【完結】リリー・ポッターの存在否定   作:夜風ミシェル

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12.私の後悔

 

 最後のホグワーツ一年は、本当にあっという間だった。

 『必要の部屋』で魔法の練習をしたり、ジェームズをいなしたり、暴走するエマを止めたり、結構忙しかったな()。

 『私』が『リリー』になってから、はや二年。

 今日は私たちの卒業式だ。

 

「最後の一年、光の速さで終わっちゃったねー」

「光の速さどころか、数行で終わったけど(メタい)」

 

 こうやって大広間で駄弁るのも、これが最後。なんだか寂しい気分になってくる。

 

「ええ、寂しいでしょう⋯⋯!なんせ、この私と毎日のようには会えなくなるのですから!」

「「⋯⋯」」

 

 唐突に現れたロックハート、微妙に私の心の声を読んでて草。それはそれとして、この人は最後までそのノリを突き通すんだぁ⋯⋯。

 ご丁寧に、ロックハートは私たち全員分のプレゼントを用意してくれていた。

 「いやぁ、お前いい後輩だなぁ!!」とウキウキで包みを開いたシリウスは、その中身が香水────しかも、ロックハートが愛用しているものだ────と知った瞬間虚無った。

 

「どうですか、これでいつでも私の存在を感じられますよ!」

「⋯⋯こんなもん、いるかあああああぁぁぁ!」

 

 シリウスはロックハートに掴みかかった。

 苦笑が漏れる。

 

「おもろ。⋯⋯あ」

 

 私は、温かい目でこちらを見ているダンブルドアに気づいた。目線の動きで、廊下に出るように促していることを理解する。

 ギャアギャア騒がしい集団から離れ、私とダンブルドアは廊下を歩き出した。

 

「ホグワーツは楽しかったかのぅ?」

「ええ、とても。⋯⋯できれば一年生からやりたかったですけど」

「ほっほっほっほっほ」

 

 ダンブルドアは自分の髭を撫でた。それから少し声を潜めて言う。

 

「暫くしたら、不死鳥の騎士団を結成する。そのとき、おぬしにも協力してほしいのじゃが⋯⋯」

「言われなくても参加しますよ」

 

 あたり前田のクラッカー、と付け加えると、意味が分からなかったらしくダンブルドアは首を傾げた。が、特にツッこむことなくシリアス続行。

 

「そう言ってくれると助かる」

「まあ私のためでもありますしね」

 

 絶対ジェームズとは結婚しないぞ!

 ふんす、と鼻息荒く力んだら、ダンブルドアは微妙に暗い表情になった。どこからかグラスが出てきて、ダンブルドアの手に収まる。

 

「⋯⋯確実に振られるジェームズに、乾杯」

 

 最早合掌してるくらいの暗さだ。

 この瞬間、大広間にいるジェームズはくしゃみをしていた。

 

「さて。老人との会話はここまでじゃ。あとはピッチピチの若人に任せるとしよう」

 

 ダンブルドアはウインクして、私の後ろに目をやった。つられて振り返ると、そこにはセブルスがいた。

 

「卒業おめでとう、リリー、セブルス」

 

 ダンブルドアは囁き一つ残して姿を消した。

 必然的に、私とセブルスは向き合うことになる。

 多分、セブルスは今来たばかりだ。そうじゃなかったら、ダンブルドアは不死鳥の騎士団の話をしないだろうし。

 私は呼び寄せ呪文でソフトドリンクを二つ用意した。

 

「さあセブルス。乾杯しましょ」

「ああ」

 

 微笑みながらオレンジジュースを飲みつつ、脳内でセブルスに言うべきことを組み立てる。

 不死鳥の騎士団のことを伝えるのはまだ早い。だから、それとなく匂わせておいて、勧誘という布石を敷くのがいいか。

 

「⋯⋯えーっと、あ、そうそう。後輩から香水貰ったのよね」

 

 私はいそいそと卒業祝いを見せた。

 

「先輩思いの子だな」

「いやそれがね⋯⋯ナルシストだから香水のセンスが悪くて」

「貰い物に対して失礼じゃないか?」

 

 それはそうなのだが、いかんせんロックハートだからな⋯⋯。

 ま、セブルスはロックハートを知らないしここはスルーで。

 

「卒業して、お互い仕事に慣れてきたら⋯⋯一緒に香水を買いに行きましょう、セブルス」

 

 私はセブルスを見つめた。さりげなく卒業後も会えるように仕組んだ、いい約束だ。次セブルスに会う頃には、騎士団もいろいろ決まってくるだろう。そこで勧誘すれば良い。

 

「⋯⋯」

 

 セブルスは頷かない。何か言いたげだ。

 ようやく決心がついたのか、口を開く。

 

「リリー⋯⋯は、卒業しても僕に付き合ってくれるんだね」

「当たり前でしょ?だってセブルスなんだから」

「⋯⋯でも僕は⋯⋯君が嫌がることもいっぱいやってきた」

 

 うっ。

 最後の最後に爆弾投下してきた⋯⋯。

 リリーが嫌がることと言えば、『マグル生まれを蔑む』行為。当然私も知ってる。

 が、セブルスと仲違いしたくなくてあんまり強く言えなかったのよね⋯⋯。他の生徒には申し訳ないけど、このままなぁなぁにしてセブルスと強い関係を築こうと思っていた。なのに⋯⋯。

 じっとりとした汗が、頬を伝う。

 どうしてこのタイミングで言うかぁ??その話題に対してのコメントって難しいのに。

 いい感じの台詞を考えてから、私は返した。

 

「確かにセブルスのやってきたことは非人道的だし、差別と何ら変わりはないわ。でも⋯⋯」

 

 私は舌で唇を潤わせた。

 

「そういう考えに至った原因も、何となく察しているし⋯⋯。だから私は、これまでのことを受け入れ、その上であなたとまた遊びたいって思ってる」

 

 セブルスは黙っている。

 

「過去は消えないけど、未来は変えられる。月並みな台詞だけど、私はあなたの未来を変えたい。だから⋯⋯」

 

 私は静かに、セブルスに手を差し出す。

 

「私と同じ道に進んでくれないかしら?」

 

 そして、聖女のごとき微笑を浮かべた。

 完璧だ、と思った。

 私今、すごく『リリー』らしいことを言ったわ!!

 内心で自画自賛していた私は、しかし────次の瞬間、目を疑った。

 

 

 

「──作り物みたいな笑顔はやめてくれ!」

 

 

 

 差し出した手は、振り払われたのだ。

 

 

 

 「え」という間抜けな声が、静謐な雰囲気の廊下に響き渡る。

 セブルスの唇は、震えていた。

 

「なんで⋯⋯?なんで君は、僕のやってきたことを受け入れるって言うんだ⋯⋯?」

「な、なんでってそれは⋯⋯」

「前までの君なら、絶対に許さなかったのに!!」

 

 キッと私を睨むように見るセブルス。その圧に気押されて、私は何も言えなかった。

 

「リリーはもう、僕のことなんてどうでもいいんだろ!」

「⋯⋯いや、どうでもよかったら誘わないでしょ」

「それはただの情けだろう?」

 

 セブルスは乾いた笑いを漏らした。

 

「好きの反対は無関心。言い得て妙だよなぁ⋯⋯」

「どういう、こと」

「いつからだろうね、リリーが僕を怒らなくなったのは」

「それは⋯⋯」

 

 『私』が覚醒してからだ。

 ハリー・ポッターがいなくてもヴォルデモートを倒すために、セブルスにはこちら側に来てもらう必要があった。だから私は出来る限りセブルスと仲良くした。喧嘩なんてしたら終わりだと思って、それで。

 それの何が、不満だと言うのだろう?

 セブルスはリリーが好きだ。毎日のように話せたら嬉しいんじゃないの?

 私には何も理解できなかった。

 だから、次のセブルスの語りには度肝を抜かれた。

 

「リリーの中では、僕なんて最早怒るに値しない人間なんだろ⋯⋯?あんなにポッターには怒鳴ってるのに!」

 

 その言葉に、以前した会話がありありと蘇る。

 セブルスは、自分に対して怒らなくなったことに疑問を抱いていた。

 

「ち、違うわ。てか私だって、怒りたくてジェームズに怒鳴り散らかしてるんじゃないのよ?あれが変態だから、仕方なくよ?」

「もう隠さなくていいよ。君がポッターに惹かれてることくらい、分かってるから」

「は?」

 

 再びの間抜け声。

 何言ってんだこいつ、などと思ったが、よく考えたらそうだった。

 前世の記憶を取り戻す前のリリーは、確かにジェームズに惹かれていた。まずい、一応事実だから安易に否定できねぇ⋯⋯!

 

「リリーは何も分かってない」

 

 セブルスは泣き出しそうだった。私との温度差が酷い。

 

「顔も、性格も、家も、何もかもあいつより劣ってる僕が、唯一対抗できるのは闇の魔術だけだったんだ!だからやめられなかった!それを君は知らないだろ!?」

 

 私とセブルスの間には、どうしようもない溝がある。

 

 だって私は、純粋な『リリー・エバンズ』ではないから。どうしたって前世の私が心にいて。

 セブルスが好きなのは、『私』ではないと知っている。だから精神的な距離ができてしまう。

 でも、セブルスはそんなこと知らない。

 これはまずいぞ。落ち着いて誤解を解かねば。

 私は努めて冷静に口を開いた。

 

「セブルスを追い詰めていたのなら、それは申し訳ない。そう思わせるような言動をしていた時点で私に責任がある。本当にごめんなさい。責任を取らせてほしい。私はどうすればいい?」

 

 淡々と教えを乞うと、セブルスは額に手をやって空を仰いだ。

 

「⋯⋯こんなときでも、リリーは冷静なんだな」

 

 私は瞬きを繰り返した。

 セブルスの纏う雰囲気が儚い。このまま消えてしまいそうだった。

 そして。

 

「僕を、見てくれ」

 

 リリーの緑の瞳を見て、セブルスは切なく囁いた。

 リフレインする。

 映画の名シーン。

 ハリーの瞳にリリーを重ね、息絶えるスネイプ先生。

 

「──!」

 

 私は息を呑んだ。

 その一瞬の隙に、セブルスは私に背を向けて走り去っていった。

 小さくなる背中を見て、私は立ち尽くす──。

 

 

 

 

 

「⋯⋯なんてことはしないわよ、セブルス!」

「!?」

 

 私はウ○イン・ボルトもびっくりなスタートダッシュを決めると、ダダダダダッと走り寄った。それを見て、セブルスはスピードを上げる。ちょっと待ってください、私の足が死ぬ!

 足をもつれさせながらも走り続ける私。

 曲がり角に差し掛かろうとしたその時、スリザリン生が立ち塞がった。

 

「もう諦めろよ。スネイプはお前に付き合いきれない」

「あんたは⋯⋯私との決闘で情けなく気絶したエイブリー」

「その枕詞はいらねぇよ」

 

 エイブリーがピキった瞬間、横方向から無詠唱で魔法が放たれた。

 

「────!?──」

 

 喋れない。シレンシオを使われたようだった。

 もう一人のスリザリン生が現れる。名前は思い出せないが、多分エイブリーの友人のはずだ。

 もうとっくにセブルスは見えない。完全に距離を置かれた。

 私は二人を睨んだ。

 

「何の用って聞きたそうだな。教えてやるよ⋯⋯プレゼントだ」

 

 エイブリーは杖を振った。

 

「セクタムセンプラ」

 

 私も杖を振って、無言でプロテゴする。だが、無詠唱のプロテゴは難しく、私の成功率は50%ということあって無駄に終わった。

 右半身が切り裂かれた。

 痛みで顔が歪む。

 続けざまにエクスペリアームスを食らって、私の体は吹っ飛んだ。

 やっぱり声は出せなくて、だからセブルスは気付かない。助けは来ない。

 

「卒業おめでとう、エバンズ!」

 

 エイブリーの高笑いが遠い。

 二人は満足した様子で立ち去った。その姿が完全に見えなくなってから、私は杖を握りしめる。

 

「ヴァルネラ・サネントゥール」

 

 シレンシオの効力が切れるのを待って、私は怪我を治した。飛び散った血液はスコージファイで片付ける。

 

「エイブリーはマジでカス。許さん」

 

 私は舌打ちをして、大広間に戻った。

 下級生に写真をせがまれるジェームズとシリウスはすぐに見つかったが、セブルスたちの姿は見当たらない。

 

「あ、リリー!どこに行ってたの?」

 

 隅っこで暇そうにしていたエマとリーマス、ピーターが寄って来た。「ちょっとね⋯⋯」と適当に返してから、セブルスを見たかどうか聞く。

 

「スネイプは見てないかな」

「⋯⋯そう」

「なんかリリー、顔色悪くない?大丈夫?」

 

 エマが私の顔を覗きこむ。

 何て言おうか悩んでいると、聡いリーマスが言った。

 

「セブルスと何かあったんだね?」

 

 憂いを帯びた視線に促され、私はセブルスとの一件を全て吐いた。

 

「スネイプ最低じゃん。闇魔法がやめられないのをリリーのせいにしてるけど、自分が選んだことでしょ」

 

 エマらしくない冷たい言葉に、私は首を傾げた。それを受けて、エマは僅かに口元を緩ませる。

 

「リリーの友達だし、あんまり言いたくはなかったけど⋯⋯実は私、スネイプのこと良く思ってないんだよね」

「初耳だわ」

「そりゃそうでしょ。私がスネイプを避けてたし」

 

 言われて、気づく。

 エマがセブルスのことを「スネイプ」と呼ぶことも、今初めて知った。

 エマは励ますように私の背中を叩いた。

 

「もう良くない?リリーとスネイプじゃ、物の見方も考え方も全く違う。タイプが合わないのに、無理にいる必要はないでしょ」

「そう、かしら」

「そうだよ!全部スネイプが悪いし」

 

 ⋯⋯そう、だろうか。

 妙に心がざわつく。

 モヤモヤを抱えたまま、私はリーマスを見た。

 リーマスは、「多分、だけど⋯⋯」と前置きしてから話し始めた。

 

「セブルスは、リリーにも感情的になってほしかったんじゃないかな。『こんなときでも冷静なんだな』っていう言葉が全てだと思う」

「どういうこと?」

「リリーの謝罪は真面目で、理性的すぎるんだ。謝ってから次どうすべきかを聞く⋯⋯それは正しいけど、『心』がないよね」

 

 リーマスは少しだけ黙った。次の言葉を探しているように見えた。

 

「セブルスは、何でもいいから君に感情をぶつけてほしかったんだよ。そうしてくれれば、リリーにとっての自分は、関心の対象であると感じられるから」

「⋯⋯うん」

「冷静に話せるのは君の美徳だけど、今回はそれが足を引っ張ったのかもね。他人事みたいな感じが、良くなかったんだと思う」

 

 他人事。

 その単語は、私の胸を深く抉った。

 

「⋯⋯本当に、他人事なのよ⋯⋯」

「え?」

 

 私の呟きは、小さすぎて聞き取れなかったようだ。もし聞こえていたとしても、その意味は分からなかっただろうが。

 私は転生者。どうしたって脳内には原作知識がちらつくし、物語を介してこの世界を見てしまう。未だに読者目線が抜けきらない。

 

 それなのに。

 

「っ!り、リリー⋯⋯」

 

 エマは驚いたように息を吐いた。

 そこで私は、自分が泣いていることに気付くのだ。

 

「あ、あれ⋯⋯?」

 

 ポロポロと止まらない雫は、その存在を主張するように床を染める。

 エマが私を抱きしめた。

 リーマスとピーターは、泣き顔が外から見えないように私の前に立ってくれた。

 私はようやく理解した。

 原作を知ってるのも、セブルスと決裂して悲しいのも、全部私なんだ。

 『リリー』とか『私』とか、そんな区別はなかった。

 私が、リリー・エバンズだ。

 取り返しのつかないところまで来て、私はやっと、正しくリリーに成れたのかもしれなかった。

 

 

 

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