不遇水魔法使いの禁忌術式サーシャと死に戻りの時計   作:何処にでもある

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 サーシャの印象一つで他国の行末は簡単に変わりますが、一族の没落程度なら似た様な人物はかなり居ます。




隷・没・六五

 

 

「お助け頂きありがとうございますお嬢様」

「このご恩、我ら一同の生涯の恩なれば、お好きな様にお使い下さい」

「シープお嬢様ありがとう。両替忘れであわやとんでもないことになる所だった」

「お嬢様、従者が増えても一番の従僕は私であることを忘れないでください」

 

「貴方達、これみよがしにお嬢様呼びはやめて貰えます?気が散るから」

 

 商国の旅2日目、サーシャ達はクラシカルなメイド服で乗馬しているシープの両脇を固めていた。

 あの後オークションに出されたサーシャ達は、私達の冒険はこれでおしまいだと絶望していた所をシープに助けられたのだ。

 なんでも、とんでもない水魔法使いが居ると記者の一人から上がり、それを聞いたヘルシングがそう言えばとサーシャの事を話題に。

 それだけなら動かなかったのだろうが、念のために動向を調べたら両替‭─‬‭─‬学院になった影響でレートは悪いが、王国だけでなく全国の通貨に変換出来るようになったらしい‭─‬‭─‬を行ってない情報をキャッチ。

 商国で金を持たない奴がどうなるか。重々承知していたシープはサーシャ達が出た直後に出発し、オークション直前に到着したそうな。

 まこと、持つべき物は親切で頼り甲斐のある友人である。

 

「まあまあ、それだけサーシャもお姉ちゃんも感謝してるんだよ。せめてこの国に居る間は呼ばせてね、お嬢様?」

「む…口が上手くなったわね、リーロ。そう言われたら断るのも不義…ええ、それなら此処に居る間はそうしましょう」

「我ら姉妹と主君を助けた上になんと心の広い…このリート、感服致しました」

「貴女は貴女で随分と古風な帝国訛りね?商国でそれは控えなさい…スパイと疑われると面倒なのよ」

「…分かった、それなら普通の友人みたいに話すから」

「余計な面倒はない方が良いわ。そうしなさい?」

 

 なんだか久々に会った気もするシープだったが、暫く見ない間に随分と風格といったものが身に付いていた。

 堂に入った立ち姿は勿論のこと、人の意見を捌き自分の思い通りにするのが上手になっている。

 世界を股にかける大手の会社の社長の立場がシープをより高位に押し上げたのだろう。めでたい話である。

 

「それでシープ、助けてくれたし明日までどんな事も聞くつもりなんだけど、何して欲しい?」

「我が社の通信技術開発…は冗談よ。人を育てた方が未来があるもの。その題材に打ってつけな物を取り上げるのはナンセンスよ。ま、大した事…そこそこはある話かもしれないわね」

「ふーん、100億の価値のある仕事なの?」

 

 リーロがそう尋ねると、シープは多少悩んでから口を開いた。

 恐らくシープにとっては大事なことで、サーシャ達にとっては大したことのない話なのだろう。そういう悩み方をしていた。

 

「私の一族の後釜に座った、新しい「富豪」との商談よ。商人なら誰もが己の人生を、末代に渡る繁栄を賭ける様なイベントね」

「へー、どれだけすごいの?」

「そうねぇ…富豪の気分次第で商国の在り方は変わるし、その名前の情報を売るだけで生涯食うに困らず、家庭も持てる人が出てくるのが富豪よ」

「へー、沢山お金があるだけなのに地位も名誉も権力もすごい人なんだね?」

「よし、本人を前にしてそれ言ったら不敬過ぎるから一から説明するわよ?」

 

 リーロはイマイチピンと来てない様で、首を傾げっぱなしだ。

 あまりにも不安を煽る行動なので、シープも一旦馬車から降りて近くの飯屋に入った。

 時間に追われてないところを見るに、肝心の商談は夜にやるのだろう。実にゆったりとした日取りである。

 

「店長、ここのオススメを人数分!…さて、先ずは「富豪」がただ裕福な人って意味合いだけではないのは分かるわね?」

「うん。話の流れ的には」

 

 リーロは雑魚だがバカではない。王国の王様くらいの立場なのは聞いて察している。

 だがこの認識は間違っているだろう。王国は王と貴族、民の距離が近い。一番上の立場なのは間違いないが、尊重される度合いが天と地の差がある。

 

「商国において富豪の定義は"商国の総資産の半数以上を稼いだ個人、もしくは家門"よ。つまりは商国の半分、化身と言っても差し支えない存在。押しも押されぬ偉大な実力者。仮に居なくなるとすれば、それは商国が滅ぶ時とまで呼ばれる者達よ」

 

「すっごい定義が飛び出して来たね?え、シープは元その富豪の娘だったってマジ?」

 

「商国が興ってから10年前まで支配して来た一族、最後の生き残り。今では商国を守る為に一人娘以外全て使った愚かでアホな一族…と、商国では名高いわね」

 

 そうシープは誇らしげな顔で言い切った。

 ガッツリ愚かな一族と地元に言われているが…そっちよりも、国を守る為に身を挺した親の方の自慢が優先らしい。

 

「…ガッツリ護られた側が罵倒してるのは平気なの?」

 

「ええ、将来的にこの国の在り方を変える方向で復讐するから問題ないわ。…今のこの国では破滅や滅亡はされた側、した側が10割悪いのよ。因みに死者を敬う文化もないわ。死んだ者は最も醜悪で嘲笑うべきものって扱いね。上に行くほどこんな価値観の奴が増えてくるわよ?」

 

「へー、つまりシープの両親もそうだいっっだ!?」

 

 恐れ知らずにも言ってはいけないことを口走ったリーロに向けて、サーシャのビンタとヘルシングのフォークが飛ぶ。シープの怒りを此処で買う必要なんてどこにもないし…果たしてリーロはヘルシングのMMがシープの両親なのを覚えているのだろうか?この分だと頭から抜け落ちていそうだ。

 もしやすると、完全に蘇生した影響でゲーム知識がポロポロ落ちているのかもしれない。今後は失言に気をつけた方がいいだろう。

 

「リーロ、口には本気で気を付けなさい?サーシャのMMでなければ夜道に刺客を送る手間が増える所だったわ」

「シープお嬢様、そのご両親方、誠に申し訳ありません。後でご両親向けの服や食事をご用意させて頂きます。死者を使ったMM、その第一人者による最高のもてなしです。どうか後日訪問し贖罪する機会をお与え下さい」

「そう?なら楽しみに待っておく事にするわ。…ああ、本当にいつでもいいわよ?来ないならその分強く出れそうだし」

 

 サーシャの実力や技術を考えれば、奴隷から救われた事を考えてもシープとサーシャは対等だ。だから失言一つで此処までする必要はない。

 下手に出れば弱みになるだけの状況。それでもこうして頭を下げる以上の事をしたのは、それだけシープとの縁を大事にしているという意思表示でもある。

 今後の事を考えれば、サーシャはシープとは仲良くしたいのだ。あと、普通に申し訳ない気持ちもある。

 

「ありがとうシープ。その時はシープにもとびきりの食事でもてなすよ」

「あら、楽しみが増えたわ!…まぁ、リーロは不安だけど、この分だとサーシャの方は大丈夫そうね。監督してくれれば文句はなく、この後頼むことを考えれば…無理に知る必要もないでしょう。自分から学んでいくでしょうし」

 

 サーシャが面倒を見るなら問題ないかと、シープが判断し飯屋を後にして富豪の家に向かう。

 話が途中で中断されたのは残念だが、大雑把な概要は理解出来たので問題はないだろう。

 富豪は王国の王よりも権力も資産もある。

 これから会う富豪の性格や逸話などは…会ったからでも遅くはない。今は移動するだけだ。

 

「そんなこんなでついたけど…寂しい場所だね?」

「塔の最上階…空が青から宇宙の黒に変わるほど高い場所…家としては確かに広いけど、屋敷がポツンとあるだけだと虚しさが勝るね」

「高いほど、外側ほど、偉く資産がある証左。私の一族は此処は使わずに上層に住んでたけど…後釜は生活の利便性より見栄と安全を優先したのよ」

「私も実際に見るのは初めてだけど…人の気配は全くね。富豪らしき気配と…護衛10人くらいよ」

「…僕が仕えてた時より屋敷が荒れているな…」

 

 初めて見た人の方が多いからか各々が好き勝手に言い合い、最後のヘルシングの言葉がイヤにサーシャの耳に残った。

 災害や難民、外交問題と荒波の中にいる以上は仕方ないのだろうが…思えば他国の会社、外部の者との商談に応じる時点で余裕はなさそうな気配がする。

 更なる躍進と言えば聞こえは良いし、事実勢いにノリにノってるシープの会社との契約は堅実な案なのだろうが…案外、商国の均衡は危ういのかもしれない。

 

「ようこそ、商談に来た通信会社社長のシープ様でいらっしゃいますね?私は護衛隊長のスーラと申します。どうぞこちらへ。ご案内致します」

「ええ、お願いね………[サーシャ、助けた恩を返す時間よ。手始めに相手の秘密や弱み、可能な限り見つけ出してきなさい]……それにしても、立派なお家ね?」

 

 案内を行う護衛が後ろを向いた隙を付き、簡潔にシープが任務を与えた。

 先に言えば良かったのに…とサーシャは考えたが、此処が一番人の眼が入らない事を考えると、ある程度合理性のある行動だと納得する事にした。

 

(……諜報かぁ…ゲーム知識で…いや、実際に行動した方が確証が得られるかな。…『往復(劣)』と禁忌の怪物の自我を司る『八功』を組み合わせて…『難題(劣)』…出来るね。なら擬似的に怪物の意思をカメラにして、それで見たのを後から再生する方向で行こう)

 

 そんな訳でレンガの塔の最上階にぽつねんとある、広々としたお屋敷に禁忌の怪物の意思が解き放たれることとなった。

 今回は諜報メインということで殺傷能力は緩くしてあるが、吸い込んだ人の内臓から飛び出してズタズタにするパワーは健在である。隠してるだけならば幾らでも見つけられる性能があるのだ、確実に任務は可能だろう。

 

「‭─‬‭─‬…それにしても突然の訪問になってしまったわね。…まあ、元々其方から話を持ちかけて来たからなんだけど…どんな内容かは教えてくれても良かったんじゃない?」

「……私の口からはとても言えません。私は使用人ではなく護衛のまとめ人に過ぎませんから」

「護る為にも主人の予定くらいは知っておくべきと思わなかったの?…まぁ、いいわ。他所の不用心を咎めるほど私は優しくないもの」

 

 そんな折に雑談していたシープが何やら気になる事を言い始めた。

 この商談が富豪から持ちかけられたこと。富豪は暗殺出来る余地があること。護衛隊長にも自分の事を言ってないことから、富豪は人間不信である可能性が高いことだ。

 何か役に立つかも知れない。サーシャはこの事を覚えておく事にした。

 

(…硝子の粉が戻って来たね。早速『往復(劣)』で……なるほど、ゲーム知識にもない事がある。特にこの「深淵の枯渇」という現象…世界を変えた結果、生きたままMMにする技術が産まれたけど…それに必要な素材採取で深淵の上昇。枯渇が早まったと)

 

 ゲーム知識においてはその輝きに翳りを見せることのなかった富豪だが、現実は違った。

 それもその筈。MM関連、魂の技術関係だけはゲームにもないサーシャが無理矢理開拓した物であり、その影響が巡り巡って此処までの影響を与えたのである。

 

(こんな便利な物をどうしてゲームの私は開拓しなかったのか……まぁ、普通に他の技術体系で賄えるからだろうね。ある程度予想が付くから其処は良いとして、報告だ)

 

 他にもゲーム知識で知っていた弱みもあるが…伝えられる時間が短いなら、これが一番有効だろう。

 一旦通信の魔法を使ったように見せて、その後に耳打ちを行う。内容の偽装、カバーストーリーだ。

 

「シープお嬢様、取引先からのことで…少しお耳を……‭─‬‭─‬[どうやら相手は主産業の深淵探窟の損害が大きいようです。生きたMMを作る為の素材を集める際に深淵の寿命を縮め、その影響で深淵が枯渇。代替はより量を取る為枯渇も早まり、このままだと2年持つかどうか…今回の呼び出しに関わっていると見て間違いなさそうです]‭─‬‭─‬……とのことです」

「それなら今後ともご贔屓にどうぞ、とでも伝えなさい」

「失礼、なんの話を?」

「私の会社の利益が益々増えた。そういう話ね」

 

 そんな事を言い合っている内に案内も終わり、接待室で待つ事になり、リーロが欠伸をする暇もなく富豪が護衛を連れて部屋に入って来た。

 …言葉に出す者は誰としていなかったが、何人か息を呑んだのが伝わってくる。富豪を見た反応だった。…無理もない。

 目の周りは窪み、髪の毛は一つとしてない。やけに痩せ細り、病人のように骨が浮き出ている老人。

 

「ようこそ。我が城に」

「ええ、お招き頂いたこと、誠に感謝を…ですが、医者が近くにいなくてよくて?」

「気にするな。300年生きる対価に過ぎないのだから」

 

 …それだけならまだマシだった。

 その上で足は蛸の物に近く、左手は白鯨を思わせる程真っ白で、森の匂いがしなければ、皆驚くことはなかっただろう。

 想像の金持ちの姿とのギャップのある、明らかに何かヤっている姿。

 長生きする手段は幾らでもあるとは言え、此処まで肉体が変質する手段となると限られてくる。

 それを探るのは…今は難しいだろう。…あの眼から逃れて調べるのは困難だろうから。

 

「それで、今回お招き頂いたのは何故?私の運営する通信会社と契約を結びたいだけなら此処まで大それた事は不要です。何故呼び出しを?」

 

「我が商隊を買い取ってくれ」

 

 ……暫く、此処にいる全員がその言葉を理解するのに時間を掛けた。

 キッパリと、アッサリと言ったにしては中身は埒外の極み。

 ついにボケたんだろうな、この老人。そんな失礼な思考をしたリーロを誰も否定出来ない程度にはボケた発言だった。

 

「………なんと?」

「何度でも言おう。俺の培った全てを買え」

 

 商国において商隊とは自分の経営するもの全てを指す。

 王国の会社と同義なのが商国の商隊であり、或いはそれ以上に経営に必要な要素を包括的に総称した言葉。

 それを売る。それは商国において、死ぬのとそう変わりないことだ。

 

「…真意を。富豪まで登り詰めておいて、我が一族の後釜に座っておいて、それを売る?300年も生きて漸く掴んだ栄誉と最上を手放すのですか?」

 

「…少し、昔話をしようか」

 

 それから、老人はぽつぽつと話を始めた。

 

「俺は昔、そこいらの商人とさして違いのない価値観を持つ凡夫だった。金を稼ぎ、探窟家を旅立たせ、その成果を売り払う死んだように生きるクズどもの一人。…違いは一つ、70の時に永く生きる切符を得られた事だけだろう」

 

 70まで齢を重ねるまで求めた不老長寿のスクロールを得てからの、死なないだけだと気づく事になる日々を。

 

「真意を語るなら、10年前から詳しく語るべきだ」

 

 


 

 

 location:「商国・中流層」

 time:世界の生誕800年から1000年まで

 

 当時の俺は、不老長寿になってから30年過ぎ、100歳になって落ち着いた頃だ。

 死なないのは死なないだけだと、それ以外特別なことは何一つとしてないと漸く理解した頃だった。

 

「第三旅団から第六旅団が帰ったか。なら、積荷を載せて明日に出発させろ。この機を逃すな」

「しかし商隊長、馬は疲れてますしこれ以上は値崩れの危険もあります。暫く寝かせてからでも…」

「だまれ。帝国の飢餓は幾ら与えてもより売れるものだ。60年前の時も、80年前の時もそうだった。これが初めての奴は大人しく従え」

「……はっ了解しました」

 

 当時は学園が出来て100年目と、良くも悪くも安定している時期だった。

 物は平穏な流れの中売れていき、奴隷になる人も少ない。

 勿論時折氾濫の被害はあるものの、強いて言うなら…と枕元に付ける必要があるくらいには平穏な日々だった。

 その後990年の「源龍事件」まで続く「350年の安定期」と呼ばれる最中に、俺の290年の人生が有ったんだ。

 俺にとっての平和とは、こういう景色だった。

 

 …此処からどうして商隊を売るに至ったか?

 …簡単な話だ。

 

‭─‬‭─‬‭─‬‭─‬ゴアアアアアァァァァア!!!

 

「…地獄だ」

 

 290年の平和な日々の記憶をアッサリ塗り潰す程に、この10年は「動乱期」だった。

 

 最初に…恐ろしいことにただの一つ目の災難に過ぎなかった…源龍の氾濫があった。

 地獄だった。当時の富豪唯一の生き残りならよくよく知っているだろう?

 あの日、10秒前まで平和に過ごしていた人々が次々と龍へと姿を変え、笑い合っていた自分の友人、家族、親愛の人を食いちぎり、空いっぱいに羽ばたいた日を。

 

 角のあるものを無差別に龍に変える特性…それは理不尽にも"髪を結ぶか整えるだけで角と認定する"力でもあった。

 

 …商談があるのに、そのボサボサとした癖毛を整えなかったお前なら分かるだろう?

 

 ああいや、失礼だと言うつもりはない。あの日から商国では髪を固めず、トゲトゲさせず、結ばないのが普通になったからな。

 

 今日の商談を結ぶべくバッチリ整えた髪が、今日をより良く彩る為に綺麗に結んだ髪が、その日だけは自分の死を迎える条件になった理不尽が。

 世間には、当時氾濫を治めた学園が全ての被害者に対して規制した情報だが、あの龍が産み出した地獄は惨憺たるものだった。

 …規制したのを言っても良かったのか?…問題ない。学園は既に解体され、契約は無効になっている。

 

「生存者発見!避難させるのだ!」

 

「ヒッ…ヒッ…し…死んだ…全員死んで…俺は生き残った…」

 

 その中で俺が生き残ったのは、俺の得た不老長寿は髪が対象外だったから全て抜けていて、転移が使える学園の先生が助けてくれたからに過ぎない。

 その先生は死んだし、学園は解体された。だから俺が商国に着いて顛末を知ったのは事件から1年後だ。なにせ転移出来る人がいない、馬車もない。必死に歩いて戻ったんだ。

 

「あの国も終わっただろうな」

 

 思えばどうして戻ったのだろうな。あんなことがあって、全てが平穏無事なままである訳がないのに。

 貨幣制度が死んだ。民を守る秩序は死んだ。

 力のある探窟家が奪い、力のある商人が富を集める。

 

 そう予想したんだ。

 

「なんで?」

 

 戻ってみれば、"夢や幻想のように全てが巻き戻っていた"。

 …いや、確かに人は少なくなっているし、あらゆるものが高騰している。

 だがあの日見た死者を考えれば不自然なほど人が多いし、あらゆるものが壊れた後にしてた貨幣が生きていること事態が驚愕に値するものだ。

 

 しかし墓地にある墓に書かれた名前を見れば、確かにあの悲惨な光景は現実のものだったんだ。

 

「…知らないと。全てを取り戻した偉大なる誰かを」

 

 白昼夢を見てる気分だった。

 だがそう思っても不思議じゃないだろう?

 この商いの塔は自然に直るような力はないし、あの理不尽は人の心を荒らし悪を醸造するに足る環境だった。

 

「なぜ?」

 

 到底1年で取り戻せるものじゃない。

 人も建物も技術も知識も、燃え尽きた光景を見てどうしてそう考えられる?

 しかし現実は幻想的で、理想通りの今を取り戻していた。290年生きてきたが、気が狂いそうになったのはこれが始めてだったな。

 そうして5年掛けて散り散りになった自分の商隊を回収し、あの後何が有ったのか知って愕然とした。

 

「なぜ?」

 

 この都市を守る為に王国の学園の教師が死に絶え、学園が解体されたこと。

 都市の被害を覆す為に、富豪のスミス一家が「商国の秘宝」なる魔道具を使い、"被害の殆どを自身のものへ置き換えた"こと。

 結果として商国は復活し、富豪の全てが綺麗に被害に遭ったとして消えたこと。

 

「なぜ?」

 

 世間には"「源龍事件」は商国の半分、富豪が滅亡しただけに終わった"と、そう伝わっているが…不自然な話だろう?

 普通に考えて、氾濫でそんな綺麗に滅びる訳がない。こうなったのは、富豪だけが持つと言われる魔道具によるもの。それがどんな効果なのか知らないが、そのおかげで商国は助かったのだ。

 

 まさに英雄、我々はその貢献に報いて讃えるべきだと、商人らしくなくともそう思ったんだ。

 

「それなのに…なぜ、"この終わりを皆が蔑んでいるんだ"?」

 

 商国ではそう考えるのが普通だと知っている。

 資産を持つほどそうなるものだと知っている。

 それなのに、今回の件だけは俺にとって気味の悪いものに映った。

 

 だってそうだろう?金とはあるだけで意味はなく、それで何を為すのかが大事だ。

 この滅びを讃えなくていつ使うんだと、果てのない違和感に苛まれた。

 いや、よくよく考えて振り返れば、今まで滅んできた全ての原因と過程を見直せば、どれもが蔑まれるには不足した有終の美で終えたものが大半だった。

 

 「商国の秘宝」を使い商国を守って滅んだと、その一文で締め括られた物が大半だったんだ。

 

 その事実を直視した時、俺はこの国に居るのが怖くなった。

 此処にいればいつ秘宝を使わせられるのか分からない。きっと、自分よりも大きな何かがこの国を支配している。居ても立っても居られず、この国を出ようとした。

 

「‭─‬‭─‬出られない?」

 

 絶望っていうのも、当時296年生きてて始めての体験だった。

 外に踏み出せばいつの間にか商都の反対にいる。輪っかになった道を歩くように、幾ら外に出ようとしても内側を向いている。

 試しに足だけを外に伸ばせば、外の地面に触れた所からぶつ切りになっている。

 

「…あっはははは!!!!そうか!俺達は閉じ込められていたのか!」

 

 物理的に出られないと悟って笑ったものだ。

 条件を調べれば、商都に産まれた者、この国を故郷とした商人は全て対象だった。俺はずっと、この都市に首輪を繋がれていたんだ。

 …唯一探窟家だけ、この都市では自由が許されていた。

 分かるか?半ば商いをする奴隷のように思っていた探窟家には首輪がなく、いつでも歩き出せる足と未来を掴む手の化身だと気付いた時の気持ちを。

 最悪の二文字では到底足りないものだったよ。

 

 だが…変な話だが、この国に戻る腹積りなら俺達は外に出れるのだ。

 死ぬ時に商都であれば商人は自由であり、金を稼ぐ為なら自由になれるんだ。

 まるでその為に生かしてるような、意図されたような抜け道だった。

 

 "だから俺は富豪を目指した"。

 

 最も金があるなら、それだけ仕事があって、外に出る名目が作れる。

 少しでも此処から離れるには、此処で一番になるのが最も良かったんだ。

 それからは必死に金を稼いで、販路を拡大して、流行や世論にはすぐさま反応し、他国にも手を伸ばすことでこの国の半分を一人で揃えられるようにした。

 

 そうして300年生きた末に白鯨とやらが来る直前にこの席に座って、初めて見た光景があった。

 

「あっ」

 

 "神の座る満月から欠けた月が作る、狂気的なほどの「神秘」と「知識」の暴力があった"。

 

 

 ………果たして何日経ったのか。

 気付けば俺はタコの脚と白くなった手を携えていた。

 長く生きて始めての……この10年は本当に始めてのことばかりの、体験だった。

 しかし今回は…もしこのまま白鯨が倒されずに居たら…次にこの都市の為に捧げられていたのは…富豪を目指す上で何故気付かな……もしや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 グチャリと。

 

「…もう、いい」

 

 自分のなにか…大切ななにかが潰えた気がした。

 散々だ。長く生きて、知らないことに目を向ける程、絶望はのっそりと俺の背に上り詰めていく。

 積み重なった絶望が重くのし掛かり、俺を潰したのだ。

 

 誰かから用済みだと言われた気がして…せめて。

 

 死んでも墓に唾棄されないような、普遍的な終わりが欲しい。

 

 


 

 

「随分と長くなってしまったが、俺の真意はそれだけだ。この国の望むままに死ぬのなら、せめて穏やかな終わりが欲しい。俺が300年生きた結論…それを通させてくれ」

 

 話が終わってみれば、そこら辺に転がっていそうな普通の願い事だった。

 自分の意思が誰かの思惑通りでしかなく、努力が無駄になったという強烈な感覚による自死。

 自殺するなら何か遺したい気持ちも相まって、こんな事をしようとしていたようだ。

 シープもその言葉に嘘はないと判断し、結論を口にする。

 

「…真意はわかりました。その上で言いましょう。貴方の商隊の高級品主軸の市場と我が社の通信会社との関係性が見受けられない為、見送らせて貰うわ」

「なぜだ?販路は増えるほどいいだろう」

「分かりませんか?()()()()()()()()()()()()()。先の話でも富豪の冠を得る為に築いたものと自分の口で言いましたし、その負債を押し付けるなと言っているのよ?」

「だが俺の気持ちもかつて富豪だったお前なら…」

「その上で断ってる。分かった上で富豪になったのでしょう?ならば、その結果を粛々と受け入れなさい。商国の仕組みの一部になる選択を、粛々とね」

 

 ピシャリとシープが言い切る。

 身の上話に流されず、そこから淡々と利益になる部分を見つけた上での判断だ。

 同情する余地はある。その心情推移も理解する。その上で、覚悟が足りないと宣言した。

 

「私も商国の仕組みは知ってるわ。富豪の名を頂いたからには、幼くとも全てを知る義務があったもの。地下深くにある秘宝「貨幣運命の機織り」も、異世界から来訪した国が起源であることも全てね」

「な…ならば何故その事を残さなかった!知識さえあれば、俺は…!」

「知識…ねぇ?分からなかったの?私には商人にどれだけ自由意志、裁量権があるのかも知っているけど、その上で貴方は自ら商国の奴隷になる選択をしているのよ」

「……はっ!?そんな事…」

「本当に嫌なら他国に引っ越せばいい。貴方の言う何か…私の言う機織りは貨幣の流れにさえ添えばいつでも自由になれた。…長い人生の中でなぜ一度も試さなかったの?」

「それは…」

「野原を駆ける自由より金鎖の首輪が心地よかった。それ以外にあるならどうぞ?」

「…………」

「根本的な所が怠惰。だからこうして、諦めて私に縋って来たのね。…帰るわよ。もう此処に用はないわ」

「畏まりました、お嬢様」

 

 話の流れをシープが掴み、事実を叩きつけてその場を後にする。

 それを聞いて狼狽える老人の姿を見る限り、残酷な話かも知れない。

 長い時間の努力がそう遠くなく破綻する。それを見捨てたのだから。

 だがサーシャには正しい選択にも思えた。泥舟に乗るなら目的地まで保つか考える必要がある。

 どうにもこの船はシープの目的を達成するまで保つほどの大きさはない。なら情で判断してはいけないだろう。

 

「さて」

 

 部屋から出て、少し歩いてからシープが新たな命令を下した。

 

「サーシャ、本番よ。あの富豪の情報をばら撒きなさい。要点は悪評、経営危機でも煽りなさい。煽る文面であればなんでも良いわ。」

「了解」

 

 首だけで振り返り、サーシャを見る。

 不思議とサーシャには、シープの顔が欲の皮で突っ張ってる様に幻視した。

 気の所為では無いだろう。その裏の意図も含めれば…だからといって断る気はないのだが。

 

「それならシープ自身でやればよくない?」

 

「リーロ、覚えておきなさい。"名声は富より重く、百の良評は一つの悪評より劣る"。…商国を支配する機織りの付ける価値がそうなのよ。だからこそ、"次に繋ぐなら自身の汚点はサッサと公開すべき"である」

 

「へー。だったら悪評を振り撒くって潰す宣言ってこと?…やっぱり自分でやった方が早くない?」

 

「再三同じ言葉をあげましょう。"生者には良評を、死人にするなら悪評を渡しなさい"。…私、まだ生きたいのよ。だからそんな悪印象を渡される余地は創りたくないの」

 

 それこそ、100億Cを使ってでも。

 

「本当、残念な話よ。私達の後釜があの程度の凡愚だなんて。…生かすくらいなら、機織りに売り払って国を富ませた方がマシね」

 

 ここは「商国」

 貨幣から支配し、「価値」を消費して願いを叶える機織りがある元異世界の国。

 世間の評価が機織りの興味の基準となり、悪評が高いほど高く"買い取られる"国。

 探窟家が「価値」を集め、商人が回し、その死を善意を持って悪しく罵る国。

 大罪人の理想/空想(イマジン)から這い出た、認識循環制社会国家である。

 

 






(旅行から帰るまでに行ったサーシャの調査記録から)
「貨幣運命の機織り」
 イマジン国の商都、地下深くに存在する魔道具や魔物でもない…分類は禁忌の怪物が近いだろう。
 貨幣の流れから商都を支配し、"買い取らせる"ことで様々な効果を発生させるようだ。
 売れる物は人、名声、物品…なんでも良いが、悪評の高い金のある人間が一番高値になるらしい。商国の価値観は此処から自然と根付いたのだろう。
 地形調査を行ってみて分かったが、本来なら「深淵階段」の最下層にあるようだ。王様は知った上で階段を奪ったみたいだが…もう故人にしたし、その真意はわからないままだろう。

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