※この二次創作におけるアズカバンの設定は、妄想しかないです。
それを踏まえた上でご覧ください。
学年末試験が終わった。
手応えはまずまずといったところ。なんせ今の私はリリー。とびきり優秀な頭脳の持ち主だ。
筆記用具を片付けエマと合流すると、
「エバンズ。少しよろしいですか」
マクゴナガル先生に呼び止められた。
「大丈夫です。⋯⋯エマ、あとでね」
エマに手を振り、私は先生の後に着いていった。
連れて行かれたのは、先生の自室である。
「試験終わりで申し訳ないのですが」
「いえいえ!」
私は大袈裟に首を横に振った。
マクゴナガル先生は紅茶を用意して話し始めた。
「エバンズは以前、アズカバンの職員として働きたいという進路希望をおっしゃいましたね。それは今も変わらないですか?」
「はい、そうです」
神妙に頷くと、マクゴナガルはなんとも言えない顔になった。
「⋯⋯闇祓いや魔法薬学の研究は、もう良いのですか?」
「そ、そうですねぇ⋯⋯。いろいろあって、考えが変わって」
そういう仕事を希望していたのは『リリー』である。『私』ではない。
『いろいろ』について特にツッコむことなく、先生は続けた。
「決闘クラブを観戦しにいらした闇祓いの方も、あなたを好意的に見ていました。もし、何らかの事情で諦めただけだというなら⋯⋯ホグワーツは全力であなたを支援しますよ」
なんかすごい大ごとになった。違うんです、私はただ早期退職のために給料を見て判断したんで〜〜〜っす!
という本音を飲み込み、私はキリッとした表情を作った。
「いえ、これは私の確固たる意志から成る希望です」
そう言うと、ようやく納得してくれたようだ。
マクゴナガル先生は、一枚の名刺を差し出した。
「え〜っと?『アズカバン主任刑務官 エリック・モリソン』⋯⋯?」
私は、名刺に書かれてある文字を読んだ。
「少し早いですが、将来有望な若手ということで、研修を受けられるそうですよ。⋯⋯おめでとう、頑張りなさい」
先生は、その厳格な態度を少しだけ和らげる。
ぱかっと口を半開きにした状態で、私は情けない声を上げた。
「え、マジ?」
*****
『ドキドキ♡アズカバン研修』は、夏休みに行われる。
わざわざ自宅まで迎えが来て、姿くらましで瞬間移動だ。ありがてぇ。
「それじゃあ、腕を掴んでくれ」
アズカバンの職員──エリック・モリソンは自身の右腕を差し出した。イケおじだ。気分が上がる。
杖を持っていることを再度確認して、私は彼の腕に触れた。
視界が歪む。
何気に、人生初の姿くらましだということに気付いた瞬間──私はその場で、盛大に転んでいた。着地をミスったようだ。
「すまない。怪我はないかな?」
「大丈夫です」
服についた汚れを払いつつ立ち上がる。
辺りを見回すと、そこはもうリリー宅ではなかった。
雑多な家具や小物に囲まれた、広い部屋だ。窓ガラスの向こう側は森で、どう見てもアズカバンではない。むしろ小屋みたいな感じ?
モリソンは笑った。
「アズカバンはね、姿くらましだけで行けるようなところじゃないよ。次はポートキーを使うんだ」
「ああ、なるほど⋯⋯」
確かに、言われてみればそうだ。そう易々と行けたら、牢獄の意味がない。ここは経由地なのかな?
「ということは、ここにポートキーがあるんですね?」
「ああ。ただ⋯⋯視界を制限する魔法をかけさせてくれ。君はまだ正式な職員じゃないから、どれがポートキーか知られるのは不味い」
どうやらこの多種多様の品は、本物のポートキーを隠すためのフェイクらしい。私は了承した。
モリソンが杖を振る。
私の視界は真っ暗になった。
「よし⋯⋯じゃあポートキーに触れるよ」
「はい」
っしゃ、人生初のポートキー来たぁぁぁ!
そして人生初のアズカバンである。
飛んだ先は、アズカバンの一室──刑務官専用の部屋だった。
「一ヶ月に一度、人間の看守がアズカバンを確認するんだ。全てをディメンター任せにはできないしね」
モリソンは壁に掛かっているカレンダーを見た。『8月11日 グリーングラス』と書いてあるのを指さす。
「面会が来ることもある。そういうときは私たちの出番だね。マグルの刑務所と同じように、会話を記録するよ」
「へぇ⋯⋯こう言ったらあれですが、意外と仕事は少ないんですね。公務員扱いなのに」
「仕事は少ないけど人も少ないから、すぐに自分の当番が巡ってくるよ」
どうして人手不足なのか。
その理由は、全てディメンターにある。
誰が好き好んで、絶望の象徴みたいな存在と関わろうとするのかって話。
「ここからが一番大事なことだ」
「はい」
「私たちに求められる素質は一つ。『ディメンターを前にしても、守護霊を出せる』こと」
モリソンは自身の守護霊を出した。
ライオンである。
部屋を走り回る様子を見ながら、私は唾を飲み込んだ。
「今から、それを確認させてもらうよ」
部屋の最奥には、一際堅牢な扉がある。恐らく、あの扉の先が監獄なのだろう。
私とモリソンは、扉の前に立った。
「準備はいい?」
「は、はい⋯⋯」
取っ手に手を掛けるモリソン。そして、扉を開け放つ──。
「──おっと、これも確認するの忘れてた」
モリソンは振り返って私を見た。扉は中途半端に開いた状態である。
「姿くらましとポートキーを続けて使ったけど、気分が悪いとかはないかね?」
「それは大丈夫ですが⋯⋯」
そんなことより、少しだけ開いてる扉が気になる。これ大丈夫なの?ディメンター出てかない?
不安になった私は、自分の守護霊を顕現させた。本物のフクロウより少しだけ大きいそれは、私の周りを飛び回っている。
「君の守護霊はフクロウか。賢そうだ」
「い、いえ⋯⋯あの⋯⋯それより、扉少し開いてますけど⋯⋯?」
「ん?ああ、本当だ。でも大丈夫だ、ディメンターがすり抜けられる幅じゃない」
モリソンは茶目っ気たっぷりのウインクを残して、ようやく扉を押した。
その瞬間、黒い塊が私たちの横を通り抜けていった。
「え?」
「おや?」
黒い塊は、バスケの選手並みの華麗なターンで守護霊を避けて────ポートキーに触れた。
ギュルンギュルンと回転する体。
冷気だけを残して、奴は消えてしまった。
「⋯⋯今のって、ディメンターですよね?」
「あ、ああ⋯⋯」
「扉が開きそうだから、すぐ近くで待ち構えてたっぽいですね」
「⋯⋯」
モリソン、固まる。冷凍食品よりもガチガチに凍っている。
「⋯⋯えー、どうやらディメンターは逃げ出したようだね」
すごい時差を感じるのは気のせいか?
何やら魔法道具を取り出すモリソン。多分、通信機的なものなのだろう、それに向かって大声を出した。
「アズカバン刑務官の皆々!ディメンターが逃亡した。応援を求める!!」
それは、身を削るような悲鳴に似ていた。
「アズカバンの名誉にかけて、絶対に奴を逃すな!」
シリウスも脱出するし、クラウチJr.も抜け出すし、ディメンターまでも逃亡するなんて⋯⋯警備ザルすぎぃぃぃぃ!!
最早名誉なんてないのでは、と思ったのは内緒だ。
*****
ディメンターは、晴れ渡る空の下を飛行していた。立ち塞がる壁は、冷気を放ってから体当たりで粉砕する。
ディメンターは心の中で吠えた。
「(これは偉大なる自由への第一歩なのだッ!)」
アズカバンで得られる幸福の記憶など、既に食い散らかしている。新鮮みがなく、淡白で、旨みが足りないのだ。あとカルシウムも。
あんな狭いところで一生を終えるつもりなど毛頭ない。ディメンターは向上心が強いのである。
囚人たちの記憶から、美味しそうな餌がたくさんあるところは教えてもらった。あとは駆け抜けるのみッ!
目指せ、ビッグベンッ!
そして優雅にアフターヌーンティーと洒落込むのだ⋯⋯!
そんな決意を胸に、森を抜けようとしたディメンターは、背後から迫ってくる天敵の気配を感じ取った。
「(くっ⋯⋯あやつらは幸福の塊、守護霊ッ!)」
地上を見れば、刑務官がいた。ディメンターを妨害するために、的確に守護霊を操っている。
だがそれがなんだと言うのかッ!
自由への翼は、誰にも折れないッ──!
「(うおおおおぉぉぉ!!)」
────というようなことをディメンターが考えていたのかは定かではないが。
無事にディメンターは捕獲された。
「よし⋯⋯民間人に知られることなく片付けられた。恐らく、報道陣も気付いていないだろう。完璧だ」
モリソンたちはこの件を隠蔽することに決めたらしい。くっ、これがアズカバンの闇か⋯⋯!
「あとは、君が黙ってくれればいいだけなんだ」
「ひぇっ⋯⋯」
モリソンは人でも殺せそうな顔で、私の肩に手を置いた。逆らってはならない。首を縦に振りまくる。
「良かった!さぁ、気を取り直してアズカバンを見て回ろうか!」
「はい⋯⋯」
大人しく頷きながら、誓った。
間違えても、「ガバガバのアズガバンですねっ!」とか言わないようにしよう、と⋯⋯。
*****
無事()に研修は終わった。
アイスクリームを奢ってあげるよ、というモリソンの好意に甘え、私は街で冷たいスイーツを楽しむことにした。
コーヒー味のアイスをひとすくい。
「〜〜〜〜!美味しいですねぇ」
「それは良かった」
モリソン自身もアイスを食べつつ、「これは口止め料だからね?」などと不穏なことを囁いた。このオジ、つおい。
「ディメンターの前でも守護霊を保てていたし、この仕事向いてるよ」
「強靭な魂なんでしょう、知らんけど」
なんせ前世も込みのリリーだからね。多分、そんじょそこらの学生よりは逞しい気がする。
「そういえば、君の周りに闇祓い希望の子はいるのかい?」
「闇祓いですか?そうですね、二人ほど知ってます」
「ああ、知り合いがいるのはいいことだ。アズカバンと闇祓いは繋がりが濃い。関わる機会も多いよ」
ということは、もしジェームズやシリウスが闇祓いになったら、仕事で会わないといけないのか。うーん⋯⋯いや、何も言うまい。
モリソンはアイスを平らげると、柔和な笑みを見せた。
「こんな風にアイスを食べるの、久しぶりだな」
そう言うモリソンの左薬指には、指輪がある。私とお茶して、妻のことを懐かしむとは流石に考えられない。となると⋯⋯。
「⋯⋯お子さんがいらっしゃるんですか?」
「ああ。可愛い娘がいたよ」
いた。
不自然な過去形に、悟ってしまう。
モリソンの娘は既に亡くなっているのだと。
「死喰い人に襲われた人を助けようとして、そのまま⋯⋯」
「そう、ですか」
胸がざらざらする。
何かを言おうとして──踏み止まった。安全なホグワーツで過ごしてきた私に言える言葉なんてない。
「娘は⋯⋯特別優れた魔法使いでもなかった。なのに、他人を守るために咄嗟に行動したんだ」
「⋯⋯犯人は捕まったんですか」
「いいや。捕まるわけがないんだ」
その確信めいた物言いに首を傾げる。
だが、すぐに納得することとなる。
「娘を殺したのはね、ベラトリックス・レストレンジなんだ」
ヴォルデモートの側近。強力な闇の魔女。
彼女を捕まえるのは、杖なし魔法と同じくらい難しい。
「こうやって話していると、娘と一緒にいるみたいで楽しい」
「⋯⋯私でよれば、いつでもお付き合いしますよ」
私が言えたのは、よくある台詞だった。
それなのに、モリソンは嬉しそうに笑ってくれた。
私は、溶けかけたアイスを頬張って空気を変えた。
「もちろん、次も奢ってくれますよね!」
「はははっ。強欲な娘だ」
モリソンは吹き出して、「仕事の話に戻ろうか」と腕を組んだ。
「脅すようなことを言ったけど、私は君と仕事ができるのを楽しみにしているからね」
「ありがとうございます」
「もちろん、他の職種と比べてよく考えてくれ。君がどんな選択をしても、私は心の底から応援するさ」
「モリソンさん⋯⋯!」
なんていい人なんだ。
私はもう一度礼を述べた。
*****
家に帰ると、どっと疲れが押し寄せてきた。夕ご飯も食べず、ベッドに直行する。
「ふぅ〜⋯⋯。守護霊を持続させるのは流石にキツかったわね」
ぼんやりと杖を弄びながら、瞼を閉じる。
そして、ふと気付いた。
「そういや、『私』がリリーになってから一年以上過ぎたのか⋯⋯。早いわぁ」
セブルスのブリーフがきっかけという訳わからない方法で思い出し、ここまでやってきた。
今のところ、原作を変えるようなことはしていない。だが、今後は全く違うものになるだろう。私がジェームズと結婚しないことで、予測のつかない事態が起きるかもしれない。
故に、私は魔法の腕を磨かなくてはならない。
自分の身を守れるように。
大事なものを、失くさないように。
「⋯⋯就職はほぼ決まったし、七年生は魔法を極めようかしら」
そうこうしていれば、ホグワーツ最後の一年もあっという間に終わっていくのだろう。
私は欠伸を一つして、リビングに降りて行った。
いきなりですが、次回はホグワーツ卒業です。
7年生の一年間を丁寧に書くにはネタが足りねぇ⋯⋯!という理由で諦めました。