不遇水魔法使いの禁忌術式サーシャと死に戻りの時計 作:何処にでもある
サーシャに理由の無いご都合展開はありません。仮に有るとすれば、それは日々の積み重ねの結果でしょう。
世界を渡れる様になった。
それがどれほどの力を得られる事なのか、早期に得られた事でどれだけの恩恵を齎すか、その結果は
「変身、「クルイアンリマユ」…討伐後の狂気対策ヨシ」
(深淵の座標挿入、多重した可能性を均衡化、可能性の均一時による同時出現を再現…調律開始)
(観測地点からもつれた粒子による情報送信…完了。水面を渡り帰還し、私は先輩を担当する…)
(マルチロック完了。三行の禁忌安定化処置完了。呪符の動作ヨシ、異世界の力を発動する──)
行ったのは単純明快。重なった可能性を同時に存在できる様にして、同時に禁忌術式で瞬殺した。
言うは易く、行うには数多の困難をクリアして実行出来る禁忌の力。
その結果は清く、美しく、そして…凄惨たる光景だ。
「あっ──…」
コンマ程の誤差とはいえ、一番最初に死んだのはシーシャだった。
あらゆる魔法を使える力を持った魔物には、魔法が存在する余地のない程清められた水は猛毒であり…ちゃぽんっと落ちて、清い水の一部となって溶けて…産まれて2月程の赤子の、あまりにもあっさりとした最期だった。
「…シーシャ、貴女は産まれるのが早すぎた。そして、産まれも間違えた。だが私にその力と魂を観測して再現出来る余地を与えてくれた為、適切な時に生まれ変わる処置とする。…魂には一家言ある。失敗はしないよ」
一水四見。
意味合いとしては一つの水にも、立場によって違う物に見えるという言葉だ。
人には飲み水、魚には住処、神には硝子、餓鬼には死の塊。
この言葉を冠する水の禁忌は、サーシャの手によって拡張された禁忌である。
禁忌の水の性質を4つに切り分け、扱い易さを上げたもの。
『清水』は、触れた物須くを溶かし尽くす性質を担当するものだった。
「……こぽ……──
次に死んだのが、学園の忘却の仕組みで何もかもが手遅れになった闇属性の卒業生。
学園の賞金に惹かれて入学し、それを貧しい実家に仕送りする予定を忘れしまい、漠然と勉強するやる気だけが残された卒業生だった。
卒業した時には天涯孤独となっていた彼は、この仕組みを作った学園を恨み、学園内で虎視眈々と復讐する機会を狙っていた。
その怒りは、水死体として泡と消えた。
「貴方の怒り、怨みは正当性がある。事実、学園の忘却の印はその後の不幸の代わりに学園に安寧を齎す物だ。でも全ての責任を忘れ学問に打ち込むのは楽しかった筈、それを棚に上げるのはどうなのかな。…と言っても、私には研究室となった123号室の地下室を構成してくれた恩がある。せめて来世では全て忘れ、後悔なく生きれる様にする」
『閼伽』…それは禁忌の開祖に向けて放った物であり、禁忌の水の増殖の性質を受け持った物だ。
何処までも質量で押し潰し、満たした異界の水で魔法を封じ、死ぬことを強要する術式。
『清水』程の即効性はなくとも、サーシャが触れても安全というセーフティは、扱い易く普段使いには打ってつけの物だ。
「最後に──失楽園の皆様」
サーシャが硝子が舞い散る中一礼し、見知らぬ死者達に礼儀を尽くす。
答える相手は居ない。既に腹と肺から血を吹き出して死んでいた。
晴れていく闇から見えるのは血の海だけである。
「硝子の粉塵を吸う度に身体が壊れていく新体験、御賞味頂きありがとうございました。其方、怪物の意思たる煌めきを硝子の粉にした物でして、敵への殺意凄まじく全て壊す勢いでした。この度は検証へお付き合い頂きありがとうございました。ありがとうございました。ありがとうございました…」
身体の向きを変えて全ての観客に礼をする
猟奇的な景色と不釣り合いの振る舞い、死者の山を何も問題ないものであるとばかりの振る舞い。
心を蝕むような、
「……サーシャ。今、お前は正気か?」
一連の流れを見ていたカーリーが思わず声を掛けた。
闇が晴れ、爛然と輝く三日月に照らされた世界で、踊る様に…或いは狂った様に在るのが受け入れられなかった。
正気ではないという、引き返す為の手綱が欲しいと願って尋ねた。
「「「ありが……うん、
偏在する可能性が集い、一つに纏まる。
口が裂けギザギザの牙を生やす程の 笑顔で、
狂気の月明かりに照らされ尋常じゃない 和やかな雰囲気で
淀んで黒く濁った 眼を輝かせて、
世界中の苦しみを身に纏った様な蠢き黒い 水模様を漂わせていた。
静かに、一切の前触れも知ることも出来ず、サーシャは狂気に堕ちていた。
「…いつからそうだったのですか?サーシャお嬢様」
「逆に聞くけど、いつまでも狂気で居られる程私は強くないよ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返してさ、クソどうでも良い世界の為に頑張らないといけなくてさ、私は恋と愛さえあれば満足するのにさぁ、その癖何もかも不甲斐ない連中ばかりでさぁ!…それでもみんな愛おしいんだよねぇ…残念ながら」
支離滅裂に喋り、狂気も苦しみも全て背負って踊る。
人にしては異様で、神にしては人間臭い。
魔物にしては慈悲があり、精霊にしては濁っている。
何処か中庸で、何処か平凡な
「"捧げよう 禁じられた力 数多の神性と怨恨 道半ばで死んだ兵士 復讐者 赤子 即ち戦争を捧げよう"」
「っ!!」
「待て……狂気でもサーシャはサーシャだ。…態と狂気に染まったかも知れない。信じて見守ろう…白鯨での姿を思い出せ」
「………分かりました」
滅びを纏め、命を捨て駒にし、その上で掴み取った勝利を見立てた今が捧げられる。
「
「
この騒動で消えた命。
それら全て、サーシャに捧げられて纏まった。
「"その対価に 滅びは新たな創造となると 此処に規定する"」
その言葉と共に、世界の何かが変容した。
「"流流生転 魂は巡り世界を旅する 死体は腐り新たな芽吹きとなる 魔力は生きる物の力となり 霞みは新生して新たな輝きとなる"」
「"神秘として 全ての矛盾が生まれ変わり続ける世界へと"」
サーシャは止まり、カーリー達には未知数の工程が終了する。
…一見何が変化したか分からない。失楽園もシーシャも死んだままだし、狂気は降り注ぎ続けている。夜はそのままだし、
「──解除。神の身体から人へ…ヨシ、狂気抜きは終わったかな」
真っ黒な水の球が凝固し、氷に変わる。それを抱えるサーシャの顔に狂気はなく、いつもの姿に戻っていた。
「…何をしたかったんだ?」
「面倒なアレコレの解決。「可能性を映す水」を水魔法で作れる様にして、そこから世界の始まりから終わりまでの全ての矛盾を自然と解決する様にした」
「サーシャ!もっと簡潔に分かりやすく!え、私どうなったの!?」
「楽園の存在証明…1+2=3の証明をした。もう世界に1と2は存在せず、3のみがある」
「すごい、何も伝わらない!」
「あー…"この世界に世界の衝突が起きても絶対に矛盾しない
「…ちょっとだけ分かるような…分からないような…」
リーロは頭を抱え、サーシャはその頭をガシガシと乱暴に撫でる。
カーリー達に分かるのは、とても複雑なことを簡単にしたということだけである。
「サーシャお嬢様、何をしたのかご説明お願いします。先ほどまで狂気に蝕まれてましたよね?」
「狂気は再調律に邪魔だったからこの氷にどかしたよ。生贄にした人達には申し訳ないなって思ってる」
「うーん…破茶滅茶ですね?」
何となく分かったような、分からないような。
難しいことは何一つ分からないが、ヘルシングは何かが解決したのだけは理解した。
これでこの場で追いつけてないのはただ一人、リーロだけである。
「うぇー?…さっきまで私と一緒に遊んでて…気が付けばサーシャの下に…ゲームでこんなのなかったのに…」
うんうんと悩み、やがて自分の手に余ると判断したのだろう。
リーロは考えるのをやめ、先ずはサーシャとの再会を喜ぶ事にした。
「…まいっか!ただいま、サーシャ!」
「うん、お帰り。リーロ…先に帰ってて。私は少し此処の後処理があるから」
そうして一旦戻る事になり、続々と先に帰っていくみんなを見送り…。
誰も居なくなった辺りでサーシャは膝を突いた。
パキッ!!…バチャ。
吐血し、負荷に耐えきれなかった四肢が根本から崩壊する。
白鯨の名残として残った水溜りに仰向けで倒れた。
「……っはぁ!はぁ…!ハァ…!……コレ……苦っしいな……!!……ハァっ…ハァっ…『精肉』、四肢を戻せ…ダメだ、反動で魔法使えない…しばらく無様晒しちゃうか…」
……改めて、サーシャが何をしたのか振り返ろう。
禁忌を3つ同時使用し、世界中の狂気の影響を一身に受け、水魔法で世界の根本に干渉し、世界に存在する全ての矛盾を解決し一纏めにした。
何処までサーシャの予定通りか、何処までが想定外か不明瞭なものの、コレだけのことをして平然と出来る程サーシャの身体は頑丈では無かった。
「…ッフ!!……ヨシ、片腕は作れた……ハッ…ハッ…深淵を初めて来訪した時からの計画…上手く行って良かった…本当に良かった…!今までずっと生きた心地しなかったし苦しいしもう!」
這いずって近くの木箱に座り、肉体が戻るまで待つ。
後回しにすると決めた三日月の輝きが忌々しいが、アレはアレで役に立つから直ぐに消す訳には行かなかった。
見たくないなら眼を閉じれば良いものを、眼を開ける方がマシだとばかりに睨み続ける。
…やがて、思考を纏める為だろう。ぽつねんと今までの振り返りをし始めた。
「…ふぅ……落ち着いてきた。……思えば、よくもまぁあの曖昧な計画を完遂出来たね」
(あれは…そう。「始まりのサーシャ」とも言うべき存在と
「3の世界にしか居ないなら…過去は幾らでも捏造され放題だよねぇ…」
(深淵の外…世界の外郭で見た景色…沢山有ったけど、"色々見たせいで「魂の遍歴」が好き勝手に追加された"のは完全に予想外だったな…)
サーシャはそう独り言を言うと、ため息を吐く。
あの時に知った事だが…"サーシャは矛盾を解消する為の「
その影響で3の世界にしか存在せず、仮に1や2に居たとしても、それは自らそういう噺を作ってから観測しなければならない。
元々存在した「始まりのサーシャ」が居なくなり、その代わりとして誕生した数合わせ。
それがサーシャの全てであり、その席を争う戦いで知らず知らずの内に勝ち取った結果でもある。
だから親は存在せず、その血は既存の精霊由来の人間に限りなく近いだけの「何か」だ。
「魂の遍歴」
簡単に言ってしまえば、その魂が辿った命の経歴。どんな存在に生まれ変わったかが分かる魂の記録だ。
"今はもうないが、そのせいでサーシャは様々な業を背負う事になった"。
「過去がない…そのせいで誰が魂を作ったか、どんな経歴を辿ったのかを好き勝手に…お陰で色々な神様に成れるようになったけど…負債の方が多いよね」
(メリットは…前世に収まった子供由来の人格構築技術…前前世の硝子学者の可能性と世界の見識…他には演技力に詭弁術…それらの代わりに恋愛関係の能力低下…クソだな)
ある人物の生来の技術…ある人物の生涯の知識…サーシャは観測でリーロの『換装』が行う人格上書きの様に、様々な情報と知恵を手に入れて、その代償に恋愛能力がクソ雑魚になっていたのだ。
ふとした時に、まるで未婚のまま長生きした喪女や童貞の様な振る舞いをしてしまい、本来より好感度を稼げなくなる。
心が年老いた、と言えば分かりやすいだろうか。
得たものと比べれば破格のトレードでは有ったが、サーシャには致命傷となる部分への攻撃だった。
「でも、コレでリーロの言う第三章とやらは何とかなった。1と2は既に纏まり、全ての矛盾は消えた以上戦争にはならない。争う人が消えたから…そして、他の世界を巻き込む戦争も起きない。既にそうならない仕組みを作ったんだ。…後は勝手に矛盾なく成長する」
(拾った情報の流れから壊れた世界の残滓を拾う魔法は既に構築した。…放っておけば勝手にこの世界は複合した世界と同じ様になる)
両腕と片足まで復元し、片足のない女になった所でサーシャも帰宅し始める。
コレで脳も体力も休みを済ませた。やりたい事も、やるべき事も全て探しだしてやり遂げた。
「さて…話し合いの席に行く一つ目のキッカケは作った。世界の強度が同等になった以上、この世界は
(得た情報を改めて振り返ろう…向こうは「神々の世界」、全人類が神になった世界だ)
脳裏に反芻する。
この世界の外郭…得られる情報は全てこの世界に縁のある物に限られるにも関わらず、数多の神の力を模倣できた事から、それがこの世界を見ている「何か」だと、相手となる文明だと、考察はできていた。
神の力を数多に得られた事から、住まう人々は全員神になっている可能性が高い。
世界を融合する魔法からして、魔法を極めた「魔法主義」の社会である。
世界の見解も深く、世界を丸ごとリソースとして略奪する事から人口は膨大で観測不能。
リーロの発言から戦時中か戦争前の可能性が高く、武力の用意は出来ていると思われる。
「控えめに言って詰んでるけど…それなら戦わない道を選べば良い。ロビー活動連打一択…その為にも、こちらが手を出せば痛く、話せる相手だと理解させる必要がある…相手が集団の利益で判断できる前提だけど…そうじゃなかったら詰んでるから一点賭けだ」
(その為にも世界を丸ごと良い感じに調整する必要があった…「世界再調律計画」を成功させる必要があった)
絶望的な戦力差を覆すとっておきの作戦。サーシャの答えは自らの価値を上げる事であり、賢明な判断と言えた。
そもそも戦わない。相互確証破壊の理論に基づいた結論は、サーシャの方針を決定し、ようやくそれが実を結んだのだのだ。
「別の目的…建前も嘘じゃないけどね、真の目標の取り組み…スムーズに進んでよかったぁ」
(思えば長かったなぁ…)
世界を根本から変えるために神になり、
その生贄に必要な命と神秘をあり物と今回ので賄い、
生贄を殺す為にリーロとの所有契約を切り離し、
誰かが不意に「
時計塔などに目的を悟らせない為に人の身体に拘り続け、
「小細工いっぱいやったからなぁ…全ての調和を取れるとは思ってなかったけど…いやぁ、案外上手くいったね?」
他国の邪魔が入らない様に時計塔に罪人を
王様の注目と時計塔
白鯨で男達から信頼を得ることで見守る選択をさせて、
最後に必要な新たな水の「
断腸の思いで男達との好感度を調整し続けて…、
「保険は幾つか仕込んでたけど…これなら世間の評価は気にしなくても良かったかな」
(リカバリーとして使う予定だったんだけど…これなら別件に使えそうだね)
ダルクがやった事だと悪印象を逸らす為にみんなの前で狩人の半身を呼び出し、
ダンテが先生達の復活の事実に辿り着かない様に夜の訪問で時間を奪い、
ヘルシングの奉仕体質を消す為に吸血鬼化を完全には治さず、
カーリーが全てを破算させない様に積極的に研究に付き合わせ、
グリムを利用して様々な枠を潰して想定外の介入を防ぎ続け、
シープには通信会社に本腰入れて集中して貰う為に画面機能もオマケに渡し、
都合が悪くなりそうな人はローンの
リーロにはゲームの内容を知らないと、言葉と暗示で思考と行動に制限を設け、
計画通り進める為に、邪魔がない様に平穏な日々を全て費やした。
「ふう…苦労を思い返してる内に身体も治ってきたかな…っと!…こういうのは一切悟られないのが望ましいし、墓まで持って行こうか…まだ、
そうしてサーシャは月明かりの下で機嫌よく進み…夜に紛れた。
……死体も硝子の粉も、既にサーシャの手で消え去り、後には何も、残らなかった。
「再調律計画 サーシャの総評」
外郭の怪物が星の内界にいるのも問題だけど、表の問題である上位世界の資源化、矛盾の解消も大事なのでやった。上手くいって良かったなって思う。
やる事は単純で、観測した神々の記録を参考に向こうの世界の構造をパクり、いい所を取り込んだ上でこの世界に合った形に整えるだけ!問題となる「世界による
お陰でこの世界の強度も当社比1047.8倍。向こうの文明の凄さが倍率に表れてるね…うん、幾つかの命と変身レパートリーを使った甲斐はあったかな。
コレで、向こうから見て