走って掴めよ新世紀   作:筆折ルマンド

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3.除け者女子会

 

 ──エヴァに乗る──

 

 私が特別である事を証明するために。

 

 ◇

 

『アスカちゃん、私の可愛い娘……』

 

 ママに抱きしめてもらうのが好きだった。

 

『アスカちゃんは特別なの』

 

 ママの手は子供の体温に比べると、うんと低くていつも冷たかった。

 でも暖房の効いた家の中で、温まった顔にはそのヒンヤリとした感触が気持ち良くて、ママに撫でてもらうのが好きだった。

 

『だからママの期待を裏切らないで。アスカちゃんが誰よりも優秀なことを証明して』

 

「うん!」

 

 だってソレがママの夢だもの。

 

 ママと約束したんだもの。

 

 

 ──エヴァに乗る──

 

 エヴァに乗れるのは特別な事だから。

 

 ドイツでたった1人のエヴァパイロット

 

 世界でもたった3人しかいないエヴァパイロット

 

 まだ3機しかないエヴァ

 

 でも零号機と初号機はただの試作品

 

 プロトタイプとテストタイプ

 ソイツらはあくまでも技術試験機と運用実験機。

 

 だからアタシの2号機こそが

 

 本物の

 

 最初の

 

 正規実用型のエヴァンゲリオン

 

 本物のエヴァパイロットはアタシ1人だけ。

 

 世界でたった1人なの。

 

 これ以上に無いぐらい、アタシは特別。

 

 そうでしょ? 

 

 凄いでしょ? 

 

 ねぇ、────! 

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 ◇

 

 ミサトの青いルノーが軽快に走る幹線道路。

 お昼すぎ、いまだ太陽は天高く、ギラギラと照りつける日の光が道路に蜃気楼を作っている。

 

 極寒のドイツとは真逆の気候。

 常夏の日本のうだるような暑さは、それはそれで外を出歩く気力を奪う。

 

 それにしたって、今、ミサトが車を走らせている道路には他の車も人の気配も皆無。

 ミサトは気持ち良さそうに車をかっ飛ばしている。

 

 ま、当たり前ね

 

 さっきまで巨大ロボットと怪獣がプロレスしてたんだし。

 真っ当な感性を持つ人間なら避難して当然。

 

 ──アタシは逃げ遅れた訳だけど。

 

 仕方ないでしょ、初めて来た場所なんだから。

 

 そんな些事より、こんないたいけな美少女をエスコートしてくれるナイスガイが居なかったのが運の尽きだったわ。

 日本の男は甲斐性無しばっかりで嫌になるわね。

 

 あ、そういや、1人2人蹴っ飛ばしたんだっけ? 

 

 ま、ソイツらはノーカン、アプローチの仕方が下品なのが悪いんだもの。

 加持さんならもっとスマートにアタシを連れてってくれたはずよ。

 

「アスカ、外、気になるかしら?」

 

 外をボーっと眺めていたらミサトが話かけてきた。

 

「別にー、なんとなく見てるだけ」

 

「そう──。アスカ、今日はごめんなさい。貴女をこんな目に合わせてしまって、あたしの不注意だったわ」

 

「気にしてないわよ。ミサトもアタシも軍人として最悪を想定しきれてなかったってだけ」

 

 手をヒラヒラと振る。

『運が悪かった』

 それだけのことだもの、目くじらを立てるような事じゃない。

 

「そう言ってもらえると、助かるわ」

 

 窓の外を眺めていると、大音量のサイレンと共に、使徒迎撃用の火砲を搭載した兵装ビルが地面に収納されていくのが見えた。

 次いで、収納されていた一般用途のビル群が続々と生えてくる。

 

「使徒迎撃専用要塞都市『第3新東京市』ね」

 

 第二使徒『リリス』を地下に封印し、他の使徒との接触を断つ天の岩戸。

 

 人類存続のための唯一無二の砦。

 

 汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンはその番人。

 

「あのビル、役に立つの?」

 アタシがコンコンと窓を指で叩く。

 指差したのは、さっき引っ込んでいった兵装ビルの埋まる地面。

 

「第3新東京市の主目的はエヴァが全力で動いても壊れない床。あと撤退経路。正直言って兵装ビルは目眩しのオマケね」

 

 ◇

 

 22枚の特殊装甲によってジオフロントを守る防壁は、そのまま鉄筋コンクリートのように補強された頑強な床となる。

 そうでない地面は、エヴァにとってはぬかるんだ道と同じ。いざと言う時の踏ん張りが効かないために機動力が低下してしまうのだ。

 

 ◇

 

「ふーん、その割に、今回の迎撃は使徒が都市部に入る前に仕掛けたみたいだけど?」

 

 そのせいで私は死にかけたのですが? 

 って副音声が聞こえるようで耳が痛いわねぇ

 

「お手製のバトルフィールドは修繕費が高いのよ。再建に時間もかかるし、これから使徒がどのくらいの間隔(スパン)で来るかも分からないから、出来るだけ設備を損耗させたくなかったのよ、司令は」

 

「あっそ、次は逃げ遅れないように気をつけるわ」

 

「次なんて無いわよー。マジであたしのクビが飛ぶから、そんな事は絶対させないっての」

 

「そ、期待しておくわね」

 

 ◇

 

 NERV中央総合病院

 第1特別病棟

 

 コツコツと靴の音がよく響く人のいない病院の廊下。

 

 

 付き添いはミサト1人か。

 

 

 アタシと一緒で休暇扱いだし、仕事は丸々ほっぽり出した状態だから逆に今からクビ突っ込んでも邪魔なだけ。

 アタシともども蚊帳の外ってわけね。

 

「怪我の調子は?」

 

「擦り傷って言ったでしょ。見た目は派手だけどなんて事は無いわ」

 

 砂や小石で作られた細かい擦り傷や内出血。ソレらに看護師がベタベタと貼り付けた包帯やら絆創膏は、数日たてば剥がせてる程度の代物だ。

 身体に跡も残らないだろう。

 

 それなのに、見た目ばっかり厳つくて、いかにも『怪我人です』といった人の同情を引く見た目は正直、気に入らない。

 

「そう、良かったわ」

 アタシの頭を撫でようとするミサトの手をアタシは反射的にはたき落とす。

 

「その生暖かい目、ムカつくから止めて。同情なんてごめんなのよ」

 

「──そう、ごめんなさい」

 

 ミサトの表情は憐憫。

 表情まで隠せるような器用な女じゃないものね

 

 イラっと来たけど、八つ当たりだからやめておく。

 

 ◇

 

 機能性とコストの両立を求めた画一的なリノリウム材質の通路。

 空気まで固まっているようなのっぺりとした白は、清潔感よりも閉塞感を想起させる。

 

 アタシが診察を受けた下の階は、避難中の些細な怪我やら一般の診察やらでガヤガヤと騒がしかったけど、今いる上層階はほとんど人が居ない。

 いわゆるvipルーム。

 

 けれど、そのせいでなおさら殺風景で味気ない。

 

 エヴァ初号機のパイロットはアタシより怪我なんてしていないけど、念のため病院で診察を受けているらしい。

 

「エヴァの初の実戦だし、エヴァの戦闘が人体にどういう影響を与えるのかのデータ取りって所かしら。シンジくんも大変ね」

 

「わざわざ病院で診察するなんて手厚いのね」

 

「そりゃあアスカと同じエヴァパイロットですもの」

 

 アタシは下の階の普通の診察室だったけどね。

 

 ◇

 

 カラカラと遠くからスライドドアが動く音がした。

 静かすぎて、雑音すら筒抜けだ。

 

 奥の部屋から人が出てきた。

 

 病室の番号は、受付で聞いたサードチルドレンの部屋と同じ。

 

 出てきたのはアタシたちと同じ2人連れ。

 

 片方は長身で厳つい髭面にサングラスをかけた黒スーツの男。

 

 NERV総司令

 サードの父親

『碇ゲンドウ』

 

 もう1人はアタシと同じぐらいの女の子。

 

 水色の髪にショートカット。

 表情の薄そうな真顔。

 

 うーわ、ビックリするぐらいレポートの写真まんまだわ。

 

『綾波レイ』

 ファーストチルドレン

 技術試験機『エヴァ零号機』のパイロット

 

 機体そのものが悪いのか、本人が悪いのか知らないけど、サードに比べればぜんぜん話を聞かないわね。

 

「碇司令よ、挨拶するわ」

「了解」

 そっと口裏を合わせる。

 

「碇司令」

 

「葛城三佐か」

 

「この度は大変申し訳ありませんでした」

 

 ミサトが深々と頭を下げた。

 

「問題ない。休養は権利だ。だが、エヴァパイロットの保護の観点に大きな問題があったのも事実。以後この様な事が無いように気をつけたまえ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 事務的な会話ね。

 ザ・大人って感じ

 

「惣流・アスカ・ラングレー」

 

「はい」

 

「今回はすまなかった。以後、この様な事が無いように気をつけよう」

 

「いえ、私もエヴァパイロットとして危機管理意識が甘かったと反省しています」

 

「そうか。では気をつけてくれたまえ。──もし不安な点があれば、近くの大人に相談してくれ。私でも構わない。ソレに応えるのも大人の役目だ」

 

「はい、そうさせていただきます」

 心遣いだけ受け取っておくわ。

 他人に弱みなんて見せる訳無いでしょ。

 

「──司令はシンジくんのお見舞いに?」

 

「レイの付き添いだ。私は後でも良かったんだが」

 

「碇くんは頑張った。だから、お疲れ様って言いたかった」

 

「そう、シンジくん。喜んだでしょ」

 

「はい。この調子ならこれからも余裕だって」

 

 ──む

 

 いくら司令の息子で一番手だからって調子乗ったコト言ってくれるわね。

 

「別に司令の息子さんに頼らなくたって、この! 正式量産タイプ1号機パイロットであるアタシが! 使徒なんか全部やっつけてやるわよっ!」

 

「アスカっ」

 

「──健闘を期待する。だが、私の息子は手強いぞ」

 

「相手にとって不足ありません」

 

 司令は愉快そうに頬を緩め、対照的にファーストチルドレンは無表情な顔をムスッとほんのり顰めっ面になっていた。

 

 文句があるなら言い返してみなさいよ

 

 アタシの言葉がカンに触ったのかジトっとした目を向けてきたけど、何も言ってこなかった。

 アタシが睨みつけるとプイッと目を逸らされてしまった。

 

 何よ、陰気な奴。

 

 ◇

 

「司令とサードチルドレンが親子なのは知ってるけど、サードとファーストとはどういう関係なの? もしかして恋人とか? 職場恋愛的な?」

 

「やーね、そんなのじゃないわよ。レイは母方の親戚なのよ。家も隣だし。ま、兄妹みたいなものね」

 

「何よソレ、NERVって家族経営の中小企業じゃないわよね?」

 

「一応、ほぼ公然とはいえNERVは秘密組織だから。末端職員に親戚や知り合いを起用するのは割とよくある事なのよ。まあ、レイの場合は初号機と零号機の設計データが似てる分、初号機パイロットの血縁者の方が、シンクロ率とかもろもろの都合が良かったって話らしいけど」

 

「ふーん」

 

「それじゃあたしたちもお見舞いしましょ。そのために来たんだし?」

 

「顔を見るだけよ。アタシは知り合いでもなんでも無いんだし」

 

「同じエヴァパイロットなんだから、これから仲良くなればいいわ」

 

「そうね」

 無理に決まってるでしょ。

 

 アタシとソイツはエヴァパイロットとしての立場を奪い合う敵。

 ライバルなんだから。

 

 ◇

 

 カラカラと音を立てて扉を開く。

 

 開けた瞬間に香る花の香り。

 

 微かにアルコールの匂いの漂っていた廊下とは全く違う。

 

 サードチルドレンの1人部屋の病室の腰丈の棚の上に飾られた花束は、花も大きくて数も多い豪華な奴。

 その隣には果物の入ったバスケット。

 

 サクサクとリンゴを剥くナイフの音。

 

 もう一歩踏み込んでカーテンをめくるとそこには、手慣れた様子でリンゴのウサギを作っているサードチルドレンが居た。

 

 中性的な美形がアンニュイな顔でリンゴを剥いているだけだけど、まるで一枚の絵画みたいだ。

 

 

 綺麗

 

 

 ──なーに考えてんのよアタシ

 

 

「……誰?」

 

 リンゴを剥く手を止めてサードチルドレンがコッチを向いた。

 

 おっとりとした優男に相応しい、声変わりもすませていないボーイソプラノ

 

 あえてズカズカと詰め寄り、バッと手を差し出す。

 

「惣流・アスカ・ラングレー、セカンドチルドレンよ。よろしく」

 

 モタモタとリンゴとナイフを置いて、サードが手を握り返してきた。

 

「よろしく──お願いします。碇シンジです」

 

 すこーし握る手を強めてやると、困惑しながらも握り返してきた。

 

 もう少しグッと力を込めてみる

 

 アタシの手の力に合わせてサードも握る力を強めてきた。

 

 へー

 

「あの、何?」

 

 そこそこ力を込めてるけど、サードはまだ涼しい顔で握り返してくる。

 

「アスカ、シンジくんが困ってるわよ」

 

「はーい」

 

 パッと手を離してやる。

 

 アタシの手を握っていた自分の手を見て目をぱちくりとさせているサードはまるでリスの様だ。

 

「ちゃんと手、洗いなさいよ」

 

「え? ──あ、そうだね」

 

 ジョークの類に対する頭の回転はあまり良くなさそうね。

 

 なんというか雰囲気が一般人の域を出てないわね。こんなカカシがエヴァパイロットなんて、これならまだファーストの方がソレらしい。

 

 

「ハーイ、シンジくん、調子はどうかしら?」

 

「ミサトさん。お休みだったのに運が悪かったですね」

 

「こればっかりはしゃーないわ。ま、その分、1番面倒な書類作成がスルー出来るからソレでチャラね

 それでシンジくんは?」

 

「問題ありませんよ。怪我してませんから」

 

「そう、良かったわ」

 

 ミサトが売店で買ったレジ袋の中からスポーツドリンクを取り出して手渡す。

 

「ま、お見舞いの品といっても色々貰ってるだろうし、とりあえず今日はこんなので勘弁して」

 

「ありがとうございます。大丈夫ですよ。そもそもお見舞いされるような事じゃないですから」

 

「そうそう、アタシの方がまだ怪我してるわよ」

 

 サードがギョッとした顔をする

 何よ、そんな驚かなくてもいいじゃない。

 

「──ごめん。僕のせいで惣流さんには怪我をさせちゃって」

 

「気にするんじゃないわよ。ただの擦り傷だし、軽口ぐらい流せるようにしないと疲れるわよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 ◇

 

 ミサトとサードの会話もそこそこに、アタシたちは病院を出た。

 

「さてと。予約してたディナーはキャンセルになっちゃったし、ファミレスも今日はもうやってないわよねぇ。アスカはどうしたいかしら?」

 

「別に、アタシはもう本部で荷解きしても良いんだけど」

 

「あら、言ってなかったかしら」

 

「何を?」

 

「アスカはアタシんちの隣の部屋に住んでもらうことになったから」

 

「へー、どこ?」

 

「コンフォート17っていうNERV持ちの第3新東京市の郊外にあるマンションよ。なんと3LDK。広いわよ〜」

 

「え」

 

「何よー、不満?」

 

「いや別に構いやしないけど、本部に居た方が対応しやすいんじゃないの?」

 

「あたしはよく分かってないけど、エヴァはメンタルが戦闘能力に直結するデリケートな兵器だから、エヴァパイロットには出来るだけ負担の少ない環境を与えてあげようって話らしいわ」

 

「ふーん、日本のNERV本部って甘いのね」

 

「人道主義と言ってほしいわね」

 

「その結果どうなったと思ってんのよ」

 

 ミサトが苦ーい顔をする。

 

「ソレを言われると何も言い返せないわ。でも、エヴァの求められているのは対応速度じゃなくて最大出力。ドイツとは運用思想の違いと受け入れてちょうだい」

 

 ドイツ支部・ユーロ空軍じゃアタシは大の大人と混じって身体を鍛えていた。

 

『行動は迅速に、武装は手持ちでどうにかする』

 

 そういう考え方を叩き込まれているアタシからすれば、

『とにかく1番強いのでドーン』なんて本部の考え方はぬるま湯にしか思えない。

 いつも準備万端なんて、そんなの普通に考えてあり得ないんだから。

 

 ま、いざとなればアタシがどうにかしてやれば良いか。

 そっちの方がアタシの偉大さも喧伝出来るだろうしね。

 

「分かったわ、アンタらの人道主義って奴に乗っかってあげる。せいぜい甘やかしてよね」

 

「モチのロンよ、未成年への福利厚生だけは一丁前なのが日本の自慢だもの。存分に頼ってちょうだいね」

 

「了解よ。じゃ、とりあえず夕飯を買いに行かない? スーパーマーケットぐらいやってるでしょ」

 

「スーパーはどうかしら、コンビニならなんとか」

 

「じゃあコンビニでもいいから、パーッと好きもの買わせてよ。日本のお弁当って美味しいらしいじゃない」

 

「それは保証するわ。なにせほぼ毎日コンビニ弁当食べてるあたしが飽きない程度には美味しいから」

 

「ソレ、自慢になってないわよ」

 

 ジト目のアタシに、ミサトはカラカラと笑っていた。

 

「あ、そうだ。豪華なディナーはダメになっちゃったけど、せめてあたしのウチで歓迎会させてくれないかしら?」

 

「ま、いいわよ」

 

 ミサトの家ねぇ

 車好きってのは聞いてるから、そう言う雑誌でも集めてたりするのかしら? 

 

 ◇

 

 コンフォート17

 11-A-22号室

 葛城家

 

「さ、上がって上がって」

 

 アタシを自分の家に案内して早々、ミサトは廊下を抜けてリビングへ向かう。

 

「ふーん、ま、普通って感──じ……」

 

 アタシがリビングに入った頃には、ミサトは神速で冷蔵庫から取り出したビール缶を開けてゴッキュゴッキュと豪快に飲んでいた。

 

「かーっ! やっぱ家に帰ったらビールよねぇ。アスカも、コーラ買ってあるでしょ? 好きに飲んでちょうだい」

 

 ミサトのお気楽な性格は知っていたけども、家に帰ってからのオンオフの切り替えが早すぎる。

 

 そしてそんな事がどーでも良くなる点が一つ

 

 

 

「何よコレ……」

 

 

 

「え?」

 

「酒臭いし、汚い!」

 

「うぐっ!!」

 

 リビングの中央にあるテーブル周辺は辛うじて綺麗なものの、ソレ以外が壊滅的に汚い。

 

 リビングの3分の1を占拠し屹立する

 ビール缶の入ったゴミ袋の山と、

 弁当箱とお菓子の袋の詰まったゴミ袋の山。

 

 中央のテーブル以外の腰丈の戸棚の上にはズラリと並んだ空の一升瓶の群れ。

 

 そして、棚に仕舞うのが面倒という理由でそのまま入れ物にされたのであろう服がはみ出たダンボール箱の数々。

 

「いやー、はは。ちょ〜っち、ゴミ捨てやりそびれちゃってね」

 

「これがちょっちぃ〜?」

 

 人の腰ぐらいありそうなデカいゴミ袋の山脈を指差す。

 いったい何週間ゴミを捨てなければ、こんな有様になると言うのか

 

「ミサト、アタシがっかりだわ。ミサトがこんな自堕落な女だったなんて」

 

「うぐぐっ」

 

「よくもこんな部屋で『歓迎会だー』なんて言えたものね」

 

「め、面目次第もございません」

 

「アタシ嫌よ、こんな部屋で夕飯なんて! これなら、自分のダンボール箱の囲まれた部屋の方が100倍マシだわ!」

 

「ごもっともです、はい」

 

 ◇

 

 マンション渡り廊下

 

「それで、ここがアタシの家で、

 隣がファーストチルドレンの綾波レイさんの家、

 その隣がサードチルドレンの碇シンジくんの家、

 アスカの家はその隣」

 

「アタシの家はミサトの家の隣じゃなかったの?」

 

「同じ階だし、お隣みたいなもんでしょ」

 

「適当ねー」

 

 一部屋が大きいから、隣と言うにはだいぶ遠いと思うんだけど、まぁ、いいわ

 

「で、ミサト、アタシの家のカギは?」

 

「え、自分で持ってるんじゃないの?」

 

「家の場所すら知らなかったんだから、カギなんか持ってるわけ無いじゃない」

 

「それもそうね」

 

「──カギ無いじゃない」

 

「……そうね」

 

 沈黙

 何もかも噛み合わないったらないわね

 

「ミサト、車出して。ったく、どっちみち本部に戻るしかなかったじゃない」

 

「あ──」

 

「何よ、疲れたから車出したくないの?」

 

「いや、その、お酒飲んじゃったから流石に飲酒運転はちょっちね……」

 

「……あ。ミサトぉ、帰っていきなりお酒なんか飲むから」

 

「場を和ませたかったのよぉ、色々と悪いことしちゃったし、パーッとやって浮世の辛さを忘れたかったの!」

 

「後半がメインでしょーが!」

 

「ぐっ、バレたか」

 

「バレバレよ」

 

 ◇

 

 あーだこーだと廊下で話しているアスカたち

 その後ろに迫る人影

 

 

「あの」

 

 

「あん?」

 

「なによ」

 

 アタシとミサトが振り返ると、そこには学生服を着た碇シンジがいた。

 

 ◇

 

「廊下でそんなに言い争ってどうしたんですか?」

 

「あ、シンジくん、おかえりなさい。言い争いってほどじゃないんだけどね」

 

 たっははー

 とミサトが空元気と丸わかりのオーバーリアクションで頭をかく。

 

「アスカの部屋のカギがNERVに置いたまんまだったのに今、気付いたんだけど、あたしもお酒飲んじゃって取り行けないし、どうしよっかなーって」

 

「保安諜報部の人に持ってきてもらえばいいんじゃないですか?」

 

 ちょうどアタシも言おうとしてた正論をサードが叩きつける。

 

「……あ──」

 

「まーだ何かあんのミサト」

 

 ミサトが指先をちょんちょんと合わせてしみったれた顔をする。

 

「アスカと保安諜報部に迷惑かけたばっかりなのに、諜報部の人に使いっ走りさせるのは、流石に不義理すぎてちょっとあたしからは言えないんだわ……」

 

「──じゃあ、僕が電話しますよ」

 

「ごめんねぇ──」

 

 しおらしいミサトの姿にアスカが可哀想なものを観る目を向ける。

 

「──ミサトがこんな情けない大人だとは思わなかったわ」

 

「人間、やる事なす事全部上手くいかない最悪の日があるものなのよぅ」

 

 ◇

 

 碇シンジ宅

 

 

 ピンポーン

 家のチャイムが鳴る

 

 パタパタと足音を立ててシンジが玄関へ赴く。

 

「はーい」

 

 玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは、お鍋を持った綾波レイ。

 

「綾波」

 

「お味噌汁、作ってきた。検査で疲れてると思って」

 

「ありがとう、綾波。さ、上がって」

 

「うん」

 

 レイがミトンでお鍋をしっかり握り、こぼさないように廊下をゆっくりと歩いていくと、テレビの音にしてはヤケに騒がしい声がリビングから聞こえてきた。

 

 シンジにドアを開けて貰うと、

 そこにはテーブルの上にコンビニで買ったおかずがズラリと並んでいて、ミサトとアスカが家の主人そっちのけでお喋りをしていた。

 

「あら、レイじゃない。いらっしゃ〜い」

 

「ファーストも来たんだ。ま、別にどうでもいいけど」

 

 ゆるく手を上げたミサトと

 頬杖をつきながら唐揚げをつまむアスカ

 

 

 ──何故? 

 

「どうして葛城三佐とセカンドチルドレンが碇くんの家にいるの?」

 

「まぁ、その、成り行きで」

 

「アタシの引越し祝い兼、サードの戦勝祝いよ」

 

 胸に広がる嫌な気持ち

 それと同時にもっと派手な料理を作るべきだったと後悔。

 

 2人で食べるつもりだったからお味噌汁にしていた。人に見せるならもう少し見栄えのする料理にしておけば良かった。

 

「綾波、お鍋はコンロに置いて」

 

「……ええ」

 

 少し恥ずかしい気持ちになりながら碇くんにお鍋を預ける。

 

「わ、ワカメと豆腐のお味噌汁だ。贅沢だね」

 

「──そう、なら良かった」

 

 シンジにそう言ってもらえてホッとしたレイの後ろで、聞き耳を立てていたミサトが手を上げる。

 

「ワカメ入りのお味噌汁、あたしにも一杯くれないかしら〜」

 

「いいですけど……。綾波も、いいよね?」

 

「──ええ、構わないわ」

 

 本当は碇くんに最初に飲んでもらいたかったのに。

 と内心、思いながらもシンジがミサトに手渡されるお椀をレイが眺めている。

 

 ワカメ? 

 聞いた事の無い食材である。

 ミサトがわざわざ名指しする具材とはなんなのか

 アスカも少し興味を持ってミサトの持つお椀を見る。

 

 レイとアスカの視線を気にも止めず、ミサトが味噌汁をすする。

 

「ッあ〜、美味しいわぁ、海藻のお出汁がよく出てる。酒飲みにこの味噌汁は効くわぁ〜」

 

 感嘆符に満ちた賛辞。

 そこまで褒められては嫌な気もしないもの。

 

「というかこのワカメ、分厚いわね。もしかして生?」

 

「ナオコさんが出資してる海洋研究所の株主優待品です」

 

「凄いわ、超高級品じゃない」

 

 もぐもぐとミサトが口に運ぶ謎のほうれん草の様な何かに、アスカも興味を引かれて、目で追ってしまっている。

 

「何よミサト。そんな喜んで。ワカメ? だっけ? そんな凄いもんなの?」

 

「アスカ知らないの?」

 

「知らないわ」

 

 そりゃあそうよねぇ、としみじみとしたミサトの顔に、アスカを軽く(ピキ)らせる

 

「ワカメは海の食べ物よ。海で育つ野菜みたいなものね。セカンドインパクト前じゃ普通の食べ物だったけど、セカンドインパクト後に海で生き物が育たなくなったせいで、値段が100倍にも跳ね上がって今じゃ高級食材」

 

「へー、そんな凄いの。よく手に入れられたわね」

 

「ナオコさんが送ってくれたの」

 

「ナオコさん?」

 

「2人の保護者であたしの友達の赤城リツコ博士のお母さん。今は化粧品メーカーでブイブイ言わせてるみたいよ」

 

「なんで化粧品?」

 

 アスカの言葉にミサトはニヤリと笑う。

 

「ふふふ、ワカメはね、──美容に良いのよ」

 

「──マジ?」

 

「マジよ」

 

 ゴクリとアスカが唾を呑む。

 

「昔はね、男も女も美容と言えば、ワカメを食べてたものなのよ」

 

「へー……。──ファ……。綾波さん、アタシにも一杯いただけないかしら」

 

 アスカの猫なで声

 

 ポカンと呆気に取られるレイ。

 

 あまりの変わり身の速さ。

 美とはそこまで女性を狂わせるものなのか

 

「ダメなの?」

 

 女性としての情緒の成長が拙い綾波レイはいまだ理解していないが、けれど自分の料理が評価されるのに悪い気はしなかった。

 

「問題ないわ」

 

danke(ありがとう)!」

 

 よそわれた味噌汁にさっそく口をつけるアスカ

 

「ふーん、コレがワビサビって奴? しょっぱいけど、スッキリしてる。悪くないわ」

 

「そう」

 

「良かったね、綾波」

 

「ええ。碇くんも飲んでみてほしい」

 

「あ、そういえばそうだね」

 

 かくして、狙ったのか天然なのかは定かではないが、葛城三佐のおかげで場は和んだ。

 

 以後、アスカの過激な物言いは和らぎ、エヴァパイロット3人の初の会合はつつがなく進行していくのであった。

 





*タイトル変更しました。見てもらえるタイトルって難しい
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