冬の寒さがいくらか和らいだ頃。
そんなの関係なく冷凍庫並みに冷えたアズカバンで、私は相変わらず業務に勤しんでいた。この空間、キンキンに冷えてやがる⋯⋯!
「A302、囚人9名。今日も元気ですかー?」
見回りで牢獄の中を覗く。うち一名はそろそろ限界らしく、虚ろな目をしていた。
手元の紙にその旨を書き込む。すると、反対側の房から声をかけられた。
「おい看守。大金を積んでやるから私を逃がせ。一生遊んで暮らしていけるぞ」
「んー、じゃあ遺産だけ貰いましょうか」
「勝手に殺すな、後輩」
後頭部をギボン先輩にはたかれた。反射的にその患部を押さえつつ、唇を尖らせる。
「死喰い人として捕まってるのにどうして銀行口座は凍結されないんですか?私、疑問です」
「そういうもんだろ」
「えぇ⋯⋯」
とりつく島もない。
ギボンと共にさくさく見回りを終え、いつもの部屋に戻った。
「君さぁ、いくら檻で守られてるとはいえ、犯罪者相手に恨みを買うような行動はやめた方がいいぞ。⋯⋯たとえ、ダンブルドアと親しくても」
そう言うギボンは、どうやら例の新聞を読んでいたようだ。
でも別に、ダンブルドアに守ってもらえるわけじゃないんだけどな⋯⋯。
ギボンは首を傾げた。
「というか、普通に疑問なんだが。君はどういうわけであのダンブルドアと仲良くしてるんだ?」
「え?あ⋯⋯」
不死鳥の騎士団のことは言えないし、前世の話はもっと言えない。「お近づきになれる機会が、たまたまありまして⋯⋯」とあからさまに濁すと、ギボンは何か言いたそうに口を開いた。
しかし、結局言葉を発することなくギボンは机の上の書類に手を伸ばした。
「⋯⋯そういえば、そろそろ魔法省に向かった方がいいんじゃないか?死喰い人の司法取引、もう終わるだろ」
「え、あ本当ですね。じゃあお迎えに行ってきまーす」
私は立ち上がり、ポートキーに触れた。
ポートキーと煙突飛行を使い、魔法省に到着。
小走りで目的の部屋に向かうと、裁判はまだ途中であった。
今行われているのは、司法取引。
仲間の名前を明かす代わりに、自身の刑を軽くしてもらうのだ。
「やあ、リリー」
私の入室に気付いたジェームズが、ひらひらと手を振った。彼は闇祓いの一員として呼ばれていたのである。
私が呼ばれたのは、死喰い人をアズカバンに戻すため。いくら減刑されても、アズカバンから逃れることはできないのだ。まあ、お金を積んだとかで例外もあるけど。やっぱりこの世って、全部金なんだなって思います。
「今回の人は、何人殺したの?」
「五十名弱。その中には子どもも含まれてる」
「⋯⋯そんな人、ディメンターにキスさせたらいいんじゃないの」
「司法取引でどこまで減刑されてしまうんだろうね」
ジェームズは苦々しい表情をしていた。私も同じ気持ち。
前世であんなに夢見てた世界も、不条理なことはある。制度上受け入れざるを得ないけど、思うことはあるわよねぇ⋯⋯。
「よし、あいつがアズカバンに入ってきたらスープに劇マズ百味ビーンズを大量に混ぜてやるわ」
「清々しいほどの職権濫用。デスゲーム主催者が言うと重みが違うね」
「デスゲームじゃなくて、バトロワね?」
余計ひどくなってて草なんだ。ちゃんと怪我も治してあげたのに。
丁寧に訂正を入れ、件の死喰い人に意識を戻すと、
「──あ、あとセブルス・スネイプです!」
非常に聴き馴染みのある名前が、耳に入ってきた。
久しぶりだな、と心が揺れ動く。
怒ったように、役人が木槌を打ちつけた。
「それは既にこちらも把握している!まだ我々が知らない仲間の名を言え!」
その言葉を聞いて、私はジェームズに視線を向けた。
「⋯⋯セブルスが死喰い人になったって、あなた知ってたわね?でも私に言わなかった」
「う⋯⋯いやごめん。言うタイミングがなかったというか」
「ほぼ毎日会いに来てるのに、タイミングがなかったんだ、へぇ〜?」
ジェームズは両手を挙げた。降伏の意を示している。それから、やや早口で語り出す。
「やっぱりアイツは、そのまま例のあの人を信奉して犯罪者になったんだ。僕の目は確かだったね」
「でも、少し反省はしてるでしょ?」
そう問いかけると、ジェームズは目を伏せた。
「⋯⋯まぁ、今思えば、やりすぎだったなって」
あんなに傲慢だったジェームズから、こんなにも弱々しい態度が見られるなんて。これが成長か。
──じゃあ、私はどうかな。
「⋯⋯私も人のことは言えないけどね」
「え?」
「勝手に決めつけて、ラベリングして⋯⋯」
セブルスのことを、全く考えていなかった。
彼は今や、立派な犯罪者。
リアルに、「次は法廷で会いましょう」ってことになりそうだ。
不自然なくらいに無表情なジェームズに、私は笑った。
「私とセブルスの軋轢、あなた知ってたでしょ」
「ぅえ?」
「リーマスかピーターから聞いてるはずよ」
そう言うと、これ以上すっとぼけるのは無意味だと悟ったらしく、ジェームズは遠慮がちに頷いた。
彼は優しい人だ。
今まで気を遣ってくれていたんだろうなと思う。
慰めのつもりか、ジェームズは私の背中を撫でた。
というより、撫で回してきた。
こいつ⋯⋯ちょっと見直したときにさぁ⋯⋯。
「どさくさに紛れて過剰なボディタッチするんじゃないわ」
私はジェームズから距離を取った。
*****
何度目かの、閉心術の訓練。
どうやら私には閉心術の才能がないらしく、散々だった。
私はキリッとした顔を作った。
「私はもう諦めます。開心術を掛ける隙を与えないように、攻撃魔法を極めようと思います」
「それではいかんのじゃ」
ダンブルドアは、どこか焦っているようだった。まるで、私に
閉心術を習得できないのは、私だけではない。
リーマスとエマも、だ。
二人とも完全に萎えていた。
「ダンブルドア先生⋯⋯私無理です。万が一に備えて、私に重要な情報は教えないでください」
「諦めんなよエマ!」
閉心術をほぼマスターしたシリウスが、エマの背中を強く叩いた。
エマがじろっとシリウスを見る。
「私には才能がないんだよ⋯⋯。最早これまで⋯⋯!」
「おいおい早まってんじゃねぇぞ!?」
「あー、リーマスとシリウスの絡みが見れたら才能に芽生えそーだなー(棒読み)」
「⋯⋯」
シリウスはすんっ、とした。うちのエマがすみませんね。
「昨日死喰い人と接敵して怪我したしー?なんか元気の出るものがあってもいいと思うんだけどなー」
尚も棒読みを続けるエマ。
シリウスは躊躇なくその頭をはたいた。
「あ痛っ。え、嘘、I am 怪我人。Do you understand?」
「うるせーよ。怪我なんて切り傷だし、そもそも接敵が原因じゃなかっただろ!」
まぁ、事実。
エマの怪我は単純に、紙で人差し指を切っただけだ。当然、もう治ってる。
厚かましいエマに堪忍袋の尾が切れたのだろう、シリウスは容赦なかった。
ぎゃいぎゃい騒いでいる二人をよそに、ダンブルドアは冷静に私を呼んだ。
「リリー。おぬしが諦めてどうするのじゃ」
「分かってますよ、冗談に決まってるじゃないですかやだなぁーもぉー」
「その割にはやる気が微塵も感じられないのじゃが」
*****
世間は夏休み。
午前中だけの当番で終われた私は、夕食に誘われたためモリソンと合流した。ちなみに奢ってくれるらしい。そんなの、行かないわけがなかった。
晩ごはんにはかなり早い時間だったので、私とモリソンは露店でアイスクリームを購入した。
ベンチに座って、涼を楽しむ。
「エバンズが刑務官になってから、そろそろ一年が経つね」
「そうですね。⋯⋯そういえば、新卒の刑務官は来るんですか?」
「ははははは」
乾いた笑いをもらった。新入社員はいないようだ。つらい。
「せっかく私も先輩になれるのかと思ったのに。残念ですね」
「まぁまぁ。君にはずっと新人でいてもらおうかな」
「──あれ、リリーじゃないですか」
ふと、名前を呼ばれた。
反射的に顔を上げる。
そこにいたのは、まさかのロックハートだった。
「え?」
「おや、知り合いかな?⋯⋯いや、まさか彼氏」
「違います。ホグワーツの後輩ですよ」
即否定を入れると、失礼失礼、とモリソンは朗らかに笑った。
ロックハートはセクシーポーズを決めながら言う。
「ま、ハンサムなこの私を見て彼氏だと思うのは当然ですが」
「⋯⋯ああ、ちゃんと違うみたいだ」
ナルシスト
「ロックハートがどうしてここにいるのよ」
「あれ、言ってませんでしたっけ。私、この辺りに住んでいるのですよ」
「あ、そう⋯⋯」
それはなんというか、すごい偶然だ。
心優しいモリソンは、ロックハートにもアイスを買ってあげた。礼を述べて、ウキウキで受け取るロックハート。なんかこう、子どもらしさが見えていいね。胡散臭い雰囲気が消えている。
不意にモリソンはモジモジし始める。
「ちょっと⋯⋯お手洗いに行ってくるよ。アイスを食べたら、この辺の店でぶらぶらしてていいからね」
「え、さっきも行ってませんでしたっけ」
「この歳になるとね、トイレが近くて」
つまるところ、頻尿。
自身のデリカシーのなさを反省しつつ、私は頷いた。
「了解です」
必然的に、私とロックハートは二人きりになる。
「ホグワーツはどう?荒れてる?」
「そうですね。スリザリンが虎の威を借る狐で。威張りまくってます」
「ああ⋯⋯それは大変」
ま、ロックハートのことだしうまくやってるだろう。私が在学中も、ロックハートのファンにはスリザリンの女子生徒もいたし。
思春期の子どもにとって大事なのは、生まれとか血筋より顔。これに尽きる。
ロックハートがアイスを食べ終わるのを待って、私は立ち上がった。
「私はこの辺初めてだし、散策しようと思ってるけど。ロックハートはどうするの?」
「買いたいものがあるので、その店に行きます」
「そう。じゃあここでバイバイ」
私たちは手を振り合った。
久しぶりに会ったが、相変わらずで何よりだ。ま、原作でも元気に教師やってたし、死ぬことはないだろう。
「さてさて。マグカップでも見ようかな」
私はルンルンとして手近な店に入った。
好みの柄はあったが、どうも色が気に入らない。色違いの商品は⋯⋯と思って見たが、どうやら売り切れてしまっているようだ。
残念、と思いつつ右手でマグカップを棚に戻す。
その腕が、誰かに掴まれた。
「どわっ!?」
腕の主を見ると、そこにはギボンがいた。
呼吸が荒く、急いで来たことが分かって私はびっくりした。
「え、ギボンさん?どうしたんですか」
「はぁっ、た、大変なことになった」
ギボンは掠れた声で叫んだ。
「──街に、ディメンターがいる!」