18.wantedな二人
リリーの実家に姿あらわしをすると、ペチュニアが腰を抜かした。
「リリー!?なんで!?え、ちょ、頭から血出てるし!後ろのイケメンは誰!?」
なんか元気だった。
あと、言われてから頭部の出血に気付いたので、治癒魔法を掛けておく。
「説明は⋯⋯準備しながら話すわ」
「準備ってなんの?」
「逃亡の」
私は、痛みの残る左腕を撫でた。
触れてみて分かったが、これはただのタトゥーだ。死喰い人の召集などで実際に使われるものとは性質が違う。
とはいえ、それが闇祓いにも分かってもらえるかどうか。
ヴォルデモート側の闇祓いがどれほどいるかは分からない。が、恐らく私は指名手配されるだろう。捕まれば、弁明の機会もなくアズカバン入りである。もしくは、戦闘中に誤って殺してしまったとかなんとかで消される可能性が高い。
この印を持つ魔法使いは、合法的に殺すことができる。大義名分は充分。
だから逃げるしかないのだ。
「とりあえずマグルのお金を持っておこう。それから服と、日持ちする食料。あ、ペチュニア!お父さんの服持ってきてくれない?ロックハート用に持ってくわ」
「わ、分かったわ」
ペチュニアは頷いた。
荷物を詰める間に、私はペチュニアに「犯罪者に仕立て上げられそう」という話をかいつまんで教えた。
ドン引きするペチュニア。
「えぇ⋯⋯?魔法界って杜撰なのね」
「遅れてるのよ、何かとね」
ふと思い付いて、私は紙にさらさらと文字を書いた。『セラフ・ギボンは敵。闇祓いにもヴォルデモート側の人間がいる』と簡潔に書いて、ペチュニアに渡す。
「これを私の友人に渡してほしいの。多分家に来るだろうから」
「了解」
「いい?誰か来たらまず『忍びの地図の言葉は?』って聞きなさい。それで、『我、よからぬことを企む者なり』って返されたらその紙を渡して」
インペリオとか掛けられたら無意味だが、一応ね。
私は鞄を背負った。
「それじゃ、行ってくる。迷惑かけるけどごめんね」
「そんなの、別に⋯⋯」
ペチュニアは顔を伏せた。かと思えば、強く私を抱きしめた。
「私の可愛い妹。絶対に、戻ってきなさいよ」
「⋯⋯うん」
その腕は温かくて、なんだか泣きそうになった。
*****
私とロックハートは再び姿くらましした。
場所は、ビッグベンの見える市街地である。
マグルに混じってホテルの部屋を借りると、ようやく一息つけた。
安いホテルなので、ベッドはやや硬い。それでも、疲れ切った体は休息を求めた。
欠伸が零れる。
「眠そうですね。私が見張っておくので、寝ていても構いませんよ」
ロックハートが申し出てくれるが、そういうわけにはいかなかった。
「⋯⋯ロックハート」
「はい?」
「あなたまで逃げる必要はないのよ。だから、」
「『だから、引き返すなら今だ』って言いたいんですね?」
聡いロックハートに、私は頷いた。
成り行き上ここまで連れてきてしまったが、本来ならロックハートは無関係なのだ。ギボンの抹殺対象に彼は含まれていなかっただろうし。
何事もなかったかのように家に帰れば、彼が追われる理由はない。
もちろん、私の仲間だと疑われるだろうけど、ロックハートはまだ学生だ。ここからなんとでもなる。
恐らく、私の逃亡生活はかなり厳しいものになるだろう。原作知識はあれども、逃亡に関する知識はゼロだ。そんなものに学生を巻き込みたくはなかった。
けれども、ロックハートは立ち去ろうとしなかった。
「言ったでしょう?リリーが困ったときには私が守る、と」
「え⋯⋯あ」
朧げな記憶が蘇る。
確か、死喰い人がホグワーツ特急に乗り込んだ後の話だ。
ドヤ顔で自身の行動を披露していたロックハートは、私に対してそんなことを言ってくれた。
ロックハートは微笑んだ。
「私はこの世の全ての女性の味方ですからねっ!」
どことなくシリウス味を感じるセリフでおもしろい。
私はぷっと吹き出した。
「ありがと。⋯⋯じゃあ、人避けの魔法をかけるわ。あなたも、慣れない姿くらましで疲れたでしょ。ゆっくり寝てね」
私はテキパキと荷解きをすると、ロックハートに手を振って隣の部屋に入った。ちょうど隣り合った部屋が取れたのだ。ロックハートも、一人の方が気兼ねなくゴロゴロできるだろう。
私はシャワーを浴び、魔法で髪を乾かすとすぐにベッドに飛び込んだ。
「ふぅ⋯⋯」
自然とため息が漏れた。
分かっている。
ロックハートが語った理由は、本当のことではない。
かつて『駆け付ける』と言っただけで、ここまでするなんてあり得ない。多分、ほかの理由があるんだろう。
でも、それを問い詰める気力は今はない。少なくとも闇陣営ではないことは確かだし、私も、本心を言えば、仲間がいた方が安心する。
「肝心の味方がロックハートって⋯⋯終わってんな⋯⋯」
ロックハートに聞かれたらど突かれそうな暴言を吐いて、私は目を閉じた。
*****
次の日。
ひっそりと魔法界の街に入り、ベンチの上に放置されたままの日刊予言者新聞を手に取った。内容を見る前に、ホテルに戻る。
「おはよう、ロックハート。朝ごはんと新聞を調達してきたわよー」
「ありがとうございます」
私たちはパンを口に入れつつ、新聞の文字を追った。
『揺れる魔法界
アズカバン刑務官であるリリー・エバンズが指名手配された。エバンズはディメンターを街に放ち、上司であるエリック・モリソンを殺害した。
応戦したセラフ・ギボンは語る。「エバンズの左腕には確かに、闇の印があった」と──。
(中略)
エバンズと言えば、かのアルバス・ダンブルドアが目をかけていた人物だ。予想外の事態に、魔法省内でも動揺が広がっている。』
読み終わったロックハートが言った。
「⋯⋯これ、ダンブルドアも巻き込もうとしてません?」
「うん、確実に。ここでダンブルドアの評判を落としておこうってわけね」
私は、ダンブルドアに呼ばれて取材に応じたことがある。恐らくこの新聞は、そのことを踏まえて書かれているのだろう。
「なんかもう、『リリーが死喰い人確定!』みたいな空気を出してますけど⋯⋯これも全部、魔法省に潜むスパイの仕業ですかね?」
「かもね。でも、スパイの力がそれほどに強いのなら、もっと早く私に冤罪をふっかけていたはず。これは⋯⋯第三者の思惑が絡んでいそうね」
「第三者?」
私は頷いた。
「魔法省内には、ダンブルドアの影響力を恐れる者がいるらしいの。あの人の存在は、権力を脅かすからって」
「なるほど、その人たちが乗っかって、あなたを指名手配したんですね」
「可能性としては高い。⋯⋯あーあ、モリソンさんの言う通りになっちゃった。せっかく教えてくれてたのに⋯⋯」
モリソンさん──。
あの人のことを考えると、胸が苦しくなる。
私がもっと上手く立ち回れていたら、結末は違ったはずだ。
「リリー⋯⋯」
ロックハートが躊躇いがちに話しかけようとした、そのときだった。
突然、ロックハートの体を貫通して半透明の物体が目の前に現れた。
「え?⋯⋯ぎゃああああああああ!?」
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
私たちはそろって、みっともない悲鳴を上げた。
「なになになになに!?⋯⋯って、これ守護霊?」
それが何なのかを認識すると、私は守護霊に手を伸ばした。
ユニコーンである。
「これは処女厨⋯⋯つまり、エマ!」
「最悪の連想やめてあげてー」
尚、エマが本当に処女厨なのかは知らん。
ユニコーンはエマの声で喋り出した。
『なんというか、お疲れ様。本当はもっと言いたいことがあるけど、手短に伝えるね。
まず、リリーの指名手配を受けて、ダンブルドアには魔法省の監視がつくことになった。もちろん、私たちにも。ダンブルドアを快く思わない役人がいるみたいで、今回の件にかこつけていろいろ制限をかけてきた。あ、この守護霊は制限が厳しくなる前に送ったもので、今後は守護霊もふくろう便もできないから。リリーも送らないでね』
やはり、今回の件には政治的思惑も絡んでいたようだ。
死喰い人は、ダンブルドアの評判を落とすことと、アズカバンの形骸化を狙った。刑務官の人員を減らし、ヴォルデモートの息がかかった人間でその穴を埋めれば容易いことだ。
そして魔法省は、死喰い人と同様にダンブルドアを引きずり落としたい。
二者の思考が上手く噛み合った結果だ。非常に面倒くさい。
ユニコーンは続ける。
『とりま、なんか逮捕されたらやばそうだから逃げて!逃亡に必要そうな物資は集めて隠しておいたから。場所は××街×-×-3の、ベンチの下!リリー、頑張れ!』
マグルの居住地区の、とある場所を示して守護霊は消えた。すごい早口だったが、ありがたい限りだ。
今持っている物資だけじゃ心許ないし、早速取りに行こう。
立ち上がると、ロックハートも慌てて椅子を引いた。
「私も行きます」
「え?これくらい一人でも⋯⋯いや、逆に残した方が駄目なのか」
ロックハートはまだ未成年。当然、魔法を使ったらにおいでバレる。ゆえに、自衛の手段がない。
安全面も考慮すると、ここは私に付き従ってもらった方がいいか。
私はロックハートに腕を差し出した。
エマが用意してくれた物資は、マグルのお金がたんまり入っていた。それから食料と、元気爆発薬やら老け薬など。魔法薬があるのは嬉しい。
私は魔法で、自身の髪色をブラウンに変えた。
「ちょっと本屋に寄りたいの。マグルの世界で私の顔と名前が広まる前にね」
私とロックハートは書店に入った。
旅行雑誌をぺらぺらめくると、ロックハートが声を潜めて問いかけた。
「他国に逃げるつもりですか?」
「高飛びね。一度は考えたけど⋯⋯空港にも魔法使いがいるらしいのよ。パスポート偽造なんて通用しないだろうし、かといって姿くらましで飛ぶには技術的に心許ない。ここに残るしかないわ。⋯⋯っと、あった」
目的のページに当たり、私はページをめくるのを止めた。
ロックハートが覗きこむ。
「『東洋の神秘:日本』⋯⋯?あ、私知ってますよ。日本の魔法使いはクィディッチで負けると箒を燃やすんですよね」
「狂った公式設定よね」
「設定?」
「アナンデモナイデスゥ-」
そんなことはどうでもよくて。
私は、『前世の私が知っている日本』と、『この世界における日本』が同一のものなのかを確かめたかったのだ。
「清水寺⋯⋯奈良の大仏⋯⋯五稜郭⋯⋯。うん、観光名所は同じだ」
それから、歴史コーナーに行って日本に焦点を当てている書籍を拾い読みする。ここでも、私が知っている日本の歴史との相違点は見られなかった。
これは、勝つる。
「よし、ホテルに戻るわよ」
*****
マグルの世界でも、私のことが報じられるようになった。こっちでは、『カルト集団の一員』で、人を殺したということになっている。
あと、ロックハートについても言及していた。曰く、リリー・エバンズの後輩で、同じくカルトの一員と。
これで、マグルに紛れて生活するのも一筋縄ではいかなくなった。
もちろん、そうなることを見越して最初のホテルはもうチェックアウトしておいた。
今は、次のホテルに向かっている。
私は手鏡を開いた。そこには、赤毛と緑色の瞳を持つ私の姿はない。
黒髪、黒目。
西洋人と比べると、ややのっぺりとした顔つき。
それは、前世の顔と全く同じだった。
「完璧な日本人だわ」
私は微笑んだ。
魔法省と死喰い人は、私を捕まえようと必死になっている。簡単な変装ではすぐにバレてしまうだろう。
だが、人種から異なる人物になれば、どうだろうか。
言わずもがな私の前世は日本人。日本についての知識はちゃんとあるし、その知識がここでも通用することは確認済み。
さらに私は、日本人に多く見られるあの喋り──いわゆる『サムライイングリッシュ』を完璧に再現できる。余談だが、前世の私の二つ名は『サムライイングリッシュの申し子』だったりする。
これはもう、どっからどう見ても日本人だ。誰でも騙せるレベルである。
ただ一つ懸念点があるとすれば、私は変身術を使っている。ふとした拍子に魔法が切れる可能性も、なきにしもあらず。気を張っていかねばならない。
そしてロックハートには少量の老け薬を飲ませ、顔は軽く化粧で誤魔化す程度にした。
私とロックハートの設定は、『日本人観光客と、現地在住の友人』という関係性だ。
リアリティのある嘘は露呈しにくい。
これなら、ロックハートが日本語を喋る必要はない。
ふと左の方に目をやると、鋭い目つきの女性がいた。一般人に紛れているつもりだろうが、漂う雰囲気は隠せない。あれは、魔法使いだ。多分私を探しているのだろう。
このまま歩けば、確実にあの人の視界に入る。かといって引き返すのはあからさますぎる。
私はロックハートに話題を振った。
「アイ キャント ウェイト フォー アワー ホテル!」
「Great. Well, the beds in that hotel are very comfortable.」
暫定魔法使いと目が合う。
彼女の視線はそのまま通り過ぎていった。
これは、
ロックハートが囁いた。
「そういえば、日本人としての名前は決めてあるんですか?」
「ええ、もちろん」
私は胸を張り、
「マイ ネーム イズ ユリ ソノダ!コール ミー ユリ」
かつての名前を口にした。