走って掴めよ新世紀   作:筆折ルマンド

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0.妻が未来で待っている

 

 2004年(11年前)

 箱根 地下第2実験場

 

 装甲の無い皮の剥かれたグロテスクな人体模型にも似た巨大ロボットが鎮座している格納庫。

 

 大勢の人が忙しなく行き来している。

 

 その頭上、壁からせり出した観測所のガラス面に小さな手がぺたぺたと張り付いた。

 

「んー」

 

 ガラス板が白く濁り、ピンク色のほっぺたがガラス窓に張り付いた。

 小さな少年が下の景色を覗き込んでいたのだ。

 

 世紀の実験が行われる直前、

 実験場の現場、観測室を問わず白衣を着た名だたる研究者が集う中、

 

 1人だけ場違いなほどごく普通の子供が、巨大な人体模型『エヴァンゲリオン初号機』とソレに繋がる無数のパイプ、そして忙しなく歩き回る人の動きを面白そうに見ていた。

 

「なぜここに子供がいる」

 

 壮年の男が眉をひそめた。

 

「碇所長の息子さんですわ」

 

 壮年の男──冬月コウゾウがやれやれと頭を振った。

 

 呆れたな、妻の実験の当日。この厳戒態勢の中息子を連れてくるとは。

 いくら所長とはいえ、非常識な。

 

「碇、ここは託児所じゃないんだぞ。今日は大事な実験の日なんだ」

 

 冬月コウゾウの言葉に、碇ゲンドウはバツが悪そうにして言葉を濁す。

 その表情で瞬時に冬月は理解した。子供を連れてきた主犯がゲンドウではないことを。そしてソレが愉快だった。

 師である自身をアゴで使う立場になったこの男が、その実、妻には全く頭が上がらないことに。

 

「その──『ごめんなさい、冬月先生。私が連れてきたんです』

 

 通信機越しに響いた声。

 発したのはエヴァ初号機のダイレクトエントリー(直接起動)実験の準備中のプラグスーツ(感応増幅スーツ)を着た女性。

 翼の形をした適合促進外骨格に観測装置を取り付けている最中の碇ユイが答えた。

 

「ユイ君、今日は君の実験なんだぞ」

 

『だからなんです』

 

 碇ユイが笑みを浮かべ、碇シンジへ手を振った。

 碇シンジはニコニコと笑い、ブンブンと手を振ってそれに答えた。

 

『この子には人類の明るい未来を見せておきたいんです』

 

 はしゃぐ息子ともども実験が失敗するとは微塵も思っていない屈託の無い笑み。

 冬月コウゾウはまるで科学館の館長にでもなった気分だった。

 

 ため息をつく。

 

『──まったく、仕方がないな』

 

 冬月コウゾウは数年前まで教職に就いていた男である。

 子供が嫌いという訳ではないのだ。

 

 ◇

 

 エヴァ初号機が仰向けに倒されていく。

 

 エヴァの腹部の赤い球体『コア』が露わになる。

 

 白金の翼状の外骨格に吊り下げられ、白いプラグスーツに身を包んだ碇ユイがゆっくりと降下していく。

 

 エヴァンゲリオンのコアに直に接触し干渉を試みる『ダイレクトエントリー実験』

 

 科学者たちが見守る中、実験が始まった。

 

 

 

 その結末は神のみぞ知る

 といった所だろう。

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 轟々と鳴り響くアラート

 

 踊るDangerの文字列

 重度危険域

 

 計測器はことごとくエラーを吐き、ただ異常事態が起きたことしか知らせない。

 

 ──何が起こった!? 

 

 ──脳波心音、共に停止! 

 

 ──被験者生命反応ありません!! 

 

 ──回路切断! 

 

 ──実験中止だ!! 

 

 急いで引き上げられる機材。

 

 プッツリと途切れた配線の先、

 確かにソコに居たはずの碇ユイの姿は、

 影も形も残っていなかった。

 

 

「ユイ!!」

 

 

 実験は、

 碇ユイ博士がエヴァのコアに取り込まれ、失踪する結末に終わった。

 

 

 ◇

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

 コポコポ

 と水音が響いている。

 

 ぼんやりとした光と肌に触れる液体の感触。

 

 

 ここはどこ? 

 ワタシは誰? 

 

 

 ワタシは──

『人造人間エヴァンゲリオン』

 

 人類がアダムを参考にして作った

 人のカタチをした兵器。

 

 だけど、エヴァンゲリオン(ワタシ)

 

 確かに

 人のカタチをしていて、

 知性(頭脳)があって、

 心臓(コア)があって、

 ワタシは自分の存在を認識している。

 

 

 それでも()()()は人では無いの? 

 

 

 本当に機械なら、

 ワタシはどうしてこんなにも苦しいの? 

 

 生きていないはずなのに、息苦しい。

 胸がひとりでに張り裂けてしまいそう。

 

 

 けれど、ワタシの胸には何も入っていない。

 

 この胸にポッカリと空いた空白。

 

 あるべき場所に虚空が広がっている感覚。

 

 

 

 ──痛い──

 

 

リリン(人類)

 知恵の実を持つリリスの子

 有限の生命と引き換えに、他者を持つ者

 

 ワタシはその一員ではないの? 

 ワタシには自分以外に誰もいない。

 

 生命は親を持つ

 

 けれどワタシに肉親は存在しない。

 

 

 

 ──何故──

 

 

 

 あぁ……ッ!! 

 

 

 ──痛い!! 

 

 

 この胸の中には

 

 何も無いのに

 

 無いからこそ痛い!! 

 

 

 

 これは──

 

 ──何──ッ!? 

 

 

 

 骨格が剥き出しの──正しく人形の中身そのものの様な姿をしたエヴァンゲリオンを、

 そっと誰かが抱きしめた。

 

「それは『寂しい』という感情よ」

 

 

 

 ──誰? 

 

 ヒト? 

 

 ワタシ? 

 でも違う

 

 貴女は誰? 

 

 

 エヴァを抱きしめた女性が微笑んだ。

 

「これから生まれ変わる、いいえ、『()()()()()()()()』貴女にとっては些細な事だけど──そうね。()()貴女のオリジナルと言った所かしら。

 リリスのそっくりさん。

 貴女は産まれ方が特殊だったから、心の種になる魂が足りていないの」

 

 

 なら、どうしたらその魂は手に入るの? 

 

 貴女を取り込んでこの心の隙間に詰め込んで、穴を埋めてしまえば、寂しくなくなるの? 

 

 

「うふふ、それじゃあ貴女は一人ぼっちのままよ?」

 

 

 なら、ワタシはどうすればいいの? 

 

 

「自分の心を育てるの」

 

 

 育てる? 

 

 

「そう、貴女自身が心の隙間を埋めていくの。私の魂のカケラと身体のカタチ。ソレを貴女にあげる」

 

 

 女性が『人のカタチをした物体(エヴァンゲリオン)』の身体を撫でるごとに剥き出しの骨と肉に皮膚が張られ、

 頭を撫でれば髪が伸び、

 ツンツンと顔をつつくごとに

 目玉が、鼻が、口が

 人の姿を着込む様に、空っぽの器(エヴァンゲリオン)

 1人の人間へと生まれ変わる。

 

 最後に女性が頭を撫でると、そこには小さな子供がいた。

 

「──まだ寂しい」

 

 幼女が自分の薄い胸に手を当ててスネたように言った。

 

 その様子に女性が笑う。

 

 ──今はまだ心の空洞が全てが埋まるわけではないけれど──

 

 ──私のあげた魂のカケラは──

 ──貴女の心の種になる──

 

 ──外の世界で貴女は多くの人たちと出会い、触れ合い、別れを繰り返す──

 

 ──その思い出が栄養になって──

 

 ──心の種は芽吹いて、いずれ貴女自身の魂になる──

 

 ──そうしたら──

 

 ──きっと貴女の心は満たされる──

 

 

「本当?」

 

 

 ──ええ、お母さんは嘘をつかないわ──

 

 

「お母さん、って何?」

 

 

 ──最初に貴女に産まれて欲しいと願った人のことよ──

 

 

 世界が明滅している。

 

 誰かが人を呼ぶ声が、エヴァンゲリオンの中の精神世界にこだましている。

 

 ◇

 

 ダイレクトエントリーの事故から半年。

 NERVでは碇ユイのエヴァ初号機からのサルベージ(分離救出)が試みられていた。

 

「EP2式サルベージ作業、最終フェーズに移行」

 

「自我境界パルスへの信号伝達、エヴァからの拒絶ありません」

 

「依然、反応微弱」

 

「出力を上げろ、全波形域を全方位で照射」

 

「出力増強、エヴァに接続したエントリープラグ内に有機物の析出を検出」

 

「まだだ。完全にサルベージが終わるまではパルス信号を送り続けろ」

 

「はい」

 

 ──帰ってきてくれ、ユイ──

 

 ◇

 

 ──うふふ、お父さんが呼んでいるわ──

 

「お父さん?」

 

 クスクスと女性がイタズラっぽく笑う。

 

 ──お母さんには勝てない人のことよ──

 

 ──外でサングラスをかけたカッコよくて可愛い人に会ったら2つだけ伝えてほしい事があるの──

 

「──何を、言えばいいの?」

 

 ──1つは貴女の名前──

 

 ──もう1つは──、──

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 作業工程が完了し、しんと静まりかえった測定室に研究員の報告の声が響く。

 

「エントリープラグ内の有機物質の析出。質量変動無くなりました」

 

「電磁波モニターでは五体満足である事が確認できます」

 

「……ですが、成人女性の質量には足りません。サイズ的に肉体年齢は5歳前後かと」

 

「構わない。冬月先生、私はエントリープラグ前へ行きます。頃合いを見てプラグを排出してください」

 

「了解した」

 

 妻との再会を心待ちにしていた男が部屋を飛び出していく。

 所長の肩書きをかなぐり捨てた情けなくも一途な男の背中だ。

 

 

「ユイ君は本当に帰って来たのだろうか」

 

 

『私は人類が存在した証を永遠に残したいんです』

 昔、聞いた碇ユイの夢を、今更ながら思い出して冬月コウゾウは嫌な予感に身を震わせた。

 

 ◇

 

 碇ゲンドウがエヴァ初号機の背面に立つ。

 

 頭上のガラスから冬月コウゾウが手を上げるのが見えた。

 

 碇ゲンドウが頷くと共にエントリープラグが排出された。

 

 はやる気持ちのままに、ゲンドウが手動操作で扉を開ける。

 

 エヴァのコックピットに乗っているのは裸体の幼女。背後から見た頭は水色に変色していた。

 

 どんな姿でも構わない。

 見た目がどうなろうと私の妻はユイただ1人だ。

 

 用意していたタオルケットで幼女を包み、そっとその肩をゆする。

 

「ユイ、起きてくれ。ユイ……!」

 

 幼女が薄らと目を開けた。

 

 人前では仏頂面の男が今だけは溢れんばかりの笑みを浮かべる。

 

「ユイ!」

 

 サングラスのカッコよくて……可愛い? 人。

 

 幼女が口を開く。

 

「──お父さん」

 

 ヒュッ

 と碇ゲンドウが息を呑んだ。

 

 顔立ちは碇ユイと同質なのは、夫の矜持として見分けている。

 

 だが、表情が違う。

 

 碇ユイの持つ底知れない知性と自分を眺める時に見せる猫を可愛がるような甘い視線。

 

 ソレが無い。

 

 幼女の見せる表情は無だ。

 産まれたばかりの赤ん坊のような無垢。

 

「ユイではないのか? お前の名前は?」

 

「ワタシの──名前──碇レイ」

 

 

「──レイ」

 

 

 ────

 ──

 

 刹那

 碇ゲンドウの脳裏をよぎる。

 妻との思い出。

 

 

 ユイに頼まれて、

 子供の名前を三日三晩考えた。

 

 

『この子の名前、決めてくれた?』

 

「ああ、男ならシンジ、女ならレイ」

 

『シンジ、レイ。良い名前ね』

 

 妻が受け入れてくれて良かった。

 

 ────

 ──

 

 その名前は自分と妻だけが知っている名前だ。

 

 産まれた子は男。

 碇シンジになった。

 

『レイ』

 その名前は聞くことは無いと思っていた。

 

「お母さんが、お父さんに伝えてって」

 

「──ユイは何と言っていた」

 

「『未来で待ってる』って」

 

「未来」

 

 それだけ言って、幼女が脱力する。

 慌てて抱きかかえた碇ゲンドウの腕の中で幼女はスゥスゥと安らかな寝息を立てている。

 

 

 

「『未来で待ってる』……。未来が来るまでは会えない。会うつもりはないと言う事か……ユイ」

 

 

『人類の未来』

 

 それはとてつもない難題。

 人類史が3周しても成されなかった大業。

 

 だがそれでも、

 

 愛した女に踊らされるのも男の甲斐性。

 

「それがユイの望みだと言うのなら、私はそれに応えよう」

 




アニメ版ゲンドウ
何故ユイが帰ってきてくれないのか分からない…ッ!!
ユイに会いたい!!
こうなったら全ての魂が一つになる時にユイの魂とも会えるはずだから、人類補完計画を実行してやる!!

*冬月「ユイくん、不死身になるのが夢と言っていたからからわざとエヴァから出て来ないんだろうが、碇が面白いから黙っていよう(愉悦部)」



新劇版ゲンドウ
ネブカドネザルの鍵(ループ世界の記録)
そうか…そうだったのか…
ユイの本当の望みが…
この世界の歪みが…
全て分かる…
エヴァンゲリオンを終わらせる…
それが、ユイの願い…

*冬月「ユイくんに頼まれたから、付き合ってやるか。
…暇つぶしだが、兵器開発というのは面白いな。
元教師としてヴィレと戦うのも楽しいな。
碇だけ優遇するのもフェアじゃないし、マリくんにも手を貸してやるか」



本作ゲンドウ
『未来で待ってる』つまり
敵を全員、ぶっ飛ばせば大手を振ってユイを迎えに行けるってことだな
よし、頑張るぞ

*冬月「碇が随分と面白い方向へ弾けたが、まぁ面白いから付き合ってやるか」

『冬月先生の性格がロックなのは仕様です』

タイトル変更しました(通算3回目)
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