白いドレスの少女モドキ   作:外道カヤノ

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 今回は伏せ字やルビ振りが多いので、結構見辛いかもしれません。演出的なものだと思って読んでください。あしからず。


龍の尾を踏んだ者

 

 ニ・スキが簡易キャンプから消えた。

 この事態に、ハンターは即座に彼女の捜索を開始。星の隊も呼びつけ、氷壁の断崖をくまなく探し回った。

 

 結果見つかったのは、まるで巨大な龍にズタズタにされたかのような、歴戦のジン・ダハドの遺体。そして、彼女が毎日書いていた、古代時代から使っていた日記だった。

 

 竜都外郭に一番近い位置にある、ジン・ダハドの根城。今は家主が遺体となり、その場に集められたハンターたちは、日記のページを見て絶句した。

 

 

 

 りゅうとでまってる。りゅうとうがこわされるかも 止めてほしい

 

 

 

 ページのテンプレートを無視し、青いインク──否、血で殴り書いたソレは、間違いなくニ・スキが書いたものだろう。これまで丁寧に日々のことを書き記していたページと違い、明らかに正気で書いたものではない。

 やはり、黒龍の呪いか。

 

 アルマは、いや、「ギルド」は裁定を下した。

 これまで準備していたものが、無駄になってしまえばいいのに。そんな希望があった。

 人と竜の共存。それは人と人のような対話や契約で成り立つものではない。生活におけるギブアンドテイク。アリとアブラムシ、花とハチのような、相利共生関係で成り立っているものだ。

 

 ニ・スキは、もしかしたら初めて、人と竜の共存例になるかもしれなかった。

 編纂者として、一人の夢見る女として、その光景を記録したかった。

 だが、現実はやはり厳しい。

 

「……ギルドは、かの造竜種の危険性を鑑み──()()()()()()()()()、「偽熾龍ニ・スキ」の討伐を要請します」

「…………受諾する」

 

 ハンターもまた、同じ気持ちであった。

 

 ──その後、探索範囲を氷壁の断崖から、竜都の跡形へと変更。守人の里シルドの住民も協力しての捜索が行われたが、その日は姿を見ることができなかった。

 

 しかし。

 

「代わりにコレを見つけた、と」

「あぁ……」

 

 糸だ。竜乳で造られたのだろう、しっとりとした、白い一本の細い糸。目を凝らさなければ見えないほど細いソレは、垂れて地面に落ちている。

 伸びている先が、明らかに天井の存在しない蒼空であることを除けば。誰も違和感を感じなかっただろう。

 

「とてつもなく嫌な予感がして、触ろうとはしなかった。ハンター、これは一体……?」

「貴方の判断は正しい。モンスターたちも、恐らくコレを触ろうとしなかっただろう。私にも分からないが……言うなれば、竜の逆鱗にも等しいものか」

「逆鱗……っ」

 

 その証拠に、禁足地からモンスターがごっそりと姿を消していた。短期間で歴戦の頂点格が討伐されたのもあるだろう。しかし、大型モンスターに限らず、小型モンスターも、虫や小動物さえも、竜都から逃げるように消えている。精々隔ての砂漠にケラトノスが何頭かいる程度だが、ここまで静かだと、危機感に乏しかったクナファの部族たちですら危険を察知していた。

 明らかな異常事態。いかにも「災い」の兆候たるこの状況は、ニ・スキが作りだしたとしか思えない。

 

 タシンは思い出してしまう。代々伝えられた究極の兵器、ゾ・シアが龍灯に寄生していたという知らせを聞いた時と、同じ緊張感が走る。

 千年間、竜都が崩壊してもなお、龍灯が保たれ続けた現状が、こんな短期間で二回も滅亡の危機を迎えるのか。変化を受け入れたことによる、自然の猛威はこれからも止まらない。今回ばかりはちょっぴり人造の脅威なのだが、タシンにとってはどちらも変わらない。観測と守秘にのみ徹した一族らは、ただ祈ることしかできない。

 

 一方で、ハンターは糸が伸びる先を見つめる。ほんのわずかに見える黒点。それが何かであるかは明白だ。今は動きようのないソレに、ハンターは長年の勘から「チャンスである」と判断した。

 

「アルマ、全員に通達。これは狩りに収まる範疇じゃない。総力を以て挑むべきだ。作戦を立てたい」

「はい、分かりました。全ての隊へ連絡を行います。作戦決行日は」

「明日の正午。目覚めるまで、ヤツは()()()()()

 

 誰が、とは言わなかった。それ以上は、邪魔になってしまうかもしれなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ここはどこ? 私はどうなった? ジン・ダハドの殺意を感じて、飛び立って、そのあとは

 静かな石室の部屋。書物が規則正しく並び、机には書いたばかりの数秘式が積み重なった、研究者の部屋らしい部屋。いや、実際私は研究者なのだけど。

 

「にしても……」

 

 壁に飾ったタペストリー。竜都の建築デザイン図だという、竜都最古の数秘式を見ていると、感嘆しか出ない。龍灯を中心にそれらは循環する。まるで生命(セフィロト)の樹だ。セフィラになぞらえば五つほどモノが足りないが、モンハンの属性基準で考えればピッタリと当てはまる。

 

「竜都が王国(マルクト)なら、王冠(ケテル)エネルギーの折り返し地点()。すごいコンセプトだよコレ」

 

 一体誰が思いついたのだろう。この数秘式を都市のデザインにし、尚且つ龍灯という収支プラスのエネルギー生成装置を生み出した先人たち。天才の所業といえばそうだが、これを設計してみせた実力と熱意、龍灯と竜都を建造した多くの人々たちに、敬意を払わずにはいられない。

 

 だからこそ、この数秘式をなんとか自身の人体に当て嵌められないか、計算を続けていた。前世の数学と違い、モンハンの古代科学というものは、どこか魔術染みている。だからこそ「数秘式」なんてものが出ているのだが、すっかり違和感など消え去ってしまった。むしろ、プログラムや普通の計算よりも、オカルトチックで楽しい。

 

「心臓を原点とすると、循環機構は血管。各種臓器をセフィラになぞらえて……そこまでは良いんだけど、やっぱり足りない。生命の樹だけじゃない。もっと、新しい術式に手を出してみないと。星辰はアテにならないとして、秘文字(ルーン)……あ、マカ錬金とかかな。大火釜のナナイロカネが同じアプローチで造ってるし」

 

 理論上でも、上手く龍灯の超小型化は上手くいっていない。ここで「理論上いける」のラインまで持ち込まなければ、そもそも計画は始まらない。無い頭をどうにかこうにか。クルクルとペンを回しながら考えていると、ふと思いついたものがあった。

 

「そういえば、最近だったかな。なんか強くてデカい竜が都市に襲いかかってきたとか。気分転換に見てみようかな」

 

 もしかしたら解剖に立ち会えるかもしれないし。

 そう思って立ち上がった私は、この地特有の分厚い白衣を着直して、パタパタと部屋を飛び出した。

 

 竜都は巨大で、色褪せている。そう言えば悪いように捉えられるかもしれないが、実際に色素が薄いのだ。龍灯から授かる竜乳は白い。乳白色の液状エネルギーは、「彩度を薄めてしまう」という弱点がありつつも、ありとあらゆる用途へ使われる万能さがある。

 

 白と黒の街。石造りで、辺りに植物やビオトープを置いた街並みは、自然と調和したかのような雰囲気で美しい。アスファルトや車といった、ハッキリとした人工物が無いのもいい点だろう。最も、そうした人工物が少な過ぎて、食事のレパートリーすらも少なかったのは極めて遺憾だったが。

 

 目的の場所へ辿り着く。やはり騒ぎになっていたのか、見知った顔の研究者や技術者が多い。そんな彼らがふと振り向き、私の存在に気付く。

 

「おぉ! ■■■(ニ・スキ)女史、来られましたか」

「こんにちは、■■■(タシン)教授。見たことがない竜が街に襲撃しに来たと聞きまして」

「君も来ると思っていたよ」

 

 ──タシンおじさん? いや、彼はおそらく、タシンおじさんの先祖の……

 朗らかな初老の男性が、私を出迎える。来るのを待っていたのだろう。他にも私に目を向けた学者たちが、視界を開けるようにその場から引き、隠していたものを見せた。

 

「……ミラボレアス?」

 

 ──見覚えがあり過ぎる龍種だった。

 全体的に黒い、三十メートル以上の巨体。シンプルな西洋龍の特徴のソレは、全身に締め付けられた痕や打撲痕があり、螺旋状の槍を何本も突き刺されて絶命していた。

 だが、頭だけは無事だった様子で、見れば分かった。

 

「ミラ……? 知っているのか」

「えっ? あっ、あー……はい。古い文献に、それらしい特徴が記された龍種がありまして。それに該当します」

「…… 護竜(ガーディアン)■■■■■■■(アルシュベルド)を数体も出動させる程強かったが、そのミラボレアスとやらは、一体?」

 

 やっべ思わず言っちゃった。こうなってしまった以上、多くの研究者を前にして、隠し通すのは無理があるだろう。

 前世のモンハンWiki*1知識になるが、教えてしまおう。コイツが来たということは、少し前から囁かれていた「災い」の兆候かもしれない。

 

「「黒龍」と呼ばれていた存在です。災い、悪夢、自然をも超越する存在ともされていまして……一夜にしてとある王国を滅ぼした伝説を持つ存在でもあります」

「なんとッ!? だ、だがヤツはこの通りだ。いくらそれほどの伝承があるとしても、にわかに信じられん……」

「でしょうね。私もそう思います。おそらく、彼は幼体……あるいは手負いだったのでしょうか」

「最初の目撃者曰く、果敢に街に襲いかかってきたようだ。破壊の規模や、戦闘時間を鑑みるに、手負いで来たとは到底思えん……この大きさで、幼体、なのか? だとしたら、とてつもない龍種ではないか!」

 

 ■■■(タシン)教授の表情が恐怖に染まる。脅威度を理解した者は他にも多く、それ以外は半信半疑のようだ。ただ、信じている者の方が数は多い。やはり、「災い」の兆候だと捉えたか。

 

 少し前、東でシュレイド王国陥落の知らせを聞いた。その時の最期の伝聞が「災イ来タリシ」というシンプルなメッセージだった。

 シュレイドのような軍事国家と違い、竜都はどちらかというと学園都市のような、研究者や技術者の楽園だ。もちろん一般市民や、他貴族だったりも住んでいるが、かの国と比べると、分かりやすい防衛設備は少ない。

 

 その分かりやすい理由が、護竜(ガーディアン)。造竜技術により生まれた、模造生命体(コピーモンスター)だ。色素は薄れるものの、食事や睡眠、生殖といった機能が全て省かれ、竜乳を供給すれば半永久的に稼働する、従順な兵隊がいるからだ。

 私のペットの護竜セクレト(フラッシュ)。街を当たり前のように闊歩する護竜ドシャグマ。空を飛んで監視している護竜リオレウス。コイツらが居るだけで、モンスターの脅威は退けられるからだ。

 

 しかし、あのシュレイドが陥落したとなれば、こちらもうかうかしてられないだろう。何かしら対策か、あるいは国を捨てるかの決断が迫られている。

 仮に「災い」とやらがミラボレアスの群れだとしよう。幼体相手に、護竜アルシュベルドを数体、さらに虎の子であるあの螺旋槍(■■槍)も使ってようやく絶命させたのだ。単純計算でそれより二倍強い個体が、群れになって来たらもうおしまいだろう。

 

「えぇ。とてつもありません。まさに「悪夢」となるでしょう」

「……君は、何故落ち着いている。対策でもあるのか?」

「はい……確か、貴重なサンプルということで、まだ誰も手を出していませんでしたね?」

「サンプル……? いや、まさか!?」

「龍灯建造時代に捕獲され、冷凍保管された■■■■■■■■■(ムフェト・ジーヴァ)の遺体と、その抜け殻の多く……これをベースに、新たな合成護竜を生み出しましょう。データが集まれば、生産は可能なはずですよね?」

「無茶だッ!!」

 

 ■■■(タシン)教授が顔を真っ青にして叫ぶ。他も同意見なようで、目が泳いでいるのが見えた。

 この世界には()()ハンターはいない。たった一人で武器を持ち、巨躯に立ち向かわんとする、英雄(唯一無二)になろうとする者は、生まれ直して十五年、ついぞ生まれることはなかった。

 最強の個(ハンター)がいなければ、誰が化け物の群に対応するのか。その答えは出ている。

 

 ──化け物の個を、唯一無二の合成護竜を生み出せばいい。

 

 簡単な話だ。バケモンにはバケモンをぶつけるんだよ。ただそれだけである。

 幸いにも災いの一つである火種は、燻った状態でこちらに転がってきた。そこに、■■■(新大陸)の赤龍のサンプルがちょうどあるのだ。何を思って保管していたのか知らなかったが、まさにこのために用意されたものかもしれない。

 

「知っているだろう!? ジン・ダハドの製造で、数多の死者が出たのは!」

「知っています。■■■■■■(マム・タロト)をベースにした合成護竜でしたか。製造に立ち会ったことはありませんが、報告書は目を通しました」

「アレは■■(古龍)種を使ったから暴走したものだ! ヌ・エグドラの製造がたまたま成功したから、その次を考えた結果がアレだったのだ! ■■■■■■(マム・タロト)は、知る限り二番目に果てしないエネルギーを保有する■■(古龍)種だ。一番目は当然■■■■■■■■■(ムフェト・ジーヴァ)…… ■■■■■■(マム・タロト)と比べれば、遺体でありながらエネルギー保有量は彼女の三倍以上! 暴走しないわけがない!!」

 

 ──ジン・ダハドの製造は、一度失敗している。

 マム・タロトをベースに、■■■■■■(アグナコトル亜種)■■■■■■(ウカムルバス)■■■■■■(イヴェルカーナ)などの因子を多く取り込ませた、超大型合成護竜。それがジン・ダハドだ。

 

 造り出した結果、暴走したのだ。これまでより一番強い合成護竜ということもあって、研究者の何人かが生きたまま氷の彫像となり、技術者の多くが砕け散った。結局その個体はエネルギー暴走によって肉体が耐えられなくなり、爆散するという、悍ましい終わり方で集結した。

 その後、冷却用の外装と、拘束具でもある鎧を着けることで、なんとか()()できたが。

 

「元々■■■■■■(マム・タロト)の属性は火。無理やり氷に転換させた挙句、エネルギー放出が上手くいかないデザインだったのが、不幸の原因でしょう? ■■■■■■■■■(ムフェト・ジーヴァ)は火と龍。そこのミラボレアスも火と龍属性を扱う龍種です。相性も良さそうですし、彼のような暴走はまず無いかと」

「……ッ、ほ、本気で……造ろうというのか?」

「やらなければ、我々は無力なまま焼き殺されますよ?」

 

 ムフェトは龍脈を、生命的エネルギーの操作と支配を可能とする、まさに“王”にふさわしき権能の持ち主だ。古龍の墓所たる新大陸の王の肉体ならば、“神”にも等しいとされた黒龍の因子は、むしろ相性バッチリだろう。

 

 ずっと思っていたが、彼らはこんな非人道的な実験や生命創造をしているにも関わらず、その罪をよく理解している。()()()()()()()()()()()()()()()()、はたまた別の理由があるのかは分からないが。何というか、振り切れていない印象があった。

 禁忌は禁忌でも、本当に手を出すべきでは無い禁忌は何かと、本能で理解しているのだろう。

 

 分かっている。彼らは竜都(ここ)を手放したくないのだ。竜乳の恩恵に、依存しすぎていることを自覚していた。だからこそ、禁忌を犯してでもこの地を守らんとした。

 

 ──その気持ちは、私も同じである。

 

「コンセプトは対災厄。量産は考えず、一個体で群を相手にできる究極兵器としましょう。■■(古龍)種骨格は一体造るだけでエリア一つ分のエネルギーを使いますからね。デザイン等のお手伝いはしますが……教授?」

「……君は」

 

 怖くないのか?

 彼はそう言おうとしたのだろう。しかし、直前になって口を紡ぐ。

 

「いや、分かった。確かにそうだ。足掻かなければ、我々は滅びる……ミラボレアスだったな? この龍種のデータ採取を行う。君も手伝ってくれ」

「もちろんです」

 

 せっかくの二回目の人生。せっかくのこの舞台。前世が短い命だったのもあるが、できるだけ楽しむことを止めたくはないし、生きたいのだ。

 

「いずれにせよ、議会に計画書を出さねば。君は……いや、君は確か研究していたものがあったのだろう。いいのかい?」

「構いませんよ。どのみち必要になると思いますので」

「……龍灯の超小型化か。実は、密かに楽しみにしていたんだが」

 

 せめて、私の理想の、合成護竜のデザインができるまで。これから生まれるであろう、ゾ・シアには足掻いて貰わなければならない。教授や、他の仲間たち、親友や家族にも生きて欲しいし、何だったら竜都が無くなっても生きられる道を──

 

 

 

 

『貴様だ。あの時、私の魂を搾り取り、穢らわしい王気取りの赤トカゲと混ぜ込んだのは』

 

 

 

 

 ──世界が、煉獄に変わった。

 

 燃えている。木々や、花が。石畳の路地も、建物も、何もかも。燃えることのないはずの壁や空気すらも火がついて、辺りの空気を吸い殺している。

 

『貴様が、矮小なる命どもが、私をこのような目に』

 

 目の前に居たのは、黒い龍だった。

 

「……ミラボレアス」

『それは定命の者が付けた名だろう。運命と北風……悪くはないが、用件は別だ』

 

 私よりも遥かに大きく、見ているだけでも「死」を直感させる、巨大存在。彼の前では、私など道端のアリにも等しい存在だろう。

 だが、これは何だ? こんな光景は見たことがない。

 

『貴様の提案が無ければ、私は無念のまま果てていただろう。有り難くも思うが、同時に怨んでもいた。よもや、この私を雑種にしようなど!!』

「っ……!」

 

 ミラボレアスが叫ぶだけで、私は簡単に吹き飛ばされそうになる。しかし、強い力で胴部を握り締められ、足が浮く。目を開けてようやく気付いた。私は、彼の手に掴まれている。

 顔が近い。口から漂う熱気と、竜のニオイが肌にこびりつく。巨大過ぎるソレを前に、私は慄くことしかできない。

 

 これがドラゴン。これが古龍。私は、知らないままだった。

 

 竜とはこんなにも恐ろしく、人間など簡単に殺せてしまう存在なのだと。私以外の皆は知っていて、私だけが夢物語だと思っていた。

 今になって、怖くなった。

 

『──だからこそ、貴様はタダでは死なせん』

「……ぇ」

 

 ぐぱぁっ、と開く、ミラボレアスの口。むせ返るような蒸気を放つ、薄桃色の柔肉の中に、私が放り込まれる。一瞬、何が起きたのか分からなかった。しかし、粘ついた肉の絨毯に叩きつけられた時、何をされたかを理解した。その時にはもう遅く──

 

「え、や、やだっ!? いやっ、やだぁぁっ!!?!?」

 

 ──丸呑みにされた。

 頭から暗所へ、ニュルニュルと粘液を纏わされて落ちてゆく。肉のトンネルに羽織っていたものを剥がされ、生温かく気色の悪い感触に全身を包まれてゆく。

 

 やがて、バシャッ!! と、また異なる粘液の沼に落ちた。通ってきた道よりは広いが、それでも体を上手く伸ばせないほど狭く、ブヨブヨとした肉の感触がする部屋の中。何故か薄らと朱色の明かりに照らされたその中で、粘液にまみれた私は見た。

 

「いっ、つ……!? て、が……」

『もはや一心同体なのは覆らん。ならば、せいぜい利用させて貰う』

 

 ビキビキと手の表面が黒く染まり、鱗が生えて爪が伸びる。ゆっくりと、だが目に見えて人から竜へと逸脱してゆく様子を、見てしまった。

 

「あ、あ゛っ!! あついっ! 熱……あ゛、ア゛、ぁぁ……ッ!!」

 

 肺が熱い。臀部から何かが生えようとしている。背中が痛い。頭がズキズキする。手足の骨が捩れる。腰を何かが覆ってくる。体が熱い。痛い。熱い。痛い! 痛い! 痛い!!

 視界が歪まない。むしろもっと見えるようになって、私の全身が黒々とした竜に変わっていくのが見えてしまう。変わってしまう。このまま、私が竜に覆われてしまう!

 

「だっ、タすけテぇ゛っ……おネがい、イヤだぁ゛……!」

『成りたかったのだろう? 良かったではないか、理想のドラゴンになれて。貴様も晴れて破壊者の仲間入りだ』

 

 知らなかった。

 知るべきではなかった。

 知ってしまえば、こんな悪夢など見なかったのに。

 

 ずっと違和感があった。転生したとはいえ、どこか現実みのない世界だと思っていた。

 ゲームの中の世界で生まれ変わった。けれども、そこでの生活は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。視覚も、触覚も、料理の味わいも、痛みも、眠気も性欲も生存欲求もあったのに。心の底では、世界そのものが他人事のように感じていた。

 

 生半可な気持ちで生きてきた罰が、今になって降りかかったのだ。

 

『だから、貴様が破壊しろ。あの忌まわしき龍灯も、中途半端に残った竜も、守人など名乗り出した愚者共も──あのハンターもだ! 全てを破壊し、理解(わか)らせろ! 頂点とは何たるか、雑種共に思い知らせろ──!』

 

 黒く、黒く染まってしまう。私の体が、ドロドロの粘液が、私を包み込む肉壁が、全て黒く見えてくる。グチャグチャに掻き回される感触はあんなに痛かったのに。生温かくて気持ち悪いこの空間がどこか心地よく思えて。溶けてゆく。私が、悪夢(やさしいゆめ)の中に溶けてゆく。

 

 怖い。怖い。怖いのに、消えてしまうのが嫌なのに、身を委ねてしまいたいと感じている。変わることは、こんなにも恐ろしいことだったのだ。今になって、彼らの気持ちを理解してしまった。

 あそこで立ち止まって、「災い」と共に死んだ方が、私は幸せに終われたかもしれなかったんだ。

 

「……ぅ、ぁ」

 

 溢れた涙も、口から漏れ出たものも、全てが黒い。意識も、魂も、黒ずんで穢されてゆく。

 何もかも黒色に染まってしまう寸前、置いて行ってしまったフラッシュの顔が思い浮かんだ。

 

 せめて、何もかも破壊してしまう前に、逃げて欲しい。

 

 ──想いは届かないはずなのに、そう祈ってしまった。

 

*1
有志が書き記したモンハン百科事典





 登場人物紹介は今回はありません
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