【完結】リリー・ポッターの存在否定   作:夜風ミシェル

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19.特別

 

 ある日の昼下がり。

 とても逃亡している人間とは思えないくらいに、私たちはまったりティータイムを楽しんでいた。

 「お金はあるし、仕事はしなくていいし、この生活結構いいかも」などというカスの思考が出てくるくらいには、まったりしていた。

 

 いや、分かってる。

 これはただの現実逃避。

 私は思考を切り替えて、うずうずしているロックハートに言った。

 

「そろそろ食べたら?」

「本当にいいんです?こんな高いケーキを私が食べても。リリーは一番安いものを頼んだのに」

「後輩に良いものを食べさせるのが先輩の義務でしょ」

 

 ちなみに、このケーキのお金はちゃんと自腹である。エマが用意してくれた逃走資金からではない。

 ロックハートがケーキに手をつけたのを見届けてから──私は、にっこり笑った。

 

「よし、食べたな。じゃあ等価交換よ。そろそろ教えてくれる?なんで私に着いてきたのか」

「っぐふ、ゲホゴホ!」

 

 ロックハートは咽せた。それから、恨みがましく私を見つめる。

 

「⋯⋯なんか嫌に優しいなと思ったんですよね。ケーキを餌に、私に答えさせるのが目的だったんですか」

「あはは、騙される方が悪い」

 

 そう、私がロックハートにケーキを奢ったのはほかでもない。

 『なぜ、指名手配犯の私に付き従っているのか』、その答えを教えてもらうためだ。

 ロックハートはため息をついた。

 

「ですがね、前にも言ったじゃないですか。私は女の子の味方だから、と」

「うーん、あっさい理由。そんなので騙せると思わないことね」

 

 私はケーキを指差した。

 せっかく奮発してやったんだぞ、正直に答えろ────そんな圧を感じ取ったのだろう、ロックハートは再びため息を零す。

 

「分かりましたよ。ケーキの分だけ話します」

 

 

 

 

 

 

 ギルデロイ・ロックハートは、マグルの父と魔女の母から生まれ落ちた。

 二人の姉はスクイブで、ロックハートは唯一の魔法使いの子どもだった。

 故に、彼は特別だった。

 けれどもそれは、所詮井の中の蛙。

 『家庭』という狭い世界での話。

 

 

 ギルデロイ・ロックハートは、ホグワーツでは全く『特別』ではなかった。

 

 

 レイブンクローに所属する彼はもちろん、平均よりは上だったし、魔法のセンスも悪くはなかった。何より顔も整っていたため、女子からチヤホヤされていた。

 だが、それより上の人間がいた。

 

「ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラック⋯⋯。彼らは私の上位互換でした。特にシリウスは、私から恋人を奪っていきましたし」

「ああ⋯⋯それは、なんというか、ごめん」

 

 私の記憶にもある。倫理観ゼロの遊びを止められなかったし。

 

「決闘クラブの学内ブロックでさえも、たかが三位⋯⋯。それなりに練習は積んだし、自信はあったんですけどねぇ」

「え、三位ってすごいと思うけど」

「でも一位とは全然違う!」

 

 カシャン、と音を立てて、フォークが滑り落ちていく。力みすぎて、手から飛んでいったのだろう。

 完全に無意識だったのか、ロックハートははっとして「すみません」と小さく謝った。それからフォークを拾う。

 フォークはいびつに歪んでいた。

 ロックハートは杖を取り出し、「レパロ」で元に戻した。

 

「自覚していますよ、私は自己顕示欲が強すぎるって。それでも私は、『特別』になりたかった。何でもいいから、特別な存在になりたい。そう願ってしまうんですよ」

 

 だから、彼はペテン師になったのだろう。

 原作のロックハートは、自身の手によって破滅する。ぶっちゃけ自業自得じゃね?とか思ってたので、あまり彼のことを考えたことはなかった。

 けれど今、私は同情してしまっている。

 

「リリーに付いていったのは、世間からの注目を浴びれると思ったからですよ。実際、この顔のおかげでマグルのお茶の間を騒がせてますし。ホグワーツでは特別になれませんでしたが、今は魔法界全体にその名が知られていることでしょう」

 

 つまるところ、ロックハートはホグワーツから逃げたのだ。

 自分が特別になれない場所からの逃走を選んだ。

 言いたいことはたくさんあったが、私は黙ってケーキをつついた。

 

 

 

*****

 

 カフェを出て、ホテルに戻る道中。

 私たちは今後の計画を練っていた。

 

「私は指名手配犯として慎ましく生きていくつもり。だからあなたにもそれを強制するわ」

 

 ロックハートは物足りなさそうな顔をした。

 

「慎ましく、ですか⋯⋯。死喰い人と戦ってみたりしません?」

「死喰い人舐めてる?」

「じゃあ暇ですし、魔法の訓練でもしましょうよ。そしたら戦えますよね」

「とは言ってもあなた、まだにおいが付いてるじゃない。魔法使ったら居場所がバレるでしょ」

 

 とはいえ、あのシステムについては私もよく分からない。

 未成年が魔法を使うのを禁止する制度だけど、わりとガバガバだったし。映画ではハリーがルーモスしまくってたし。

 

「曖昧な以上、使わないに越したことは⋯⋯ない⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん?」

 

 私は立ち止まった。

 ロックハートが首を傾げる。

 

「リリー?どうしたんですか?」

「⋯⋯あなたさっき、フォークに『レパロ』、使ってね?」

「え?」

 

 怪訝な顔をしたロックハートは、次の瞬間、だらだらと冷や汗を流した。

 私はロックハートの肩を揺らした。

 

「何やっとんじゃいワレェェェ!いてこますぞ!?」

「すみませんすみません!でもリリーも忘れてたじゃないですか!!」

「それは悪かったわね!!」

 

 いや落ち着け、私。

 私は再度変身術を掛け直した。それからロックハートに問う。

 

「老け薬の効果時間は?」

「⋯⋯残り10分」

「よし、もっかい飲みましょうか。そして、完璧な演技をしましょう」

 

 そう、私たちは日本人観光客と現地在住の友人。魔法なんて知らなーい。

 ロックハートに老け薬を差し出した瞬間、後ろでパチン、という姿あらわしの音がした。

 咄嗟に薬瓶を鞄に突っ込む。これを見られたら終わりだ。

 魔法使いは三人だった。

 纏う雰囲気から、闇祓いではないことを悟る。恐らく、こういう事態が起こった場合に派遣される職員だろう。

 そして、不自然なほどに周囲に人の気配がないことに気付いた。マグル避けの魔法を行使しているのだ。

 

「この辺りから魔法の反応がありましたが⋯⋯」

 

 先頭の女性は、私たちを見て首を傾げた。どう見ても未成年ではないからだろう。だが、老け薬の効果はもうじき切れる。それまでに逃げなくては。

 不意に、職員は何か閃いたような顔をした。

 

「フィニート」

 

 杖先から、光が放たれる。

 完全にマグルのフリをするつもりだった私たちは、咄嗟に杖を出せなかった。

 魔法はロックハートに直撃。

 老け薬の効果が消え、化粧も落とされる。

 職員は息を呑んだ。

 

「ギルデロイ・ロックハート⋯⋯!」

「ということは、隣の東洋人はリリー・エバンズ?」

「とりあえず闇祓い!彼らを呼びましょう。ジョン、急いで!」

 

 ジョンと呼ばれた職員が駆け出す。だが、闇祓いを呼ばれるとまずい!

 なりふり構わず、私は杖を振った。

 

「ステューピファイ!」

 

 閃光は、無防備なジョンの背中に直撃した。

 続けざまに残りの二人にも失神魔法をぶっ放す。

 

「ああもう最悪!私の罪が増えたんだけど!」

「またまた新聞の一面を飾りそうですね」

「あなたのせいなんですけど!?」

 

 とりあえず、この場から離れよう。そう思って走り出した私たちだったが、急にロックハートが私の首根っこを掴んだ。

 

「危ない!」

「うわっ!?」

 

 尻もちをついた私の顔面スレスレに、緑色の光線が通過していった。

 冷や汗が垂れる。

 私は、その魔法を放った主を見た。

 

「ハハハハハッ、危機察知能力は高いねぇ!」

 

 豊かな黒髪。

 濃いめの化粧。

 一目で分かる、戦闘能力の高さ。

 映画で見た顔に、私は声を上げた。

 

「ベラトリックス・レストレンジ⋯⋯!?」

「正解さ!」

 

 ベラトリックスは再び、死の呪いを放った。転がって避けると、ベラトリックスの甲高い笑いが聞こえてきた。

 

「夏休みは終わったってのに、街で未成年が魔法行使。すぐに分かったよ、穢れた血がここにいるんだってね!」

 

 おいおい、魔法省!?

 死喰い人に情報漏れとりますやん!しっかりしてくれよ!!

 私は大声で問う。

 

「でも、わざわざあなたが私を殺す意味は!?」

「聞いてるよ、あんたがアズカバンの仲間にやってきたこと!今度はこっちがあんたをオモチャにするのさ!」

 

 怖すぎるっぴ。

 とはいえ死喰い人が指名手配犯を殺しても意味がないのでは、と思ったが、仲間の顔ぶれを見て納得した。

 ベラトリックスの隣には、ヴォルデモート派の闇祓いがいたのだ。

 多分、私を殺した功績は闇祓いのあの人のものにするつもりだろう。ヴォルデモートの息がかかった闇祓いが出世するのは、彼らにとってもありがたいだろうし。

 ここに来た死喰い人は、ベラ含めて五人。過剰戦力すぎるぜ、まったく。

 こうなると、魔法行使のにおいとか気にしてられない。

 

「行くわよロックハート!活躍の時!」

 

 私たちは声を揃えた。

 

「「エクスペリアームス!」」

 

 二人分の魔力を受けても、ベラトリックスは余裕そうにそれを払った。

 下っ端死喰い人が「クルーシオ」と叫ぶ。防御魔法を展開すると、ロックハートが「コンフリンゴ」で地面を爆破させた。

 私はというと、ベラトリックスの相手で精一杯だった。

 ベラトリックスは死の呪いを連発してきた。地面を盛り上げて壁にしつつ、こちらからも魔法を放つ。

 私の得意魔法は、「ペトリフィカス・トタルス」と「レダクト」だ。これは、かつてジェームズたちと決闘クラブに向けて練習していく最中で発見した。今では遠い日のようだ。

 詠唱せずに飛ばしまくると、流れ弾で下っ端死喰い人が固まった。すかさずロックハートが武装解除呪文で壁に叩きつける。

 ビュンビュン迫ってくる緑色の光を見ながら、私は心を落ち着かせる。

 武装解除呪文とか失神呪文とか、そんな魔法は生易しい。ベラトリックスは歴戦のプロだ。簡単に対処できる魔法じゃ駄目。それに、一発で敵を無力化しないと、別の死喰い人にやられる。

 

「⋯⋯死喰い人に対してのアバダ行使は合法」

 

 私はキッと眦を吊り上げた。

 

「アバダケダブラ!」

 

 杖先に灯った光は10センチほど伸びて、そして消えた。

 大笑いするベラトリックス。

 

「その魔法使えないのかい、弱いねぇ!」

「うるさい、アバダケダブラ!」

 

 再び挑戦したが、やはり死の呪いは使えなかった。

 

「可哀想だから教えてあげるよ。アバダケダブラにはねぇ、揺るぎない殺意が必要なんだよ!アバダケダブラ!」

 

 ──揺るぎない殺意。

 それは、私だって抱いているはずだ。

 

 ベラトリックスはモリソンの娘を殺した。

 その怒りは、充分にある。

 

 

 

「⋯⋯ああ、私が殺した娘の父親が、お前の恩人か」

 

 

 

 ベラトリックスは心底楽しそうに嗤った。

 私の心を読んだとしか思えない発言に、目を丸くする。

 否、これは──。

 

「開心術!?」

 

 私は即座にベラトリックスから目を逸らした。

 前世の記憶まで見られてはまずい──!

 心を無にしなければ。そう焦れば焦るほど、集中力が乱れていく。こんな状況で閉心術が使えるほど、私は強くない。

 自覚はある。

 私には、卓越した魔法のスキルなんてない。ただ原作知識というアドバンテージがあるだけで、ベラトリックスと対等に渡り合える実力は兼ね備えていない。そんなのはご都合主義というものだ。

 合理的に考えよう。

 アバダが使えないなら、ほかの魔法で倒すまでだ。

 

「オブリビエイト!」

 

 見るからに弱々しい光で、魔法は不発に終わった。

 忘却術は、ベラトリックスが放った磔の呪文に飲み込まれた。慌てて防御を作るが、威力が強すぎてじりじりと後ずさってしまう。

 そこに容赦なくベラトリックスは魔法を叩き込んだ。体勢を崩しながらも、なんとか杖を振る。

 

「エクスペリアームス!!」

 

 とその時、宙を舞うロックハートの姿を捉えた。

 ロックハートに杖を向ける死喰い人に、私は狙いを定めて全身金縛り術を掛けた。同時に変身術も使い、本物の石にする。

 

「レダクト!」

 

 死喰い人だった石は、粉々になった。

 石化して、粉砕。

 単純な魔法なので使う魔力は少ない。

 これだ、と思った。

 この戦い方なら、勝つ未来が見える!

 

「はっ、しょうもないやり方だねぇ!小娘!」

「うるさーい!言うなればこれは合法アバダだから!」

 

 アバダケダブラに重きを置くベラトリックスに馬鹿にされたが、知ったことか。

 これが私のやり方だ!

 その流れで、ほかの死喰い人を片付けていく。

 あとに残ったのは、闇祓いとベラトリックスの二名だ。

 ロックハートが果敢に魔法を叩き込む。

 闇祓いは一瞬で流すと、目にも止まらぬ杖捌きで光線を出した。

 閃光は何本にも分かれて、前方から飛来してくる。避けることは不可能だ。

 第六感が囁く。

 ──これは、危険だ。

 

「ロックハート、下がって!」

「ちょ、リリー!?」

 

 咄嗟の判断でロックハートの前に躍り出ると、私は杖を構えた。

 

「プロテゴ・マキシマ⋯⋯──っ!?」

 

 防御は意味をなさなかった。

 闇祓いの呪いが炸裂する。

 

「⋯⋯ごふっ!」

 

 私は口から血を吐いた。

 なんだ、これは。内臓がやられた?分からない、出血源はどこだ。

 全身が、焼かれているかのように熱い。

 体から力が抜けたのを、ロックハートが支えてくれた。

 一旦退避しなくては。

 私はロックハートの腕を掴むと、ありったけの魔法を放ってから近くの建物に逃げ込んだ。

 

「エピスキー!リリー、しっかりしてください!」

 

 ロックハートが治癒魔法を掛けるが、残念ながら効き目はない。私たちの知らない闇魔法なのだろう。

 だったら、あの魔法を試すか。

 私は重たい腕を上げた。

 

「ヴァルネラ・サネントゥール」

 

 セブルス発明の、「セクタムセンプラ」の反対呪文。

 じっくりと魔力を注ぐと、体内に血液が戻って循環するのを感じた。

 痛みが和らぐ。

 ありがとうセブルス、と心の中で呟いた。

 遠くで、ベラトリックスの高笑いが響いている。

 私はすぐさま立ち上がったが、くらっとよろけて壁に手をついてしまった。

 気遣わしげにこちらを見るロックハート。

 

「もう少し休んだらどうです?」

「いいえ、それは無理。どうせここに隠れてることもすぐにバレるわ」

 

 とはいえ、体は本調子ではない。

 さっきの魔法はあくまでセクタムセンプラ用のもので、完璧に治せたとは言い難いからだ。未だに視界は揺れているし、体は鉛のように重い。

 私は真っ直ぐにロックハートに顔を向けた。

 

「さっき言ったわよね、ロックハート。『特別になりたい』って」

「え、ええ⋯⋯」

「その願い、叶えられるかもよ」

 

 怪訝そうに首を傾げるロックハート。

 最早状況は、一か八かに賭けるほかない。

 

「オブリビエイト。それが、あなたを特別にしてくれる魔法よ」

 

 

 忘却術で、ベラトリックスの記憶を奪う。

 歴戦の魔女を倒すのに最適な魔法だ。

 

 




次回、『葬送のロックハート』。
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