不遇水魔法使いの禁忌術式サーシャと死に戻りの時計 作:何処にでもある
昔話と約束の大切さを叩き込みます。
「よし、魂の波みっけ」
(あると知ってればこっちのもんだよ!一日どころかローンと戦って帰ってから2時間で見つけてやったわ!)
サーシャの才覚の昂りが止まらない中、遂にと言う程の時間も経たずに魂の出す波の観測と干渉に成功した。
字面は凄そうではあるが、前世に例えると脳の特定位置を刺激すれば右手が動く事を見つけた程度だ。
此処から具体的に脳のどこに電子信号を送ればどう身体が動くかの検証になるからな。難易度が段違いになる。
「……思いの外、トントンと進むな」
「情報が揃ってればこうなるよ。どこかに有るのはみんな知ってたし、それが五次元空間に有るのが分かっただけ。此処から波長の操作をする魔法を作らないと、会話は出来ない」
「……こんなにも近いというのに存外難しいな、MMとの会話は」
「魂だけの存在との安全な会話はね。肉体を明け渡せば簡単だし、新しい肉体を用意してそっちに移すのも有りだ」
「そちらは神の奇跡の分野だな。魔法では不可能だ」
「その通り。蘇生は呪われた魔法でしか出来ないけど、回復や手足を生やすのは奇跡の方。純粋な高みに至らなきゃ無理」
「ままならんな」
「或いは…外道の考えだけど、赤ん坊を急速に育てて使い捨てるとか…真っ当な手段じゃなければ手はあるんだよねぇ」
「……するなよ」
「しないよ、そんなセンスのないことは。私は真っ向勝負の方が好きなの」
(あー、決闘とか出来る実力さえあれば、私もそっちの道を歩んだのに…魔法は好きだけど、研究も好きかって言われたら…身体を動かす方が好きなんだよねぇ)
地下室でうだうだな空気を出しつつも、その手はしっかりと観測結果を書き連ねている。
すっかり学園の生活…或いは研究だけをする日々に慣れきったみたいだ。
「戦う才能よりもこうやって何かを解き明かして利用する方が向いてるからしてるってだけで、本当は魔法での戦闘の方が…戦闘よりも魔法で遊んでる方が良い。研究と開発は3番目だよ」
…ふぅ。
制服の上に白衣を着て、錬金学の時に作ったタイプライターを打って研究結果を記録しつつ、一息つく時に紅茶を飲む。
仮に1ヶ月前までただの変わり者の村人だと言っても、この姿を見れば信じる人は居ないな。
研究内容も相まって、魔法の根幹を解き明かす麗人そのものだ。
「……3番目にしては、随分と板に付いてるが」
「…訂正、4番目だ。研究してる分野が偶然、魔法と魂に関してただけで、私としては語学や神学みたいな既存の物を発展させる方が好きだよ。誰も歩いてない道より、誰かが築き上げた道を歩きたい」
「それにしては全力だな?」
「やるからには全力でやらなきゃ損でしょ?これも魔法だからね。魔法なら頑張らなきゃだ」
「……お前にとっての魔法はなんだ?」
(おや…踏み込んで来るなんて珍しい…良い機会だしちゃんと話してみようか)
打ち込んでいた手の動きを止めて、カーリーの方を見る。
ダンジョンで出会って早くも15日、半月はこの地下室に宿泊させていた相手だ。
これまでは研究に付き合っては偶にダンジョンに戻っていくのを繰り返していた為、プライベートな事はお互い全然だ。
良い機会であるのは間違いないだろう。
「そうだね…不可能を可能にする力であり、家族との絆の証明かな」
「……絆?」
「私は捨て子だった」
「…………」
サーシャが過去話を切り出して、相手を聞かせる姿勢にした。
サーシャの過去か…ゲームではそこまでは進めてないんだよな。
終盤に明かされるらしいけど、あからさまなネタバレは避けたし。
「16年前。場所は王都。当時は大工長だったおじいちゃんが、時計塔を建設している最中に、近くの川から流れて来たのが私だった」
「その川の上流は貴族街に繋がっててね。そこから流れて来た私は、きっと高貴な血が流れているんだって、幼い私が寝る前によく言っていたのを覚えてる」
「……愛されて育ったのか」
「どうだろうね」
サーシャは首を横に振った。
「16年前の王都は他国からの貴族狩りの全盛期だった。王国の持つ力を削ぎ、その固有魔法を自国のものにする。『幻覚』による速攻の暗殺技術が培われて、今もその戦法が主流なくらいには、みんなが暗闇に包まれた王国で殺し合っていた」
「そんな中で、側にいればまとめて死にかねない赤子を育てるのに、純粋な善意だけだとは思えないかな」
(今にして思えば、MMにする為に殺してるんだよね。なんで此処だけぼかして教えたのやら…)
「……では、何故お前は此処にいる」
「さーね?固有魔法が目覚めるまでは四属性のいずれかを持つ。しかしMMにすれば四属性から覚醒するまでもなく固有魔法を扱える…今は水魔法でも、王国貴種の可能性がある限り目覚める可能性は捨てられない…」
「それなのに大工長の立場も何もかもを捨てて辺境の村に隠れ住む…本当に不思議だよねぇ…」
(正直おじいちゃんの考えは分かんないんだよなぁ。魔法の修行も付けてくれたけど、自分も使い慣れてないみたいだったし。殆ど独学で修めたけど…禁忌の魔法だけは使い慣れてる魔法を教えるノリであんな魔法を使い慣れるってどんな状況?)
さぁ…?ストーリーに登場するのは知ってるけど、サーシャを一人で育てた人以上は俺も知らない。
ネットの反応でシュタインズゲート呼ばわりはされてたから、何かやらかしてるのは間違いない。
「だからまぁ、きっと打算混じりだよ。引き取る時に何かあって、私を育てた。でも、少なくとも私にとって過ごした時間は間違いなく宝だ。その時間を大部分占める魔法を、全力でやらないのは気分じゃない」
サーシャはそう言って、紅茶を飲む。
その語りがこの過去のない学園でどれだけ珍しいのか、俺にも検討付かないものだが、この貴重な話はカーリーには良いものに映ったみたいだった。
「……そうか。ここでは理由なくそうある者が殆どだ。だが、お前は確かな信念を持って打ち込んでるんだな」
「珍しい話ではないけどね。少なくともこのこの学園では私みたいな人は沢山居る。魔力が沢山ある、魔法が好き、生みの親の顔も知らない。記憶を無くしただけで、そうなった経緯はみんなちゃんと持ってるよ」
「どうだかな。昔は私も同じ考えだったが、今はこれが何かを代償にして手に入った物とは思えない。きっと中には私みたいに、ただ強いだけの怪物は大量にいるさ」
カーリーは手に持った剣を持ち、その刀身を見る。
肉と骨で作られた刃に、ぎょろりと周囲を見る目。
言葉を発する事もなく、虚に周囲を窺うだけの生きた剣。
自分の過去を忘れた上で持っているのに気づいたのなら、これほど嫌な予感を感じさせる物はないだろう。
「入学した当時に自分の持った武器を見て、自分に恐怖したんだ。この剣の使い方を忘れたのが怖くなって、深淵に潜った」
「卒業すれば思い出すらしいけど、その辺りは?」
「…卒業自体は怖くないな。昔の私になるなら、今の私が怖がる理由なんてない。怖いのは、これで守りたいものに刃を向けてしまうことだ」
「守りたいもの?」
サーシャの頭に疑問符が浮かぶ。随分と曖昧なものが出て来たと思いつつ、続きを催促した。
「どう見たって普通の剣ではない。それなら、使い方一つで狂気に呑まれるかも知れない。戦いに身を投じなかった時、この剣と向き合わなかった時、知ることから逃げた時、一寸先も見えない過去が私を蝕む可能性を考えた時、誰かと共に居る事が怖くなった」
「そうしてまで守りたいものは?」
「さぁ、忘れてしまったな。覚えていたのは一つの約束だけ。「大切な人を守れ」と、誰かと交わした約束だけだ」
カーリーはそこまで言うと、はっとした顔で目を逸らす。
つられて喋りすぎたと考えてるのが丸わかりの反応だった。
「その言葉を絶対に守り通す為に、ずっと深淵で過ごしてた…あるじゃん。それは私よりもずっと強い信念がなければできない事だよ」
「……どうだろうな。結局は一年生の夢物語を聞いてブレてしまうような奴だ。誘惑に負ける奴が持つ信念なんて、そう大したものじゃない」
(ふむ…次の言葉は分岐点になりそうな気がする…変な予感だなぁ)
ゲームで本来なら攻略が後半で一気にやる物なのもあるのか、カーリーを絆すのは結構簡単だ。
現実としても、そもそも2年間孤独に過ごして来た相手だ。人肌には滅法弱い。
サーシャは立ち上がって、座っているカーリーに近付いて顔を上に上げる。
そして隠れていた前髪を指で流し、しっかりと目を合わせた。
「だったら、その判断が正しかったって言わせる。私について行って良かったって、約束をしっかり果たす為に私と歩く道を選んだんだって思わせる」
「夢物語、結構。夢のように曖昧な約束を果たすには丁度いい。私の研究はそんな曖昧なものを本当にする為の研究だから、夢のように叶えてみせるよ」
サーシャが自分と相手の薬指を絡める。
約束を結ぶ小指の隣だ。上書きみたいにはしたくないないから、お隣さんの指だ。
「だから、その約束の隣にもう一つ、約束を結んで。「自分の決断で迷わない」それがサーシャとカーリーとの守るべき約束」
「……後悔はするなってことか」
「いーえ。せっかく選んだのなら、辛気臭い顔よりも笑ってくれた方が嬉しいだろうから。大切な人を守り通すって事は、一緒に歩くよね。だったら、元気に笑ってくれた方がその人も喜ぶ。せっかく守るのなら、そっちの方が良い」
結んだ指を軽く上下に揺らして離す。
約束は結ばれた。だったら、この人なら絶対に守り通すだろう。
その信頼に足ることはもうしているのだから、疑うのもバカらしい。
そう考えてるのは良いが、そろそろ喉が限界に近付いてるのは大丈夫か?
「それだけ──…じゃあ、キリも良いし今日はこのくらいにしておこうか」
「……あ、ああ」
(はー…柄にもなく色々言った気がする。後半沈黙が耐えきれなくて作業終わらせたし…お互い踏み込んでより人柄は知れたけど、出会って数日でこれはないわー)
若干赤くなった頬を手で扇ぎつつ、広げた道具や記録を片付ける。
気まずくてサーシャは見てないが、その後ろでカーリーが薬指を見てぼーっとしてるのは見逃してやろう。
だって俺の知ってるゲームのサーシャはもう少し天然だったし、此処まで人の出来た発言はしなかったからな。
ゲームのサーシャは復讐ややり返しとかするタイプだったし、年相応にヤンチャもしていた。こんな人生二周目発言は本当に覚えがないよ!
「じゃあおやすみ」
「…ああ、おやすみ。サーシャ」
(お…私の名前を積極的に言った。これは間違いなく少しは心の距離が縮まったね。作戦成功だ)
地下室の入り口を閉じて、ベッドの上に座る。
それから枕元に置いてあった手帳を手に取り、今日あった事を書き始めた。
「今日は色々あったな」
(さて、先ずは60回死んで得た情報を…)
ここ最近のサーシャは日記を書くのが日課になっていた。
まぁ、ゲームのセーブする時のモーションだな。
学園について暫くすると、セーブする時のモーションが、寝るだけなのが日記を書くのに変わるんだよ。
白紙の手記なら大霊書庫に沢山あるからな。この学園での生活に馴染んだ証拠だ。
サーシャが知る事が増えるほど単語や世界観の説明が4行単位で追加されていくからな。図鑑の収集もやり込みの一つだ。
「…あ、そういえば」
(ヘルとシープの年齢どうしよう。どうやっても戻すように誘導するのは無理だったから諦めたけど、手元に『貸与』の劣化魔法があるんだよな…でも本来の持ち主の肉体情報も魔法陣の一部だったせいで、完全再現は無理なんだよね)
サーシャが空気中に劣化した『貸与』の魔法陣を展開する。出て来たのは、誰が見ても不完全と答えるような穴だらけの陣だった。
要は遺伝子や魂も魔法陣の一部として組み込まれてるから、そこの完全な再現は無理って事だな。
真似て再現できる場所はサーシャが抜き取ったけど、そこが足りなくて肝心の飴玉が出せないのだ。
「時間を抜き取るには飴玉に触れる必要があるのに、自分では出せない…」
(出来たなら地面や木の時間でも抜き取って補うのに…出来るように60回の死の中で改良したのになー)
とはいえ、これでもかなり改善自体はされている。
生き物には生き物の時間しか与えられないのを、木や無機物の時間でも代用出来るようにした。
効率は悪いが、態々人間の時間を抜かなくてもよくしたのだ。
だからこそ肝心の時間が抜き取れないのは勿体無い。
「リ…私のMMも同じ属性だから使えるけど…勿体無いな」
(あぶね、アイツ来るかもだし今後は言わないようにしないと…でもなぁ、これが出来れば誰にも迷惑をかけずに不老になれるんだよ。元から他人の時間を取って出来た不老を、熟成させたいお酒でも何でも、時間を取るだけで良い。惜しいよねぇ)
不老になりたいかは別として、凄そうな事に手が届きそうならやってみたくなるのは人の性だ。
サーシャも俺も、例に漏れなかった。
サーシャもローンとの戦闘場所で作って維持し続けたカエルの水人形を踊らせつつ悩む。
「…一応、研究素材はあるんだよね」
(このカエル人形、材質は溶かした飴玉入りの水だ。飴の粘性で形状維持し易いから作ってみたんだよね。…魔法で作られた物は消えないけど、拡散されたら効果は薄くなる)
サーシャはカエルをぎゅっと握り、溶かしてあった飴玉の成分を凝縮する。
丁度二つ、少々小さいがカエルの形の透明な飴が作れた。
カエルの水人形は粘性を失って水球に戻る。パシャリと、役目を終えて床に散らばった。
大半が地面に溶けたり雨で消える中、現場から持って帰れた貴重なサンプルだ。
窓側に並べてみる。月明かりで透明なカエルはキラキラと輝いた。
「丁度二つ…私なら研究に使えば完成できるかも知れない。でも確証はない…使えば消える」
(欲望…二者択一だなぁ…二人を確実に戻す為に使うか、それとも研究に回してワンチャン狙うか…3つ有れば確実に完全な『貸与』の魔法を作れる自信はあるけど…あの状況で2つ回収出来ただけ儲け物かな)
必要なのに本当に勿体無いと感じる。
ワンチャンを狙ってみたくなるし、作れれば死に戻りの回数だって無制限になる。
だが、研究素材の足りない魔法の開発の成功率は6割だ。
見返りを考えると心に魔が刺すには十分な確率だった。
俺もサーシャも、ちょっと狙ってみたくなるのも仕方ない物だ。
「まぁ二人に使うけどさ…あーでも端っこだけなら抜き取っても…」
(死に戻ってる最中に何かと助けて貰ったし二人に使うけどさ。それはそれとしてうーん…)
頑張れサーシャ!直ぐに二人に使わなかった所に欲望を感じるが、お前ならしっかり渡せるって信じてるから!
だって繰り返してる最中に約束したもんな!絶対に戻すって!カーリーにあんなこと言ってやらないのは筋が通らないぞ!
「………悩む」
(ヤキソギ…)
「おじいちゃん」
ある大工長が工事で怪我した腕を川で冷やしていると、どんぶらこ、どんぶらこ、と赤子が流れて来ました。
埋葬くらいはしてやるかと拾ってみると、腹が空いたとばかりに泣き始めました。生きてました。
それからなんやかんやあり、おじいちゃんは仕事も家も捨てて、赤子と一緒に誰もが見捨てた村に住む事にしました。
それから10年後、おじいちゃんは悔いなく死にました。