白いドレスの少女モドキと、黒衣の幼きドラゴン娘
あれから一週間が経ち、その間にも様々な出来事があった。
老齢らしきミラボレアスが竜都から飛び去ってゆく姿に、スージャにいたギルド関係者らが全員泡を吹いて倒れそうになったり。角は両方折れてしまったものの、ニ・スキが元の姿で目覚めたり。戻ってきたモンスターたちが軒並み歴戦個体ばかりで、調査隊ハンターたちが総出で環境の調停を行ったり。アズズの祭事で出たナナイロカネが、千年ぶりに全部最高品質という超大当たりを引いたり。生産したアーティア武器が全部大ハズレで落胆したり。状況報告のため、事件の関係者全員がスージャに集まったり。
ニ・スキの研究室にあった造竜装置から、新たに人竜の少女が生まれたりもした。
「何故私が女子なのだ! しかも、こんな
恐らく、いいやもう確定で、ニ・スキを乗っ取ったあのミラボレアスが、幼女の姿になって生まれ直された。
ファビウス卿の胃は歴戦傷破壊された。
「火が吹けぬ……力も出ぬ! 何故こうも貧弱なヒトにならねばならぬ! おのれ父めぇ……!!」
見た目は十歳ほどの少女だった。クリーム色の肌に、黒い髪。黒い角と龍の翼、長い尻尾を生やし、邪気を纏……ま、纏っている赤い瞳。両手足はニ・スキと似て鱗と棘で覆われており、爪は鋭く鋭利だ。ぷんすかと怒りの表情がそのままデフォルトになっており、目はぎろりと吊り目。八重歯を剥きだしにして地団駄を踏む彼女の格好は、ぼろ布を二枚ほど重ねて巻いただけの、非常に男性の目に悪い格好だ。
どう見てもドラゴンなメスガキであった。だがこのメスガキ、ミラボレアスなのである。造竜装置から生まれながら、肉体が黒龍の呪いで侵食したのか、食欲も睡眠欲もある。そして人の言うことを聞かない。完全に
肝心の下手人は──考えたくはないが、可能性としてはあの老齢らしきミラボレアスだろう。
「駄目ですよ、オレイ。まだその身体に慣れていないんですから、激しく動いちゃ」
「その姉気取りな態度はやめろニ・スキ! はーなーせー!!」
「もー、暴れん坊さんですね」
人の言うことは。
ヒョイと持ち上げられたブラックメスガキドラゴンこと、オレイはジタバタと両手足を振って暴れる。その際、ベチッ! バキッ!! と決して軽くない打撃音が響くが、持ち上げた者が合成護竜人間なため、全然ダメージが入っていない。
『後始末はその女にさせろ』。あの戦いの最後、突如出現したミラボレアスからの勅命は、まさにこのことを指しているのだろう。愚息──元は男だったのかもしれない──の未来は、こうしてニ・スキに委ねられた。人型とはいえ、下手な子供より暴れん坊なミラボレアスなど、ハンターでも相手にはしたくなかった。
だが、ニ・スキはというとどこかノリ気で、しかも彼女に名前まで付けて同衾するつもり満々である。
「……なぁ、アルマ。アレは、脅威に見えるか?」
「いえ。仲睦まじい姉弟……あ、ごめんなさい。姉妹ですよね」
「貴様今性別を間違えただろう!? 聞こえているからな!」
「えっと、どっち? アンタ元は男っぽかったけど、今は女の子じゃん」
「待って欲しい! 竜は単為生殖可能な種だっている。ギギネブラがその例だ! すなわち女性らしい胸があるからといってその
「俺としてはあの造竜装置を調べ直したいんだが。モンスターの基本データさえあれば生み出すモンスターは編集可能なのか? 合成護竜なんてものが六つも例があるんだ。操作する方法さえ分かれば、人竜を量産することだッッッッッッ……!!!!」
「……一度エリックとヴェルナーは討伐した方がいいかもしれないな」
「ムキィーーーーッ!! 誰も聞いていないではないか!!」
アルマの表現も、ジェマの指摘も、エリックとヴェルナーとオリヴィアの漫才にも、オレイはキレ散らかすことしかできない。
そんな中、スージャの長である老婆、「耳の方」がやってきた。
「皆さん、お集まりのようね。それと」
「…………」
「フフ、そう取って食ったりはしないわ。良い子にしていれば、ね」
耳の方が来た途端、オレイがスンッと鎮まり、ニ・スキの後ろに隠れる。様子から見て、ただの人見知りというわけではないだろう。絶対に。
ハンター、アルマ、ジェマ、ナタたち鳥の隊。オリヴィア、エリック、ヴェルナーたち星の隊。ファビウス。タシン、ニ・スキ、オレイ。そして、耳の方。
合計十二名の大所帯は、一度スージャの家屋へと入り、話し合うこととなった。
事の顛末──ニ・スキの暴走、討伐作戦……その
「で、どうやってその……オレイを見つけたのさ」
「あの作戦があった翌日だな。近辺調査のために歩いていたら、見つけた」
「コイツ、ハンターの護衛もなしにほっつき歩いていてな……だが、おかげで人のシルエットが浮いた造竜装置を見つけられたよ。生まれたのが、まあ……な」
第一発見者のヴェルナーは興味無さそうに天井を見つめており、第二発見者のオリヴィアは、いつもの彼の様子に頭を抱えた。オレイはというと、若干額に青筋が浮かんでいるものの、耳の方が隣に座っているお陰で、また暴れ出すことは無かった。
「あの時、「後始末はそこの女にさせろ」と老齢の黒龍が命令していました。後始末というのは、やはりオレイのことでしょうか。それとも……」
「その認識で大丈夫よ。彼の声は、ここに居ても聞こえていたわ。生きている内にお目にかかったのは初めてだったけど、なかなかシブイお方だったわね」
「……み、耳の方は、かの黒龍とお知り合いで?」
「フフフ……」
当時、かの黒龍と直面していた者らは戦慄する。薄ら笑いを浮かべるだけの耳の方に、あのオレイですらガクガク震えていたからだ。ファビウスの質問も虚しく、またさらに竜人族の老婆に謎が増えた。
「時に、ニ・スキ」
「ひゅぇっ!? は、はい」
「貴方は「災い」を直接見たことがないのでしょう?」
全員がニ・スキを見る。一気に視線が集まったからか、狼狽えながらも彼女はぽつりと語った。
「…………その、通りです。竜都を滅ぼす「災い」は、私が眠りにつく前までは、まだ外郭で防衛ができていたタイミングでした」
不自然だったことはいくつもある。オレイ──かつてはミラボレアスだった存在が竜都を襲撃した時、何故それが「災い」ではなかったのか。禁忌を犯したシュレイドが、兵器諸共木端微塵になった中、何故竜都は禁忌の核心である龍灯が破壊されず、造竜装置も現存したままなのか。
「災い」とは、本当に黒龍ら禁忌の龍種たちが起こしたものなのか。
あるいは「災い」としてやってきた黒龍たちは、訳あって竜都を
結局、災いとはなんたるか。ニ・スキは知らずにいた。しかし、龍灯が破壊されずに残った理由。子孫たるオレイをゾ・シアに魔改造してもなお、赦された理由。思いつく点は少しだけあった。
「本当に多分、合っているかは分からないんですけど……」
竜都が生み出した
攻撃性はあるものの、それらは決してみだりに野生のモンスターや、環境を破壊しうるものではなかった。たった一つ、ゾ・シアを除いて。
護竜セクレトは人々に寄り添うものだった。護竜ドシャグマ、護竜リオレウス、護竜オドガロン亜種、護竜アンジャナフ亜種らは、街を守る監視者であった。
彼らが兵器たりうるといえばそうだ。しかし、竜都はそれらを攻撃兵器として転用はしなかったのだ。
「そもそも、護竜たちは竜乳の供給が無いと死ぬ生き物です。各エリアの守護者……今でいうところの環境の頂点ですね。彼ら以外は、安定供給できる竜都から離れようとしないでしょう。攻撃に転用しようと思えば、それだけ竜乳を大量消費しますし、無限に供給できるからといって、一日に百体や千体は産むことは不可能です」
「そうか。永久機関って無限にエネルギー使い放題、みたいなイメージがあるけど、実際は
「エリック、詳しく教えてくれ」
「例えば、一日100のエネルギーを使えるとするよ? 戦争とか、「災い」とかに直面した時、僕らが竜都側なら強い護竜を何十、何百体と産ませようとするはずだ。そんな瞬時にエネルギーを大量消費しようとすると、200とか300とかエネルギーが必要なわけだよ。けど、龍灯にそんな無茶できっこないだろう? 生体的とはいえあくまでアレは「装置」。人間やモンスターみたいに、「今日は修羅場だから150%のパワーで頑張るぞ!」なんてできっこないんだから」
「……俺の言いたいこと全部言いやがった」
なお、ゾ・シアに寄生されたり、ゴア・マガラの狂竜症などで、一日のエネルギー生成がマイナスに走ることはあり得る模様。やはりそう都合よくはいかないらしい。
龍灯に関しては、今の禁足地の環境こそが答えだろう。大地を錬龍脈が通り、龍灯が命と環境の循環を促している。おかげで人々に限らず、モンスターの多くもその恩恵を受け、生きている。
龍灯について研究を続けていたニ・スキは、こう推察していた。かつて、「新大陸」の環境システムにインスパイアされた先人たちが、それらを真似て、人工の大規模循環システムを造り上げた。竜乳という命の泉を張り、そこに人々も、モンスターも誘致するシステム。
いわば、禁足地とは「天地一体型の超大規模ビオトープ」だ。
たとえ滅びが待ち受けていようとも、龍灯がある限り、このビオトープには命が訪れ、去ってゆく。
護竜ですらも、新たな命として受け入れられ、やがて竜乳となって龍灯に還ってゆく。
これは、「計算された自然」である。
と、ニ・スキは語った。
「だから、壊す必要など……いえ、
だから、世界の頂点は許容した。
造り上げた一族が、贖罪として「守人」に転化したのも、もしかしたら赦された理由の一つになったのかもしれない。どのみち禁忌であることには、変わりなかったのだから。
「…………そう、か。我々は……守ることが、ちゃんと出来ていたのだな……」
「災い」より一千年、悪意から技術を守り続けたタシンは、手で顔を覆う。人らしく生きることも許されず、暗き世界で長く暮らしていた彼は、ようやく肩の荷を降ろせたように感じた。この役目は、決して無駄ではなかったのだと。
「タシンおじさん……」
「……大丈夫だ、ナタ。暗所で生きる必要が無くなったとはいえ、我々がこの役目を終える日はまだ来ていない。いずれ必要になった時、お前がこの呪縛を解放しなさい」
「……うん」
それでも、タシンは守人であった。同時に、ナタもその役目を、改めて噛みしめる。父のペンダントの責任。その重さを忘れないように。
「……おい待て。それだと、私がこの
そんなしめっぽい空気をぶち壊すオレイ。ニ・スキの膝の上で声を荒げるが、アルマが即座に反論した。
「えっと、貴方は龍灯を破壊しに、千年前に竜都を単身で襲撃したとお聞きしました。合ってますか?」
「あぁ。父も母も、一族も一切動きもしなかったから、私が彼奴らの禁忌を壊しに行ったのだ」
「先の考察が前提となりますが……裁定を下す必要がなかった龍灯を独断で壊しに行ったのが、貴方の過ちだと思います。護竜に魔改造され、千年間救済されることもなく、こうして少女の姿にされたのも、いわゆる禊というものではないのでしょうか?」
「…………」
オレイの心は傷口破壊された。
さらに日が経ち、豊穣期の朝。隔ての砂漠のベースキャンプにて。
ハンターが使っているテントの中から出てきたのは、二人の人竜。
白い少女は、縦線が目立つ厚手の白いニットパーカーを纏い、狩人が使うような大きめのバッグを下げていた。
「ジェマさん、ありがとうございます。それに、ハンターさんも」
「いいってことよ! これも、旅の餞別ってヤツだしね」
「新品の調理道具とナイフを入れておいた。大切に使ってくれ」
シルドのコットンで編まれたパーカーと、護竜ドシャグマの毛皮を使った籠手、龍の脚を隠すブーツを着たニ・スキは、二人にぺこりと礼をした。
その隣の黒い少女は、フンと顔を背けるだけだったが。
「こら、ちゃんとお礼を言いなさい」
「む…………似合う召物を作った礼だ。ほら」
ゲリョスの皮を伸ばして作ったドレスとベレー帽。さながらディアンドルのようにも見える格好となったオレイは、そっぽを向きながらも、自分らしい礼を述べた。手と脚は護竜リオレウスのものを採用しており、色以外はお揃いのように見える。
「これは、将来大変そうだねぇ」
「ニ・スキなら大丈夫だろう。しっかりとお姉さんを実行するはずだ」
「ニ・スキが姉など認めんぞ! 年齢的には私が上なんだからな!」
「と、言ってるけどどう?」
「手のかかる弟ですね」
見た目は完全に妹なのだが。
「それで、これからどこへ旅するつもりだ?」
ニ・スキとオレイ。二人が禁足地を出て旅をすると決めたのは、二日前のことだった。元よりニ・スキは旅がしたいという希望があった。しかし、存在が存在で、なおかつ彼女はいくつもの禁忌の技術の知識を保有している。彼女が造竜種であったことから、この問題はクリアされることは無かったのだが、つい最近になって、「古龍種」とギルドが認定したことにより、ようやく制約が外れたのだ。
第二の龍灯を製造した彼女は、「もう二度と造れはしないだろう」と言い、それに天才技術者のヴェルナーも言葉を合わせた。龍灯を造るための材料と、その
龍灯を心臓にしていた彼女だったが、今は血を通わせる、肉の心臓が胸にある。
ニ・スキという造竜種は討伐され、しかし古龍種として復活、逃走されたために、ハンターが立てた大規模討伐クエストは、失敗に終わったのだ。
「まず、空を飛んで油涌き谷へ向かおうと思います。あそこがどうなっているのか、じっくり見る時間はありませんでしたから。そこから、外郭を経由して、緋の森へ……その後は、ノープランです。オレイが行きたがっている西へ行くかもしれないし、もっと東に飛んでカムラの里へと行くかもしれません」
今日の昼ごはんを決めるかのように、逃走先を告げるニ・スキ。古龍種に認定されたことで
人と
そこに、ある契約を結んで。
「…………では、これを」
「あぁ。この通り、造竜種ニ・スキが遺した日記は、頂戴した」
「千年前の古代人の研究者の日記。これほどギルドにとって価値があるものは、他には無いでしょう」
「そうでしょう? ふふふっ」
「えぇ……フフフ」
「なぁ、そこの黒いの。これはどういう茶番なんだ? 素直に日記あげる代わりに逃がせと言えばいいではないか」
「……オレイさん。大人になると、ああいうやり取りも必要になるんだよ」
意思疎通故に可能であった契約。人類史上、人と竜との、記録に残る初めての契約になるのではないだろうか。
そんなことは至極どうでも良さそうなオレイは、ナタと一緒にそのやり取りを見ていた。
だが、これはオレイに必要なことでもあった。人型になったとはいえミラボレアス。遥かに弱体化し、ハッキリ言ってニ・スキよりも弱い存在になったところで、やはり禁忌は禁忌。さらにこんな美少女なのだ。本国や、闇を抱えた連中などに目を付けられれば、どのような命令が下るか。
それに加え、老齢らしきミラボレアスの勅命もある。ニ・スキの手から離れたその時、何が起こるか。ギルドは想像したくなかった。
なので、契約という体を張りつつ、ニ・スキにオレイを押し付けることとなった。
自ら
「なら、いつかまた会おう。もしかしたら、再会はすぐかもしれないが」
「二人とも、お元気で!」
「えぇ……いつか、私に編纂者資格の勉強を教えてください。それまで、旅してきます」
別れの時間になり、ニ・スキはオレイの手を引いた。振りほどかれると思っていた手は、意外なことに握り返され、彼女の顔は綻んだ。
踵を返し、ベースキャンプの入り口を歩んでゆく二人。それを、ハンターとアルマ、ナタが見送ってゆく。彼ら以外にも、後ろで腕を組むジェマ。しっかりと見届けようとするエリックと、オリヴィア、消えてしまった第二の龍灯を名残惜しそうにするヴェルナー。彼女たちの行く末に幸福を願うファビウス。そして、調査隊の皆。
「さあ、
「はい!」
ハンターの言葉と共に──白黒の翼が広がった。
「ニ・スキ」
古龍種。
彼女との契約により、本情報は現時点で禁足地調査隊のみ共有されるものとする。
「オレイ」
古龍種。
名の由来は、北風の神ボレアースに攫われた娘オーレイテュイア。
これにて、「白いドレスの少女モドキ」は完結となります。
当初は一話のみのネタ短編のつもりでしたが、結構な反応を頂き、無理やり続きを書いたところ、このような結末となりました。第二の龍灯の喪失から護竜セクレトによる蘇生までは、実はプロット通りだったりします。最後のメスガキについては完全に自然に生えてきました。
色々言われたことや、言いたいことは山ほどありますが、胸の中に留めておきます。
それでも「貸せ。俺がやる」という意思があれば、是非ともその手にペンかキーボードを取ってください。性癖の開示を待っております。俺もやったんだからさ
ここまで読了、感想、評価、ここすき、誤字報告、推薦等、誠にありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう。