、簡潔に言う。

 

「うん……。私、祥ちゃんが大好きだから、ずっと一緒にいたいし、気持ちを伝えたい。でも、それが祥ちゃんに負担なら、どうしたらいいのかわからなくて」

 

 初華は目を伏せ、震える声で続ける

 

「……一度、さきに聞いてみたら」

 

 睦は静かに提案する。

 

「……うん、そうするよ。私ばっかり話してごめんね。聞いてくれてありがとう、睦ちゃん」

 

 初華は少し笑顔になり、感謝を伝える。

 

「……うん」

 

 睦は小さく頷き、歩き続ける。

 

 




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