夏休みが始まって少しが経った今日。
俺──篠原陸は目が覚めた。
今日の予定を考えると丁度あいつと遊びに行く予定が入っていた。
昨日の夜決めたことだった。夏休み暇だから一緒に遊ぼうぜのノリで今日になった。
布団の中から眠気に勝って起き上がり、洗面台へと向かって適当に寝ぐせなどを直していく。
直していく途中でふとあいつの事を思う。
変な出会い、だったと思う。
自己紹介の時間も終わって自由時間。各々が新しく友達を作るのに動き出す中、隣の席に居た瑞希だけは机にうつ伏せになっていた。
大丈夫、俺は理解があるから。気まずくて寝たふりをすることには酷く共感を覚えたので、勇気を振り絞り話すことにした。
しかし、いくら話しかけても反応が無かった。気になったので耳を立ててみた。
『……ずびび』
寝てた。普通に寝てた。俺の頑張った努力を全てに無駄にしやがった。
叩き起こしてやろうかとも思ったが、俺は常識人だ。初対面の奴にそんなことをするわけないだろう。
優しく揺さぶって起こしてやった。
しばらく続けているとようやく目を開いた。
また寝た。
俺は諦めた。
……次の日には普通に話かけることが出来たんだが。
話しかけてみるとやはりというかなんというか俺と同類側だった。下手に陽とかいうわけでもなく特段、陰なわけでもない普通。
そのおかげもあって入学してから一週間ほどで、ずっと一緒に居るような関係になった。
あいつ以外話す人が居なかったことが理由としては大きい。多分あいつもそうだろう。
意外と話は合うようで、ゲームや好きな女性のタイプなどを話し合ったりした。お陰で知りたくもないあいつの性癖もすべて知っている。
……黒髪ロング眼鏡清楚女子。ついつい言ってしまった。
そんな風な出会いがありつつもこの夏休みまでずっと関係を続けてきた。
まあまあ楽しかった。恋愛とは無縁の学校生活だったが、楽しく過ごせることが出来て良かった。
寝ぐせも直して顔も洗うと、ささっと部屋に戻り服を着る。
財布とスマホだけ持って外に出ようとした。
「……集合場所どこだっけ」
……ふむふむ、駅前にある広場か。
昨日のトーク画面を見ながら場所を確認していた俺だったが、強い違和感を覚えた。
まず瑞希のアイコンが変わっていた。昨日までは瑞希の好きな二次元キャラをアイコンにしていたはずなのだが、変わっている。
道路に二人の影が映った写真をアイコンに使っているようだった。片方は恐らく女でもう片方は男だ。
……なんだ匂わせか?
彼女も居ない俺への当てつけか?できたからって自慢してんのか?
一つ言うと俺はモテないわけではない。作らないだけだ。本当だ。多分。
ま、いいだろう。俺は寛大で優しい親友だ。許してやろう。
次にそのトーク内容が目にいった。というかこれにしか目がいかない。
『じゃあ集合場所あそこの広場でいいね?りっくんも遅れないでね?私も遅れないから』
……おかしい。言葉遣いがいつもとは違った。一人称だ。
いつもは俺と一緒で『俺』と言っていたはずだ。それはスマホでも変わりない。だからこそおかしいのだ。
問題はそれに続く文章であった。
『どこ行くか分かんないけど、りっくんはセンスも顔も良いもんね。明日が楽しみ♡』
「……誰ぇ?」
思っていたことがつい言葉として出てしまっていた。
え、誰ですか。ハートなんかつけちゃって、俺のこと褒めて。
……普段のあいつには信じられなかった。それに、昨日も俺はこのトーク画面を見ているはずだったのに、気付いたのは今さっきのことである。
妙だった。
しばらく考えることも放棄していた俺を再起動させたのは母さんの言葉だった。
「あんた瑞希ちゃんとうまくやってるの?」
「……?」
「好きなら好きってちゃんと言いなさいよ」
「……??」
「……瑞希ちゃんはあんなにアピールしてるっていうのに」
「……???」
意味不明だった。俺の記憶違いでなければ母さんは瑞希の事を『瑞希ちゃん』と言っていた。昨日は普通に『瑞希くん』だったはずなのにだ。
母さんの言うことが本当ならば、俺と瑞希でBL展開が繰り広げられているということなのだろうか。
攻めとか受けとかで『ちゃん』『くん』と変えているのだろうか?
……うぇ。朝から考えることではないな。
その後もグチグチグチグチ言葉を放ってきたが、俺の疑問は深まるばかりだった。あの親は何をやっているのだろう。自分の子供とその親友で掛け算でもしているのか。
考えることに夢中になっていたら出かけるはずの時間から十分ほど経っていた。
昨日瑞希に言われた通り、このままずっと考えて時間を潰していると遅れてしまう。
面倒くさいことは後回し。ということでさっさと駅前の広場へと向かおう。
◇
移動中は今日の予定を考えながら集合場所へ着いた。
普段十五分前行動を心掛けている俺だが、朝のイレギュラーで五分前になってしまった。
自分的には少しショックだが、まあ遅れてないし瑞希に怒られることは無いだろう。
どうやら、瑞希はまだここへ来てないらしい。
私も遅れないようにするとは何だったのか。俺は過激派だからな、集合時刻ピッタリは遅刻である。(異論は認める)
とはいえ、今俺に見える範囲でのことだ。少し周りを歩いていればそこらへんで見つかるかもしれない。
そうして歩こうとして──人にぶつかった。
しかも女の子である。さらに見た目JKである。もっと言えば陽の方っぽい。
終わった。今の時代、スマホで盗撮されてネットの海に晒され馬鹿にされるのだ。
「──あっ、すいません大丈夫ですか?」
謝罪の言葉はすぐ出た。下手に出て弱者と知らせることで慈悲をもらうのだ。
「……りっくんだよね?」
思考が止まった。今日思考止まり過ぎだろ。
目の前の子を観察する。
かわいい。JK。スカート。ふともも。最高。オデ、ウレシイ。
俺は馬鹿だ。脳が下半身に支配されてしまった。
そんなことを考える中、頭の隅ではこの少女をしっかりと分析していた。
ふむ、分からん。もしかしたら俺が忘れているだけなのかもしれないし、一度名前を聞いてみるとしよう。
「……名前は?」
「瑞希だって」
「……え」
改めて考えてみると俺の事をりっくんという奴は一人しか知らない。名前は瑞希とか言うんだが。
完璧に一致だ。目の前の少女も俺の事をりっくんと言い、名前も瑞希と言う。
ならば目の前の子は俺の親友の瑞希なのか……?
しかし矛盾が生まれてしまう。瑞希は男だ。何がとは言わないがついているのもしっかりと見たことがある。あれは間違いなく男であった。
けれども目の前に居る子は女の子だ。男っぽい女の子とかではない。完璧な女の子なのだ。
「俺の知ってる瑞希は男なんですが?」
些か疑問が残るものの、一応聞いてみた。
「え?私女だけど?……今日のりっくん何か変だよ?」
「……」
なるほど?実は親友は女の子だったと?
母さんの言葉を思い浮かべる。
──あんた瑞希ちゃんとうまくやってるの?
……ちゃん。
トーク画面。謎に言葉に『私』を使っている。
相手は俺を『りっくん』と呼んでいる。しかも昨日約束したように今日ここへ来ている。
この事実から導き出される答えは一つ。
【悲報】俺氏パラレルワールド来てしまった。
どうやらこの世界では俺の親友は女の子らしい。
何故俺がこの世界に迷い込んでしまったのか不思議でたまらない。
……いや待てよ?俺だけ別の世界に来るとか不平等すぎないか?
他に誰か近しい者も存在しているのでは?
……軽くジャブでも打ってみるか。
「ごめん、瑞希。俺は瑞希の事を男だと認識していた」
「……意味わかんない」
多少考える仕草はあったものの、どちらとも言い難かった。
もしかしたら俺の言葉にショックを受けたりしていたのかもしれない。
……もしこれで違ったら申し訳なさすぎるんだが。
「……殴ってくれ」
そういうと瑞希は焦りながら断ってきた。
間違いなく男の瑞希だったら遠慮せずに殴ってきた。
ふむ……違いそうだ。
「早く……りっくんとその、デート……したいなって」
はっ。圧倒的美少女力に思考力が飛んでしまった。
もしかしてだが。
──……瑞希ちゃんはあんなにアピールしてるっていうのに
そういうことなのか?
この世界にいた俺は何をやっているのだろうか。
こんな美少女が居るのに気付かずに鈍感キャラクターをやっていたのだろうか。
真正面からそんなこと言われると恥ずかしいことこの上ない。この世界の俺を尊敬してしまう。
◇
あれから適当に辺りを回ることにした。
本来俺の居るべき立場ではないのだろうが、この体も一応俺の体な訳だ。ちょっとぐらい使わせてもらっても問題はないだろう。お前にだけいい思いはさせないぞ。
隣を歩く瑞希は完璧な美少女だ。まさに俺のタイプの女の子を再現したかのように。
周りの人からの視線が痛い。だが気持ちいい。隣を歩いているのは俺なのだ。
そしてなんと言ったらよいのか、この瑞希は俺の事を好いているらしい。
決して非モテの自意識過剰ではない。
俺の目から見ても、顔をすぐに赤く染めるのが見えるのだ。これで気づかない方がおかしいと思うほどに。
俺の記憶の瑞希の面影は少しあるものの、それでもこの瑞希はまるで別人の様だった。
男のアイツならここまで顔に表情を出すこともないだろう。男と女の体の違いとかそういう感じなのだろうか。
しかし……おかしい。
いくら親友が完璧どタイプな美少女になっていても、俺の記憶では昨日までは男の親友だったはずなのだ。
それなのに瑞希の行動一つ一つから目が離せなくなってしまっている。
心は冷静なのに体は冷静ではないような、ちぐはぐな感じがどうにも気持ち悪い。
しっかりだと俺の中では目の前の瑞希も男だと認識することが出来ている。が、体はなぜか瑞希に反応してしまっている。特に心臓のあたりがバクバクとうるさくなっている。
……まるでこの体が女の子の瑞希に恋をしているような。そのような錯覚を覚えた。
「……」
「りっくんはさ……好きな人とか居るの?」
一人で考えに更けていると、瑞希のほうから話を振ってきた。
流石に無言で歩くのは気まずくなったりするのだろう。無言だったことについて申し訳ない気持ちも抱きながら、答えを返す。
そういっても特に気になってる人も好きな人も居ないわけだが。
「……特に?」
「でも強いて言うなら──」
「……言うなら?」
「──瑞希、かな」
「ふぇ」
あれ、勝手に言葉が出てしまった。俺としては全然言う気はなかったはずだ。
やはりこの体はどこか異常だ。瑞希を相手にすると時々だがこのようなことが起きてしまう。
……俺の言葉の所為なのか、顔を真っ赤にして俯く瑞希と気まずそうに顔を背ける俺の構図が出来てしまった。
瑞希が頑張って話題を出してくれたというのに、またしても無言になってしまった。
「……冗談に決まってるじゃん」
俺は言葉選びを間違えたらしい。瑞希の顔に微かだが怒りの気持ちが見えた。
こいつ俺のこと好きすぎか?
「ファミレスでも行かない?」
別にお腹が空いているわけでもないが、時間を潰すためには食事をするのが一番だ。
瑞希も賛成してくれるようで、俺の提案通りにファミレスに行くことになった。
それにしても。
朝起きたら違う世界に居て、その世界では親友が女の子になっているとか。
まったくもって意味不明なんだが。
一話で終わらす気が、長くなってしまった……