白いドレスの少女モドキ   作:外道カヤノ

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 えー、前話の感想で卒倒するほどの量のミラボレアスに対する愛を受けとりました。気持ちは分かります。
 その答えがこちらです。



閃光

 

 正午。

 竜都の跡形、エリア2。豊穣期のため天候は快晴で、外郭に覆われた竜都から覗く空は、雲一つない青空だ。心地よい日の光に当てられ、豊かな自然が集う──ことはなく、今は静寂に包まれ、ここには一本の糸とハンターしかいない。

 

 期待、あるいは希望の狩人。ずっと愛用してきた装備に身を重ねた(包んだ)彼は、古めかしい機械じみた片手剣、「ヴェルドロート」を手にし、糸の前に立つ。

 この糸に刺激を与えれば、作戦が始まるだろう。

 

 ──ハンターは信号弾を放ったその後、スリンガーフックで糸を引いた。

 

 瞬間、ゾワリと背筋が凍りつくような悪寒が走る。ミラボレアスとの戦いを見ていた時以来の、肌に纏わりつくような黒い気配。

 油断すれば意識が持っていかれる。普通の古龍でも決して放てない、異様なオーラと共に、それはふわりと目の前に現れた。

 

 黒い少女だった。肌、覆う鱗、髪色、翼、角、つま先まで、全てが炭化したかのように黒い。短い間だったがずっと見てきた、竜の少女。しかし、その姿はあまりにも、見守ってきた姿と異なっていた。

 

 縦に鋭く割れた瞳孔。深紅に染まった瞳。あの儚げな表情の少女が、このような憤怒に染まった顔をするだろうか。

 否、しない。彼女は──黒龍の呪縛に囚われたのだろう。抜刀と同時に、ハンターは遠くで観測しているであろう、編纂者に告げた。

 

「偽熾龍ニ・スキ──討伐を開始する」

 

 動いたのは、ニ・スキからだった。右翼腕、右腕の両方を上げ、ハンターを地面に叩きつけんと飛びかかる。ハンターはこれをバックステップで避け、同じように跳び、斬りかかる。

 

 左手の剣が、すかして地面を叩いた右翼腕を斬りつける。そのタイミングで、ニ・スキの二つの左腕がハンターに殴りかかるが、彼は右腕の盾でガードする。威力は完全に殺しきれなかったものの、ハンターは揺るがない。そのまま彼は一歩前に踏み込み、ニ・スキの腹部へキックを放った。

 

「ッ!? ──ぐルぁァァ゛ッ!!」

 

 吹き飛び、それでも空中で体勢を直した彼女は、這うように地面に着地し、そのまま顎を大きく開く。

 ブレスだ。彼女はブレスを行う際、両方の翼腕をアンカーにし、口を大きく開く。ハンターは、走りながらポーチからスリンガーにハジケ石を装填し、即座に発射した。

 

「ガッ……!?」

「悪いなッ!」

 

 直撃──そして、シールドの縁で、容赦なくハンターは彼女の下顎を殴った。力は龍そのもの。しかし図体は人間のソレであるニ・スキに、脳震盪の誘発は突き刺さった。

 意識を一瞬失うニ・スキ。その隙はハンターには十分過ぎた。片手剣を両手で持ち、思い切り彼女の頭部へ突き立てんと──したところで、自身の胴部を、翼腕で掴まれていることに気付いた。

 

「小癪、ッ!!」

 

 持ち上げられ、二回も硬い石の地面に叩きつけられる。回避しようのない二打にハンターは苦しみながら、そのままブン投げられた。空中に投げ飛ばされたハンターは、きりもみしながらもニ・スキの次の動作を見る。先ほどと同じ、ブレスの構え。空中ならば避けられないと思ったのだろう。

 

 喋れたのか。いや、意識が移り変わっているなら、とハンターは考えつつ、避ける手段を探す。

 近場にいた楔虫。空中に飛び、一度決めたポジションを頑なに守るその虫の背甲は、スリンガーフックを引っ掛けるのにちょうどいい。回転しながらもスリンガーフックを飛ばし、楔虫に引っ掛けたハンターは、慣性を強引に横へと変更させた。

 

 瞬間、ハンターの足元を通り過ぎる灼熱。リオレウスや、ヌ・エグドラの比ではない熱と邪気に、思わず冷や汗が垂れた。

 空中へ引っ張られながら、楔虫からフックを抜く。指笛は鳴らしていなかったが、このタイミングで相棒の赤いセクレトがやってきた。

 

「ナイスタイミング」

「ギュルルッ」

 

 向かう先はエリア2から、下層のエリア6。川がせせらぐ、竜都の中で一番自然豊かな、広いエリアだ。セクレトを走らせ、ハンターはあえてニ・スキに背中を向けて逃げる。当然、それを見過ごすニ・スキではなく、彼女は翼を広げて飛び立つ。

 滑空は無くセクレトに着地を任せ、エリア内にある一番大きな木の根の下に降りる。後ろは振り向かずとも分かる。ひしひしと伝わる殺意が、襲いかかってくることも。

 

「──任せておけッ!!」

 

 だからこそ、仲間に背中を預けた。

 得物(ハンマー)を手にしたオリヴィアが、今まさに飛びかからんとしてきたニ・スキを殴りつけ、攻撃を相殺する。重力に従って放たんとしていたニ・スキの飛びかかりは砕かれ、空中で体勢を崩してしまったことで無様に落ちる。オリヴィアは一瞬だけ溜め、ニ・スキの頭部を狙ってハンマーを振り上げた。

 

「黒龍討伐の誉れ、分けて貰うぞ!」

「ッグ、ア゛ァァァ゛ッ!!」

 

 だが、止められる。両翼腕が振り上げられたハンターを掴み、ハンターを土台代わりに体を捻り、後方へ腕力だけで飛び退く。

 流石にそう上手くいかないか。オリヴィアは独りごち、しかし作戦は継続できると、ニ・スキの前でほくそ笑んだ。

 

「貴様……何?」

 

 ニ・スキが着地する。途端、カチリと彼女の足が何か金属質の物体を踏んだ。見れば、円盤状の物体。明らかに竜都にある人工物ではないソレは、勢いよく競り上がり──

 

 ──瞬間、大タル爆弾Gの二倍もの威力の爆発が起きた。

 

「ん? 違うな、こんな威力じゃなかったはずなんだが……」

 

 最上層(エリア2)からその様を観測する技術者の男、ヴェルナーは不満を漏らす。()()()()()()()()()はずの、新型爆破罠。テストついでにと今回の作戦に持ち込んだモノは、どうやら失敗に終わったらしい。

 

 黒煙が漂い、熱波が充満する。その中から、ブォッ!! と炎が放たれ、黒煙を一閃した。瞬く間に晴れた黒煙の中心には、ブレスを吐き続ける少女が一人。無傷とは言えなくとも、ダメージがそれほど入っていない印象が見受けられる彼女は、そのまま地獄の炎で辺りを焼き焦がす。

 

「フゥゥゥ……ッ! そこか!」

 

 ブレスが吐かれたばかりの、熱が充満したニ・スキの背面。狙ったかのように彼女の背中を穿たんと、女性ハンターのアレサはランスによる突撃を行った。だが、読まれていたのか、振り向かれて人の両腕で矛先掴まれる。

 

「!? なんて、力!」

「先の女といい、貴様もハンターか! ならばッ!!」

 

 掴まれた槍に指が減り込み、アレサは危機を察知するも、その時には既に槍を引き抜けなくなっていた。手放し、左手にある盾を構える。次に来るであろうブレスを、可能な限り受け止める覚悟をし──ガァンッ!! と強い衝撃がアレサを襲った。

 

「ッッッ!!」

 

 頭突き。シンプルな物理攻撃は、盾越しでも強く響き渡った。怯み、その場で踏ん張っていたにも関わらず三歩分も後退させられたアレサは、今度こそブレスの構えを取るニ・スキを見た。

 

「焼き尽くして……ッ、邪魔をするか!」

「アレサ、退け! もう一度相手する!」

 

 その横から、ハンターが片手剣を振るう。ニ・スキはブレスの構えをすぐ解き、翼腕の片方で剣を止めてハンターを睨みつける。

 

「貴様……!」

「…………ミラボレアス」

 

 ガチガチと金属と鉤爪が音を立て、二人は戦意を剥き出しにしたまま睨み合う。ハンターは冷静に、怒り狂う少女を見つめた。

 

 思い返すのは、師である「青い星」がシュレイド城に向かうと聞いた時。師匠は遠くに行ってしまうのか。と、流石に付いては行けないと思ったハンターだったが、「青い星」はハンターもシュレイドへと連れて行った。

 

 そこで、ハンターは見た。実在する悪夢、黒龍ミラボレアスの姿を。

 黒々しい鱗の肌。四十メートルを超える巨躯。どの龍よりも龍らしく、それでいて見ているだけで「死」を直感させる。存在そのものが人類の脅威であり、かの龍を前に、「戦おう」という意思は砕け散ってしまう。

 

 まあそれすらも「青い星」は超越したのだが、それは置いといて。

 ミラボレアスは、一目見てそう思える存在だった。その呪縛によって、ミラボレアスに成りかけようとしている少女は、どうだろうか。

 

 

 

「……若い個体だな?」

 

 

 

 ──小さい。

 あのシュレイドで見たミラボレアスと比べれば、存在感も、威圧感も、「死」のオーラも、何もかもが小さく感じる。少女という枠組みに入っているのもあるかもしれないが、それを抜きにしても、()()()()()

 

 シュレイドのミラボレアスは、「試練」を与えに来ていた。振り返ってみれば、何故今になってまたシュレイドに出現したのか。その理由が、なんとなくそのように感じたからだ。

 師である青い星は、不定期だがミラボレアスと()()()()り合っている。そこに一切の悦楽はない。何せ、一瞬でも油断すれば、負けるのはどちらか。喧嘩や戦争ではなく、狩猟という行為そのものが儀式に思えるほど強かな戦いだったからだ。

 

 では目の前の彼女はどうか? その答えは明白だろう。

 

「──ッッ!!」

「なるほど」

 

 図星だったらしい。分かりやすく怒りを増した彼女に、ハンターは確信を得た。

 妙だとは思っていた。竜乳で武器をつくることなく、獣らしい殴り合い、ブレスに傾倒したそのやり方に、あの日見た黒龍らしさが見えない。「試練」を与える高潔さも、「挑戦」する気概も感じられない。

 さながら、レ・ダウとアルシュベルドが戦っていた時の、ナタを見ているかのような感覚。

 

 だからといって、驕る理由にはならない。ハンターは今ここで手を抜くことなど、しなかった。

 

あの子(ニ・スキ)の方がもっと上手く戦えていたな」

「貴ッ様ァ゛ァァッ!!」

 

 怒りを誘発し(煽り)、ハンターは挑戦の護石の力を引き出す。自身に力が宿り、先よりも攻撃力が増した盾で、ニ・スキに殴りかかる。

 ニ・スキは確かに激怒したが、ここでその攻撃を受け止めようとはしなかった。一歩退いて避け、胸元の龍灯を人の手で掴む。唾を吐くように竜乳を出し、龍灯に纏わせたソレを成形してゆく。

 

「そこまで望むなら使ってやる……貴様にはコイツをな!!」

「……!?」

 

 手先から伸びるは槍の形。しかしどこか筒状にも見えるソレは、根元に龍灯を込め、リボルバーらしき機構を生成してハンターに向けられる。

 造られたのは、ガンランス。向けられるは──竜撃砲!

 

「ッッッ!!」

 

 咄嗟に盾を構え、間に合──わなかった。

 鼓膜が裂けんばかりの爆発音と衝撃波、連続的に襲い掛かる熱と龍殺しのエネルギーが、ハンターを地面諸共砕いて墜とす。エリア6を貫通し、龍灯から伸びる練龍脈の根を砕いてまで吹き飛ぶ彼は、下層部エリア9にある搬送路に着弾した。

 

 石の床にめり込み、あまりのダメージに動けずにいる。先程の場所からここまで、一本の穴がうっすらと見えていた。

 そこから、光が覗く。

 

(龍の一矢、か……!)

 

 弓使いの師匠を見ていたから分かる。限界まで絞られたあの輝きは、龍の一矢だ。おそらく、ニ・スキはあの場で弓を生成し、龍灯のエネルギーを乗せてこちらを殺す気でいるのだろう。

 

「人が編み出した秘技に穿たれ、人のまま死ね──!」

 

 翼腕に弦を引っ掛け、竜乳が造り出した槍をそのまま矢として乗せる。弓を造ったというハンターの想像は外れ、先のガンランスをそのまま矢にした歪な大弓を構えたニ・スキは、竜の視力で狙いをハンターの頭部に定める。

 心臓を貫いても、圧殺しても、丸呑みにしても、業火で煮殺しても、海底に水没させても、大電流で心臓を焼き焦しても、氷漬けにして砕いても、龍の息吹に攫われても、それでも死なないのがハンターだ。確実に殺すためには、木端微塵に、生き返る余地も無いほどにダメージを与え消すしかない。

 

 そうして出来上がった違法過ぎる龍の一矢を放とうとして、ふと自身に影が落ちたことに気付いた。

 そこでニ・スキは振り向くべきではなかっただろう。何せ、音も気配もなく、びっしりと牙が生えた青い肉壁が、自身に覆いかぶさろうとしていたのだから。

 

「──ひっ!?」

 

 ばくんっ ぐじゅっ、ぶじゅるるっ

 

「よし、狙い通り! こりゃいい論文が書けるぞ!」

「うわ……」

 

 暴走したニ・スキのオーラに気圧され、引きこもっていたシーウー。滅気弾を撃ち込みまくり限界まで飢えさせたソイツを──生物学者のエリックは、このタイミングで解き放った。

 なお、シーウー捕獲を手伝ったヘビィボウガン使いの男、ロッソは普通にドン引きした。

 

 いくら怯えていたとはいえ、空腹には耐えられなかったのだろう。シーウーが目にしたのは、竜乳たっぷりの、ちょうど一口サイズの護竜(えさ)。小さくはあるものの、そこらの護竜セクレトよりも味わい深く、歯は通らないが柔らかく咀嚼しがいがあり、舌触りのいい極上の肉感──

 

 ──次の瞬間、シーウーの肉体が突如膨れ上がり、爆発した。

 

「グルア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛アアアアァァァッッッ!!!!」

 

 グラビモスにも似た灼熱の極光が、エリア全体にミミズ文字を描くように、乱雑に発射される。オレンジ色の極光が辺りを破壊し、先ほどまでエリックがいた場所も焼き尽くされる。あと一秒、身を引いて居なかったら、先のシーウーのように肉体が蒸発していただろう。

 

「おのれェッ! よくも私を!」

 

 もはや怒りは収まらない。角が赤熱化し、腹部にオレンジ色の数秘式が浮かび上がる。全身に熱が回ったその姿は、いわゆる第二形態。ここまで来ると、彼女のブレスに予備動作は無い。一発でも被弾すれば、そこで()()()戦いが始まった。

 

 赤いセクレトでエリア6まで駆け上ったハンターは、セクレトを撫でて降りる。エリックらが稼いだ時間で立て直した彼は、改めて片手剣を構えて対峙する。

 

「……黒龍! ハンターはここにいるぞ!!」

「!! ぐるルゥッ! ゴアアアア゛ァ゛ァ゛ァッッ!!!!」

 

 目視した瞬間、放たれたのは火球だった。真っ直ぐ、避けようとした位置に一発。ガードしていなしたところにさらに一発と与えられる。熱波が襲い、防いでも回避できないダメージが蓄積してゆく。その隙に、ニ・スキの再接近を許した。

 

 彼女が手に持ったのは太刀。竜乳で造ったのだろう、二メートルを超える刃渡りの剣が、ハンターの首を断たんとする。そこに、ハンターは片手剣を()()()()

 

「ッ!!」

 

 太刀筋を、左の剣で合わせる。弾き、いなし、弾き、その繰り返し。しかしテンポは回数を合わせる度に加速し、刃が()()()悲鳴が大きくなってゆく。

 普通ならば、太刀に分があるだろう。両手で持ち、何より片手剣に比べて丈夫でしっかりしている。何より、利き腕でない左で持つハンターの剣は、どうやっても力に欠けるきらいがある。リーチの短さ、斬れ味の消耗の早さ、全てが太刀に劣っている。

 

 だからといって、それが負ける理由にはならない。

 

「っ、くぅッ! 何故、斬れない!」

 

 見事な太刀筋だった。ハンターの目から見れば、基礎も、技も、とても鍛え込まれたものなのだろう。それがニ・スキの記憶から引き出されたものだとしても、「秀才」と呼ぶにふさわしい連撃であった。

 

 だが、ハンターは知っている。「天才」の太刀筋──あの「猛き炎」と比べれば、遥かにこの剣技は対処しやすい!

 

「何故──勝てない!?」

 

 太刀を()()。刀身の半分を失い、太刀の役目を終えてしまう竜乳の塊。

 

「私は、ミラボレアスだ! 人間(ニ・スキ)が最も恐れた、龍なのだぞッ!!」

 

 両翼腕を握りしめ、ハンターの頭蓋を破壊せんと振り下ろされる。しかし、ハンターの盾は、その攻撃を弾き返(パリィ)した。

 

「父も、母も、禁忌を犯した定命の者共を放って!! このままでいい訳が無かったはずだ!!」

 

 龍灯から、直接竜乳を引き出すのが見えた。ハンターはつかさずポーチから、ある粉末が入った小袋を取り出し、ニ・スキへぶちまける。

 

「だから、私が──ぁ、あぎッ!?」

「──理由が、あったんだろう」

 

 竜乳の分離剤。タシンたちシルドの守人から譲り受けた、竜乳に対する反物質。

 作戦前、ナタのペンダントを借りようとした時、ヴェルナーから見解が差し込まれた。曰く、「あの小ささならわざわざペンダントを使うまでも無い。ペンダントが近くにあるだけで不調になるなら、粉末だけでも強く効果が出るはずだ」と。

 

 黒い粉を浴びたニ・スキの反応は分かりやすかった。麻痺を受けたかのように体が震え出し、透けた胸元から見える龍灯が、ガチガチと音を鳴らして故障を起こし、やがて粉々に砕けて消えてゆく。

 彼女にとっての心臓が止まり、呼吸がままならなくなってゆく。明らかに戦える状態でなくなったニ・スキの頭を、ハンターは掴んだ。

 

「龍灯を消すか消すまいかなど、もう今更、判決は下せないんだ」

「っ、ぁ……や、め」

「だから、眠れ」

 

 左手の片手剣が、赤熱化したニ・スキの右角を斬った。

 

 そこから、ニ・スキは両翼腕を振り上げることはなくなった。両腕もだらんと垂れ、地面を立つ力も失い、仰向けに倒れる。小刻みに痙攣し、やがて瞳の焦点も合わなくなった。

 血ではなく竜乳が流れていた体だ。分離剤によって血液そのものが消された以上、ほぼ即死と見做していいだろう。

 

「…………」

 

 モンスターを狩るための武器で、人を殺める。

 そんな機会など、一切訪れないことが一番の幸せだ。しかし、長くハンターとして生きて来た彼にとって、これは一度や二度ではない。

 時に密猟者を。時にもう長くはない者を。時に──組織の騎士として、禁忌を犯した者を。

 

 慣れる訳がなかった。ただ、少しだけその回数が多かっただけで。ハンターはただ、倒れた彼女の目を伏せさせ、静かに黙祷をした。

 

「ハンターさん! ……っ」

「先生……彼女、は……」

 

 声からして、アルマとナタだろう。二人ともセクレトに駆けて来たのか、聞こえる足音の数が多い。

 そのまま黙祷を続け、後から来た二人も同じようにする。子供であるナタには耐え難いものだったが、それでも、こうなる可能性は考えていた。だからこそ敬意を払い、出会えた命に感謝を告げた。

 

 ナタを運んだ護竜セクレト、フラッシュという名の竜が、ニ・スキに覆い被さるまでは。

 

「……フラッシュ? 何を、してるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──期──年 自室

 

 空を自由に飛びたいと思っていた。

 三歳の頃、いやもっと生まれたての頃に近い時、そんなフレーズの歌を聞いたことがある。コバルト色の空を鳥のように自由に飛べたら、どんな感じなのだろう。ふとした疑問が憧れに変わり、しかし五歳の時には既に現実を見ていた。

 

 私が見たいのは空だ。感じたいのは風。決して飛行機や気球、戦闘機などで感じられるものじゃない。そうして絶望していき、誰もが一つは抱えているであろう、現実味のない願望に変わっていった。

 

 その分、余計なものも拗らせていった気がする。かわいくなりたいとか、カッコよくなりたいとかはまだいいだろう。しかし、ゲームの中で空を飛びまくるモンスターとかを見ていたら、ドラゴンになりたいとか、人間やめたいとか、そういう願望まで抱えてしまった。ついでに性癖も歪んだ。

 

 けれど、まあ無理なものは無理。でもそれを理解っていても、結局諦めきれない思いがくすぶる。

 実際、私の前世(ルーツ)は長く生きられなかった。三十代くらいまで生きたと言えば、若い子には「十分長いだろ」と言われるかもしれないけれど。けどせっかく出来ることが増えて、ほんの僅かだけど自由というものを得られたタイミングで、もっと人生楽しみたかったな、という気持ちは大いにあった。

 

 だからこそ、千年前だけどモンハンの世界に生まれた時は、もしかしたらワンチャン、ドラゴンになれるかも? と思った時は、それはもう趣味に走った。

 こんなことあり得ない! これは夢だ! そう思いながら。

 

 

 

 

 

 

「だって、人生二回目なんて、誰だってやりたいことじゃん」

「キュルルッ」

 

 フラッシュもそう言ってる気がする。

 研究室とは違う石室。いろんな竜種のミニ標本や、図鑑が並べられた部屋の中で、私はペットのフラッシュを撫でる。

 結局、人生二回目も、体感生存期間は一回目の半分くらいと短い。合計して約四十五年分なので、まあ生きた方かもしれない。

 

 夢は叶ったし、空も飛べた。旅は出来なかったけれど、色々な体験ができたと思う。クナファの料理は美味しかった。緋の森で大好きなスラッシュアックスをブン回せた。アズズの料理は食べてみたかったけどまあいいとして、外郭がどんな様子になっているのか、見てまわりたかった。最終的にミラボレアスに丸呑みされるなんて、常人だったら絶対に遭わないような経験(死に方)もできたけれど。

 

 ……いいや、充分だ。充分生きた。充分やりたかったこともできた。

 それでいいじゃないか。

 

「だからフラッシュ、いいんだよ。私は、もう充分」

 

 私に抱きつくように覆い被さって、絶対に離れようとしないフラッシュを撫でる。

 駄目だよ。それは君が歩むべき人生なのだから。

 

 心臓を、分け与えようとしないで。

 

 赤龍の力が、黒龍の執念が、古龍種(モンスター)としての生存本能が──私の本心が、フラッシュの心臓を、ぼっかりと空いた胸元へ引き摺り込もうとする。

 生きられるなら生きていたかった。けれど、もういいんだよ。充分生きたから。充分モンハンの世界を見ることができた。満足した。満足したって、言ってるじゃん!!

 

『だからこそ、受け取って』

「……!」

 

 部屋には一人しかいない。いや、いる。目の前に。

 この子の想いが伝わってくる。言葉なんて発せないはずなのに。あぁ、そうか。もう、繋がってしまったんだ。

 

「フラッシュ……どうして……」

『元々、私たちに命を繋ぐ力はない。だから、こうして貴方に命を繋ぐの。本当は、私はあそこで死ぬはずだったから』

 

 シーウーの巣で、負傷していたあの子が被る。甘えるように寄り添ってきて、いつも竜乳をせびってきたあの子が。

 大きくて、私なんかと比べたら遥かに力強くて、それでも寂しがり屋で欲しがりなフラッシュは、口元で私の頬を撫でた。

 

『私はあなたと一緒に飛べない。けど、こうすれば、一緒に飛べるでしょ?』

 

 ……あぁ、そっか。

 

 貴方も、本当はもっと生きたかったんだね。

 

 生まれたばかりで命を刈り取られたのは、どれも間が悪かった子ばかりだった。

 幼さ故の正義感だったのだろうか。龍灯を壊しにやってきた、あのミラボレアス。

 古くから冷凍保管されていたムフェト・ジーヴァ。

 寄生することで生き永らえたが、私のように千年も眠りにつき、何もできなかったゾ・シア。

 

 そして、輪廻転生をしてまでも、自由に生きたかった私。

 

「…………満足なんて、できてない。もっと空を飛びたい。美味しいご飯だって食べたい! もっといろんな景色を見ていきたい! ワガママだけど、こんなに罪にまみれてるけど! けど、それなら、私は生きなきゃ……生きて、あの子たちの魂を抱えて、私はあの子たちの分まで生きなきゃいけないんだ」

 

 フラッシュ。貴方の分まで。

 

「ごめんね。ありがとう……一緒に、行こう」

『うん。大丈夫。今の君なら、誰よりも強くて、誰よりも永く生きられる』

 

 その分だけ、刻み込まなければならない。

 命を消費した数だけ、本来生きれた時間の分だけ、足して、引き継いで、ずっと生きていく。

 たとえそれが、残酷な未来を見続けることになったとしても。

 

『寂しくないように、隣に居続けてあげるから』

 

 ──白い光が、私を導いてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モンスターが腐敗し、やがて大地に血肉を還すように。護竜(ガーディアン)は竜乳の肉体を凝固させ、結晶化して大地にエネルギーを還す。

 今のフラッシュは、まさにその結晶化した姿となっていた。

 

 透過し、中身が見えていた少女の胸元が、羽根の付いた皮膚で覆われ、隠されていた。どくんどくんと、小さくもしっかりと耳に届く心音。龍灯があったが故に無かった、命の鼓動が聞こえる。本来大地に還るはずの竜乳は、黒く染まった彼女を漂白し、かつての白い姿へと戻してゆく。唯一、残った左角だけがまだ黒いが、それでももうあの黒き邪気は感じられない。

 

「……アルマ、彼女は」

「……生きています。心音、脈拍、体温……全て、正常です」

「じゃあ、フラッシュは……」

「命を、与えたのだろう。でなければ、分からない」

 

 結晶に包まれたまま、ニ・スキは眠っていた。結晶から伸びた手や額を触るアルマは、目の前で起きた奇跡に驚愕しつつも、心の痛みは晴れぬままだった。ナタもまた、同じような気持ちだった。

 

「……彼女を、運ぼ────」

 

 ハンターが顔を上げた時、それは居た。

 いつの間にか。言葉にするなら、その通りでしかなかった。

 

 五十メートルは超えるであろう巨体。黒々しい鱗を纏った、翼を生やした龍。

 存在するだけで世界そのものに威圧感を与え、一目見れば「死」を直感──否、()()()()()。世界を見通す邪眼の持ち主にして、この世の頂点たる証の角を生やした存在。

 ハンターは見たことがあった。否、見覚えがあるにしても、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 黒龍ミラボレアスが、ハンターたちの前に鎮座していた。

 

 誰も言葉が出なかった。いつ、どうやって、ここに来たのか分からなかった。だが、目の前にいる。四つ足で立った姿で、赤い龍の瞳でこちらを捉えている。

 動いたら死ぬ。何か言葉を発しようとすることも、呼吸することさえも、かの龍の前では侮辱にあたる。それほどまでに緊張感が走り、全く身動きが取れない。ただ、思うことは一つ。「何をしに来たのか」。

 

 

 

『愚息が迷惑をかけた。後始末は、全てそこの女にさせろ』

 

 

 

 龍の唸り声。しかしそれは、人間の言葉のように聞こえた。

 ミラボレアスは前足をニ・スキの頭部に差し出すと、鉤爪の先を器用に使い、パキッと残った角をへし折った。唯一黒かったソレと、いつの間にかもう片方の前足で摘まんでいた、ハンターに切り落とされた角を持ち上げると、それは音もなく消滅した。

 

 ただ、それだけをして。ミラボレアスは翼をはためかせ、宙に浮いて飛び去っていった。その時の風圧が、ハンターたちを軽々と吹き飛ばしてしまったが、彼らは受け身を取ることも忘れたまま、茫然とかの龍が飛んで行く様を、見届けることしかできなかった。





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