13.不死鳥の騎士団
アズカバン刑務官の朝は早い。
無事に就職することができた私は、刑務官専用の部屋でコーヒーを飲んだ。それから、ふくろう便で伝えられたあれそれを、カレンダーに書き込んでいく。
「えーっと、午後に闇祓いから死喰い人二名を受け取って牢獄にぶちこむ、と」
「⋯⋯それ、もうちょっとまともな感じに書いてくれん?主観が混じってる」
もう一人の刑務官にじろっと睨まれた。
彼の名前はセラフ・ギボン。聖28一族に名は載っていないが、魔法界の名家に分類される家の出だ。モリソンが「年齢も近いし、君が指導してやって」と言ったので、ギボンが私の教育係である。ちなみに三つ上。
私は大人しく書き直すと、教育係さまに紅茶を淹れた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ギボンは目を細めた。
私は席に戻ると、静かにため息をついた。
死喰い人、か⋯⋯。
連絡のつかない幼馴染を思い浮かべる。
セブルスは、もう死喰い人になっているんだろうか。
*****
十月×日、ダイアゴン横丁。
私は、ダンブルドアからの手紙を手にして、こじんまりとしたカフェに入った。
手紙の内容は、『闇の陣営に対抗するためのチームを結成する』というもの。要するに、不死鳥の騎士団を作るよーってこと。
店員に手紙を見せると、奥の個室に案内された。
早起きしたので眠い。
頬を叩いて、部屋に入った。
「おお、久しぶりじゃのぅ。リリーよ」
温かな笑みとともに、ダンブルドアが出迎えてくれた。頭を下げつつ、個室を見渡す。まだ誰も来ていなかった。
「他の方は?」
「ああ、実はのぉ、おぬし宛ての手紙にだけ一時間ほど早い集合時間を記したのじゃ。少し打ち合わせがしたい」
私は席に着いた。
ダンブルドアが一枚の羊皮紙を差し出す。
「今日呼んだメンバーは以下の通りじゃ」
紙には、ジェームズやシリウスなどの同級生と、マクゴナガルやムーディ、ドージ、バンスなどなど、あとはネビルの両親の名前があった。
「ピーターは騎士団に入れないんですか」
「おぬしは、どう思う?」
質問に質問を返されて、私は言葉に詰まった。
ピーター・ペティグリュー。
作中で恐らく唯一の、グリフィンドール出身の死喰い人。いつ裏切るかも分からないし、所属させない方がいいに決まっている。
多分、前までの私ならそう言っていた。
でも今は違う。
原作を介して人を見ることはやめる。
私はダンブルドアを見つめた。
「ピーターにも参加する権利はあると思います。もちろん、断る自由も。だから本人に聞きましょう」
「なるほど。では次回の集会までに聞いておこう」
ダンブルドアの杖が動いて、紙にさらさらと文字が書き足された。
「ならず者のマンダンガス・フレッチャーはどう思う?」
「⋯⋯やめておきましょう」
これと言った理由はないが、なぜか入れない方がいいと私の勘が訴えている。首を横に振ると、ダンブルドアは安心したように微笑んだ。まるで、私がそう答えるのが分かっていたような態度だ。違和感を覚え、質問しようとした矢先に先手を打たれた。
「⋯⋯セブルスのことじゃが」
それは、今私が気になってやまないことだった。
「何か知ってるんですか」
「知っている。⋯⋯それに、おぬしも察してはいるのじゃろう?」
「ええ。家は空っぽ、私に会いに来ない⋯⋯充分すぎる」
「それが答えじゃ」
やはりか。
セブルスは死喰い人になった。
私は、セブルスを味方に引き込めなかった。
硬く口を結んだ私に、ダンブルドアが優しく言う。
「原作でもそうじゃったのじゃろう?おぬしの責任ではない」
「⋯⋯」
「それに、良いこともある。騎士団の団員は死ぬ危険があるが、死喰い人にはない。セブルスの身の安全はある意味では保証されておる」
確かに、ある意味そうではある。ヴォルデモートが手を下さない限り、セブルスが被害者になることはない。心配すべきは自分のことだ。
「そうですね⋯⋯。それに、セブルスがいるなら私に危害を加えないよう配慮してくれるかもですしね」
セブルスの好意が、私を守ってくれるんじゃなかろうか──そんなことを思った私は、すぐに反省した。駄目だ、こういう思考は良くない。そうやって舐めた態度を取って後悔したばっかりだというのに。
私は盛大にため息を漏らした。
「⋯⋯それで、他には?」
「以上じゃ」
「え?」
私は時計を見た。他のメンバーが来るまで、まだ三十分以上残っている。
「私てっきり、一時間も話すことがあるものだと思っていたんですが」
「以上じゃ」
「⋯⋯」
あれ、私が早起きした意味なくね?
こんなことなら、もうちょっと寝れたやんけー。
てか、暇すぎる!時間潰し用の本とか持ってくればよかった。
「スマホ⋯⋯、スマホがあれば三十分を有意義に使えるのに⋯⋯!」
「スマホ?」
首を傾げたダンブルドアは、開心術で私の記憶を見たのだろう、「ああ」と声を上げた。
「未来にはそんな機械があるのじゃな⋯⋯。おもしろい」
「私はいつもスマホでYouT○beを見てたんですよねー」
そう言ったあたりで、ふと思った。
この世界、YouT○beあるのか?Vtuberは?ゆっくり実況は?
いや待てよ。私が先駆者になったっていいわけで⋯⋯。
「『ゆっくりリリーよ』、『ゆっくりダンブルドアだぜ』⋯⋯いやナシだな、流行らなさそう」
「それは何じゃ?」
「機械音声が喋る動画ですよ」
ダンブルドアは訳が分からん、とでも言いたげな顔をしていた。開心術で私が思い浮かべてる映像は見えてるはずなのに⋯⋯。やはりジジイだからか。
「失礼じゃな。⋯⋯いや、失礼で草、と言うべきか」
「若者言葉を使って若人との距離を縮めようとする人は、場合によっては嫌がられますよ」
「⋯⋯」
ダンブルドアはしょげた。
その後、現代のアニメや漫画の話をしていたら、ようやく他メンバーがやってきた。
「やぁ、リリー。一週間ぶりだね。チュッ(リップ音)」
ジェームズ一行である。尚ピーターはいない。
ジェームズとシリウスは、闇祓いとして精力的に活動している。一週間前に会ったのは、罪人の受け渡しが理由だ。
ジェームズが頭を撫でようとしてくるので、少々乱雑に払いのける。
「きしょ。⋯⋯闇祓いの仕事お疲れ様」
「リリーが優しい⋯⋯だと!?」
「失礼ねシリウス。私はいつも優しいわよ。ねえ、リーマス?」
「え」
リーマスはあからさまに目を逸らした。ちなみに、彼は就職できなかったので今はフリーターである。人狼の就職難は酷いと思う。
だが、そんなこと知ったこっちゃないと憤慨するジェームズ。
「何だよムーニー⋯⋯じゃなかった、リーマス。リリーは優しいだろ?」
ジェームズはにやり、と笑った。
なぜあだ名呼びをやめたのかというと、マローダーズは解散したからである。『忍びの地図』もホグワーツに残してきた。原作では、フィルチに取り上げられてそれっきりになってしまったらしいが、「後世の悪戯好きな生徒に跡を継がせたら」と私がそれとなく誘導したので、取られる前に隠せたようだ。いやぁ、フレッド&ジョージ⋯⋯楽しみだ。
「ちょっとジェームズ!早く奥に進んでよ。私だってリリーと話したい!」
「あら、エマ」
ぶんすかしていたエマに声をかけると、彼女の顔は一瞬で明るくなった。
「久しぶり!聞いて聞いて!会社にBLできそうな先輩がいてね、それで、」
「その話は後でね」
相変わらずエマは腐ってた。
エマはマグルの出版社で働いている。そのため、会うのは久しぶりだ。積もる話題もあるだろう。
続々と団員が集まってくる。
全員が席に着いたところで、ダンブルドアは茶菓子を配った。そして、声高らかに宣言する。
「勢力を増す闇陣営に対抗すべく、ここに『不死鳥の騎士団』を結成する!不死鳥の如く何度でも甦り、蔓延る闇を祓うのじゃ!」
ちょっとかっこいいじゃないの。
私は頬杖をついた。
ま、原作知識があれば幾分かイージーでしょ。勝った、第三部完ッ!
各々に見回りの日程を伝えるダンブルドア。それから、卒業したばかりの私たちを見てこう言った。
「君たちには並行して、閉心術を学んでもらう。戦闘の才能はあるが、情報が筒抜けでは意味がないからのぉ。講師は儂じゃ」
「でもダンブルドア校長は多忙では?」
リーマスが尋ねた。
「ああ。じゃから騎士団の集会があるときしか練習させられん。できれば自分でも練習してくれると助かるのじゃが」
騎士団の集会は、二週間に一回程度を予定している。うーん⋯⋯それだけで閉心術が身につくとは思えない。自主練は避けられないか。
早速始めようか、とダンブルドアは目を細めた。
「誰が一番乗りじゃ?」
私たちは顔を見合わせた。
閉心術の訓練とは、すなわち開心術をかけられるということだ。進んで受けたいとは思えなかった。
「あなたがやりなさいよ」「いやレディーファーストでいこう」「君が行けよ」などと無言で会話していたら、しびれを切らしたダンブルドアが私を指さした。
「リリーから始めよう」
「ご指名いただきましたー、もえもえきゅーん」
私はファインディングポーズを取った。
ダンブルドアが目の前に立つ。
「レジリメンス!」
心を覗かれているのが、ありありと分かった。分かりやすいように、わざわざ下手くそな開心術にしてくれている。
よし、心を無に⋯⋯空っぽに⋯⋯。
「いや無理ゲーww」
私は膝から崩れ落ちた。
何だこれ、むずすぎんだろ。いい加減にしろ!
諦めモードを漂わせる私に、ダンブルドアは優しく説く。
「諦めるにはまだ早い。特におぬしには早く身につけてもらわんと困るのじゃ」
「でも、心を無にしようと考えてる時点で意識が残ってるじゃないですかぁー」
「油断大敵!」
突然ムーディが台パンした。勢いそのままにツカツカと歩み寄り、私の肩を揺らす。
「自分の行動一つが、仲間の命に関わるんだぞ!甘えるな!油断大敵!」
「は、はいぃぃぃ⋯⋯油断大敵」
鳴き声が油断大敵のムーディさんは怖かった。泣きべそをかくと、さらに叱られた。
「大声で言え!油断大敵!!」
「はい、油断大敵!」
「そうだ、油断大敵だ!──レジリメンス」
「んあああああああ!?」
私は全力で顔を背けた。うぉぉぉい!何しれっと心見ようとしてんだ!危うく前世の記憶を知られるところだったぜ。
だが、ムーディはそんなこと知ったこっちゃなかった。
「む!なぜ顔を背ける!?それでは訓練にならん!レジリメンス!」
やめてくれ!
私は目配せでダンブルドアに助けを求めた。プリーズヘルプミー!
ダンブルドアは小さく頷き、私とムーディの間に割り込んだ。
「そこまでにしてもらおうかのぉ。開心術の担当は儂じゃ」
「ふん。だが、何かやましいことがあるんだろう。ダンブルドア、この娘を仲間に入れていいのか?」
「ああ。むしろ仲間にせんと危うい」
ダンブルドアはそう言い切ると、ムーディの追及から私を逃すように、「今日は解散じゃ。『漏れ鍋』で同級生と話しなさい」と背中を押した。
*****
エマがグラスを持ち上げる。
「はい、じゃあ久しぶりの集まりに〜〜?」
「「「「かんぱーい!」」」」
私たちは蜂蜜酒を煽った。
ここは『漏れ鍋』。
何気に、このパブでアルコールを楽しむのは初めてかもしれない。
シリウスが軽食のメニューを見ながら言った。
「そういや聞きそびれてたんだけど。なんでピーターはいないんだよ?」
「あー⋯⋯。校長には何か考えがあるみたいよ」
私は言葉を濁した。それから、「いくら友達とはいえ、不死鳥の騎士団の内情を伝えるのはやめておいた方がいいわ」と口止めもしておく。
私はグラスの中で液体を回した。
ピーターは騎士団に入るんだろうか。
多分原作では、ジェームズたちがいて断りきれずに入ったのだと思う。だから、ジェームズたちがいない場で、ピーター自身が入団を希望するかどうか確かめた方が良い。そうすれば、彼が死喰い人になるのを避けられるはずだ。
ごにょごにょした様子の私に気を遣ったのだろう、リーマスが話を変えた。
「あそこにいたムーディさん?って闇祓いなんだろう?ジェームズたちの先輩だよね」
「おう、そうだぜ」
「はちゃめちゃに強いよ」
「まあ、『油断大敵!』ってやかましいけど」
「僕いつもカウントしてるんだけど、冗談抜きで一日百回は言ってる」
「何数えてんの?」
エマが笑うと、ジェームズはさらに話す。
「怪我を負って、意識朦朧とする中でも不思議と聞こえてくるんだ。あの鳴き声が」
「ちょっと待って?意識朦朧って結構やばくない?」
心配そうにジェームズを見つめるエマ。確かに、かなりの重傷だ。ムーディの鳴き声より重要な話である。
「今はもう大丈夫なの?」
「うん、もうすっかり良く──なってないよ!?でも、リリーが触ってくれたら良くなる気がする⋯⋯!」
「なるほど、もう治ってるのね」
嘘乙。ここぞとばかりに変態発揮するな。
まぁ、冗談言えるくらいに元気なら良しとするか。
「相変わらずつれない人だ⋯⋯でもそこがいいっ!」
「うるさい。心配して損したわ」
「ああ、どうすればリリーにたぎる想いを伝えられるんだろうか⋯⋯?そうだ、踊ろう。ポールダンスします」
「ここはショーパブじゃないから、ポールなんてないよ」
ドリンクを作りながら、『漏れ鍋』の店主・トムが言った。
ニヤニヤと下品に笑いながら、シリウスがジェームズの肩をつつく。
「自分のポールで踊ればいいんじゃないか?」
「シリウス⋯⋯!天才か?」
「閃いた顔するのやめようか」
「止めるなリーマス。僕はやるぞ、例え黒歴史になるとしても!」
「そうだ、ジェームズ。リリーの前でポールダンスしろ!」
囃し立てるシリウスに、エマは白目を剥いた。
「その会話の意味が分かっちゃう自分が怖い」
安心しなさい、すごい下ネタなのに私も理解しちゃってるから。
本気で酒をぶっかけようかと悩んだが、流石にアルコールはまずいか⋯⋯と自重した。
ここはガツンと言ってやろう。
「キモいから、今すぐその話やめなさい。さもないと二人のポールをへし折るわよ」
「「ひえっ⋯⋯」」
アホ二人は自分の股間を押さえた。
「わいせつ罪でアズカバンに送ろうよ、リリー」
「残念ながら、私にその権限はないのよエマ。できるなら今すぐディメンターキッスさせたいけど」
「バレンタインデーキッス♡みたいな?」
「は?」
「すいません」
シリウスはドゲーザーした。
サンドイッチをつまみながら、エマが聞いた。
「アズカバンの仕事ってどう?病みそう」
「いえ全く。むしろ元気になるわね」
そう答えると、皆そろって不思議そうな顔になった。
私は蜂蜜酒を机に置いた。
「まぁね、アズカバンは悲惨よ。見回りに行くと使用済みトイレットペーパー投げつけられるし。唾も吐かれるしね。最悪なのは抜けた歯よ。投げられても気づかなくてプロテゴが間に合わない」
「うわっ⋯⋯最悪じゃん」
「ええ。それに私はマグル生まれだから、余計に酷い」
「それ、普通に辛くね?」
シリウスが労わるように私の背中を撫でた。
今のアズカバンにいるのは、大抵が死喰い人である。彼らはディメンターの影響を受けにくいので、牢獄入りして数ヶ月はピンピンしている。そのため、刑務官に嫌がらせをするくらいの余力はあるのだ。
だが、私とてやられっぱなしではない。
私は刑務官だ。
それなりの制裁を加えることはできる。
「死喰い人の持ち物の中に、ヴォ⋯⋯『例のあの人』の写真があったのよ。それを囚人に踏ませて、精神攻撃してるの。すっきりするわよ」
「踏み絵かな?」
「あとは単純にビリビリに裂いたり、落書きしたり。焼き増ししてるから在庫が大量にあるのよ」
「『例のあの人』の写真焼き増しとかいうパワーワード」
「死喰い人がギャアギャア発狂するのを見ながら飲む酒はうまいわ」
「アズカバンで酒飲んでんの!?」
「トチ狂ってんな⋯⋯」とシリウスはドン引きしてた。解せぬ。
「人殺しに人権ないからぁ!!」
「過激思想だぁ⋯⋯」
エマは震えながら、「まぁでも楽しそうでヨカッタヨカッタ⋯⋯」と呟いた。
⭐︎キャラクター紹介
エリック・モリソン
⋯アズカバン刑務官。部長的なポジションに就くイケおじ。
娘は死喰い人に殺された。
セラフ・ギボン
⋯同じく刑務官。リリーの教育係。
そこそこの名家の出で、学生時代はレイブンクロー所属だった。