[検閲済]おめでとう市民   作:兄弟は君を見ている


オリジナル現代/日常
タグ:ディストピア

女子学生が日常を過ごす話
短編一話




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自由の国へようこそ

 

 私は“自由”という言葉が苦手だ。

 

 自由という語感は勿論のこと、内包された言葉の意味も気に入らない。

 

 でも、実際に声に出すことはしない。

 

 

 

 

『我々は“自由”を尊重しております。この意見を発信するのは我々が選択した“自由”であり、誰かに強制された物では──』

 

 男の人の声が聞こえる。勿論、お父さんの声ではない。

 お父さんの声はもっとガラガラの水不足で、砂漠のような声なのだ。

 

 眠たい気分のまま、階段を降りる。

 リビングでは、テレビで朝の定例放送を見ていた姉が居た。

 そうか、男の人の声はこのテレビから聞こえていたのだ。

 

「んー、おはよ」

 

「おはよう。相変わらず寝癖すごいねー?」 

 

 面白い珍獣を見たかのような表情の姉。私は思わず頭に手を伸ばす。

 なるほど確かに、髪の毛の半分が逆立っているのが分かる。

 

「顔洗ってきなよ、朝食作っておくから」

 

「うん……ありがと」

 

『また、この意見を聞くのも聴衆の個々人が選択した“自由”であり、決して“自由”を侵害する物では──』

 

 洗面器に向かう途中まで、テレビの声が届いていた。

 

 

 

 顔を洗いさっぱりした気分で戻ってくると、丁度テーブルに朝食を並べているところだった。

 

「いただきます」

 

「うん。めしあがれー」

 

 席に座り、手を合わせてから食べ始める。

 

 姉と私。無言で食べ続けるが、別に姉と仲が悪いわけではない。

 どちらもあまり干渉しないだけで、何か疑問があれば言葉を交わす程度。

 ……決して仲が悪いわけではないと、私は信じている。

 

 まあ、両親でさえ似た様な感じなので、これが我が家の普通とも言える。

 

 

 

 朝食を食べた後、私は通学の支度をしなければならない。

 パジャマ姿で太陽の下を歩く人はいないからだ。

 

 白いワイシャツを着て、学校の制服の袖に腕を通す。

 この制服は学校が販売している物だが、買うことを強制されてるわけではない。

 

 ただ、殆どの学生は制服を着ているので、制服でないことが少数派になってしまう。

 学校では一人だけ周囲から浮いてしまい悪目立ちする。そういうのは好きではない。だから着るのだ。

 

 それに、もう一つ理由がある。

 

 制服に身を包めば生まれ変わったように、今とは異なる人生を歩んだ私になれるから。

 実際は制服を着た私と着ていない私、どちらも同じ私だが、大切なのは気持ちの問題だ。

 

 私の苦手な“自由”に染まった私。それが制服に包まれた私。

 そう考えていれば、家の外も少しは楽しくなる気がするから。

 

 

 

 

「あ、おはようございます」

 

「おう、おはようさん」

 

 玄関を出ると隣に住んでいるお爺さんが居た。ちょうどゴミ袋を出しに行く所のようだ。

 

「気をつけてな」

 

 お爺さんはそこそこ好きだ。

 なぜなら、周りの大人のように自由を押し付けてこないから。

 

 

 

 

 

 いつも七番発の通学バスに乗っている。

 

 早足のサラリーマンや談笑しながら横並びで道を塞ぐ若者を横目に、青色のバスに乗車した。

 

 無表情の車掌さんに軽く挨拶をして、席の奥の方へ座る。

 返事は当然返ってこないが、別に期待してやってるわけじゃない。

 

 座席に座ってしばらく窓の外を眺めて時間を潰していると、発車時刻が近いのかダバダバと忙しない乗客が増える。

 私の隣には、今日は小太りのおばさんが座った。

 

『ご乗車ありがとうございます。このバスはフリーダム・七番ライン、中央区行きです』

 

 公共機関を一度でも利用したことのある人なら、聞き覚えのある女性の声でアナウンスが流れる。

 

 アナウンスで思い出した。実は私、将来の夢がまだ決まっていない。

 数少ない友人や先生方から聞いた話では、殆どの学生はもう将来の人生設計を決めているんだとか。私のように将来について明確なビジョンを持っていない子は少ないらしい。

 

 進路支援の先生からは「急がなくても構いません。貴方の“自由”な選択を尊重しています」と言われた。

 時々相談の機会を設けてくれるし、私にどのような選択肢があるのか分かりやすい資料も貰える。決して、急かされている感覚は無い。

 唯一の敵は、私の心の中にある焦りだけ。

 

 でも、なんとなくわかるのだ。大人が私たち子供に望んでいることが。

 

 未来への道幅を狭め、荊棘を道に敷き詰めて、道を照らす灯りを消す。そして、一つの整備された道、“自由”へと誘導している。

 そう思えてならないのだ。

 

 何を言ったか忘れてしまったが、以前、なりたい職業があると先生に伝えた。

 その職業に本当に就きたいわけではなかった。面倒くさい試し行為のような……選択肢を確かめるための、冗談。

 

 でも、先生はその一瞬、瞳の中に嫌悪感を見せた。それは今まで見たことのない感情だった。

 その時私は焦って、公務員と迷っているとも告げた。

 私の父は公務員だから、父の背中を追ってみたい。そう言い訳を付け加えて。

 

 すると今度は上機嫌になった。先生は聡明な私を誇らしく思い、そして迷っている愚かな私を諭すような口調で、公務員に就くことが正しいと推奨したのだ。

 だから、それ以降私はとりあえずこのアナウンスの仕事に就きたいと言っている。

 父の次に身近にある公務員の仕事でもあるし、万が一就職してしまっても何も考えずに済みそうだから。

 

『お客様方の“自由”を保護するため、また車内事故防止の観点から、つり革、セーフティバンドのご利用をお願いします』

 

 まただ。思わず顔を顰めそうになる。

 

 ああ、そうだ、それはそれとしてセーフティバンドを忘れていた。

 アナウンスに従い、手すりに備え付けられた器具を両手首に繋げる。

 

 

 バスは、ゆっくりと発車した。

 


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