朝起きたら女の子になっていた。
手を挙げると、目の前にある鏡に映る少女も同じく手を挙げる。
舌を出してみれば同じように舌を出す。
朝起きたら女の子になっていた。いや、考えるんだ俺。俺は男だ。今まで男として生きてきたんだ。そんなまさかいきなり女の子になるとかそんなことがあり得るわけないじゃないか。
適当にスマホでそれっぽいものを検索してみても、出てくるのはそういう創作物語。いかん、意味分からん。
俺はとうとう頭が狂ってしまったのだろうか。自分の姿が女の子に見えてしまうなんて相当疲れているようだ。やはり夏休みである今、健康に悪い生活を送っているとこんなことが起こってしまうのだな。
寝れば治るもんなのだろうか。……まったく治る気がしないな。
多分時間の経過と共に戻っているだろう。そのはずだ。そうであってくれ。
俺は高校生なので、家族と共に住んでいる、住まわせてもらっている。親からしてみれば、息子が女の子になっているとか信じられないし、発狂モノだろう。
問題は姉にバレた場合だ。あんな歩く災害にバレてしまったらどうなることか分からない。注意しておこう。
まあそんなすぐバレることは無いだろうから、ひとまず安心しておこう。心を休めるのを一番に優先すべきだ。
……もう一度鏡を見る。
少女だ。完璧な少女だ。美少女である。
一つ断っておこう、俺だってごくごく一般的な男子高校生だ。勿論そっち側への興味もある。
だからしょうがない。
……取り敢えず顔の横に手を寄せてダブルピース。
舌を出して目だけ上を向けば。
(できた)
──完璧なるアへ顔ダブルピース。
「えっ何してんの瑞希」
「……えっ」
聞きたくない声が聞こえてきた気がするんだが。
俺の平和な生活はここまでだったのですか。おぉ……神よ神よ。
……いやいや、まてよ。何でこの姉は俺の事を瑞希だと認識できたのだろうか。
今の俺は体ごと女の子に変わっているのだ、いきなりそんな俺だと分かるものなのだろうか。
「いや別に俺だってこんなんなるとやりたくなるんだよ。朝起きたらこうだったし……」
手を開いて今の俺の体を見せながらいう。開き直ることは大切だ。
「
「……???」
「じゃ」
?
冷静になろう。
ふむ、一度周りを見てみよう。
ぬいぐるみ。やけに少女趣味な洋服。女物の制服。
クローゼットの中には下着。勿論女物。
はは。
つまり?姉の言動を合わせると?
……俺って女だっけ?
◇
「瑞希、おはよう」
「……おはよう母さん」
「?母さん?」
「……お母さん」
あの後妙に女の子っぽい財布の中身を見てみれば、瑞希という名でしっかりと今の俺の写真が載った学生証があった。
どうやら俺はこの世界に、元から女だと認識されているらしい。
おうまいがぁ、俺が何をしたというのだろうか。不幸中の幸いなのは、今が夏休みという長期休みであったことだ。
この世界の学校でどのようなキャラなのかは知らないが、それは未来の俺に任せておこう。
もぐもぐ。母さんの作ってくれたトーストを食べながら今日の事を考える。
そう。問題は今日だ。
今日は俺が高校に入り唯一できた親友と遊びに行く予定だったのだ。
アイツから見たら俺はどうなっているのだろうか?しっかりと女の子として思われているのだろうか。
正直まったく遊ぶ気は起きないが、現状が気になるし、把握するのも合わせて行くべきだろう。
「かあさ……お母さん?今日ちょっと遊びに行ってくる」
「そう?じゃあお昼はいらないわね……もしかしたら夜も?」
「夜?なんで?」
「……遊びに行くって彼とでしょ?好きっていつも言ってるじゃない。そのままお泊りでも……」
「え」
お母様、今なんと仰いましたか。俺が?アイツの事を?いつも好きだと?
……いやいや。ないだろ。男だぞ男。男同士はノーセンキューですぜ。
「顔、赤いわよ?」
「うっさい!ご馳走様でした」
なんだか気恥ずかしかったのでさっさと自分の部屋に戻って支度をする。
ふと目に映るものがあった。机の上にある……日記だ。俺って日記を取るタイプだったか?疑問を感じないわけではないが、女の子な俺を知るためにも必要なことだ。決して邪な考えはないと誓おう。
一旦支度は後回しで今はこの日記を見てみよう。字から見て本当に俺が書いたのか怪しいのだが、俺は今女の子になっているのだ、そんなことがあってももうおかしくない。
──夏休みが始まった!高校に入って初めての夏休み。海に行ったり夏祭りに行ったり……は出来なさそうだけど、せめて充実した毎日を過ごしたい。……特にりっくんといっしょに……。
……。
(俺か?これ)
そうだ、一つ言っておこう。俺の親友は篠原陸というやつだ。俺がつけたあだ名でりっくんと呼んでいる。顔だけかっこいい奴。そのおかげでいつも女子たちからモテていて男子たちからはとても嫌われていた。
そんなやつなんだが。女の子な俺はアイツが好きだったと。……ひょえ。
まずいまずい、考えただけで心臓がバクバク鳴ってしまう。きっとあれだな、男同士が嫌すぎて体が拒否反応を起こしてるのだろう。
ますますアイツからどう思われているかが気になってしまう。
……さっさと支度をしなければな。うだうだしてたら予定の時間まで間に合わなくなるかもしれない。
と、まあ支度を済ませようかとも思ったのだが、どのような服で行けばよいのだろうか。
悩んでいると良さそうな服を見つけたのでいくつか手に取って見てみる。これぐらいならおかしくないか……?
夏場にしっかりと合った通気性の良さそうなコーデだ。俺としては着たこともないスカートを自分で選んでいたことに驚いたが、好奇心というものだろう。
「これならりっくん喜んでくれるかなぁ……?──って、は?え、何今の」
……。
怖い思考は頭の隅に置いて……置いたらダメな気もするが、考えたくないからしょうがない。無視だ無視。細かいところを気にしてもしょうがないしね。
とりあえず着替えよう。服の着方は全くとして知らなかったが、すらすらとまるで体が分かっているかのように着ることが出来た。体の記憶ってすごいね。
着れたということで姿見の前で笑顔を浮かべてみる。うーん、完璧な美少女だ。自分とは思えない。
髪は適当に梳かしていいだろう。
別にそんな気合を入れていく場所ではないのだから、多少は気にせずでも大丈夫だろう。
普段使っている大容量のバッグが何故か無かったので、掛けてあったポーチに財布を入れて準備万端。
服よし、財布よし、顔よし、よし出かけよう。
トントンと階段を下りていく。さっきも少し思っていたことだが、女の子になったお陰で周りがすべて大きく見えてしまう。男だった時の感覚で時々おかしくなりそうだ。
適当に母さんに断りを入れて、さっさと出かけるとしよう。今から行けば余裕で時間には間に合うはずだ。
「じゃあ、か……お母さん!行ってきます!」
「行ってらっしゃい。がんばってね?」
「……」
何がとは聞かないで置いた。
◇
電車から降りて俺の目的である集合場所へと向かう。
見たところ、まだアイツは来ていないようだ。
左腕を見る。……五十五分。集合場所には十時集合で、残り時間は五分ほどだ。
普段のアイツなら五分前行動どころか十五分前行動くらいはするのだが、何かあったのだろうか。どちらかというと何かあったのは俺の方なのだが。それも女の子になるとか人類史で見たこともないことだが。
まあまだ集合時刻にはなっていないし、遅刻ではない。そのうち来るだろう。
来るだろう、と心に思っておいた。
喉が渇いてきたので近くにある自販機で何か買うとしよう。家から飲み物を持ってきた方が良かったかもしれない。
……お、あった。幸いか自販機が近くにあったため辺りを見回すだけで見つけることが出来た。
とりあえず近くに向かいお金を入れた。そしてボタンをぽちー。お茶獲得なう。
よしじゃあ元の集合場所へと戻って──
「──あっ、すいません大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうござ……」
「……その、なにか?」
「……りっくんだよね?」
「……忘れてるかもしれないんですが、名前は?」
「瑞希だって」
「……え」
戻ろうと振り返った瞬間に人にぶつかってしまう不運。ぶつかった人がりっくんとかいう偶然。
りっくんが俺を知らないというショック。泣くよ?唯一の友達に知らないとか言われたら泣くよそりゃ。
「俺の知ってる瑞希は男なんですが」
……あ。そうだった俺今女の子なんだった。しかも学生証も全部女の子なんだった。
いや、待てよ?学生証が女だったし、家族も元から俺が女として認識していた。だとしたらりっくんも俺を女として認識していないとおかしくないか。
この世界でりっくんだけが俺を男だったと知っているのか?
打ち明けてみるか?
どんな反応をされるだろうか。
まあ。
『俺瑞希だって。朝起きたら女の子なってた。ぴえん。かなしい』
『え、まじで?』
『おう、まじで』
『……っふ。……ぷぷ』
『え?なんて?』
『お前朝起きたら女の子になってたからそんな恰好してんの?めちゃ楽しんでんじゃん。……はっもしかして元から願望が』
『黙れ』
こうなるだろう。脳内再生余裕すぎた。
つまりこのまま打ち明けるとりっくんにとっての俺は、女体化願望を持っていた男ということになるのだ。
それだけは勘弁である。俺、ノーマル、オーケー?
バレたらネタにしてされまくるだろう。真っ平御免である。やめてほしいね。
そうだ。この状況を利用してりっくんで楽しんでみよう。
りっくんは俺を男だと認識しているが、この世界では俺は女だと認識されている。これを利用するわけだ。
つまり俺が元から女の子のように振舞えば、りっくんは『自分がおかしいのではないか、瑞希は元から女だったのだ』と思うわけだ。
周りの人も俺を女だと認識してるし、俺が完璧に振舞えばバレる心配はない。
ふむ、面白い。決定で。
俺が男になるまでの辛抱として耐えてくれよりっくん。
「え?私女だけど?……今日のりっくんなんか変だよ?」
「……母さんの言葉」
「なに?聞こえないんだけど」
「……スマホ、トーク画面、アイコン」
「……怖いんだけど?」
「瑞希俺を殴ってくれ」
「りっくん!?」
ふ、ふふふ。完璧に戸惑っているようだ。結構結構。
それにしても自分の事を私と呼ぶのにあまり抵抗は感じなかった。これも体が覚えているということなんだろうか。
……いや、俺としてはあまり言いたくないのだが。
「ごめん、瑞希。俺は瑞希の事を男だと認識していた」
「……意味わかんない」
「……殴ってくれ」
「殴らないからね?」
何とも責任感の強い男だろうか。お前の思っていた友は今目の前に居るぞ。女の子になっているけど。今現在進行形で嘘つきまくってるけど。
……正直罪悪感がないわけではないが、俺は他人よりも自分を優先するからな、面白いから続けます。
罪悪感というか嫌悪感だろうか?なんか男だった時にはなかったのだけれど、りっくんの近くに居るだけで安心してしまう自分が居る。
女の子になって周りが一段と大きくなってしまったからな。りっくんなら俺を守ってくれるだろうという安心感だろう。
この安心感が続いてこれからもりっくんとずっと一緒に──……て待て待て。つられるな、惑わされるな。
……考えることにも順序があるしな。今はこの目の前に居る男の事に関してどうするか考えよう。
一旦健気な女の子を演じるために。
俯いて。小さな声で。
「……そんなことより。早く……りっくんとその、デート……したいなって」
「え」
顔を赤面させて俯いてしまったりっくん。いや、それ今の俺がするべき反応だから。何でお前が乙女みたいな反応してんの。
まぁ。
「……」
「……」
俺に言う権利はないけどな。普通に恥ずかしいって、これ。
……手遅れ?