時間が惜しいので、ディメンターが目撃されたという場所に向かいながら話す。
「どうしてディメンターが外に⋯⋯!?」
「分からん!でも、俺たちが何とかしないと監督不行届でまずい」
「それはそうですね。⋯⋯あれ、そもそもどうしてギボンさんはこちらにいたんですか?」
「⋯⋯たまたまだよ」
不自然な間があった。問い詰めようとした瞬間、私は、凍るような寒気を肌で感じた。
「ディメンター⋯⋯!」
裏路地のようなところで、それは浮遊していた。
彼らの足元には、何かが転がっている。
その物体の正体が分かって、私は悲鳴を上げた。
「──モリソンさんっ!?」
すぐさま杖を振る。
「エクスペクト・パトローナム!」
私の守護霊は倒れているモリソンに向かうと、ディメンターを追い払った。その隙に駆け寄り、モリソンの体を起こす。
「しっかりしてください、モリソンさん」
だが、モリソンはディメンターの影響をモロに食らっているのだろう、目が虚ろだった。それなのに、口からはぼそぼそと声が漏れる。
「ああ⋯⋯駄目だ、リリ⋯⋯どうして⋯⋯」
「──!」
私は目を見開いた。
ディメンターは、人間の不幸な記憶をフラッシュバックさせる。
『リリ』は、モリソンの娘だ。
奇しくも私と名前が似ていて、だからモリソンは、私を娘のように可愛がってくれたのだろうと悟った。
私は唇を噛んだ。
「⋯⋯こんなところで死なせない。ギボンさん、私がモリソンさんを運ぶので、ディメンターの対応お願いしま────っ!?」
ギボンのいる方を向いた私は、その異常な光景に息を呑んだ。
ギボンは、私に杖先を向けていた。
近くにはディメンターがいると言うのに、その表情に怯えはなかった。
「⋯⋯き、君が、君が悪いんだからな」
「は⋯⋯?」
「エクスペリアームス!」
躊躇いのない光線だった。
咄嗟に「プロテゴ」で防いだが、ギボンの魔法は止まらない。
ふと、強烈な不快感を覚えた。
見れば、もうすぐそこにディメンターが迫っている。
まずい、集中力が途切れたせいで守護霊を維持できなくなった。
私は再び守護霊を顕現する。そして、すぐさま無言で全身金縛り呪文を放った。
なんてことないように、それを避けるギボン。
時間稼ぎも兼ねて、私は問いただすことにした。
「あ、あなたは⋯⋯何がしたいんですか?どうして、」
「⋯⋯分からないのか?」
ギボンは静かに問う。
私だって馬鹿じゃない。もうとっくに答えは出ていたような気がする。
モリソンは杖を握っていなかった。ディメンターがいるのに杖を出さないなんてあり得ない。つまり、何者かによってここに拉致された可能性が高い。
杖を出さなかったのは、ギボンも同じだ。
ディメンターの目撃情報が出たのなら、まずギボン一人で向かうべきだ。それを、わざわざ私を呼んで。
そして、彼は自身の守護霊を出さなかった。
否、出せなかったのかもしれない。
「ギボン⋯⋯あなたは、例のあの人の配下についたんですね」
「⋯⋯まぁ、正解だな」
ギボンは、笑った。
とても苦しそうな笑みだった。
「死喰い人直々に、勧誘を受けたんだ。もちろん断れるわけもなく」
「⋯⋯彼らの目的は何ですか」
「アズカバンの掌握。そのために、君を利用する」
「私は、殺されるんですか?」
「そうだな。⋯⋯全部、君のせいだ」
⋯⋯さっきから、私に責任を押し付けてないかこの人?
わけがわからない。
私は品行方正なリリーさんですよ?
ギボンは叫んだ。
「俺は、純血は尊いものだと思ってる。だのに君は⋯⋯囚人にバトロワさせたり、踏み絵を強制したり、散々なことばっかり!確かに彼らは犯罪者だけど、それでも高貴な血筋なんだぞ!」
「え」
私は間抜けな声を漏らした。
「俺はそれが許せない。だからこうして、君に対峙しているんだ!」
なんか思わぬ点から責められてる。
「⋯⋯なぁ、気付いてるか?」
ギボンは、杖を振り上げた。
「君のそれは正義じゃない。──正義の面を被った、吐き気を催すほどの邪悪だ」
「なんか私が悪ってことになっててウケる」
「だからそういうところが駄目なんだよ!」
──正義を盾に好き勝手する奴は、死ね。
躊躇いなく死の呪いが放たれた。
「うえええぇぇぇぇ?」
何とか伏せて避ける。
なるほど、どうやら私はアズカバンで好き放題やり過ぎたようだ。ギボンの目には、とんでもない邪智暴虐の刑務官に映って見えたのだろう。さーせん。
とはいえこの構図⋯⋯なんか私が悪役みたいじゃね?
曲がりなりにも不死鳥の騎士団員として、これは由々しき事態。絶対に勝つぞ。
私は再び全身金縛り呪文を放った。そして一気に距離を詰めようとして──モリソンの存在を思い出し、その場にとどまった。
モリソンはアズカバンにおけるバトロワを止めなかった。つまり、私同様にギボンから恨みを買っている。ここは離れるべきじゃない。
とはいえ⋯⋯。
私はちら、とディメンターを見た。
守護霊の呪文を継続しつつ、別の魔法を使うってかなり難しいんですよね⋯⋯。
ディメンターはギボンに目もくれず、私とモリソンを狙ってくる。何らかの取引で、ギボンには手を出さないように命令してあるのだろう。ディメンターには謎に知恵を持つ個体もいるからなぁ。
ほんとにどうしよ、これ。
「とりまエクスペリアームス!アグアメンティ!」
ギボンは、「なぜアグアメンティ?」と怪訝な顔をした。だが、油断することなかれ。
私はすぐさま変身術で、水を炎に変えた。青い火なので、とても高温である。
なんとかギボンに火傷を負わせることに成功。その隙にモリソンを連れて姿くらましをしようとしたが、それより早くギボンがナイフを投擲してきたため、慌てて盾を作る。
「いやー、刑務官にはもったいない魔法の腕じゃないですか」
「それは君も、だろ。流石、ダンブルドアの一味なだけある」
なんかバレてら。『不死鳥の騎士団』という名前までは知らないらしいが、ダンブルドアが何らかのチームを作っているのは闇陣営も分かっていたようだ。私を殺そうとしてるのはそのせいもあるっぽい。
私は杖を掲げると、空高く花火を打ち上げた。誰でもいい。気付いてくれ!
それから、私たちは無言で魔法を撃ち合った。幸いなのは、ギボンがポンポン死の呪いを使えるレベルの敵じゃなかったことか。とはいえきつい。こっちには動けないモリソンがいるからだ。
「うおおおお!モリソンさん、起きてください。効くか分かんないけどエネルベート!」
戦闘の合間を縫って、私はモリソンに杖を向けた。ちょっと効果はあったらしく、モリソンの右手がぴくりと動いた。
「余裕だな!エクスパルソ」
横にあった木箱が爆発するが、プロテゴしてる場合じゃない。諦めの縛り術を放つと、爆破による砂埃で避けられなかったらしく、ギボンの動きが止まった。
すかざすギボンに縛り術を重ね掛け。
そしてまたまた守護霊消失。ディメンターがすり寄ってくる。
「うざい!レディに近付いてもいいのはイケメンに限るわ!エクスペクト・パトローナム!」
行け、私のフクロウ!
怒りの守護霊、ディメンターを蹴散らしていく。
そこで、モリソンがうめき声のようなものを上げた。
「う⋯⋯あ⋯⋯。え、エバンズ⋯⋯?」
「!?よ、良かった⋯⋯!」
私は慌ててモリソンに駆け寄った。
依然として顔色は悪いものの、意識は戻ってきたようだ。
「体起こしますね。急いで病院に行かないと」
モリソンを立たせると、ちょうど闇祓いが到着した。
「闇祓いです。大丈夫ですか!?」
ジェームズたちの先輩だ。名前は知らないが、写真で見たことがある。
彼らは躊躇いなく私に杖を向けた。
「お前が死喰い人か!杖を捨てろ」
「え!?違います違います」
「だったら証拠を⋯⋯左腕を見せろ」
死喰い人のあのマークがないか確認するのだろう。戸惑いつつも、私は素直に腕を出した。
「⋯⋯ふん、どれどれ」
確認するように私の腕を掴んだ闇祓い。
その杖から、魔法が放たれた。
「ぐあっ⋯⋯!?」
その呪文は私の左腕に吸い込まれ、それと同時に強烈な痛みに襲われた。
肉の焼けるにおいがする。
「──ほら、あるじゃないか」
闇祓いは、嗤った。
私の細い腕には、確かにあの紋章が刻まれていたのだ。
信じらない思いで、闇祓いを見る。
「な、なんで?──まさか!」
私の脳が一つの解を導き出す。
こいつもヴォルデモートの一味なのか!
「ディメンターを持ち出し、同僚の命を狙った。君はとんでもない死喰い人だ!」
「⋯⋯棒読みすぎて草。もう茶番はいいわ」
「そうか」
闇祓いは、「茶番は終わりだ」と言うように手を数回鳴らした。
「リリー・エバンズは死喰い人。そう世に知らしめれば、ダンブルドアの失脚は免れないだろう」
「残念だけど、たかが私じゃ無理でしょうよ」
「お前はダンブルドアが期待を寄せる生徒なんだろ?まさにうってつけの人材ってわけだ」
そういえば、ダンブルドアに手招かれて報道陣の取材に応じたことがある。
ダンブルドア直々に褒められたリリー・エバンズが、まさかの死喰い人。そうなれば、ダンブルドアへの批判は免れない。
なるほど、死喰い人のくせに中々策士ではないか。
私は舌打ちした。
「あんた、闇祓いのくせに裏切ったのね」
「そもそも闇祓いに就いたのも我が君のためなんだけどな」
アズカバンにも魔法省にも、ヴォルデモートの息が掛かったものがいる。油断してはいけなかったのに。
自分の影に目を落とすと、モリソンが耳元で囁いた。
「⋯⋯私を置いて逃げなさい」
「そんなの無理です。⋯⋯プロテゴ・マキシマ!」
姿くらましを、と思ったが、当然そんな隙を与えてはくれなかった。
四方八方から、くらったらまずそうな魔法が飛んでくる。
「走りますよ!」
私は地面のタイルを膨張させた。せめてもの障害物だ。それを浮遊させ、敵をなぎ倒す。
復活したギボンが、何か魔法を放った。
捌ききれず、私の体は壁に叩きつけられた。
「痛った⋯⋯」
頭を打ったらしく、視界がぼんやりする。
私の横にいたモリソンも巻き込まれたが、直撃しなかったおかげで大した怪我はしていないようだ。
「エバンズ──!」
モリソンが何かを言うが、返事ができない。
体が、動かない。
そして、闇祓いの一人が杖を向けた。
「アバダケダブラ!」
避け、れない──。
視界が緑色の光に包まれる前に、モリソンが私を抱きしめた。
「────リリ」
そんな呟きだけを残して。
モリソンの体は、重力に従って崩れ落ちた。
「あ⋯⋯え⋯⋯?」
私はずるずると這って、地面に倒れたモリソンの肩を揺らした。
「ねぇ、起きて⋯⋯。返事してください⋯⋯」
モリソンは何も言わない。されるがままに揺れているだけだった。
「もう死んだよ。君を庇って、ね」
ギボンは淡々と告げた。
顔を上げると、痛ましいものを見るかのように、苦しそうなギボンと目が合った。
なんで。
この結末のきっかけはあなたなのに。
悪寒が止まらなかった。
絶望の匂いを感じ取って、ディメンターがするすると近寄ってくる。
「⋯⋯っは、え、エクスペクト──」
守護霊、を出さなきゃ。
あれ。
呪文が思い出せない。
ディメンターが、私から靄を吸い取り始めた。
「────アクシオ・リリー!!」
突然の呼び寄せ呪文によって、私の体はいっきに大通りに吸い寄せられた。
誰かの胸板に後頭部が当たり、そこでようやく声の主が分かった。
「ロロロロックハート!?」
「ヒーローは遅れてやってくるってね!」
こんなときなのに完璧なウインクを施したロックハートは、私の手を引いて走り出した。
「っ待て!」
後ろから魔法が飛んでくるが、射程範囲外のため当たることはなかった。とはいえ、それも今だけだ。
もっと遠くに逃げなくては。
「ロックハート!今から姿くらましするわ」
「了解です!」
「失敗したらごめんね!」
私たちの体は回転を始める。
表情の判別はできなかったが、ギボンの姿が視界に入り、そして消えた。
次回から、『逃亡者編』スタート。